コンビニのバイトが終わり俺はその足でリサイクルショップへ向かった…
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俺はその店の常連で暇さえあれば、何時もその店に顔を出していた。
トランジスタのステレオや昔懐かしいゲーム機、たまにレアの付いたゲームソフトなど見ていて飽きないものばかりが其処にはある。
メンテナンスも抜かりがなく、中々いい店だ…
店主が無愛想なのが玉に瑕だが…
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何時ものように「ちはぁ…」と店に入ると、まず目に飛び込んできたのは、俺の探していたスピーカーだ。
JMラボというフランス製のスピーカー…
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やった!ついに見つけた!
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値段を見る…
『JMラボ・フランス製スピーカーTantal 507¥500,000』
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た…高ぇ…
買えるわけねえだろ…俺のようなアルバイト風情に…
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諦めて、店内を見渡す。
トランジスタのステレオ¥5,025…
安い!が要らん!
ファミリーコンピュータ初期型¥2,500…安い!でも持ってる!
アコースティックギター…
あれ?値札無ぇ…
てか、珍しいな…楽器はメンテが面倒だからとか言って、今まで置かなかったのに…
見た感じ良い物だということは分かる…
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「へぇ…珍しいね。ギターなんて…なんてやつ?」
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無愛想に眉間のシワを寄せ新聞を広げブツブツ独り言を言っている店主に尋ねると、やっと聞き取れる程の小さい声で
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「ええ…この間、入ったんです。調べてみたら30年代製のMARTIN(マーチン)D-18 ってことが分かったんですけどね…本物かどうかまでは、如何せん素人なもので…へへへ」
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と答えた…最後の笑いが癪(しゃく)に障る…
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って………………
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え⁉︎
マーチン?
D-18と言えば…30年製だったら、100万はするぜ!?
そんなものがなんでこんなちっぽけな店に?
欲しい。
超欲しい。
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「マーチンったら有名だよ!欲しいなぁ…幾ら?」
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おっと…つい口を滑らせ欲しいと言ってしまった。
でも、このおっさん…楽器関係は知らねぇみたいだし、もしかしたら破格の値段を言うかもしれない。
だが、店主は驚くべき価格を口にした。
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「へぇ…そうなんですか?まぁ…私の見たてで80位でどうでしょう…」
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つまり…80ってことは…………………
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¥800,000ってことだね……って!
知ってんじゃん!知り尽くしてんじゃん!!
ふざけやがって!切れた…許せねえ…
俺は思わず
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「素人なのに…どうしてそんな値段が付けられんだよ!それに今、本物かどうか分かんねっつっただろ⁉︎」
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と、声を荒げてしまった…
すると、流石に無愛想オヤジ…
なら買わなきゃいいみたいなことを言って、また新聞を広げ眉間にシワを寄せていた…
何だこいつ!もう二度と来ねえ…こんな店!と店を出た…
まぁ…とか言って、たぶんまた来んだけど。。
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その日、俺のアパートからそれほど離れていない踏切で事故があった……
みたいだ。
人がわんさか湧いて出てきて、人だかりができていたので、何事だろうと思い次の日バイト先で新聞を読んだら、かなり酷い事故だったと載っていた…
学生の自殺。
風の噂で聞いたが、その学生もあのリサイクルショップに行ってあのマーチンを欲しがったそうだ…
あの無愛想オヤジにあいつを売ってもらえなくて、もしくは高くてショックを受けて…自殺……
なわけないわな…幾ら何でも、そんな事で死にたくなる程、今時の若者(俺も若者だけど)は弱くないだろう…
何があったかは知らんが、ウチから近いってのが気持ち悪い。
心霊スポットにならなきゃイイけど。
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暫くして、何と無くまたリサイクルショップへ向かった…
無愛想のオヤジは気に食わないがあの店はやっぱ好きだ。
店に入ると、真っ直ぐマーチンの置いてある場所に向かった…
おっ…値札が貼ってありやがる。
値下げしたかな?っと値札を見て驚いた。
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30年製MARTIN(マーチン)D-18 『¥35000』
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は?ウソ?
マジで?
買えるじゃん!
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「店長!これ…」
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「あ?あゝ…買う?イイよ…手持ちがないならまた今度でもいいし…」
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何と!
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我がアパートの部屋に置いてはじめて実感した。
とんでもないものを手に入れてしまった…
これで、もし金に困ってもこいつで食いつなげる。(まぁ…売らねえけど。)
俺には似つかわしく無いかね…いや!
俺が買ったんだ!そういう問題じゃねえ…
(まだ金払ってねえけど。)
ニヤけながらナデナデしていると、サウンドホールから木の匂いというか、なんとも言えない香りがしてくる…
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ん?
香りというか…
なんだこの臭い…
木の匂いというか…
何だこれ…生臭ぇ…というか臭え…
死臭?馬鹿な…
いや、マジで臭い。
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と、ホールの中を覗き込むと、ブランドやロットナンバーなどが記されたステッカー意外にもう一つステッカーが貼られている。
何だこれ…?
と、手を突っ込んで剥がしてみた…
お札(おふだ)?
何でこんなもん貼ってあんだ?
と、なんの気なしに屑入れに投げ入れた…
前の所有者がいたずらで貼ったのだろう…趣味の悪りいもの貼りやがって…
と、気にせずにジャカジャカっと弾いていると、隣人が壁を殴り…
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『うるせい!こっちゃ寝てんだぞ!!』
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と怒鳴り散らしてきた。
それもそうだ…こんな安アパート。
壁が薄くてセックスをしている時に声を細めても聴こえるくらいだ…(俺が…じゃなくて隣人の話だけど)仕方が無いと、壁にマーチンを立てかけて、恐らく薄気味悪い顔であろう表情で眺めた。
時刻は既に深夜を周り近所は物音すらしていない…その時。
「デーーン…」
ほんの一瞬、メールが来たので携帯に目を落とした時だった…
触ってもいないのに…マーチンが鳴りやがった…6弦が震えている…
あれ?っと思ったが、不意に何かが当たったのだろう…と気にせずにその日は布団に入った…
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翌日のバイトは遅番で深夜勤務。
夕方、俺の可愛いギターちゃんと暫しの別れに、レットイットビーを触りだけ弾き、後ろ髪に惹かれながら出かけた…
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その日のコンビニは、珍しく夜中だというのに客足が其れなりにあり、深夜勤的には忙しかった。
更には、客が駐車場で喧嘩をおっ始めて、警察が来たり、酔っ払いが店内で寝始めたりと、余計に疲れを倍増するイベントの多い夜だった…
朝、疲れ切ってアパートに帰ると、アパートの前で大家と俺の部屋の隣に住んでいる山田さんが、話をしていた。
「おはようございます。」
と、疲れもあって力なく言うと、大家が…
「ああ、昨日…君の部屋に誰か来てたの?」
と、挨拶もなしに急に聞いてきた。
勿論、来てなどいない…
声を出すのも面倒なくらい疲れていたので、首を横に振ると、山田さんが不思議なことを話し始めた。
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「君ね、夜中にギターを弾くのは辞めてもらえないかい?
昨夜も変な古臭い曲を弾いたりしてたでしょ?迷惑なんだよ!」
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身に覚えのない話に困惑を隠せず、面倒だったが抗議した。
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「は?いやいや…昨晩は俺、夜勤で家 空けてたんで…弾こうにも弾けないっすよ。」
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すると、山田さんは変に顔を歪めると何も言わず部屋に帰って行ってしまった。
大家さんも困り顔で
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「兎に角、ウチのアパートで揉め事は困るから、今後注意してね…」
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と、言うと何処かへ出かけて行ってしまった。
納得いかなかった…
俺はバイトで居なかったし、合鍵はお袋にしか渡していないので、もしお袋が来ていたとしても、夜中に弾くとは思えないし、そもそもあの人にメロディが弾けるとも思えない。
意味もわからず部屋に入ると…
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…………………………
愕然とした。
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もし惨殺事件現場を目の当たりにしたとしたら恐らくこんな感じなんだろう…
と思うような状態の部屋が目の前に広がっている…
壁全面に滴る血液のし吹き………
部屋の真ん中に無残にネックのへし折れ、これもまた血塗れのギター………
その横に今まで会ったことも無い見知らぬ人物の遺体………
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なんじゃこれ…
人はパニックに陥ると言葉を失い…更には、身体がまるで金縛りにあっているかのように動かなくなるという事をその時初めて知った。
冷静に戻るのに数分かかったと思う。
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「け…警察…警察呼ばなきゃ…」
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連絡を受けた警察官は部屋を見るなり、俺になんとも言えない目で睨みつけると
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「君のね、名前を先ず教えてもらえるかな?後、あの人との面識は?昨日はどこで何してた?この部屋には合鍵は?仕事をしてたって言ったけど、休憩時間はどれ位あるの?」
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と、まるで俺を犯人扱いにでもしているかのような事を言い出す始末。
結局、警察署で事情などを色々と聞かれたが…特に何にもなく帰された。
帰るにも自分の部屋には帰れず、仕方がないので実家に帰った…まさか自分の部屋が殺人事件の現場になろうとは誰も思わないとおもう。だが、俺にとって一番ショックなのはマーチンの事だった…
あの無残な姿が今でも目に浮かぶのだ…
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その後、何ヶ月かたったが事件の捜査は一向に進展を見せず…
未だ犯人も捕まっていない。
最近、マーチンが俺の元に戻って来た…
壊れたままだし、血のあとも残っていて、触る気もしない…
でも…不思議なのは、夜中にたまに音がすることだ、弦も張っていないのに…
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「デーーン…」
作者ナコ