私は中古品の買取、販売を行う店を営んでいる。名がなんともダサい…
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『リサイクルショップ 千石』
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まぁ、父がネーミングした名だが…
変更するのも面倒なのでそのままにしている。
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ウチは代々、質屋を営んできたそうだが…
親の代から質屋では聞こえが悪いと、今の買取販売の形に変更したそうだ…
この店にはあらゆる品物が持ち込まれる…
その中には、何やら怪しい…曰く憑きの物まで含まれている
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今回紹介するのは。
MARTIN(マーチン)D-18 1939というアコースティックギターにまつわる話だ…
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ある日、『リサイクルショップ 千石』に古びたアコースティックギターが、埃を被った状態のまま、持ち込まれた。見ると紛れもなく、1939年製 MARTIN D-18 であることが分かった…
所有者はこれもまた古びた時代からタイムスリップでもしたかのような出で立ちで、みすぼらしい老人だった…
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「何とかこいつを…買い取ってはもらえないかい…?少し汚れてはいるが、良い物だと聞いたんだ…」
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老人は、力のない声でそう言うと、小さく咳払いを二つ つき、私の顔を覗き込んだ。
勿論、買い取ることに異議は無く、快く承諾した。
傷などが見られたが…音などには問題なく、状態は悪くない。
しかし、ここは商売…
いかに値切るかが勝負である。
ところが…老人はたったの10万で良いと口にした…
願ってもない事であったが…
流石にそれでは安すぎる…
本来ならば1,050,000円相当の高級品、それではあまりにも…
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と思ったが…私も商売人だ、質屋の家系…性分と言ったところか、老人の要望10万に5万と少しを上乗せした15万6千程をを老人に渡した…
老人はニッコリと笑みを零すと何度も頭を下げながら店を出て行った。
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悪いことをした…そんな気分だった…
が、これも仕方が無い。
価値を知らないあの爺さんが悪いんだ。と自分に言い聞かせながら、もう一度ギターを隅々から調べてみた…
サウンドホールの中を覗き込む…
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知らない人のために説明する…
大体想像はつくだろうが…
アコギのボディの真ん中にある穴をサウンドホールという。
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品番(ロットナンバー)に製造年度、ブランドが印刷されたステッカーと、もう一つ…表からは見えないような死角に長方形のステッカーのようなものが貼られている…
おかしなものを貼ってあるな…とレジの脇にあるペン立てからペンライトを取り、中を照らして見た…
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見覚えがのあるものだった…
確かあれは中学生の頃だ。
友人と受験勉強のため国立図書館に行ったときの事だ…
勉強ばかりでは頭が痛くなる…と友人の1人がある一冊の本を、我々が勉強をしていた机に持ってきた。
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「何の本?…うわぁ…汚ねぇ本だなぁ…埃まみれじゃねえか…」
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どこで見つけてきたのか、ずいぶん古い古書で、悪霊払いや鬼払いに関する陰陽道の本だった…
そこにはあらゆる悪魔、悪霊払いの方法が記されていたが…漢字だらけでほとんど読めなかったことを記憶している。
その中に悪霊払い、封じ札の描き方という記述があり、友人等と見様見真似で描いた覚えがあった…
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その時と同じようなお札(おふだ)が其処に貼られている…
急に気味が悪くなってきて、鑑定をやめた…
適当にウエスとポリッシュなどで全体にクリーニングを施し、店の奥に空きスペースがあったので、そこに立てかけて置いた…
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3、4日経つと…
一人の常連客がそのギターに気がついたのか、声をかけてきた…
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「へぇ…珍しいね。ギターなんて…なんてやつ?」
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この店にはあまり楽器などは置かない。
メンテナンスなどが面倒だからだ。
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「ええ…この間、入ったんです。調べてみたら30年代製のMARTIN(マーチン)D-18 ってことが分かったんですけどね…本物かどうかまでは、如何せん素人なもので…へへへ」
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と、とぼけておいたのは、この客が買いそうに無かったからだ。
大概、品物を見てはただ世間話をしたがる客なので、期待はしていなかった。
しかし、驚くべきことに…「買う」と言い出したのだ。
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「マーチンったら有名だよ!欲しいなぁ…幾ら?」
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「へぇ…そうなんですか?まぁ…私の見たてで80位でどうでしょう…」
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その客はそれを聞くと、間抜けにあんぐりと口を開け「は?」と私のことを睨みつけ…
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「素人なのに…どうしてそんな値段が付けられんだよ!それに今、本物かどうか分かんねっつっただろ⁉︎」
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と怒鳴り散らしてきた。
正直、本物であることは明らかだった…目利きは親譲りで楽器に関しても勉強していた為、それ位はするだろうと、値段をつけたが…確かに言葉を間違えた…「素人なもので」がまさかこの客に指摘されるとは思わなかったのだ…
しかし、一度提示した値を下げるのは私の辞書にはない。
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「お高いというのであれば、ご購入頂かなくても結構ですよ。」
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と返すと、その客はムスっと何も言わず店を出て行った。
正直の話、あんな気味の悪い品物は早く売っぱらってしまいたかったが…
少しやりすぎたかな?と後悔しても遅い。仕方がないので、またの機会を待つことにした…
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ここからが本題だ…
この仕事は、店自体は8時に閉めるのだが、閉めた後が忙しい。
品質のチェックやメンテナンスなどがあるからだ。
日によっては、深夜までかかることがあった…
その日も経理と会計などが重なりかなり遅くまでかかってしまった。
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「流石に一人でやるのはしんどいな…売り上げがあるわけじゃないからバイトも雇えないし…ふぅ…」
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一息つこうと、休憩室で煙草に火をつけていると、何処からかギターの、音色が聞こえてきた…
隣のレコード屋は勿論閉まっている。
既に時刻は深夜…この商店街で開いているのは通り向かいのスナックだけだ…その店も、防音がしっかりしていて音が漏れることはいつも無い。
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だが、どこか懐かしい曲が千切れ千切れに聞こえて来る。
この音…この曲、たしか…
閉店前に来た客が試奏で突然弾き出した曲だ…あのマーチンで。。。
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複数で訪れた彼らは、近くの大学生と思われた。
その中の一人がおもむろにマーチンを手に取ると、とても若者が弾くとは思えない古い曲を弾き出した…
彼の様子がおかしい事に薄々気が付いてはいたが、指摘はしなかった…
その時の表情はとても生きた人間のものとは思えないほどに蒼白く、目は虚ろで焦点があっていない…他の学生も、異常に気がついたのか彼を無理やり連れて帰って行った。
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「誰か居るのか?」
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店内を見渡すと、店の奥に人影が見える…暗闇の中、白い洋服を着ているのか、ぽうっと浮き上がって見えた…よく見るとさっきギターの試奏をしていた学生だ。あのマーチンを抱えている…
何処からか入ったのか?
鍵の施錠はしっかり行ったはずだ…
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「さっきの君か…どっから入ったんだい?」
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しかしおかしい、この店は窓などがないので、照明を落とすと真っ暗で前すら見えない…
他の商品や棚などは暗くて見えない中、彼だけは何故か、はっきりと見えたのである。
恐る恐る、店の照明のスイッチに手を掛ける…
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『パチン…』
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明るくなったその瞬間、彼の姿だけが、元々其処に居なかったかのように消え…
ギターも元の位置に戻っており、今まで聞こえていたメロディも止まった。
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翌日、近所の踏切で事故があったことを常連客から聞いた。
なんでも、学生が走行して来た列車に飛び込んだそうで…
身体のほとんどがバラバラに千切れ、見るも無残な酷い事故だったそうだ…
それを聞いて新聞を開いて、驚いた。
死亡した学生の写真が載っていたのだが、あのマーチンを試奏していた学生だったのだ…
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では、夜…私の店にやって来たのは…
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この事があってから、早くこの気味の悪い品物を売ってしまおうと、値札をつけた。
30年製MARTIN(マーチン)D-18 『¥35000』
作者ナコ