床屋に行こう。
そう思ったのには理由がある。
顔を剃ってもらいたかったのだ。
自分が勤務する会社の社長の還暦祝いのパーティ。
それがなぜか関連会社のお偉いさん方が音頭をとってやたらと大袈裟な催しにしてしまった。
元々、個人経営の本当にこじんまりとした会社だったはずなのに、たまたまウチの社長が商工会の会長など引き受けたものだから「祝い事は盛大に」とかなんとか、とにかくひたすらありがた迷惑な状況になってしまったらしい。
ありがた迷惑だからと言って、社員があんまりしょぼい風情ではそれこそ申し訳ないので、とりあえず日頃しない化粧が乗るように顔のウブ毛だけでも処理してもらおうと思った次第である。
幸い自宅の近所に古くからやっている床屋がある。
子どもの頃にも顔を剃ってもらった。
私の子どもも世話になってる、いわゆる「馴染みの店」
最近は若い人はこういう床屋にはあまり行かないのだろう、案の定店は空いていた。
空いていた、というより客は無かった。
店主が (なんと言うのだろう、客を座らせる椅子)に寝転がってオリンピックを見ていた。
「あ、いらっしゃい。今日は?」
「ああ、顔剃りをお願いします」
そういうと、店主は「ああ、ちょっと待ってね」と言って奥さんを呼びに行った。
この店では顔剃りは専ら奥さんの仕事なのだ。
ほどなく奥さんが出てきて、「ここ、座って」と最前まで店主が寝転がってた椅子を示した。
正直「うえ、おっさんそこに寝てたけどな」と思ったが、まあいいや、早く終わらせて帰ってキングダムの続き読もう。そう思って言われたとおりに座った。
奥さんが顔に塗るためのシャボンを泡だてる。
顔を剃るための剃刀を用意する。
何時も通りの手順。
そう思った時だった。
かくん。
まるで膝のチカラが抜けたかの様に奥さんがへなへなと跪いた。
そのまま動きがない。
ええ、え?
奥さん?どうした?あれ、コレってちょっとダンナさん呼ぶレベルか?
時間にしてほんの十数秒、奥さんは何事もなかったかのように動き出した。
「…奥さん、だいじょぶ?なんかしんどい?」
「え?ああ、いいえ、なんともないですよ、ごめんなさいねぇ」
そういいながら私の首筋にシャボンを塗る。
そして無言で私の首筋に剃刀の刃を添える。
…あの、わたし…剃ってもらいたいのは…
作者ぱっくん
床屋で頼んでないのに首を剃られた時に「ひぇぇぇ((((;゚Д゚)))))))」と思ったときの思い出です。
後で聞いたら「顔剃りって言われたらそこも剃るよwww」と笑われましたが、頼んでないとこに剃刀当てられて心底ビビりました(^^;;