大学生の頃、俺は音楽系のサークルに所属していた。
それなりに小器用にギターを弾けるので、
同郷の浅井先輩(仮名)の命令によって無理やり入部させられ……
だから、イベントや録音の時ぐらいしか参加していなかった。
大学とバイトと…… マリコとのデートに忙しい日々の中、急に浅井先輩に呼び出された。
「今度、○○女子大の軽音楽サークルと合同アルバム出すんだけど、
1曲だけギターで参加してくれよ。ついては顔合わせするからヨロシク」
浅井先輩と一緒にファミレスへ行くと、そこには3人の女子大生が待っていた。
キーボードのミオさん(仮名)。
名古屋出身のスリムで小柄な、ちょっとチャラい感じ。
俺の顔を見ての第一声、
「ギターっていうから、もっとカッコイイ人かと思ってたのに」
……口が悪い、っていうか、態度が悪い。
(薄い顔を無理矢理にメイクでどうにかしてるタイプの女に言われたくないよ)
ベースのヤスコさん(仮名)。
静岡出身のムッチリした肉感的な女性。パワフルでガンガンくる感じ。
俺の顔を見ての第一声。
「ロックな感じを目指したいユニットなんでよろしくお願いします」
……なんか、いきなり気合満々で睨んできた。
(女子プロレスのテーマ曲が似合いそうな人だなあ)
そして、リーダーでボーカルのユウカさん(仮名)。
九州出身の背が高い女性で高級ブランド品に身を包んでる。プライドが高そうな感じ。
俺の顔を見ての第一声。
「練習については、各自で責任をもってお願いします」
……冷たい目。明らかに俺を拒絶してる。
(別に、俺からやらせてくださいってお願いしてるわけじゃないのに、感じ悪いなあ)
とにかく居心地の悪い1時間ほどの中、
(ああ、浅井先輩はユウカさん狙いなわけね)なんて余計なことを知ってしまったりしながら、
楽譜を貰って、その日の打ち合わせは終了。次はスタジオで、ということになり……
俺は恋人マリコの家に向かった。
マリコは玄関の扉を開けるなり、
「うわ…… 臭い……」
「え? 嘘。俺、そんなに汗かいてないよ、今日」
「そうじゃなくて…… とりあえず、塩もってくるから待ってて」
俺は、まるで節分の豆巻きのように粗塩をぶつけられてから、
やっとマリコの家に入れてもらえた。
「ところで、誰と会ってきたの?」
「サークルの浅井先輩と、○○女子大の人たちだけど」
「あー…… その女の人との付き合いは程々にしておいたほうがいいよ」
「え? なに、ヤキモチってやつですか」
俺が期待と喜びでマリコを見ると、
マリコは呆れ果てた顔をして……
「その中に一人、とんでもない因縁持ちが居るから」
俺の彼女マリコは、霊感持ちだ。
それもかなり強烈な。
どれぐらい強烈かといえば、SEXした相手に霊感をつけさせてしまうような……
この頃の俺は、まだ
「霊が視える」
「霊の存在を感じる」
といった程度で、それ以上のことはできなかった。
俺が○○女子大の三人の印象を話すと、マリコは溜息をついた。
「三人の中の一人ね、間違いないと思う。その一人が原因」
「だって、生きてたよ、3人とも」
「生霊ってわかる?
死霊ってのは死んでしまった者の霊、
生霊ってのは、生きている者の霊」
「あ、うん。聞いたことはある。
え? なに? 俺に生霊がついてきちゃったの?」
「あのね、生霊を飛ばすっていうのは、遺伝とか体質みたいなものなの。
つまり、因縁ね。
本人にはどうしようもないことなんだけど……
でも、その子の場合、本人にも問題があるかな」
「もしかして、俺がターゲットに?」
「まだ、ターゲットじゃない。今は嫌われてるんじゃないかな」
「なんで? 俺、今日会ったばっかりだよ? なんにもしてないよ?」
「なるべく当たり障りなく付き合って、さっさとその収録を終わらせちゃうことね。
関われば関わるほどに、その人が執着してきちゃうから」
ちなみに、渡された楽譜は……
どこかで聴いたことがあるフレーズばかりなので、
3時間も練習すれば、それなりに弾けてしまうような曲だった。
初顔合わせから一週間、稽古場での音合せの日が来た。
打ち合わせは無用とばかりにチューニングから即演奏へ。
自慢じゃないが、俺が一番演奏できていたようで、女子大生三人組の態度が変わった。
ミオさんは「けっこうやるじゃん! いい感じ、いい感じ。見直したよ」。
(褒めてくれてるんだろうけど、なんか感じ悪いんだよなあ)
ヤスコさんは「うわー。一週間で凄いねえ! ここからもっともっとイケルね!」
(この人、ガサツなだけで、そんなに悪い人じゃないんだろうなあ)
ドラムの浅井先輩が「どうよ、コイツ、けっこう使えるでしょ?」と言うと、
ユウカさんはその問いには答えず、ミオさんとヤスコさんを責め始めた。
「ちょっとどういうこと? 二人とも全然練習してないじゃないの!」
そこから説教が続く続く……
たしかにキーボードのミオさんはもう少し練習したほうがいいだろう。
しかし、ベースのヤスコさんはかなり良かった。
そこまで言われることもないだろうと、
浅井先輩を見ると、我関せずでだんまり……
結局、ヤスコさんが涙ぐむところまで説教は続いた。
この日は嫌な空気のまま、何度か音合わせて終了。
さっさと帰ろうとしたところ、浅井先輩に呼び止められた。
「記念すべき初音合せなんだから、これから打ち入りしようぜ」
「ちょっと予定があるんですけど……」
「おまえさ、こういうの付き合わないのって良くないよ?
音楽ってアンサンブルなんだからさ」
「あの…… 先輩の場合、付き合いとかアンサンブルじゃなくって、ユウカさんが目的じゃ……」
「わかってんだったら、協力しろ!」
……結局、スタジオの近くの居酒屋へ。
実際、酒を呑んで話してみると……
やっぱりヤスコさんは良い人。すっごく熱く音楽を語る。
ミオさんはカマッテちゃんで、俺がヤスコさんと音楽の話をしていても、
すぐに自分の話にすり替える。
(あ!? もしかして…… 生霊飛ばしの因縁持ちってミオさんじゃ……)
と思い始めた時、浅井先輩と話してたはずのユウカさんの視線に気付いた。
ユウカさんの顔が黒い?
なにか黒いモヤのようなものが、顔を覆っている。
そして、口から細い煙が……
タバコの煙? 違う。
タバコの煙はもっと白い。
次の瞬間、ヤスコさんがユウカさんに話を振った。
ミヨさんも、さっきとは打って変わって、
びっくりするぐらいユウカさんを持ち上げる。
話題の中心がユウカさんに移ると、ユウカさんの顔から黒いモヤが消えた……
「そのユウカさんって人が因縁持ち。間違いないと思う」
マリコの部屋に帰り、マリコに一部始終を話した俺も納得した。
「じゃあ、俺はユウカさんと関係しないようにすればいいわけだな?」
「んー…… 難しいなあ……」
「ど、どういうこと?」
「相手をしなければしないで、憎まれるからね。
因縁持ちって面倒臭いのよ」
「じゃあ、好きなふりをしろって?」
「そっちの方が、まだ無難かな。
でも、気をつけて。向こうが本気になったら……」
「なったら?」
「怖いよー? 生霊に憑かれるからね」
「い、生霊って、そんなに怖いの?」
「死霊ってのは、悪霊とか怨霊じゃなければ避けられるし逃げられる。
でも、生霊ってのは、追ってくる。
本体である人間が、念を補給し続けるから、念が尽きないんだよ。
だから、できるかぎり、関係を持たないこと。これしかないんだよね」
「そんな怖い生霊飛ばしの人間と友達付き合いしてる二人は大丈夫なの?」
「ミオさんって人も因縁持ちなのよ。
だけど、ユウカさんの方が因縁が強いから、子分の立場になってる。
その方が楽だし、自分も安全だと、本能的な何かでわかってるんだろうね」
「じゃあ、ヤスコさんも……」
「ヤスコさんは…… 可哀想だけど、取り込まれちゃってる。
ヤスコさんは良い人だから、
友達として本気でユウカさんを心配したり助けたりしているうちに、
ユウカさんに認められちゃったんじゃないかな。
だから、ユウカさんはヤスコさんを離さない、絶対に。
生かさず殺さず、自分のそばに縛り付け続ける……」
「たち悪いなあ……」
次に○○女子大の3人に会ったのはスタジオ収録だった。
収録といっても、演奏は一発録り。テイク3ぐらいで決まった。
そして、ユウカさんのボーカルを入れるのだが……
この時、ミオさんは用事があるとかでさっさと帰ってしまった。
ヤスコさんは、最後まで友達に付き合うと残った。
浅井先輩は、当然のように残ったわけだが、なぜか俺を引き止めた。
「俺がいたらお邪魔でしょ?」
「馬鹿。おまえがヤスコさんと話して、俺はユウカさんと話す。
そういう作戦だよ」
「だったら、ユウカさんに早く告白すればいいじゃないですか。
俺を巻き込まないでくださいよ」
「おまえ、そんな簡単に言うけどさあ……
ユウカさんってガード堅いんだぜえ」
「男らしくビシッと告白した方が成功するかもしれませんよ?」
「……わかった。だから、な? 付き合え。な? な?」
「わかりました……」
ユウカさんのボーカルはテイクをいくつも重ね、2時間弱ほどで完成。
「よし! じゃ、トラックダウンはうちのサークルのエンジニアに任せて、と。
とりあえず、仮打ち上げといきますか!」
……浅井先輩、気合い入り過ぎで不自然です。
仮打ち上げの席では、ユウカさんの隣に浅井先輩、俺の隣にヤスコさん。
とにかく俺はヤスコさんに話しかける。
浅井先輩はユウカさんを独り占め。
こういう作戦だったのだが……
2時間半ほど呑んでいるうちに、浅井先輩が呑み潰れてしまった!?
ユウカさんもけっこう酔ったらしく、ヤスコさんに介抱されながら、女子トイレに。
(先輩、なにやってんだよ……)と思いつつ、俺もトイレに行った。
男子トイレでなかなか終わらない小便をしていると、
隣の女子トイレからかすかな話し声が聞こえる……
どうして?
そんなにあの男が……
そういうわけじゃない……
絶対に嫌だからね……
誤解だから……
ユウカさんとヤスコさんの声だろうか?
くぐもっていて、よく聴こえない。
いや、そもそも、これは声なのか?
もしかしたら、気持ちとか思いとか…… 念とか?
泣いているようにも聴こえる……
俺が洗面台で手を洗い、顔を上げた瞬間、
鏡の中、俺の肩に女の顔らしきモヤが!
(え?)と思い、見直す間もなく眼は消えた……
浅井先輩を最寄り駅まで送り、
マリコの部屋の玄関を開けたその時だった。
「ストップ! 部屋に入らないで!」
「え? えええ?」
「あーあ…… 連れて来ちゃってるよ」
「生霊?」
マリコは無言で頷いた。
「ちょっと出かけようか」
マリコは俺を近所の公園にまで連れて行くと、ベンチに座る。
「まずは、どんな感じだったか話して」
俺は話した。
収録のこと、仮打ち上げのこと、
そして、トイレでの声と、鏡に映った眼のこと……
「なるほどね。そっちだったか」
「そっちって?」
「まだ、わかんないの? 二人の関係」
「二人の関係って……
ユウカさんがヤスコさんを友達として束縛してるんじゃ?」
「それがさ、友達じゃなかったのよ。
っていうかね、キミ、右肩にユウカさんくっつけてるよ」
「え? マジ?」
「うん。すっごく睨んでる。怖いね、女の嫉妬って」
俺が肩をあげようとした瞬間、ズキィ!という痛みが襲った。
「いたっ! なんで、俺が? いってぇ……」
「キミが、ヤスコさんに気があると思ってるんだね。
ヤスコさんを狙ってるって」
「どういうことか説明してよ。
それじゃ、余計にわかんないよ。いてて……」
「つまり、ユウカさんとヤスコさんは、恋仲ってことよ。
レズビアンってやつね」
「じゃ、俺は、二人の仲を引き裂こうとしてると疑われちゃったの?」
「そう。それで生霊を飛ばされちゃったんだね……
でも、右肩に生霊つけてきてくれたからわかったこともある。
ユウカさん、私とは違う意味で家系が凄すぎる……
その凄い家系の、ユウカさんは直系なんだね。
だけど…… その家系もユウカさんで終わりかな。
行き過ぎちゃったみたいだから」
夜明けとともに、俺はマリコに連れられて、ある寺へ向かった。
寺の手水鉢で手と顔を洗うと、肩の痛みはすっと消えた。
その後、朝一番の護摩壇を受けてマリコの家へと帰った。
その後、俺はユウカさんの生霊の被害には遭ってない。
というか、○○女子大との付き合いを断固として断った。
あれから幾年月……
マリコとの付き合いが絶えてから、霊感みたいなものはなくなった俺だが、
実は、この生霊飛ばしの因縁を持つ人間だけは、今でもわかる。
その見分け方は……
それで誤解されてしまう人もいるだろうから、ここではナイショです。
作者NecoRa