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私は夏になると、一人で電車旅をします。
通勤ラッシュや帰宅ラッシュの時間は避け
改札を通らずに乗り換えのできる大きな駅を経由し、一日かけてあちこちの駅を訪れ、最終的には自宅の最寄り駅に戻る。
というものです。
自宅の最寄り駅は、神奈川県の小田急江ノ島線のT駅です。
各駅停車車両しか停まらない駅で、知っている方はそう多くはないかもしれません
すぐ隣のY駅では、乗り換えをせずに、横浜市営地下鉄への乗り換えができます。
そこから市営地下鉄へ乗り換えたり、江ノ島線に乗ったまま海の方へ行ったり
前は名前も知らない駅で乗り換えて、とんでもない田舎町へ行ってしまったこともありました。
乗車賃のことなどでつつかれると少し痛いですが、ここでは許してください
今回お話するのは、その電車旅で体験した3つの出来事です。
まず一つ。
一昨年の8月中旬
その日は、母と喧嘩して家を飛び出し、ずっと宛てもなく電車にゆられていました。
運転室から線路を進む様子を眺めたり、窓の外をじっと見ていたりしていると、あることに気付きました。
ずっと同じ席に、ずっと同じ人が座っている。
黒いパーカーに、ジーンズのズボン、青いスニーカー。
髪は無造作に切った感じの、今時とは言えないスタイル
それが終点に着くまでなら、不思議にも思いませんでした。
しかし、終点につき、車内チェックの為一度全員降ろされてからも、ずっと同じ席に。
それも、眠っているのでもなく、音楽を聴いているのでもなく
どこの駅に着いても、降りない。
何時になっても、ずっとそこにいる
ああ、きっとこの人はこの世の人ではないのだろう、と
思い始めていました。
元々私が乗り込んだのは乗客の少ない一番端の車両。
通勤ラッシュでさえ少し余裕のあるこの車両の、ずっと同じ場所にいるというのはどうも違和感しかない。
あまり見ないようにと思いながら、顔を逸らして自宅の最寄り駅へあと7駅というその時
「降ります・・・降ります・・・降ります・・・」
声がした方を見ると、今までずっと座っていたその人が
扉の前でふらふらと揺れながらそう呟いています。
不思議なことに、目を離すことができずに
その人を見ていると、ゆっくりこっちを見て、何も言わずに降りて行きました。
扉が閉まり、ハッと我に返って、その人がずっと座っていた方を見ると
そこには買い物帰りらしき年配の女性が座っていました。
が、なにか違和感があったのか、別の席に座り直していました。
それを見て確信しましたが、やはり彼はこの世のものではなかったのでしょう。
2つ目
今年の2月下旬頃
その日は仕事帰りの電車に揺られていました。
乗り込むことができたのは一番混んでいるであろう車両で
どんどん押し込まれて反対側のドアへ押し付けられていました。
窮屈な思いもあと数駅の大きな駅までだと、窓の外を見たその時
全身に寒気が走りました。
窓の外、車両に張り付くように、白いスーツを着た女性が車両内を覗き込んでいるのです
ものすごい勢いで顔を逸らしたため、周囲からは白い目で見られましたが
私はその女性と目が合わなかったことに心底ホッとしていました。
もし目があったら、とんでもないことになっていた気がします。
そして3つ目
これは私が今まで体験した経験の中で、一番怖い経験です。
今でもその時間帯のその駅には行けずにいます
その日、仕事が思った以上に遅くなり
いつもは22時には電車に乗れていたのですが、その時は0時近くになっていました。
電車があるのかどうかすら不安になって、とりあえず10分後に来る予定の電車を待ってベンチに座っていました。
向かいのホームにサラリーマンと若い女性がいるだけで、アナウンスの音も、車の音もしません
少し怖いなあと思いながら、母へメールを送信し、ため息をついてなんとなく向かいのホームを見たその時
一点に集中してしまい、目が離せなくなりました。
サラリーマンの左肩に、白い手がかかっています。
その白い手から、徐々に頭部が出てきていることにも気づいていました。
これ以上見てはいけない
そう思っても目をそらすことができず、「それ」に見入っていると
出てきた頭部が後ろ姿だということに気付きました。
そして、サラリーマンの足に、「それ」の体が巻きついていきます。
絡まるようにどんどん巻きついていく「それ」の顔が、ゆっくりとこっちを向きます
その顔は、真っ白い顔の中に、真っ暗な闇がどこまでも広がるような大きな瞳
口元はよく見えませんでしたが、灰色の唇だということはわかりました。
こちらに気付かないことを祈り、気をそらすために携帯へと目を向ける。
電車が車で2分の時、向かいのホームに電車がきた。
あのサラリーマンが乗り込むのも見えて、少しホッとしました
サラリーマンには悪いけど、取り憑かれて、ご愁傷様。
くらいに思っていました。
そして少し早く私が乗る電車も到着し、車両に乗り込み、向かいのホームを背にするように座りました
しかしそこで好奇心が働いてしまったのがいけませんでした
見てしまったのです。
ホームに立ち、首をくねくねと動かし、狂ったように笑っているその顔を。
目が合わなかったことは幸いでしたが
「それ」が、サラリーマンではなく
あの駅にいることがわかってからは
会社から少し距離がある駅まで歩き、そこから乗るようにしています。
今でもその駅には近づけないでいます。
電車旅は今年はするつもりはありません
もしもまた、あちら側の人に会ってしまったら
そのときは、何かが起こるような気がするからです。
作者れいちゃん@クジャマジ愛してる