中編7
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招かれざる客

music:1

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(サウンドノベル風モードでの閲覧推奨)

今年も汗ばむ季節がやってきた。

この暑さを感じる度に、あの日のことを思い出す。

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ある夏の日

俺は休暇に入り、実家に帰郷していた。

地方の田舎だけあって、日頃の喧噪が嘘のように感じられる。

両親は共働きのため、インドア派な俺は一人家の中でくつろぐ事になる。

俺は、見慣れているがどこか懐かしい自分の部屋に入った。

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自分の部屋ほど落ち着く空間は無い。

一人暮らしでも自分の空間というものはあるが、実家のそれとはまた別だ。

オーディオ機器にCDをセットし、選曲する。

俺は大のデスメタル好きだ。

部屋の扇風機を付け、俺はドサッと床に寝転ぶ。

家に誰もいない開放感。

俺はそれを味わうために、音楽を大音量で流した。

都会なら近所迷惑を考えるが、生憎ここはド田舎。

この程度じゃ迷惑になんてならない。

音楽を堪能している最中、チャイムが鳴った。

sound:16

ピーンポーン

誰か来たことは分かるが、日中に家を訪れるのはせいぜいセールスマンか新聞勧誘あたりだろう。

仮に用事があったとしても、俺じゃなくて両親にだ。

面倒くさいと思った俺は、居留守をすることにした。

まずこの音を何とかしなければならない。

俺はオーディオ機器のボリュームノブを左に回し、音を消した。

sound:16

ピーンポーン

さっきよりハッキリと聞こえ、家の中でこだました。

俺は近くにあった漫画を読みながら、チャイムが止むのを待った。

しばらくすると、チャイムは鳴らなくなった。

「行ったか」

俺は再び音楽の音量を上げる。

さすがにもう来ないだろう。

そう思った時だった。

sound:16

ピーンポーン

イライラが募る。

ひょっとしたら音が外に漏れているのを聞いていて、俺が居留守をしているのがバレているのかもしれない。

ノルマ達成のために汗をかくセールスマンなら、そこまでの情熱... いや、しぶとさがあってもおかしくはないだろう。

当時反抗的だった俺は

「こうなりゃとことん居留守決め込んでやる」

と変に意気込み、訪問者とのイタチごっこを続けることにした。

チャイムが鳴って音量を下げる

鳴らなくなったら音量を上げる。

そうするとまたチャイムが鳴る

「これ絶対居留守バレてるだろ(笑)」

俺は笑いながら、同じことを何回も続けた。

しかし、それが数分続いたところで俺はある事に気付いた。

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music:4

俺の家は、雪国ならではの風除室がある。

風除室とは、玄関の所に併設され、風や雪を遮るためにある空間だ。

俺の家は、引き戸を開けて風除室に入り、玄関のドアを開けて入るタイプだが、この暑い中ずっと風除室にいたら絶対に暑さに根を上げるはずだ。

その暑さを俺は何度も経験している。

特に閉め切った風除室はサウナ以上の暑さで、鍵を開けている僅かな間でさえ汗が噴き出るほどだ。

訪問者は、そこで十分以上はチャイムを鳴らしている事になる。

そこまでして家に用事があるのか?

いや、その前に普通に考えてあの暑さに耐えられるわけがない。

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最後のチャイムが鳴ってからしばらく経つ。

俺は玄関の様子を見に行くことにした。

しかし訪問者に姿を見られたくはない。

俺の部屋は2階にあるが、そこから玄関は見えないため、同じ2階にある別の部屋に移動した。

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俺は部屋の窓から玄関を覗いた。

玄関に人は立っておらず、風除室も閉め切られたままだ。

(きっとチャイムが故障したんだろう)

俺はそう思い、自分の部屋に戻る。

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今度は音楽を付けずに、漫画を読むことにした。

部屋からは扇風機の音しか聞こえない。

しばらく漫画を読んでいると

sound:16

ピーンポーン

とチャイムが鳴った。

もしかしたらピンポンダッシュのイタズラではないか。

ふと、俺はそう思った。

sound:16

ピーンポーン

2回目のチャイムが鳴った直後、俺はさっきの部屋に走って向かい、窓を覗いた。

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しかし、玄関には人影も無く、風除室も閉め切られたままだった。

おかしい。

風除室の引き戸は、引くと金属が擦れる音がするため、静かな部屋の中なら絶対に聞こえるはずなのだ。

それなのに風除室は閉まっている。

仮に数人掛かりで協力してピンポンダッシュをするとして、引き戸が鳴らないようにゆっくり閉めようとしても、俺がチャイムに気付いて玄関を除くまで5秒も掛からない。

例え引き戸を何とかしたとしても、すぐ近くに身を隠すような場所は無い。

イタズラで俺に気付かれずにチャイムを押すには、時間的にも無理がある。

俺はそのまま玄関を監視していた。

数分経ったが、相変わらず人の気配は無い。

結局それが何だったのか分からないままだったが、空調の効いていない部屋で神経を使うのも応えるものがあった。

俺は喉を潤すため、飲み物を取りに1階のリビングに向かった。

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2階の廊下を渡り、階段を降りようとした時だった。

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ガチャン...

sound:21

玄関の扉が開く音がした。

田舎、特に家の周りは治安が良かったため、日常的に扉に鍵を掛けることは無かった。

それが仇となってしまった。

心拍数が上がる。

家の中は静寂に包まれており、俺の僅かな息遣いでさえ、その訪問者に伝わりそうだった。

必死に息を押し殺すが、動悸のせいで肺が酸素を欲し、鼻息が荒くなる。

俺は音を立てないように、その場で立ち尽くしていた。

すると

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「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"。」

不気味な声が玄関から聞こえた。

声のトーンからして女の声だと思うが、念仏を唱える時に出すような、厚みのある声だった。

俺は戦慄した。

膝が震え、立っているのがやっとだった。

もしかしてあのチャイムは、この家に人がいるかどうか確かめるためのものだったのだろうか。

ただのイタズラ? 不審者? 空き巣? 強盗?

俺は様々なことを考えるが、階段の下の玄関にそいつがいるという事を考えた時、怖さで脳が思考をシャットアウトした。

そいつはさっきの声を発してから、何も行動を起こしていない。

玄関の扉を閉める音も聞こえていない。

・・・・・・

つまりだ。

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そいつは玄関の扉から家の中を覗いているという事になる。

そう考えた時、ジワジワと嬲り殺しにされているような感覚に襲われた。

監視(み)られている。

俺は額から冷たい汗が落ちてくるのを感じた。

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music:4

その横着状態が2分ほど続いた頃だった。

俺は何とか精神を立て直し、行動を起こそうと考えていた。

そうでもしなければ、とてもこの恐怖には耐えられない。

俺は霊的な可能性も考えたが、もしそいつが人間で危ない奴だったら、それこそ俺の身が危ないと考えた。

どこかに身を守るものはないだろうか。

そこで気付いた。

俺は趣味でナイフやガスマスクなどの軍の放出品を収集しており、部屋にはそれらが飾られている。

実際に使う時など来るわけがない。

ただの趣味だ。

俺はそう思ってコレクションしていたが、まさか本当に使おうとする時が来るとは思わなかった。

いつ襲われてもいいように、俺はそのナイフを取りに自分の部屋に戻ることにした。

音を極力立てないように、ゆっくりと後退りしながら部屋に入る。

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俺はケースに入った刃渡り8cmほどの折り畳みナイフを手にした。

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アルミニウムフレーム、ドロップポイントブレード、デュアルサムスタッド、セレーション、ライナーロック付き。

これなら相手が銃でも持っていない限り、対等に戦えるだろう。

俺は折り畳みナイフの刃を出し、逆さに持つ握り方で手に持ち、廊下に向かった。

右手にはナイフ。

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左手には、あらかじめ110の番号を押した携帯電話を持つ。

これなら万が一何があっても大丈夫だ。

いや俺は大丈夫じゃないかもしれないが....。

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未だにシーンと静まり返った廊下から、俺は階段を降りる。

ゆっくり、ゆっくりと

一段一段、慎重に降りていく。

まだ扉が閉まる音は聞こえない。

あいつがいる...。

もうすぐ階段の終点だ。

俺は静かに深呼吸をする。

意を決し、階段の壁から顔を出して玄関を覗いた。

誰もいない......。

それどころか、玄関の扉は閉まっている。

不可能だ。

俺は思った。

何故なら、家の玄関の扉は結構大きくて、金属で出来た扉は開けたり閉めたりする時に必ず音がするからだ。

この静かな状態なら尚更、聞こえなければおかしい。

俺は通路の死角をクリアリングしながら玄関に向かった。

玄関に着き、俺はまず扉を調べた。

玄関の扉は完全に閉まっている。

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ガチャン...

俺は扉を開けて風除室を除く。

風除室の扉も閉まっている。

ありえない。

風除室の引き戸の音さえ、俺には聞こえなかった。

俺が目にしたもの、耳にしたものは、一体何だったのだろうか。

・・・・・・・・

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music:5

俺は自分の部屋に戻ることにした。

握ったナイフをケースにしまう。

何も考えないようにしていた。

きっとチャイムが故障していただけだ。

玄関の扉も、きっと最後に閉めた時に扉が半分閉まっていない状態で、時間差で閉じたんだ。

チャイムも、故障しているせいでタイミングよく鳴っただけだ。

そうとしか考えられない。

俺は半ば強引に自分を説得した。

頭の中で何かが引っ掛かるけど、考えたくない。

きっとそれを考えてしまったら、俺はもうこの家には居たく無くなる。

何も考えないようにして、その日はいつも通りに過ごした。

チャイムの故障

これで全てが片付くはずだった。

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あの声さえ聞かなければ...。

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コメント怖い
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りとるぐりーん男さん:
コメント&評価ありがとうございます。
怖いとの評価、大変嬉しく思います。是非、他の作品もお読みになって下さいね!

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話に合わせた背景がより怖さを増してる!(。´Д⊂)
この話は純粋にこわいです...(T-T)

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鎮魂歌さん:
コメント&評価ありがとうございます。
金縛りに遭う中、周りで淡々と起こる事象を目にするのは非常に応えるものがありますよね。
私の家系にはそういったモノが見える人もいないので、特に心当たりも無いのですが、その可能性もあるかもしれませんね...。

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これは怖い。
大音量で音楽を聞いている時の来客は嫌ですね。
私も急いで音を消して居留守を遣う時が有ります(^^

たまに金縛りにあって、
動けない時に玄関の扉が開く音を聞いたりしますが、
あの恐怖は言葉には言い表せません。

得体の知れないモノが家にいると言うだけで
恐ろしいモノが有ります。
私なら怖くて家を飛び出してしまいそうです。

確かに霊的な現象は既存の物理学、
自然科学からすれば非科学なのは間違いありませんが、
この世界において万物に当て嵌まらない何かしらの系が
局所的に存在していてもおかしくは無いと考えています。

例えば
Diablo616さんの身の周りでのみ成立する謎の法則が有る…
などは、存在しても良いのではないでしょうか?

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ガラさん:
コメント&評価ありがとうございます。
怖がって頂けたようで何よりです! これが霊の仕業じゃなかったとしても、それはそれでまた怖いですよね(笑)

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怖い!これは純粋に怖い話だわ!!

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Noinさん:
コメント&評価ありがとうございます。
無駄なところでリアリティを出してしまいました...(笑) でもそれを使う時が来なくてよかったです...!
なるほど、数学の観点から幽霊を切るのも面白そうです。しかし私の「見えるのに信じない」というのも、何か矛盾してて滑稽ですね。

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おお、こわいこわい。
(いや、ガチで)
この話の途中で出てくるアイテムは、
ミリタリー好きじゃないと分かり難いと思います。
(だが、何故か分かった自分がいる····)

>否科学的な事も、数学的にはあり得ます!
実際、そう言う事をいった人はいっぱい居ますしね(笑)

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