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(※サウンドノベル風モードでの閲覧推奨)
これは、当時俺が小学5年生の時に体験した話だ。
学校が春休みを迎えたこともあり、相当浮かれていたのを覚えている。
寝る間も惜しんで遊びに耽ていた程だ。
その不摂生が祟ってか、俺は盲腸炎を患ってしまった。
夜中に激痛に見舞われ、もうダメかと思うくらい痛かったのを覚えている。
キリのようなもので下っ腹の右脇に穴を開けられているような痛みだった。
変なところで冷静な俺は
「騒ぎ立てられたくないから救急車は呼ばないでほしい」
なんて子供らしくないことを親に言っていた。
「腹の痛み如きで死にはしないでしょ。痛いのは生きてる証だよ」
そう格好つけて言ったはいいが、激痛で顔を歪ませながら言っても説得力は無かったと思う。
両親は最初は慌てていたが、俺に余裕がある事が分かると、希望通り病院まで車で俺を搬送する事にした。
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最寄り病院の救急外来で事情を話し、俺は父親に抱えられ中に入った。
診察の結果、盲腸に糞石が詰まっている事が分かり、手術で切開して除去する必要があると告げられた。
案の定、生活習慣の悪さが原因だった。
手術という言葉を聞いたとき、俺はもう格好つける余裕は無くなっていた。
即入院する必要があると言われ、その日はベッドに寝かされて痛み止めと点滴を打たれた。
(俺の春休みが...)
溜め息をつき、俺は目を閉じて眠りについた。
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翌朝起きると、俺は6人部屋のベッドの上にいた。
周りは老人ばかりだ。
その日は、翌日に全身麻酔を掛けて手術をするという説明を医師から受けた。
最初は怯えていたが、手術をしないとこの痛みがどうにもならない事から俺は覚悟を決めた。
手術は無事成功し、目が覚めた頃には俺はベッドの上で術後の痛みと闘っていた。
担当医からは、1週間程で退院出来ると言われた。
手術のダメージは子供の俺には結構大きかったらしく、俺はベッドから起き上がるのに数日掛かった。
歩くのも一苦労で、歩き方を忘れたんじゃないかという程の感覚だったのを覚えている。
イメージ的には、たまに手に力が入らなくなる時の感覚が下半身にくる感じだ。
笑ったり、咳やくしゃみをするだけでも腹が痛む。
見兼ねた姉が、お見舞いに来た時、暇潰し用に俺に漫画を買ってきてくれたのを覚えている。
普段は意地悪な姉も天使に見えたが、読んでみるとそれはギャグ漫画だった。
俺は本当の意味で笑い死ぬところだった。
結局、リハビリに励まなかった俺は退院するまでに2週間程掛かったのだが、その中で俺は不気味な体験をした。
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ある日のこと
俺はいつも通り病院で過ごし、夜を迎えた。
消灯時間が過ぎ、病院内が真っ暗になる。
俺は6人部屋の入口側に一番近いベッドにいる。
いつもは老人患者のいびきや歯ぎしりで眠れなかったのだが、何故かその日だけは皆静かに寝ていた。
俺はブラインドカーテンを閉め、ベッドの中で音を消してゲームをしていた。
すると、外の廊下から音が聞こえてきた。
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キィ... カラカラ...
キィ... カラカラカラ...
医療器具を乗せて運ぶステンレス製の台車の音だろう。
何故、こんな時間に、こんな暗闇の中
などという考えは、この音に聞き慣れた俺には無かった。
子供というのはどこか鈍かったりする。
俺はその音を耳で聞き流し、ゲームを続ける。
キィ... カラカラ...
キィ... カラカラカラ...
一定の速度を保ちながら、音がこちらに近付いてくる。
キィ... カラカラ...
キィ... カラカラカラ...
キィ... カラ
俺のいる病室の前あたりで、区切り悪く音が止まった。
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少しすると
スーッ
と病室の扉がゆっくり開いた音がした。
カーテンの下の隙間から、ちょうど人の顔が覗ける程度に扉が開いているのが見える。
すると
ガラガラガラガラッ
扉がゆっくりと開く音が聞こえた。
キィ... カラカラ...
キィ... カラカラ...
さっき聞こえた音が、病室に入ってくる。
それと同時に銀色の台車も見えた。
台車の一番下の段にはステンレス製の医療器具が乗っているようだ。
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気付くと、扉の前に白い女性の足が見える。
膝下しか見えなかったが、看護婦がよく履くヒールのある靴を履いていた。
その瞬間、俺は回診だと思った。
よく考えれば、消灯後に回診が来るはずがない。
見回りだとしても、こんなに暗い中で懐中電灯も持っていないのはおかしい。
しかし、回診の度に点滴を打たれるのが心底嫌いだった俺は
(うわ、また点滴かよ... 嫌だなぁ)
としか思わず、嫌いな注射のことしか頭に無かった。
しばらくすると
ガラガラガラッ
と扉が閉まる音がした。
(寝たふりをしよう)
実に子供らしい発想だった。
寝ている子供を起こしてまで点滴は打たないだろう。
俺はゲーム機をそっと枕の下にしまい、目を瞑って狸寝入りをし、その場をやり過ごすことにした。
コッ... コッ... コッ...
足音が聞こえる。
sound:30
シャーッ
正面からカーテンが開く音がした。
しかし俺のベッドからではない。
多分俺の前の人のベッドからだと思う。
しばしの沈黙の後、再びカーテンが閉まる音がした。
すると足音が聞こえ、今度は斜め前の方からカーテンが開く音がした。
どうやら、一人一人ベッドを見回っているようだ。
(回診じゃなくて見回りなのかな)
そう思い、俺はホッとした。
その看護婦らしき人は、カーテンを開いては閉じ、を数回続けた。
sound:30
シャーッ
俺の横から音がした。
次は俺のベッドの番だ。
カーテンを閉める音が聞こえ、足音が俺の方に向かってくる。
コッ... コッ... コッ
俺のベッドの前で足音が止まる。
薄目でカーテンの下を見ると、台車の横に白い足が見えた。
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カチャ... カチャ...
sound:27
カチャ... カタンッ
金属音がする。
どうやら台車の上の医療器具を弄っているようだった。
俺は嫌な予感がした。
(点滴?! こうなったら意地でも寝てやる...)
そう思い、俺は熟睡する子供を演じた。
........
中々カーテンが開かない。
すると、今まで一言も声を出さなかったその看護婦が
「...佐藤さん」
と俺の苗字(仮)を呼んだ。
女性の声だった。
そして、どこか機械的に聞こえた。
「...佐藤さん」
俺は無視した。
返事をしたら俺が起きているのがバレてしまう。
「佐藤さん」
再び声がする。
(早く行ってくれ...)
そう思いながら狸寝入りを続ける。
しかし俺はふと、あることに気づいた。
さっきまでは患者がベッドにいるかどうか覗いて確認していた。
何故俺の時だけ点呼で確認するのだろうか。
さっきのようにカーテンを開けて確認すればいいのに。
そう思ったときだった
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「さぁーとぉーおーさん」
先程とは違う、喉を震わせたような暗い声で俺の苗字を呼んだ。
肉声とは思えない不気味な声に俺は怯えた。
返事をしてはいけない。
第六感が訴えかける。
俺は目をギュッと瞑り、息を殺す。
布団の温もりが、やけに心強く感じた。
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ガタンッ!!
台車に医療器具を乱暴に置くような音が聞こえた。
俺はその音に驚いたが、平然を装う。
その音が聞こえてから5分ほど経った頃だった。
それ以降、俺は声や音が聞こえないことを不思議に思い、目を開けた。
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すると、先程までカーテンの下から見えていた白い足と台車が消えていた。
「えっ?」
俺は唖然とした。
何の音も聞こえていないのに視界から消えた。
しばらく様子が飲み込めなかったが、気配も感じられないので、俺はカーテンを開けて病室の中を確認した。
さっきの看護婦がいない。
おかしい。
この病室に入ってくる時に扉は完全に閉めていた。
病室から出るには再びその扉を開ける必要があるのに、扉が開く音は聞こえていない。
狸寝入りはしていたが、俺は完全に意識があったのを覚えている。
子供だった俺は、恐怖感というよりは、何故か不思議に思う感じの方が強かった。
とにかく点滴を打たれる危機は免れ、居眠り作戦も功を奏した。
点滴を打たれなくて済んだという安心感からか、俺は再びベッドに入るとすぐ眠りに落ちた。
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翌朝、看護婦が回診に来た。
「おはようございますっ。今日も佐藤くんの嫌いな点滴のお時間ですよー」
冗談っぽく俺に言う。
足に目をやると、昨日見た看護婦が履いていた靴と同じものを履いている。
「看護婦さん、昨日の夜、僕の病室に来た?」
「え? 行ってないよ。私は夜はここにいないから」
「昨日、夜に看護婦さんが来たよ」
「夜に? んー、多分見回りだと思うよ」
「でも、その銀のやつ引いてたよ」
俺は看護婦が持ってきた台車を指差す。
「これ? アハハっ それは無いよ。だって見回りにはこんなの必要ないもん」
「でも、その銀のやつがすごいカラカラ言っててうるさかったよ」
「本当? でも最近のこれは造りがしっかりしてるから、そこまでうるさい音は鳴らないと思うよ。でも昔は、うるさいものもあったけどねー」
「その看護婦さん、一人一人ベッドを覗いてたんだよ。僕は狸寝入りしてたけど、『佐藤さん』って僕の苗字だけを何回も呼んだんだ」
看護婦は首を傾げる
「消灯した後は見回りはあるけど、今やってるような回診はしないよ? それに、私は君のこと呼ぶ時は佐藤くんって呼んでるでしょ?」
俺はますます訳が分からなくなってきた。
「夜遅くまでゲームばっかしてるから、変な夢でも見たんでしょー? ほら、点滴打つよ!」
どこか腑に落ちない感じがしたが、俺は大人しく点滴を打たれた。
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結局、春休み中に退院は出来ず、病院で新学期を迎えることになった。
ランドセルを背負って下校する子供達を病室の窓から見る度、俺は溜息をついた。
それから10年以上経ったが、今でも思う事がある。
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何故あの看護婦は俺のことを呼んだんだろう。
もしあの時俺が返事をしていたら、どうなっていたんだろう。
それを考えると、未だに腹の古傷が疼く。
作者Diablo616
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
3回目の投稿となりました。今思えば、今回の出来事は人生で初めて体験した怪現象でした。やはり病院というのは、この手の話が尽きないようです...(笑)
もし入院されるようなことがあれば、不用意に返事をされないようにお気をつけ下さい...。
8/4追記:
本作品が第19回怖話アワードを受賞致しました。この作品を読んで下さった全ての方々に感謝を申し上げます。このサイトを通じて、自分の体験を少しでも皆様と共有出来た事を大変嬉しく思っております。ありがとうございました。