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30年以上暮らしてきた家を出ることになった。
家賃2万円という安さに惹かれて決めたのだが、実際に足を踏み入れてみると値段通りのアパートだった。
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アパートの壁は一面ペンキで塗られていた。
しかし、ひび割れと汚れでみすぼらしく、いかにも貧乏人のための家という雰囲気を漂わせていた。
隣接する公園は塗装の剥げた遊具達がポツネンと並び、それらを取り囲むようにして、草木が鬱蒼と生い茂っている。
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とはいえ、引越し日まであと二週間。
持っていける荷物は先に持って行くことになった。
私はその日、実家から楽器やら本やらを引っ越し先に持ち込んでいた。
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私にあてがえられた部屋は四畳一間の部屋と、三畳半の小部屋で構成されていた。
四畳の部屋からはベランダに出ることができ、ガラス戸の前で先週購入したばかりのカーテンが揺れている。
蒸し暑い室内の空気を変えようと、ガラス戸に手を掛けた。
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鍵が、開いていた。
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背筋が凍った。
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しかし、そこで昨日のことを思い出す。
昨日荷物を運びに来た時、同じようにガラス戸を開けたら大きなハエが入り込んだのだ。
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追い出そうとして、ガラス戸を開けたり閉めたりしていた。
なるほど、その時に閉め忘れたらしい。
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さらに、今家には貴重品も何もなく、しかも3階端の部屋である。
ベランダに入り込んだところで、盗めるものは何もない。
そんな風に考えながら、持っていた荷物を床に下ろした。
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がらんとした部屋に一人。
なかなかに淋しい。
私はイヤホンで音楽を聞きながら、荷解きを始めた。
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しばらく作業を続け、だいたい終わったなぁという頃。
ふと、イヤホンから聞こえる音に、妙な音が混じった。
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興奮した男性の、鼻息のような音だった。
鼻奥から勢い良く出される「ふごぉ」「ふごぉ」という音だ。
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イヤホンの不具合かと思って外してみるが、音は変わらず規則的に聞こえてくる。
自分の呼吸かと重い、少しだけ息を止めるが、やはり呼吸音は止まらない。
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私には何故か、その呼吸音は圧倒的に男性、かつ体格のよい、それなりの年齢の人物のものだ、という確信があった。
そこまで自信たっぷりだった理由は自分でもよく分からない。
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音は隣の部屋から聞こえたように思った。
三畳の部屋には、畳半畳ほどの物入れがある。
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その中に、誰かいるような気がした。
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私は身構えると、呼吸音を聞きながらそっと隣の部屋に歩み寄った。
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そっと襖に手を掛け、一気に開けた。
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北海道土産の木彫りの熊と目があった。
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襖を明けてから、あの呼吸音もなくなってしまった。
他に、怪しい影もなく、私は気のせいか風のイタズラと決めてかかった。
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だが、薄気味悪いのに変わりはなく、ガラス戸の施錠をしっかり確認して家を出る。
家の鍵ももちろん閉め、自宅へと帰ってしまった。
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帰宅後。
そういえば、トイレの中は見なかったことを思い出した。
作者退会会員
お読みいただきありがとうございます。哀川です。
本当にあった出来事に脚色しました。
音の正体は、未だに分かっておりません。