少女は退屈をもて余していて、街を抜け出しては森へ来ていた。
街には少女が惹かれるものはなかったし、少女に惹かれるものもなかったから、それは丁度いい様子で、全てはうまいこと廻っていたのだ。
少女はいつも紅い服を来ていて、たしかにそれは紅いのだけれど、たまに黒く見えることもあったが、よく見るとやっぱり紅いので、そしてそれはいつものことだから誰も気にすることもなく、少女が森へ入っていくことを咎めるものはいなかった。
森には一匹の狼がいて、少女のことをいつも待っていた。いつもいつも同じ場所で、いつもいつでも待っていた。
少女は狼を見つけると、迷わず駆け寄り抱き締める。
ああ、今日もまた会ってしまった 。どうしてあなたはここにいるの?どうしてわたしはここにいるの?明日はきっと抱き締められない。だって明日はここにこないもの。
少女はもう何回も言った言葉を、さながら挨拶のように呟き、狼を解放する。腕には抜けた毛が絡むが、そんなことは気にしない。だって、気にする人はいないのだから。
そもそも人なんているのかしら?
少女は疑問に思ったようで、人を探して森をさ迷う。狼はついてこなかった。
街にはいかない。だって街には人はいない。それは知っている。
わたしは知らないことが多いけど、知ってることも少しはある。
あれ?それってなんだっけ。そうそう、街には人がいないってこと。
少女はそこまで考えて、ふと足を止めた。
人?
人ってなに?
わからない。わからないわからない。
わからないことはこわい。こわいこわい。
こわいよーと、少女は走った。走って走って、息が切れ、やっと止まって気付いたように、
わからないから探してるんだった!
と、大きな声を出した。
でも、わからないものをどうやって探すの?
少女に次の疑問が沸く。
わからない。わからない。わからないものがこわい。わかればこわくない。こわいのはいやだ。だったらわかればいい。わかるためにはどうしたらいい?
そうだ!中を見てみよう!
そうだそうだ!中を見て、調べてみよう!そしたらわかるかもしれない!
少女は踵を返し、もときた道をまた走る。
狼が怖くないのは中身を知ってるから!おかあさんがこわいのは中身をしらないから!
なーんだ!かんたん!
そうすればきっと人がなにかもきっとわかる!
これで人がなにかわかったら、次は自分も調べてみよう!
少女はご機嫌で街へ向かう。走って走って、しっかりとした足取りで。それもそのはず。少女は明確な目的を見つけたのだから。
街を目前にして、少女はぴたりととまり、くるりと振り向いた。
忘れてた!
少女のことをはまた叫び、走る。向かった先は、狼のところだった。狼は先刻と同じように、同じ場所にいた。
ねえ狼!お別れを言いに来たよ!わたしいいこと思い付いたの!これでもう狼に会わない日がくるよ!今までありがとう!狼のおかげ!狼のこと調べたときのこと、思い出したの!そしたらおかあさんや、街のひとも、同じようにしてみたらいいって気づいたの!もしかしたら、そしたら、人がなにかわかるかもしれない!
少女はそう、狼にそう言って、最後の抱擁を交わす。それはいつも通りの、一方的なものだったけれども、少女は満足した様子で、街へ向かった。
少女はもう、ここへはこない。
少女はもう、狼のところへは戻らない。
少女はもう、狼を調べた時点で、戻れない。
作者有野 実