嫁を殺した。
死体はバラバラにして、風呂に放り込む。風呂の水は一瞬で真っ赤になった。
首、胴体、手、足、性器。
服をポロシャツから、スーツに着替える。
これから父上との対談があるのだ。
まあ、そこまで畏まる必要はないのだが。
父上を待たせてはならないと、居間に向かう。
「父上、お待たせしました」
「そんなに畏まる必要はないよ」
案の定言われた。
「いえいえ」
「うーん。困ったなあ、血の繋がった親子がこんなにぎこちないなんて」
俺は父上を尊敬し子供の頃からこんな態度を取っていた。
「まあ、まあ父上そんなことはどうでもいいじゃないですか」
そそくさと俺も座る。
「僭越ながら。なんのお話でしょうか?」
「いや。そんな堅苦しい話じゃないよ。お前の様子を見に来ただけだ」
「と、いいますと?」
「それほど深い意味はない。お前と裕子さんの仲とか、今どんな生活をしているのか、とか」
「裕子?じゃあ、裕子呼びますか?」
「いや、いいよ。裕子さんに悪いし」
「いえ。呼びます」
父上を怪しませないために、呼びにいくフリをする。
「裕子?!・・・出かけてるのか?」
勿論、返事なし。今頃、お湯加減でも楽しんでいるだろう。生前、あいつは風呂好きだったからな。
「はーい」
えっ・・・。
その声に、俺は戦慄した。
間違えなく。
裕子の声だ。
「もう、別にいいのに」
父上には見えないだろうが、今の俺の顔には冷や汗が浮かんでいるだろう。
俺は障子をしめ、席に戻った。
「いや、いつ聞いてもいい声だね」
「はは。とらないでくださいよ?」
「ハハハ」
父上の笑いに合わせるが、俺の心境はぐちゃぐちゃだった。
「呼びましたか?」
障子を開けたのは、紛れも無い。
裕子だ。
障子から白く透き通る肌を覗かせる。
「まっお父様」
「久しぶりだね裕子さん」
「ご無沙汰しております」
裕子が頭を下げる。父上も頭を下げる。
だが。今、頭を下げている裕子は誰なんだ?
裕子は俺の視線に気づいたのか。
「順二様どうしましたか?」
綺麗な黒髪が靡く。艶やかな唇。無垢な瞳が俺を見据える。
間違えない裕子だ。
「い、いや・・・」
自分ではちゃんとした返事をしたつもりだが、少々言葉が詰まってしまった。
「そうですか。あの、私は・・・」
「ああ、そこにいてくれ」
本当は今すぐ出ていってほしかった。恐怖感に耐え切れない。
「裕子さん多忙じゃないのかい?」
「いえ。大丈夫ですよ」
ニコっと父上に笑いかける。
こいつは先ほど俺の手で殺したはずだ。そして、風呂の湯に浸かっているはずの存在だ。
それが俺の横へ来る。
「なに、そんなにオドオドしてるの」
「ハハ。確かお見合いのときもそんな感じだったな」
「ふふ」
俺もなんとか笑いを合わせた。だが完全に笑いが引き攣った。
「さっきから大丈夫?顔も蒼白していますよ」
「大丈夫だよ」
「順二。日を改めてもいいんだぞ?」
「いえ。本当に大丈夫ですから」
全然大丈夫ではない。さっき殺したやつが横にいて、笑って、喋って・・・。
「ちょっとトイレ」
父上が席を立つ。
やばい。
ものすごく。
障子がピシャンと閉まる音がした。
「痛かった」
「・・・」
「手が。足が。私の大事なトコロが!!」
裕子は言葉を段々強めていく。
「まだ生きていた。その状態で切られたの」
「・・・」
「ほら」
裕子が自分の首をもぎ取る。
「ひゃああ!」
思わず畏怖してしまった。
「怖い?アナタがしたことでしょう?
恐ろしい?私はもっと恐ろしかった」
「分かった!許せ!」
「許せ?よく抜けぬけとそんなことが言えるわね」
「いや。すまないね席をはずっ・・・」
父が入ってきた刹那、首が吹っ飛ぶ。
「あああ!父上」
「大丈夫。父上様は苦しまないで死んだわ」
裕子の声は抑揚のない声で言った。いつのまにか、首はもとの位置に戻っている。
「だけど」
「だけど」
「だけど」
「お前は違う」
痴話喧嘩をしても、深刻な討論を交わしても。
裕子はこんなに恐ろしい声は絶対に出さなかった。
「お願いだ!助けてくれ!まだ死にたくない」
「私だって死にたくなぐわったわぁ?アナタがごろしたのでしょう?」
裕子の喋り方が明らかにおかしくなっていたが、今はそんなことどうでもいい。
「許してくれえ!」
もう懇願するしかなかった。
それしか・・・。
「ゆるずわけないでしょう?わたぢはアナタをくるしめてころしゅはああ」
「ちょっと待って!」
裕子が歩みよってくる。
「あはははははははっはっはあっはっははっはっは!たのじみいいいい!
たのじみいいいい!」
白い肌。艶やかな唇。靡く黒髪。
恐ろしい顔。
「うわああああああああああ!」
作者なりそこない