深夜丑三つ時。夏であるが心地良い気候である。ある路地裏で私は今日も若い青年――酔っているようだが――を見つけては捕まえ、懇々と説教をする。話のネタは人生について、例えば哲学とか政治がどうとか仕事結婚晩飯がどうとかではない。「幽霊」についてだ。
「あのさ、君は幽霊はいると思うかい? ああそう、いるかもしれないってか。また微妙な言い回しだな。あのね、幽霊ってのは人間の幻覚だよ。虚像、見間違いだ。
あるだろ夜道を歩いていたら『気味が悪いな』って思うときが。あの影から何か出てきたらどうしよう、急に後ろから何か出てきたらどうしよう、てな。結局のその不安が実際に見えもしない物象を生み出すのさ。そうやって人間は怖いって思うと居やしない存在をつくってしまうのさ。想像が出来る生き物だからね。
明るい時に幽霊なんて出るか? 出ても怖くない。決まって暗いところに幽霊はいるだろ。映画とか小説でも大体ここぞって時は夜だ。そう、夜というのは人間が恐れるものなんだ。だって明かりがなければ何も見えない。身動きできない何も出来ない。だから怖い。そういう心理が幽霊を生み出しているのさ。だって考えてもみな。明かりがなければ、どんなに人間、動物、建物があろうとも存在が認められないんだ。暗闇は全てを無にするのさ。それはそれは怖いだろ? だから暗闇が怖い、怖いを象徴した幽霊が誕生したわけさ。これで幽霊のカラクリが分かったって訳さ。
え、何? じゃあ幽霊っていないって証明が出来るかって? それは無理だね。だってそうだろ。見える人には見えて、見えない人には見えない。当然だがな。
じゃあ仮に一体の幽霊がいるとしよう。Aさんが叫びながらBさんに幽霊が出た、と言うとするだろ。で、Aさんはこっちこっちって言ってBさんにも見てもらう。だが、Bさんには何も見えない。こんな場面よくあるだろ。だから、Aさんには幽霊は存在して、Bさんには存在しない、ってなる訳だから、幽霊なんて人によってはいるし逆も然りなんだよ。Bさんに見えてAさんに見えないパターンもあるわけだからね。
で、勘違いして欲しくないのはこれは実際に幽霊がいるって肯定しているわけじゃないんだよ。ただ、AさんBさんにせよ各々の世界の中に幽霊が存在するのであって、現実的な物象としての幽霊がいるってなる訳じゃないだろ? 東京タワーみたいに誰が見ても『あれは東京タワーだ』ってなれば分かりやすいけども、人によって見え方が違うものに『これは幽霊です』って言えない。違うか? そうかそうか納得してくれたみたいだね。
要するにだな、幽霊はいるし、いないとも言える曖昧な存在なんだよ。ただ、想像力が欠如したら存在を否定するんじゃないのかな。
はははは悪いね話が長くなってしまったようだな。君煙草持ってないかね? あああるなら銘柄は何でもいいおお、ありがとう。おお悪いね火まで。――ふう。久しぶりの煙草は上手いな。え? 足がないだって? そりゃそうだよ俺は幽霊だからね」
ここぞとばかりに白目、不気味な笑顔を青年に見せつける。青年は「ぎゃあっ」と詰まった悲鳴をあげ、走り去ってしまった。
ははは愉快愉快。人間にもいろんな人間がいる。幽霊だっていろんな種類があってもおかしくない。こんなに前振りの長い幽霊がいたっていいと思わないか? それにしても煙草は上手いな。
作者細井ゲゲ
短編が書きたく、するすると執筆しました。
怖くはないかもしれませんね。
感想よろしくお願いします。