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ある女性の話だ。仮にH氏としよう。
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H氏は電車での通勤であり、よく読書をしていた。その日も自宅近くにある古本屋で買った素人が作ったと思われる小説を読んでいた。
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本全体は真っ白で題名、作家名は特に記されていなく、古本にしては綺麗に整っている。それにしては三十円と駄菓子同然の格安な値段。その安さと小奇麗な状態で買ったのも理由の一つなのだが、もう一つ大きなそそられる点があった。
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それは、小説の登場人物の設定にあった。
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何気なくよった古本屋でH氏はその真っ白な本を見つけると、ぱらぱらっと軽く冒頭から少し流すように読んでみると、少しの驚きを感じる。
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(この主人公、私と生い立ちが同じだわ)
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偶然かH氏と被る点が多く、そういった理由から興味がそそられ、三十円を払うに至ったのだ。
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その無題の小説を読み進めると、更に驚いた。車内なのにも関わらず、「えっ」と声を漏らす程だ。
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(これ、私じゃないの)
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そう、主人公に起こる事象が全てH氏と同じなのだ。
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(え、これって)
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右手を口に被せ、H氏は困惑している。そして、勢いよく本を閉じた。
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――古本屋に行ってこの本を買った描写が書かれている。
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え、どういうこと。H氏は考えを収拾させようと、温和な出来事を考えてみたが、何も見当たらない。
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不可思議な本の出合いに恐怖を感じ、朝っぱらから暗鬱としてしまう。H氏はなかったことにしよう、と仕事に向け忘れるように心掛けた。
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夕方五時。定時でしっかりとタイムカードに打刻してから帰る支度をするH氏。そのまま、「お疲れ様でした」と誰に言うともなく、会社を後にした。
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電車、席は空いていない。座っている人たちを恨めしそうに眺めると、手すりにだるそうに掴まり、ただぼーっとしてやり過ごす。
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(そういえば、あの本)
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朝読みかけた奇妙な小説のことを思い出した。鞄から本を取り出すと、途中から読み始める。恐怖心よりも好奇心が上回っているようだ。
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この本を買ってからの先の話は、思ったよりも短い文章だけであり、すんなりと完結してしまった。
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そうして、自分と思われる主人公に起きる事柄はこれから未来に起こることなのだ、とH氏は少し読んだ挙句に気付いた。
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(ということは……)
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額からは冷や汗を掻いているH氏。
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(もし、この小説に書いてあることが事実ならば……、三日後の朝、私が乗る列車は脱線事故を起こすことになり、私は命を落とす)
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H氏は硬直してしまい、気が遠くなってしまいそうになる。
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(まさかね……)
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それから以降の内容は一切書かれていない。白紙なのだ。
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これまで、描かれていることは全て一致していることから、その未来の予言みたいなことを信じられずにいられない様子のH氏であるが、馬鹿馬鹿しい、たまたまよ、とそんな非現実的な事が起こる筈がない、と思っている一面もあった。
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だが気持ちは落ち着かず、しかもどうすればよいのかわからない。H氏は暗い表情で、真っ白なページを睨み続けていた。
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三日後。とうとうその日がやってきた。
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H氏は気分が悪く、とてもじゃないが会社に行く気になれないでいる。
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(どうしよう、会社に行きたくないわ)
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完全にあの小説に参ってしまっているようだ。仕方なく、信頼を失うのを覚悟の上で、会社に休む旨を電話で知らせた。体調が優れないので、と。
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もちろん仮病だ。こうでもしなくては、会社を休めない。苦肉の策である。
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しかし、平日に急遽休めたので、まだ心置きなく寝られることに幸せと思うH氏は再び布団に潜り込み、寝てしまった。
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昼過ぎに目を覚ましたH氏は、自然の流れでテレビをつけた。しかし、どのチャンネルも退屈な情報番組しかやっていない。
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だが、全てがそうであり、同じ映像と内容が放映されていることから、違和感を抱く。
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――それらは、破損している列車と「多くの犠牲者」と赤く太い字体のテロップ。
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(え、もしかして)
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そう、H氏が乗る筈だった列車が脱線事故にあったのだ。
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小説の出来事が的中し、その通りに現実も進行している、ということが立証されてしまったのだ。
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(うそ、うそよ)
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H氏は信じられず、呆然と番組を見て、立ち尽くしている。
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(あの小説!)
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慌てて鞄の中から例の小説を取り出すと、完結した辺りのページを開いた。
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――変わっている。
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以前までは「脱線事故に遭い、主人公は死んでしまう」と書かれて終わっていたのだが、「脱線事故を免れ」と書き換えられている。そして、更に文章が続いており、白紙だったところには新たな話が足されているのだ。
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恐る恐るH氏は新たな文章を読んでみる。そこにはこう書かれていた。
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「命を免れた三日後、同じアパートに住む男に夜中自宅で刃物に刺されて殺される」
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また死ぬのか、と恐怖を感じるよりかは先ず項垂れるH氏。だが遅れて、これが現実になるのか、と思い、じわじわと恐怖心が湧いてくる。
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(私はどうすればいいの! もうわからない……)
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発狂しそうになるくらいに混乱してしまい、自分の髪をぐしゃぐしゃ、と掻き毟り、仕舞いには泣いてしまった。どうしよう、どうしよう、と何度も呟きながら……。
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ややあってからようやく落ち着き始めたので、とにかく何かしなくては、と思い考えを巡らす。
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(そうだ、警察に相談してみよう)
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そう思うや否や、すぐさま警察に問い合わせる。
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「はい、どうされましたか?」と軽快な声で警察官が発した。男性のようだ。
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「実は命を狙われているのですが」
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「はい、それはどういった事情なのか説明願いますか?」
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「同じアパートの男性に三日後殺されるんです!」
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「三日後? 何か脅迫文みたいな手紙を送りつけられた、ということですか?」
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「いや、そうではなくて、予言でそう言われたんです」
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そこまで、威勢のいい声とテキパキとした流れだったが、H氏がそう言った途端に向こう側から溜息がはっきりと聞こえた。
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「あのね、ふざけるのもいい加減にしてもらえませんかね。何? 予言ですか? そんなものにいちいち付き合っていたら人手が足らなくて仕方ないですよ! もし何か遭ったら連絡してください!」
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「いや、でも」
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――プー、プー。
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警察官の男性は一方的に電話を切ってしまった。
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確かに予言なんて誰も信じてくれる筈がない、とH氏は思った。少し衝動的になってしまったことを悔やむ。もっと慎重に練ってから電話するべきであった、と。
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(仕方ないわ。三日後なんだから、少し余裕を持って考えましょう)
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H氏はそう思うと、腹が減っていることに気付き、寝巻きのままコンビニに向った。
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三日後。今日は休みだったが、しっかりと今日がどんな日であるかH氏は覚えていた。
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(夜中に男が来るんだわ。しっかり戸締りしなくては)
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そう心に決め、H氏はとにかくテレビやDVDを見てその恐怖心を誤魔化すように楽しんだ。
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あっという間に時間が経ち、只今夜中の十二時。
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(夜中って何時かしら)
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今更そう思うH氏は不安を募らせた。そして、玄関の戸、窓の鍵を入念に何度も戸締りを確認する。
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それから二時間後。
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眠くなっていたH氏は睡魔と闘っていた。寝てしまってはその間にグサリ、とされては一溜まりもないからである。
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すると、「コンコン」
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と玄関からノックされる音が聞こえる。急に緊張が走る。
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しばらく黙っていたが、何度もノックは続いた。仕方ないので、「はい」と扉越しから返事をする。
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「同じアパートに住んでいる者なのですが、少しお話いいですかね」と男が答えた。
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「は、はい……」
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H氏は小説に書かれていた「刃物に刺されて殺される」というのを思い出す。
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「良ければドア開けてもらえませんか?」
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「いや、そこで話してください」
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「そうですか……わかりました」
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すると、ややあってから扉の取っ手部分からガサゴソ、と表から弄る音が聞こえ始めた。
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(え、何してるの)
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慌てて覗き穴から男の様子を見ると、どうやら鍵穴に何か差し込んで扉を開けようとしているみたいだった。
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「ちょ、ちょっと何してるんですか! 警察呼びますよ!」
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しかし何の反応も示さない男。
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そうして、カチャ、と鍵が開く。
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だが、チェーンをしている為完全に扉は開かない。僅かな隙間が出来たのみである。
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――ぬっとその男の目玉がこちらを覗く。
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shake
「きゃあっ」
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余りにも気味が悪く、H氏は後ろに転んでしまった。
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その間に男は頑丈そうなペンチを取り出すと、チェーンを一回で切り外してしまった。最悪な展開。扉は開いてしまったのである。
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全身が現れた男は不気味な笑みを浮かべていた。右手にはペンチが握られたまま。
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「何よ、私が何したって言うのよ!」
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H氏はそう叫ぶのが精一杯であり、腰が抜けて逃げることが出来ない。
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「前々からかわいいなって思ってたんだよねー。ちょっと俺と良いことしようよ」
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ウヘヘヘ、と怪しい笑い声と共に男はH氏に向ってっゆっくり近づいてくる。
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H氏は慌てて台所辺りから何か対抗出来る物を探し、包丁を手に取った。
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「こないで! 近づいたら刺すわよ!」
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相手の男は怯む様子はなく、依然に近づいていた。
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(もうこうなったら、やるしかない)
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そう思うと、H氏は絶叫しながら包丁を男に向って突き立てた。
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――血の噴水。シャワーのように流れる血液を全身で浴びるH氏。
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男の首を掻っ切ったのだ。
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「どうだ! ざまあみろ! お前が悪いんだからな」
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極度の興奮状態になっているH氏は汚い言葉を男に吐き捨てた。
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男は完全に瀕死状態で、うつ伏せに倒れている。ややあってからH氏も気絶してしまい、その場に倒れこんでしまった。
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刑務所。
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監視官の交代の時間である。
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「よ、お疲れ。何か変わったことあったか?」と代わりにきた遅番の男が言った。
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「相変わらずうるさいよ」と早番の男が言った。
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「あー、あいつな。精神異常者はだから疲れるんだよな」
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「ああ、間違いない。だけど、それにも慣れちまったのも怖いよな」
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「確かに」と遅番の男が少しにやつく。
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「まあ、後は頼んだよ」
「ああ、お疲れ様」
早番の男はその場を去った。遅番の男は興味本位で噂になった人物の牢獄へと向った。
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近づくにつれて、叫び声が微かに聞こえ始め、次第に声は大きくなっていく。
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「返せー! 返せー!」
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物凄い形相で男を睨んでいる。僅かな隙間しかないのにも関わらず、その間から精一杯腕を伸ばし、何かを求めている。
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噂になっていた女だ。
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「何を返して欲しいんだい?」と男はゆっくりとその女に問いかけた。
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「真っ白な本で小説なの。私の大事なものなの。だから、返してよ」
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「あのね。何度も言ってるけど、そんな本なんてなかったよ。ちゃんと探したけど、あなたの周りにはなかったんだって」
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「うそ、うそよ! 私を騙しているんだわ! 何処かに隠したんでしょ!」
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「だからねー……」
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「返せー! 返せー!」
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「こりゃ駄目だ」と男は呟くと、困った顔で頭を掻いた。
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女に背を向けて歩き始めたが、依然にも女は男に向って叫び続けていた。
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「返せー!」と。
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男は事務室に入ると、収容者の名簿を手に取った。そして、あの女の詳細が載っている書類を見つけ、目を通した。
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――罪名は殺人。彼女と同じアパートの住民である男性の部屋に乗り込み、包丁で刺殺。動機は未来を予言する小説にのっとり実行したと供述していたが、そのような本はないことが後にわかる。精神鑑定の結果、異常あり、と診断される。彼女の妄想が肥大化してしまったのが原因と思われる。
更に取り調べをした結果、彼女の口から発されることは全て妄想から出来た虚言であることがわかった。
生い立ち、勤めていた会社は実在しない架空なものだった。そして、最も興味を引かれたのが、その予言の小説だ。彼女はその予言のお陰で列車の脱線事故に遭わずに済んだ、と言っていたが、そのような事故は実際に起きていない。全てが彼女の妄想が作り出した非現実であり、その象徴として生まれたのが、彼女が口々に言う「真っ白な小説」なのだと推測する。
何年も家に引き篭もり、家族や友人のいない彼女は孤独となり、そういった経緯から妄想の世界を作り、そこに入り浸ってしまったと思われる。少なからず彼女には同情の余地はありそうだ。
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全て読み終えると、男は煙草に火をつけた。
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ふうーっと吐き出すと、また困ったような表情を浮かべ頭を掻いた。
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(あの女には何が見えているのだろうか)
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男はそう思うと、煙草を灰皿にねじ込み、再び牢屋の見回りへと戻っていった。
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作者細井ゲゲ
ども!
二作目です(^^)
また思いついた時に衝動的に書いてしまいましたw
以前にコメント頂いた反省点を踏まえたつもりなのですが、あまり大きな変化がないような感じかもしれません……。
今回は「人によって違う世界観」というのをキッカケに考えた話です!
また、是非コメント怖いをよろしくお願いしますm(_)m
感想、質問、アドバイス等なんでもいいので、何かあれば気軽にコメントしてくださいませ!!!