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冬の東京は思ったよりも寒く、僕は小刻みに身体を震わせていた。上京真っ只中。大荷物を抱え、記念すべき第一歩を踏みしめる。とは言うものの、身も心も凍えさせる冷たい風に完全に参っていたので、それどころではなかった。
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目的地は高田馬場。
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就職先である職場から近い最寄り駅である。そこの近場で見つけたアパートの一部屋を借りたのだ。今からそこに向うのだが、どの電車に乗ればいいのかいまいち把握出来ておらず、あくせくしている。いきなりアウェーの洗礼のような出来事に面食らう。
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焦りながらも、携帯電話のWEBで乗るべき列車を確認して、表示された案内の通りに従い、何とか高田馬場に向うことに成功した。
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ふうー、と安堵の溜息を漏らすと、着メロの「運命」が車内に響いた。僕が交際している美樹からメールが届く。周りの乗客からの鋭い視線をひしひしと感じながら、携帯電話を開いた。
「東京着いた? ひと段落したら、連絡してね」
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とうとう、東京に来てしまったのか。僕は本文を読み終わると、携帯電話をズボンのポケットにしまった。
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美樹とは大学で知合い、サークルを通じて、何度も会うようになり、その末付き合うに至ったのだ。歳は彼女の方が一つ上なので先に上京して、一年の遠距離を経て、ようやく僕が上京するときが訪れたのだ。やっと、会うことに一苦労せず済むことが嬉しく思う。
おっと、マナーモードにしなくては。再び、携帯電話を取り出すと、「※」を長押しする。ぶるっと振動したのを確認して、周りの乗客を「これで大丈夫です」と申し訳なさそうな表情で一瞥してから再び携帯電話をしまった。
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やっとの思いで高田馬場に到着。そこからの家までの道のりは以前来たときに覚えたので、難なく、ゴールへ辿り着いた。
部屋は1Kのフローリングのユニットバスのロフトであり、そこまで広くない間取りなのだが、ダンボールの山のお陰でもっと狭く感じた。それらを避けるようにロフトの上へと避難する。
何も引いていないので、ごつごつしていたのにも関わらず、僕は横になり、疲れが溜まっていたせいか程なく眠りについてしまった。
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どうやら夢の中のようだ。仄暗い洞窟のようなところに立っている。
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――背後から得体の知れない何かが近づいて来ている。気がつけば僕は必死に走り出していた。後ろを振り返る勇気などない。何故なら、莫大な殺気を感じるからだ。そして計りしれない憎悪。明らかに僕を殺そうとしている。
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夢の中であるから、開き直れるかと思いきや、鮮明過ぎる映像のせいで、全身に冷や汗を掻きながら、全力疾走で駆け抜ける。無我夢中に逃走した。ゴールがあるのかも知らずに……。
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皆もそうなのか定かではないが、夢の最中に走ると思ったよりも走れない、という現象が起こる。正に今がそれであり、追ってくる何かに捕まるのも時間の問題である。
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ガッ。――力強く肩を掴まれる。ヒッ、と情けない悲鳴をあげ、反射的に振り返ってしまう。
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「うわっ」
勢いよく上半身を起こす。どうやら夢から覚めたようだ。
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額には汗を掻き、顔を洗った直後と思えるくらいに濡らしている。そして、掴まれた肩は心なしか痛む気がした。上京初日。どうも清々しくない出だしだな、と僕は思った。一体誰に追いかけられていたのだろうか。
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*
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社会人デヴューしてからめまぐるしい日々を送っているのは言うまでもないのだが、そんな中でも、あの「追いかけられる夢」は毎日見続けていた。ただでさえ忙しいのに、寝る時間に邪魔が入るのはとても迷惑であり、堪ったものじゃない。そのせいで寝不足での会社勤めが続いていた。
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だが、更に深刻化してしまったのは、上京してから一週間経ってからの事だった。
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「うわっ」
追いかけられる夢。いつものタイミングで目を覚ます。やれやれ、どうしたらこの呪縛から解き放たれるのか、と項垂れる。が、何かいつもと違うことにややあって気が付く。
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金縛りだ。全身が動かない。しかし目だけは自由に動かせるようで、右左にギョロギョロ、と 瞳孔を全開にして辺りを窺った。豆電球にしていたので、ぼんやりとではあるが、何となく物を捉えることが出来た。
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足の先に視線を送ると、右足の少し先にロフトから降りる梯子がある。それはもちろん見えたのだが、無いはずの物が梯子の横に一つ見えた。
えっと思い、恐る恐る目を凝らした。それが何か分かった途端に全身が凍りつく。胸が刃物で抉られるような衝撃を受ける。
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頭。目。――ボサボサで長い髪の毛。前髪は顔を覆い、その隙間からギョロッとした二つの目が僕を睨んでいた。完璧に幽霊だ、と僕は確信した。
絶句。ここまでの驚きと恐怖を感じると何も言えないのか。必死に心の中で「ごめんなさい」と唱え続けた。
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しばらくその状態が続くと、その女と思われる霊はゆっくりロフト下に姿を消して、僕の視界からやっと見えなくなった。その瞬間に金縛りが解け、ガバッと身体を起こして、息を乱した。恐怖でまだ震えている。寒さ以外でここまで震えたのは初めてだった。
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やっと呼吸が整い始め、最後にふぅ、と軽く溜息を漏らした。
人生初の心霊体験だったが、余りにも衝撃的過ぎる経験であり、これはトラウマになること間違いない。この部屋は曰くつきなのだろうか。これからも同じような事がまた起こりうる可能性があるのか、と思うと落胆する。もう、次は絶対に嫌だ。勘弁してくれ。僕は両手で顔を覆い、何度も目に見えない何かに訴えた。
いくら願っても限がないので、ここいらで寝るとしよう。明日も朝早いんだ。幽霊に構っている時間も勿体ない。
そう思って、ゆっくりと布団に潜り、目を閉じた。しかし、心霊体験直後にすぐ寝られるわけがない。誤魔化しの寝返りをうつ。そして何気なくパッと目を開いた。
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女の顔。その距離は数センチであり、もう少しで触れてしまうくらい間近である。鋭い目つきで僕を睨んでいる。視界全域に映りこむ、憎悪、いや悲壮ともとれる表情が少し口を開けて、僕に何か語りかけているようだった。
それを読み取るよりも先に、絶叫。――僕は気絶した。
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翌日。
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いつも通りに携帯電話のアラーム音で目覚め、身支度をしてから出社した。全て何もなかったかのように振舞っているが、脳内では昨晩捉えた恐怖の映像が繰り返しループしている。そのせいか、歩調が速くなり、何処か焦っているところがあった。
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会社に着くと、また事が忙しなく進んでいくのだが、誰かに昨日の話をしたくてしょうがなくなる。そして、その欲がやっと晴らされたのが、昼休憩だった。相手は同僚の木村。
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「なあ、昨日生まれて初めて幽霊見たよ」と僕はコンビニ弁当のから揚げを頬張りながら言った。
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「マジで。その話詳しく」と木村もおにぎりを齧り、口を動かしながら言った。
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「目覚めたら、金縛りにあって、足元みたら、女の顔が睨んでたんだよ」
「おいおいおい、めちゃめちゃ怖いじゃんかよ!」
「だから、今日マジで帰るか悩むくらい、びびってるね」
「なんか対策したほうがいいんじゃないの?」
「対策?」僕はつい聞き返す。
「わかんないけど、御札とか塩盛るとかさ」
「あー、でもそんな初歩的なことでどうにかなるかな」
「何もしないよりかマシだろ」
「確かにな」
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そう言われると、僕は何か方法かないかどうか思考を巡らせる。すると、美樹から着信。木村に一言いってから席を立ち、電話に出た。
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「どうした?」
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「うん、今大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「実は、最近ストーカーにあっているみたいなの」
「え? ストーカー?」
思わぬ科白が美樹から発せられ、つい声を荒げてしまう。
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「そうなの。そのことで今日話したいから、仕事終わったら会いましょうよ」
「そうだね、わかった。また連絡するよ」
「うん、よろしく」
電話を切ると、鼓動が早くなっていた。そのまま席に戻る。
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「どうしたの? 浮かない顔して」と木村が言った。
「いや、別に大丈夫だよ」と僕はぎこちない笑顔で返した。
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心霊体験、美樹がストーカー被害。一体このままどうなってしまうのやら……。
最後の一口程の飯とから揚げを平らげたが、味が薄くなったような気がした。
*
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美樹と落ち合ったのは高田馬場駅近くの居酒屋だった。しばらく本題に入れなかったが、生ビールを一杯飲み終わる頃に美樹が口を開く。
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「あなたには悪いと思っているんだけど、遠距離の最中一回だけ合コンに参加したの」
「え? 合コン?」と本日二度目。ビールを吹出しそうになる。
「ええ。そこで知合った男の人がいて、普通にいい友達として付き合っていたんだけど、そのうち告白されたのよ」
僕は黙って肯く。
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「もちろん、断ったわよ。『私には付き合っている人がいます』って。でも、それでも食い下がってきて、メール、電話が毎日くるようになったの」
「そうか……」
「着信拒否にしたし、アドレスも変えたんだけど、それでも何所で知ったかわからないんだけど、また連絡きたの。もう怖くって……、どうしよう」
しばらくお互いが黙り、静かになる。
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「とにかく、警戒して、戸締りしっかりして、家までは気をつけて帰るのは当然だけど、出来る限り僕が送り迎えするよ。場合によっては泊まるしさ」
自分でもわからない程すらすら言葉が出てきたが、知っている限りの知恵を吐いただけだった。
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「ありがとう。でも、とりあえず、今の被害はそれだけだし、まだ大丈夫そう」
「でも、事が起きてからじゃ遅いからね」
「わかってる。何かあったらすぐに連絡するから」
「うん」
「怒ってないの?」
「何が?」
「黙って合コン行ったこと」
「もちろん嫌だけど、今はそれどころじゃないしさ。だってもう行かないでしょ?」
美樹は首を縦に振った。
「なら、それだけでいいよ」
「ありがとう」
美樹は満面の笑みだった。
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だが、僕の頭の中は昨日の心霊体験の事で占めており、予定では美樹に伝えて、何か対策がないか話し合うつもりだったが、今の雰囲気からして話し出せない。また、今度にしよう。その悩みを脳の奥深くにしまった。
帰り際家まで送ろうか、と美樹に尋ねたのだが、明日朝一から仕事が忙しいらしく、会社に泊まるらしいので、断られた。駅で美樹を見送る。
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さあ、ここからが問題だ。奥にしまっていた記憶がするっと現れ、また心内を支配する。結局、幽霊対策は施さず、寝ることになりそうだ。
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家に帰ると、慎重に室内に進み、誰もいないことを確認する。
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いつも通りの我が部屋だ。すごく眠くて直ぐにでも寝たかったのだが、そうはいかない。もちろん昨日のような出来事になりかねないからだ。それだけは絶対に嫌だった。
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限界まで眠気に耐えたのだが、夜中の一時になったときに寝てしまおうと半ば諦めの感情でロフトに上がりかける。
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だが、それよりも恐怖の感情が増し、あの女の映像が脳にフラッシュバックする。その途端に「駅前にあるカプセルホテルで寝よう」と思考を切り替えた。そして、もう一つ思いついたことがある。
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パソコンに備え付いているカメラで室内を録画しよう、と。
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早く寝たかったので、そそくさとパソコンを録画するようにセットして、明日の出勤時の衣服と下着を抱えると、急いでカプセルホテルに向った。
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翌日。これまたいつものように出社して、元気よく「おはようございます」と発声して自分の机に座った。すると、木村が物凄い勢いで僕のところまで駆けて来た。
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「どうした、どうした」と僕は勢いに押されるように、少し仰け反り言った。
「ほら、これ!」
木村は興奮しているようで、少し息を乱しながら何かを僕に差し出した。――御札だった。
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「どうしたのこれ?」
「実は俺の近い知り合いに住職の人がいて、早速昨日お前の幽霊について相談に行ったんだよ。そしたら、これを玄関の内側から貼れだってさ」
恐る恐る受け取ると、よくわからない文字がひたすらに書き殴ってあり、何ともそれ風な物だった。
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「あ、ありがとう」
正直ここまで木村が親身に尚且つ早急に対応してくれると思ってなかったので、反応に困ってしまっていた。
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「これで、多分大丈夫。知り合いもこれは強力だから、絶対に大丈夫だって言ってたしさ」
木村は威張った顔で僕を見下ろしていた。だが、僕には神様、仏様にしか見えなくなっていた。
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という訳で、お礼に木村を居酒屋に誘い、僕が奢った。いや、お布施したのだ。
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怖いものなし。ほろ酔い気分で、家に帰り、早速その御札を玄関に貼った。よし、これで大丈夫だ。心置きなく寝られる、と思い部屋に入ると、パソコンが起動したままになっていることに気付く。
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あ、そうだ、録画していたことをすっかり忘れていた。慌てて録画をオフにする。まだ撮れる時間が余っていることに少々驚いた。
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さて、見てみようか。そう思うと緊張する。少し怖かったが、その映像を見てみることにした。高まる心拍数の中、ゆっくりと再生ボタンをクリックする。
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眠そうな僕。荷物を抱えフレームからはけると、電気が消えて画面がやや暗くなる。間接照明を消し忘れたお陰で、真っ暗は避けられた。そこまで考えてなかった。
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しばらく同じ映像が続く。映っているのは、右に収納スペースとその上にロフト、左にはソファーである。経過時間をみたら、三十分。食い入るように見ていたから、あっという間に感じた。だが、面倒になってきたので、倍速にして時間を速めた。
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六十分経過。家を出たのが一時くらいだったから、この段階で二時だろうか。何となく、そこで倍速をやめ通常に戻した。また、しばらく画面を睨む。
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どうやら、何もなさそうだな、と僕はいい加減に映像を見続けることに疲れを感じ、飽きてしまっていた。よし、寝よう。そう思い、パソコンを閉じようとした時だった。
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――ズズズッ、ズズズッ。
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映像から何かが這うような音がする。
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えっ。僕は凝視する。
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愕然、戦慄、恐怖。
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例の女の霊が左から右に床を這っている。僕は悲鳴を上げそうになるが、喉元でぐっと堪えた。
そして、そいつは立ち上がると右に映っているロフトの上にある手すりに手をかけて懸垂する要領でロフト上を見ているようだ。僕を探している……。一気に血の気が引いて、あぶら汗を身体の至るとこらから吹出すのを感じる。
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いないことを確認すると、辺りをゆっくり見回している。ややあって、パソコンの存在に気付いたようだ。すると、のし、のし、のし、のし、とそいつは画面に近づいてくる。
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「う、うわああ」
恐怖の限度を超えている。映像なのにも関わらず、僕は声を上げ、後ろに倒れこんだ。
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――画面全体にそいつの顔。長い前髪、その合間から見える見開いた目と口。そして、ややあってそいつは大きく口を開いた。
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き・え・ろ。
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声には出していないが、口の動きでそう言っていることはすぐにわかった。
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気が付いたら、僕はまたカプセルホテルに来ていた。幸い財布は後ろポケットに入れたままなので、引き返さずに済んだ。明日は休み。そこが唯一の救いどころであった。
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休日。カプセルホテルでのんびりしてから、一旦家に帰った。まだ、明るい時間帯だったので、怖さはだいぶ薄らいでいる。
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部屋に入り、先ずはつけっぱなしのパソコンの電源を切り、着替えて、携帯電話と充電器を持って、再び外出した。特に向う所は決めていないが、とにかく現実逃避をしたかったのだ。
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携帯電話の電池が残り僅かだったので、充電出来るマクドナルドに入った。コーヒーとフィッシュバーガーを注文して、品物を受け取ると席についた。
目的である充電をしてからコーヒーを啜る。
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――携帯電話が鳴る。美樹からの着信だった。
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「どうした?」
「いや、何してるかなって」
「それが、いろいろあってパニックだよ」
「え、どうしたの?」
ここでようやく美樹に今日まで至る災難を話すことが出来た。全て話し終わると、
「それは、また大変だったわね」と同情する美樹。
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「まあ、御札を貼ったからこれからは大丈夫だとは思うんだけどね」
「そう……、もしまた同じ目にあったら、遠慮なく家に泊まりにきなね」
「ありがとう」僕は照れくさそうに答えた。
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「ところで、ストーカーはどんな感じ?」
「それが、昨日まではいつものようにメールとか電話が凄かったんだけど、今日になってからまだ何も連絡こないのよね」
「お、とうとう諦めたかな」
「だと良いんだけど、執念深かったから、何か逆に怪しくて」
「まあ、確かにね。また連絡きたらすぐに言ってね」
「うん、ありがとう」
そうして、電話を切る。
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折角の休みということで、手始めに高田馬場周辺を散歩することにした。
雑貨屋、レコード屋、服屋と様々な店へと入っていき、物欲を掻き立てたが、荷物が面倒なので、見るだけで留めた。
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一通り駅周辺を見回ると、多分大学生であろう人たちが徒党を組んで、馬鹿みたいに笑っていたのが目についた。それを見て、やれやれ今のうちだぞ、と心の中で呟いた。その集団を通り過ぎようとした時、彼らは掲示板の張り紙に悪戯書きをして楽しんでいることに気付く。何気なく覗くと、どうやら指名手配犯の顔にしているようだった。
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「女性を三人の殺害容疑」と書かれている無愛想な眼鏡をかけた男の顔。それの眉毛が油性ペンでかなり太く濃く書き足され、鼻毛は植物の蔓のように伸び、唇はたら子のように太く変化していた。不覚にも少し笑ってしまった。幼いというのも悪くないな、と少し思ったのだった。
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帰宅してから、買ってきた缶ビールを開けて、つまみの菓子と一緒に酒を愉しんだ。酔ってしまってから寝てしまえば、怖さは薄らぐだろう、という魂胆である。テレビを見ながら、次々と空の缶ビールを積み上げる。
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――美樹からメール。
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「ストーカーから一件だけメールがきた。今それを転送する」と書いてあった。
間もなくして、もう一件届く。
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「君が悪いんだからね。私は悪くない。だから、知らないよ」
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ふん、何とも捻くれた人間の物言いだな、と酔いのせいか僕は気が強くなっていた。空白が何行か続き、
「これ、どういう意味だろう。何か怖いわ」とあった。
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「今から行く?」と思ってもないことを記して返信する。
程なくして返事がきた。
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「うん、ありがとう。でもやっぱり怖いから会社に泊まるわ。警備員の人ずっといるし」
「そっか、わかった。何かあったらまた連絡してくれ。今度警察に行こう。絶対その方がいい」と返信する。
「うん、わかったわ。ありがとう」
これで、美樹とのメールのやり取りは終わった。酔っ払っていたので、随分と文を打ち込む作業が辛く感じた。
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それからも酒を飲み続け、仕舞いに焦点が定まらないところまできてしまったので、散らかしたままロフトへ上がる。そして、死んだように寝てしまった。
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仄暗い洞窟の中。
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え、何でだ。この夢は見ない筈だぞ。
もしかして、御札の効力がなかったのか。
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やはり予想通り、背後から得体の知れない殺気と憎悪に満ちた何かが追ってくる。仕方なく、逃げ出す僕。
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思ったよりも走れない。予想通りだ。で、この後肩を掴まれ、目が覚める。
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そこで、金縛りにあわなければ、御札の効力があった、ということだな、と思っている矢先、ガッと肩を掴まれる。いつものように振り返った。
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だが、そこでは目覚めなかった。そして、目に映ったのはあの霊……ではなく、見知らぬ男性だった。
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険しい顔をした眼鏡をかけた男。既に振り上げている右手にはナイフが握られていた。そして、勢いよく振り落とされた。
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「うわっ」
そこで、目が覚める。
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だが、目の前には夢と同じ人物がにやっと不気味な笑みを浮かべている。
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あの女の霊が言っていたことを勘違いしていたのだ。
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き・え・ろ、KIERO。
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――ではなく、NIGERO、に・げ・ろ。
ストーカー被害にあっている美樹。
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掲示板にあった女性殺人の指名手配犯と僕の前に現れた女の霊。
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――全てが合致した。
気が付いた頃には既に手遅れ。
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悪戯書きされていない眼鏡をかけた男は右手に握っているナイフを僕の首元目掛けて振り下ろした。
作者細井ゲゲ
初めまして!初めての投稿です。
ホラーをいままで書いたことがなかったので、今回挑戦して、完成しました!
是非、読んでいただければ幸いです。
作家志望なので、感想、質問、アドバイス、どしどしよろしくお願いします。