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中編6
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ただいま

気がつくと、俺は砂浜にうつぶせで倒れていた。

ここはどこだろう?

立ち上がろうとすると、体のあちこちに擦り傷があり、打撲からか、体のいたる所に痛みを感じた。

どうして自分がここにいるのか、全く思い出せない。

とりあえず、痛む体を引きずり、海岸から離れ、海岸沿いの道路の歩道を歩き続けた。

俺は誰だ。まずはそこからだ。

考えようとすると、頭がガンガンと痛む。これは記憶喪失というやつなのだろうか。

やはり自分の名前も思い出せない。俺は、ズボンのポケットをまさぐる。

すると、財布が出てきた。わずかな期待を胸に、財布を開くと、やはり免許証が入っていた。

「西村 勤」

どうやら、これが俺の名前らしい。

住所!

俺は免許証の住所を見た。

〇〇県××市△△町1-15

ここに行けば俺の家族が居るのだろう。

今は朝なのだろうか。まだ暗く、空気も冷たい。

半そで姿なので、季節は夏だ。時間はこの暗さだと、まだ5時くらいだろう。

俺は民家と通り過ぎる車を求めて、ひたすら歩き続けた。

喉がかわいた。せめて水が飲みたい。

20分くらい歩くと、道沿いに自動販売機が見えてきた。

助かった!俺は痛む足をひきずり、自動販売機に向かった。

財布の中にちょうど飲み物が買えるほどの小銭が入っていた。

俺はボタンを押し、中から飲み物を取り出し、プルタブをあけ、喉に流し込んだ。

生き返った。まさにその言葉が今の俺にふさわしい。

空き缶をゴミ箱に入れ、俺はまた歩き出す。

すると、前方から白い軽トラックが走ってきた。

やった!助かった!

俺は大声で助けを求め、めいっぱい大きく軽トラックに向かって両手を振った。

「どうなされたかね、その姿は。」

服はボロボロに破れて、体が傷だらけな俺を見て、その軽トラックに乗ったご老人は言った。

「わからないんです。気がついたら、海岸で倒れていて。記憶が無いんです。」

俺は今の状況を説明して、免許証を見せた。

「とりあえず、病院へ行きなさったほうがええ。警察に俺が連絡して、家族に連絡を取ってあげるから。」

ご老人の親切に俺は心から感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます。」

病院での診察の結果、骨折などはなく、擦り傷と打撲、あと軽い脱水症状だったようで、

ものの1日で退院できた。

警察から、家族と連絡が取れたという連絡があり、俺の家族が迎えに来た。

中年の痩せすぎの女と、中学生くらいの男の子だった。

「生きてたのね。良かった。」

そう言い、女は俺の手を握った。

たぶん、これが俺の妻なのだろうが、全く思い出せない。

女の話によると、俺は、6日前の夜、釣りにでかけると言い、そのまま帰ってこなかったとのことで

自宅は俺の打ち上げられた海岸から12キロも離れており、家族もすっかり海に落ちて死んでしまったと、思っていたらしい。実に12キロも、クーラーバッグにつかまっていたのか、海岸には俺のクーラーバッグも一緒に打ち上げられていたという。つくづく俺は幸運な男だ。

女は、俺と病院で再会した時にこそ、生きてて良かったと言ったのだが、俺には少し違和感が残った。

息子も俺と再会して、お父さん、とも一言も言葉を発しなかったのだ。

この違和感は、なんだろう?

妻と思われる女が運転する車で、家に着いて、玄関前で妻が俺に振り向き

「おかえり」

と一言呟いた。

俺は記憶が無かったが、その言葉に胸が熱くなり、涙していた。

「ただいま」

と俺は答えた。

生きて帰れてよかった。

俺が家に帰ると、祭壇には俺の遺影が飾られ、線香の残り香が漂っていた。

俺は複雑な気分になり、遺影を見て苦笑いした。

「すまん、迷惑をかけたね。」

俺は妻に向かって、頭を下げた。

そんな俺を妻が、キョトンとした表情で見ていた。なんだろう?

「いいのよ、生きて帰ってきてくれたんだから。」

妻がそう言った。俺は、ここでも何か違和感を感じた。

息子は相変わらず、下を向いたまま、俺と目を合わせようとしない。

なんなんだろう、この違和感は。

ここは、確かに、あの免許証に表記されていた俺の家だ。

これは俺の家族に違いないのに。

「すまんな、俺、記憶が無いんだ。徐々に思い出すから。」

俺がそう言うと、妻が無理しないで、と言った。

妻は台所で夕飯の支度をし、食卓に料理を並べはじめた。

たぶん、これは俺の好物なのだろう。

猛烈に腹が減って、俺は夢中で箸で口に運ぶ。

食事の後に妻がビールを出してくれた。

俺はそれを飲み干すと、なんとも言えない幸福感を感じた。

「俺は本当に幸せな男だ。12キロも海を漂流して生きて帰れたうえに、こんな優しい家族と再会できたなんて。」

俺がそう言うと、妻と息子が俺をじっと見つめてきた。

顔は無表情だ。

俺は今まで感じてきた小さな違和感の意味を知った。

そうだ。この妻と息子には表情が無い。

生きててよかったと言った妻にも、再会した息子にも、表情が無かった。

そんなことを考えていると、俺は何故か意識が朦朧としてきた。

「あ・・・れ? 俺、酒、弱いの・・・かな?」

ろれつも回っていない。

すると妻が、すくっと立って言った。

「いいえ、あなたはお酒が強いわよ。浴びるように飲めるはず。」

そう言う妻は、俺を無表情で見下ろした。

俺は椅子の上に座っていることすらできないほどの眠気に襲われ、とうとう椅子から崩れ落ちてしまった。体勢を立て直そうと立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「なんで死ななかったの?」

息子が初めて俺を見て、口を開いた。

俺は意味がわからず、朦朧とする意識の中息子を見上げた。

息子は着ていたTシャツを脱いだ。

その体は細く、体のいたるところに、古いものや新しいものを含めて無数の痣があった。

「全部、あんたにやられたんだ。」

息子がそう吐き捨てた。

目の前がぐるぐると回ってきた。

「覚えていないんでしょうけど、あの日、あなたは酔っ払って運転できないから運転しろと、私に言いつけて、海岸まで行ったのよ。何でも、急に釣りがしたくなったから、って。朝になったら迎えに来いってね。」

俺は、うっすらと記憶が底から浮かんできたような気がした。

「波止場で、あなたを降ろしたの。ショウタは後部座席に見えないように身を隠して乗っていたの。」

あの光景がぐるぐると回る。

そうだ。海岸線を歩き、岩場について、釣竿を垂らそうとした瞬間、俺は海に突き落とされたんだった。

突き落とされる瞬間、後ろをつけてきたショウタに初めて気付いたんだった。

初めて息子の笑顔を見た瞬間だった。

「まったく、クズね。今までの慰謝料として、保険金だけでも欲しかったのに。

生きて帰ったから、保険金も下りなかったわ。これじゃあ、私達、あまりに救われないじゃない?

結婚して、一度も幸せだと思ったことはなかったわ。あなたは酒乱で、生活は苦しくて、息子にも手を上げる始末。生きてる資格なんて、あなたにはないの。もう一度、行方不明になりなさいね。もう慰謝料はいらないから、せめてこの世から消えて。」

妻がニヤニヤと笑いながら、俺の首を絞める。

抵抗できない。力が入らない。たぶんあのビールには睡眠薬が入っていたのだろう。

ただいま。そう言った時の俺は確かに幸せだったのだ。

何を言ってももう取り返しはつかないのだろう。

俺は静かに死を受け入れた。

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>まゆごもり様
本当は「ただいま」、という題名なので霊的なものを書きたかったのですが、全く浮かびませんでした。こういうのはありがちかな、と思うと、霊的な「ただいま」を書くことができませんでした。

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ゾワ〜っときますね。
しかし、このゾワゾワ感は癖になりそうです。初めてコメントさせていただきましたが、自作も期待しております!

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