「ちょっと、そろそろ散髪しないと。髪の毛、伸び放題じゃない。夏休みもそろそろ終わるし。」
タクヤが、ゲームに夢中になっていると、母親が後ろから声をかけてきた。
もう、今せっかくモンスターをいいところまで追い詰めたのに。
「あとでー。」
タクヤが上の空でぞんざいに返事をすると、ますます母の機嫌を損ねた。
「前もそう言って、ゲームばっかしてたじゃないの!だいたい宿題は終わったの?」
うわっ、問題を摩り替えてきた。これはもう、タクヤには分が悪い。
毎日のワークはぼちぼちやっているのだが、読書感想文、自由研究については手付かずだ。
夏休みも残す所10日。焦るのは親ばかりで、本人には微塵の焦りもなく、ただただ母親の説教は煩わしいのみだ。そろそろゲームを切り上げなければならないか。そう覚悟した時に、玄関チャイムが鳴った。
「はーい、ただいま。」
母親がバタバタとスリッパを鳴らし、玄関へと走る。内心ほっとした。
安心してゲームの続きをしていると、母親が仏頂面で帰ってきた。
「タクヤ、ナオトくんが来てるわよ。」
タクヤに余所行きの声で言った。
やった!ナイスタイミング、ナオト!
タクヤはいそいそと、玄関に向かう。
「タクヤ、遊びに行こうぜ。」
ナオトはタクヤに向かって、小麦色に日焼けした顔に真っ白な歯をのぞかせて誘った。
タクヤは、チラりと母親の顔を見た。
かあちゃん、子供にも付き合いってもんがあるんだよ。
母親は諦め顔で
「いってらっしゃい。」
と言った。
「タクヤ、網持ってこいよ。」
靴を引っ掛けて、玄関を出ると、ナオトがそう言った。
「なんで?何か捕まえるの?」
タクヤがそう言うと、ナオトはにっと笑って言った。
「俺、カブトムシがすげー獲れる場所知ってるんだ。」
「マジか!行く行く!」
タクヤは、玄関にたてかけてあった網と小さな虫かごを首にぶら下げて、朝だというのにジリジリ照りつける太陽と蝉の声の中、走ってナオトについて行った。
途中で、同じクラスのコウタに出会って、どこに行くんだと聞くので、カブトムシを獲りにと言うと、コウタも行きたいと言って来たので、3人で行くことにした。
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「ここだよ。」
そこは、近所の神社だった。
「ほんとにこんなところに、カブトムシ、いるのかよ。」
タクヤは半信半疑だった。
「俺の兄ちゃんがわんさか居るって言ってたから間違いないよ。そこのクヌギ林だよ。」
ナオトが言った。
神社のまわりはクヌギ林になっていた。
「よし、探すぞ!」
3人は散り散りになった。
よくよく目を凝らし、カブトムシを探したが、なかなか見つからない。
時々、木を蹴ってみても、落ちてくるのはコガネムシばかりだ。
「いねえじゃん。もう、10時だぜ?」
容赦なく照り付けてきた太陽の暑さに苛立って、タクヤがナオトに抗議した。
「あれぇ?兄ちゃんが居るっていったのになあ?」
「からかわれたんじゃねーの?」
「そうかなあ?でも、カブトムシってクヌギの木にいるんだろ?」
タクヤとナオトが言い争っていると、そこにコウタが割って入った。
「いずれにしても、こんなに太陽が昇ったんじゃ、カブトムシも涼しい場所に移動してるって。」
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ごもっともな意見。
「もう、虫取りは諦めて、そこの神社、木陰になって涼しいから、あそこで遊ばねえ?」
コウタが提案した。居ない物を探して疲れていたので、皆同意した。
「でも、遊び道具、何も持ってきてないぜ?カブトムシ獲る気まんまんだったから。網しか持って来てない。」
ナオトが言った。
「じゃあさ、久しぶりにかくれんぼでもしない?」
コウタの提案に、タクヤは「えーっ?」と抗議の声をあげた。
「ガキっぽい~。」
タクヤが言うとコウタは
「じゃあタクヤは帰れば?おかあさんに散髪してもらって、宿題をしなさい。」
とタクヤをからかった。
ちくしょう。
コウタは幼馴染だから、タクヤがいまだに母親に散髪してもらっていることを知っているのだ。
母親は、前髪をぱっつんと真っ直ぐに切るのがタクヤはいやだった。いつも、髪の毛をぐしゃぐしゃにして、坊ちゃん刈りを誤魔化すのだ。
タクヤは家に帰ると待ち受ける憂鬱から逃げるために、不本意ながらもかくれんぼをすることにした。
しかもタクヤがじゃんけんで即ストレート負けし、やむなく鬼になることになった。
いーち、にーい・・・・・。タクヤが数をカウントする。
「じゅう!もういーかーい?」
「まーだだよ。」
「もういーかーい?」
「まーだだよ。」
「もういーかーい?」
「もういいよ。」
タクヤは、少し違和感を感じた。
あれ?今、声が多くなかったか?
ナオトとコウタ以外にも声がしたような。
空耳か。
よし、探すぞ!
お前らの隠れるところなんて、たかが知れている。
タクヤはまず、神社の縁の下をくまなく探す。
あれ?ここだと思ったのにな。
だとしたら・・・。
ははぁん、あの神社をぐるりと囲んでいる垣根のあたりだなぁ?
神社の垣根を腰を低くして捜す。
がさり。
垣根の曲がり角あたりから音がした。
間抜けめ。見つけたぞ。
音がした場所をタクヤが凝視した。
垣根の葉の間から白いものが見えた。
そっとタクヤが近づいて、垣根の中を覗いた。
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目があった。
タクヤは、ドキっとした。
だが、すかさず、どちらかの目だと思った。
「みーっけ!」
タクヤが笑った。
どちらかが出てくるかと思ったが、そこからは誰も出てこない。
「なんだよ、ずるいぞ、出てこいよ。もう見つかってんだってば。」
その目は、ぱちりと瞬きをした。
あれ?ナオトとコウタってこんな目だっけ?
髪の毛も真っ黒で一直線に切りそろえられている。
これって、女の子じゃないか?
誰?
そう思った瞬間、垣根から真っ白な手が素早く飛び出してきた。
「うわぁっ!」
その手がタクヤを掴み、あっという間に垣根に引き込んだのだ。
タクヤの大きな叫び声と、物音にびっくりして、手洗いと、灯篭の後ろに隠れていたナオトとコウタが飛び出してきた。
「おーい、タクヤ?」
ナオトがタクヤを呼ぶ。
すぐ近くまで探しに来ていたはずの、タクヤがどこにもいない。
「タクヤー、どこだぁ?」
コウタも叫ぶ。
二人は、神社の敷地内をくまなく探したがタクヤは見つからなかった。
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「あいつ、つまんなくて帰っちゃったのかな?」
ナオトが言う。
「でもさ、なんかタクヤの叫び声しなかった?」
「うん、聞こえた。」
「でも、ココって危ないところなんかないよな?どこにも。溝とか池もないし。」
「何かに驚いたんじゃないの?蛇とか。」
二人は不安になった。
数十分探しても見つからないので、帰ったのかもしれないという結論に落ち着き、とりあえずタクヤの荷物を自宅に届けることにして、帰っているかどうかを確認することにした。
「え?タクヤ?まだ帰ってないわよ?」
ナオトとコウタは、胸に鉛を押し込まれたような、不安な気分になった。
叫び声と共に、タクヤが忽然と消えた。タクヤの忘れ物の網と虫かごを届けて、そのことを母親に話した。
「あの子ったらしょうがないわねえ。すっぽかしたりして。しかも、網まで置きっぱなし!ごめんね、届けてくれてありがとう。たぶん、どこかへ遊びに行ったのね。」
タクヤの母親は、申し訳無さそうに笑った。
二人もそう思いたかった。安心したかったのだ。
母親にそういわれ、少しだけ救われた気がした。
気にしないでください、と言い残し、タクヤの家を後にした。
しかし、その日、タクヤは帰ってこなかった。
心配した両親は夕方になって、初めて警察に捜索願を出した。
それから3日経っても、タクヤは帰ってこなかった。
ニュースにもなり、警察も神社を中心に大々的におおがかりな捜索をはじめた。
ナオトとコウタは自責の念にかられていた。
あの時、もっとちゃんとタクヤを探していれば。
誰かにさらわれたのかも。
最悪の夏休みの終わりだ。
ところが夏休みを残すところ、あと6日となったある日、タクヤがひょっこりと帰ってきた。
両親は涙を流して喜んだ。
タクヤは服が薄汚れていたものの、体にはなんの異常も無かった。
タクヤは、神社でかくれんぼをして家に帰るまでの記憶がまったく無かった。
心配した両親や友達が何故こんなにも、自分の帰りを喜んでいるのか、タクヤにはまったくわからなかった。タクヤにとっては3日間の記憶がないので、当たり前といえば当たり前だった。
タクヤは今まで通りの生活に戻った。
やり残した読書感想文も、自由研究も夏休みの終わりにはなんとか終わった。
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「明日から新学期だから、さっぱりして行こうね。」
母親はタクヤをお風呂の洗い場の椅子に座らせて、タクヤにケープを被せた。
ハサミを片手に、タクヤの後ろに立ち、後ろ髪をすくいあげた。
「キャーーーーー!」
そのとたん、母親は叫び声を上げ、後ろにしりもちをついた。
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タクヤの髪の毛をすくい上げると、そこには目があった。
大きな一つ目が、ぱちりと瞬きをした。
垣根の垣根の曲がり角を覗いてはいけない。
作者よもつひらさか