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翌日、演劇サークル道具室兼緊急心霊写真対策作戦会議室は再び重苦しい雰囲気に包まれていた。
首に白いコルセットを付けたユウヤは、先程から一言も口を開かない。
俺は見るとも無くデジカメのプレビュー画面を見ながら、ぼんやりと昨日のことを思い出していた。
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(もう少しまじめに調べればよかった。っていうかユウヤを当てにしなければよかった)
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信仰心など持ち合わせない自分が除霊など無理、という気持ちが多分にあった。
自分で何とかしよう、という気持ちが希薄だったのだ。
俺は自責の念に駆られながら見るとも無くプレビュー画面を変えていく。
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(だが)
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思わずため息をついた。
(だが、一体どうすればいいんだ?ユウヤの実家に相談するとか?でも四国からわざわざ除霊に来てくれるものだろうか?)
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「なあ」
俺はユウヤに話しかけた。
「んん?」
面倒くさそうにこちらを見るユウヤ。
「どうする?なにか方法あるの?除霊」
「ミッチェルさんの言うとおりやったんだけどなあ」
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「あのひとの言うとおりにやって上手くいったことないじゃん?」
「そういや、そうだな」
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「お前の実家のお寺さんじゃだめなの?」
「ん?ああ、無理だわ。じいちゃん、あっちでも忙しいし」
(そうか。やっぱ無理か。近場の神社にでも相談するべきかな…)
俺はデジカメのプレビュー画面をピコピコさせながらぼんやりと考え込んだ。すると、
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「すっ」
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声がすぐ後ろから聞こえた。
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「ごーーーーーーい。どうしたんですか。この写真。この間の踏み切りのですよね。アキラさんたちも行ったんですか?勇気ありますね。すごいです!」
この場にそぐわないテンションに、俺は振り返った。
リスのような目を輝かせながら、チカが俺の後ろからデジカメの画面を覗き込んでいた。
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「・・・そうだったんですか。そんなことがあったんですね」
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俺とユウヤは、悩んだ末にチカにこれまでのことを打ち明けた
(心霊写真がチカ目当てだったことは内緒)
なにせ自分達にはもう打つ手らしいものがない。藁にもすがる思いだった。
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チカはデジカメのプレビュー画面を眺めながら、下唇を人差し指でぷにぷに押しながら、何事か考えている様子だった。
「実は、先輩達にお伝えしたいことがあります」
「なに?」
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「ヒロトモさんから心霊写真をもらって、私も気になって自分なりに調べていたんです。この写真の中の女性が誰かも、私知ってます」
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shake
「ええ?嘘?……ってて」
チカの言葉に驚いたユウヤが、首を押さえてうずくまった。
いや、俺も驚いている。チカがこの少女の正体を知っている?
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「ね、お二人ともこれからちょっと付き合ってくれませんか?現場に足を運んで欲しいんです」
「現場?」
「はい。例の踏み切りで、もっと詳しく話を聞きたいんです!」
「別に、いいけど…なあ?」
「う、うん。バイトもないし……」
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俺とユウヤは、おどおどと同意した。
「付き合ってくれませんか?」
というフレーズを必要以上に意識しながら……。
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明るい場所で見る踏み切りは、まるであの悪夢のような出来事が嘘だったかのようなのどかな雰囲気だった。
茂みの中には蝶が舞い、陽光に照らされた木々からはセミの合唱が響いている。踏み切りの近くに手向けられた花が風に小さくゆれていた。
向こうでは、先程からユウヤがチカにあの少女の動きを説明している。
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俺はチカからもらったブルーのファイルに目をやった。
ファイルには、新聞の切り抜きや、写真、メモなど、今回の踏み切りに関する資料が、几帳面に貼り付けられている。
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『貨物列車に飛び込み。女性死亡』
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7年前の新聞の切抜きだ。
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『8月12日未明。JR犬山線下り方向新城駅付近の踏み切りで、女性が貨物列車に接触し、死亡した。自殺と見られる』
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そして翌日の切り抜き。
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『8月12日のJR犬山線で貨物列車と接触して死亡した女性は、近くに住む専門学校生、ウシナキセンカさん(18)と判明した』
以上だ。
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短い。ベタ記事にもならない3行記事。それが今回の事件に関する新聞の報道の全てだった。
切抜きの横には、恐らくチカのものであろう、赤鉛筆で「?」の字が書かれている。
チカも自殺ということに疑問を抱いていたのだろう。まあ、あの心霊写真を見たら、誰だって単なる轢死だとは思わないだろうが。
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しかし……。俺はファイルをぱらぱらとめくってみた。
あの写真、そしてこの踏切というだけの情報から、よくもここまで資料を集めたものだ。
俺は資料の中にあった、少女の写真に目をやった。
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「ウシナキ センカ さん」
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それがあの少女の名前らしい。
手書きのキャプションがあるその写真には、おそらく生前のあの少女であろう女性が、友達と思われる女の子3人ぐらいと写っていた。
写真は、どこかの遊園地かなにかで撮られたものらしい。少しはにかみながらピースサインをする姿には、その先に訪れる悲劇のことなど、思いもよらないであろう笑顔に包まれていた。
その顔を見ているだけで目にこみ上げるものがあり、俺はまたページをめくった。
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と、少女とは別の人物が写っている写真が目に入った。
(え?)
俺は思わず資料を取り落としそうになった。
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その写真に写っていたのは、それまでのウシナキさんとは違い、男の写真だった。
20歳そこそこ、髪は現代っぽく無造作ヘアとかなんとかいうスタイル。
白っぽいシャツに身を包んだその姿は、血色や、瞳の印象こそ違うものの、間違いない。「写真の男」だった。
写真の下には、赤鉛筆で「ナンブ イチヒコ さん」と名前があり、そしてその下には「お付き合いしていた方」と記入されていたのだ。
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shake
「なに!?」
思わず声に出た。二人が付き合っていただって?
ちょうど説明を終えたところだったユウヤが、俺の声に気がついて、こっちにやってきた。
「どうした?変な声上げて」
「い、いや、これ見ろ。あの写真の男だろ?」
「んー。あ、そうだ。あいつだわ。なに、ナンブっての?
shake
……ってなに!?付き合ってた!?」
俺と同じリアクションを取るユウヤ。
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そんな二人に、チカが近づいてきた。
「なあ、チカちゃん。これって、マジ?」
「あ、はい。ウシナキさんのお友達にも伺いましたので、間違いありません。二人はとても仲がよかったそうです。
先程ユウヤさんからデジカメの画像を拝見しました。踏み切りの向こうの男性と、ナンブさん。二人は同一人物と見て間違いないと思います。」
「でも、この男はどうしてここに?」
「偶然ではないでしょう。センカさんに会う為に来たのです。問題はその目的です」
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目的。通常なら、日も変わろうというような時間からデートとは考えにくい。
で、あるならば……
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「ここからは私の推論ですが、センカさんの身に何か危機が迫っていたのではないでしょうか?
ナンブさんはその危機を救おうとした。しかし間に合わなかった」
確かに。それが一番しっくりとくる答えだ。っていうことは、だぞ。
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俺はひとつの答えにたどり着き、目の前が暗くなるような感覚を覚えた。
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「ってことは、なに?俺達があの二人を会わせないようにしようとしたってのは、全くの無駄足だったってこと?」
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ユウヤが素っ頓狂な声を上げた。
そうなのだ。あの日の夜のことを起きないようにしようとして、なんとなく写真の男、「ナンブイチヒコ」を足止めしようと思ったのだが、事実は逆。二人が出会うことこそが必要だったのだ。
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そんな俺達を見て、チカは申し訳なさそうな顔で、重々しくうなづいた。当たりらしい。なんてこった。
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「センカさんとナンブさん。二人が出会えなかったことが未練になって、二人の魂はこの世にとどまり続けているのだと思います。
二人の話を聞いて、はっきりしたことがあります。センカさんとナンブさんは、地縛霊になっているということです。
地縛霊は、この世に強烈な未練を残している霊体です。
地縛霊は霊媒師でもうかつに手は出せません。下手に除霊しようとすれば、あっという間に引き込まれて、2度と戻ることができなくなります。
お二人も、先週電車に轢かれそうになったんですよね?
本来それだけ危険な目に会ったのなら、通常の判断力なら、もう除霊には手を出そうとはしないはずです。
でも今はあの二人、特にセンカさんを何が何でも除霊したいと思っている。そうではないでしょうか?」
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俺達は目を合わせた。図星だった。
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「お二人の気持ちはとても優しいものですし、私は先輩達のそういうところが好きです。でも、今はそれが悪い方向に行ってしまっています。
いいですか。決して自分達の力でお二人の魂を救おうと考えないで下さい。私から言えることは、それだけです」
俺とユウヤは二人で顔を見合わせた。
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除霊せずに二人の魂を救済する。そんな方法があるのだろうか。
次の木曜日までにそのことを考え出さなければならない。それが出来なければ再び、この場で悲劇が再現されるのだ。
俺は改めて陽光に照らされる踏み切りを振り返った。
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(そういうところが好きです)
チカの言葉を若干意識しながら……。
続きます
作者修行者
前回からの続きです。
今回は(も)まっっっっったく怖いところはありません。
笑って読み流してください。
・・・でもコメントください(どっちだ?)