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中編6
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異界ノ夜市

終電~終電~

終電を告げるアナウンスが聞こえた。残業のし過ぎで疲れて寝むってしまったらしい。ここは一体何処だろう?そう思いながら目をこすった。

何気なく窓を見て、私はぎょっとした。

電車は駅ではなく、夕焼け空が広がる、ススキ野原の空き地の様なところに止まっていた。

遠くからはお祭りをしているような声が聞こえた。

しばらく頭が追い付かなかった。これは夢なのだろうか?

そう思い、私は頬っぺたを抓ってみた。

痛い。

少なくとも夢ではないようだ。

腕時計を見てみた。8月14日土曜日。腕時計は既に日をまたいでいた。

しかし時刻は25時00分と表示されていた。私は混乱したが、この電車の中に居てはいけないと思い、電車の扉に向かって走った。

扉が開き、私は外に出た。懐かしいような切ないような郷愁を誘う匂いがした。

不意に涙が零れた。

まるで子供の様に泣きじゃくった。

不思議な安心感と、懐かしさが私を包み込んだ。

どれほど泣いただろう。きっと今の私の目は、腫れているだろう。

不意に人の気配がした。私があたりを見回すと、私の目の前に、狐のお面を被った15歳くらいの女の子が立っていた。おかっぱで、紅くて上品な着物を着ていた。

その子はカラカラと笑いながら、

「ようこそ、異界ノ市へ」と話しかけてきた。

異界ノ市?

私がぽかんとしていると、女の子は、嬉しそうな、楽しそうな声で、またカラカラと笑った。

彼女は私の手を掴み、私をお祭りをしているような声のするほうへと、引いて行った。

不思議と警戒心はなかった。

まるで母に手を引かれているような、そんな感覚がした。

私の目の前に、活気にあふれた夜市が広がっていた。

しかし売り手も買い手もみんな狐のお面をしていた。

また明らかに人間ではないモノ達もいた。

長い手足を器用に使って小物を作っているモノや、背中から生えている孔雀のように美しい羽を広げて優雅に踊る踊り子達などがいた。

普通なら、恐怖を感じるであろうが、私の心は、新しいおもちゃを買ってもらえる子供のような、そんなわくわく感で満ち足りていた。そんな私の心を見透かしたように、女の子はカラカラと笑った。

「あなたもこの夜市を見て回りたいでしょう。このお面とここで使えるお金を差し上げましょう。ただし夜市から帰るまで何かを食べるとき以外、何があっても決してお面を外さないでください。

また、絶対にこの夜市にいるモノ達と賭け事をしたり、物を恵んだりしないでください。戻れなくなりますから。」

そう言って女の子は何処から取り出したのか、狐のお面と

1000夜と書かれた紙を3枚渡してきた。

私は急いでそのお面を被って、紙3枚をポケットに入れて、夜市に向かって走り出した。

夜市には不思議なモノや、普通のお祭りで売られているような物が並んでいた。不気味だが、不思議な魅力を放つ本を狐のお面を被った蛸の様な生き物が売っていた。またその隣ではこちらもやはり狐のお面を被った蜘蛛の様な生き物が、リンゴ飴を売っていた。そのリンゴ飴屋は繁盛しているようで、軽い行列ができていた。蛸の様な生き物は、恨めしそうにリンゴ飴屋を見ていた。

私もその行列に加わり、リンゴ飴を買うことにした。一本100夜。私は1000夜と書かれた紙を一枚差し出した。蜘蛛の様な生き物は、ぽつりと、「ちぇっ、小銭を出してくれりゃあいいのに。」と言っていた。

私はその蜘蛛の様な生き物から御釣として、500夜と書かれた紙1枚と100夜と書かれた紙4枚を貰った。

狐のお面を少しずらして、私はリンゴ飴を舐めてみた。

美味しい。そのリンゴ飴は、小さい頃お祭りで買って貰ったリンゴ飴と、そっくりの味だった。また涙が出そうになるのを堪えた。

リンゴ飴を食べ終え、また夜市を見て回っていると、懐かしの玩具屋と書かれた看板を掲げたテントを見つけた。

私はアンティークな物が好きで、よくリサイクルショップなんかに足を運んでいる。この世界の懐かしの玩具というものに、興味を惹かれ、私はその店に入った。

不思議な形をした玩具や、お面が売っていた。私の来た世界で流行っていた玩具も売っていた。ぶらぶらとそのテントの中を歩いて回ると、私はとても懐かしいものを見つけた。

30年程前、まだ私が10歳位だった時に、父に買って貰った、当時流行っていた戦隊ヒーロー物に出てきたロボットのおもちゃが置いてあった。私はおもわずそれに手を伸ばした。

涙がぼろぼろと溢れて、零れていく。初めて100点を取ったお祝いに、父に買って貰ったおもちゃ。お気に入りだったおもちゃ。それが私の目の前にあったのだ。私はそれを抱き締め、レジに向かって走った。

レジには狐のお面を被った70歳位の御爺さんが、新聞を読みながら、煙管をふかしていた。

私は泣きながら御爺さんにこれはいくらかと尋ねた。御爺さんは優しげな声で、「それは1900夜だ」と言った。私は急いで支払いを済ませ、そのテントを後にした。

一通り夜市を見て回り、お腹が空いた私は、食いもの屋を見て回った。

居酒屋だ。居酒屋を見つけた。

私はその店に入った。

先客が何人もいた。魚の様な生き物、人間、ナメクジの様な生き物もいた。皆楽しそうに酒を飲んだり、焼き鳥を食べながらやれうちの女房はだの、やれうちの上司はだのと談笑していた。

私はそれを遠巻きに見ながら、カウンター席に座った。

居酒屋の女将さんは、背中に蝙蝠の様な翼を生やした、和風美人な雰囲気の人だった。いや、正確には人ではないのだが。

私が見とれていると、「ご注文は?」と女将さんが可笑しそうに私に聞いてきた。

私は少し照れながら、「あのぅ、これだけしか今持ってないんです。これで食べられるだけ、頂けますか?」と女将さんに1000夜を見せながら返事をした。

女将さんは、その雰囲気に合う声で、「かしこまりました。直ぐにお作りしますね。」と可愛らしく言った。

女将さんが調理している間、私は先客達と意気投合した。

女将さんの作ってくれたおでんの盛り合わせとサービスだといって出してくれたビール1瓶を飲みながら、彼らと談笑した。

余談だが、女将さんが味見をしている時にちらっと女将さんの顔を見たが、雰囲気に合った和風美人さんだった。

満足したし、お金ももうないのでそろそろ帰ろうかと思い、居酒屋を後にすると、私を案内してくれた女の子が立っていた。

私が女の子にお礼を言うと、女の子はカラカラと笑いながら、「またお会いしましょう。」と言った。その瞬間、私の被っていた狐のお面の紐が取れ、お面がするりと落ちた。

目が覚めると、私は自分のアパートにいた。

日にちは8月14日の土曜日だった。私は夢でも見ていたのかと思ったが、夢ではないと確信した。ポケットには、あの居酒屋で貰ったマッチが入っていて、私の足元には、あのロボットのおもちゃが転がっていたからだ。

日曜日、私は図書館に向かった。

あの世界について調べるために。

。図書館につき、調査を開始した。3時間ほどかかったが、あの世界について知ることができた。

あの世界は人魔交郷と言い、人と妖怪が共存する世界で、自分の世界で疲れ切っている者を癒す世界だという。その世界から何かを持ち帰っているなら、それを握り締め、また行きたいと願うなら、またいけるということがわかった。

今日は残業でくたくただ。でもまぁ、これから友人たちと

飲むんだ。思いっきり飲もう。僕はマッチの箱を握りしめた。

一瞬意識が飛び、目が覚める。狐のお面を被った女の子がカラカラ笑いながら言った。「お帰りなさい。さぁ、楽しんでいってください。」

終わり

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