【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

14年10月怖話アワード受賞作品
長編16
  • 表示切替
  • 使い方

1.25 million species

長い冬は終わりを告げた。

短い春は瞬く間に過ぎ去り、早くも夏の暖かさが訪れた。

季節は廻る。

人の営みに関係なく。

望むと望まないと、残酷に。

都心の競馬場。

一人の男が喧騒の中、馬券を握りしめ怒声を張り上げている。

少ない給料を費やし馬券を買った男の怒声は、競馬場内の外回りコースを軽やかに疾走するサラブレッド馬に向けられていた。

今日はダービー。大レース。

天運を賭けた馬は、天下のサラブレッド4歳馬。

興奮しないわけがない。

…だが。

競馬場を後にした男の足取りは重い。

負けたのだ。

ちくしょう。

男は駐車場で空を見上げた。

憎たらしい程、青く晴れた空だ。

その時、空の中を何かが煌めいた。

その瞬間。

男の胸を、衝撃が貫いた。

男は、何事かと、自分の胸に目を向ける。

男の胸には、ぽっかりと、穴が開いていた。

比喩ではない。

文字通り、『穴が開いていた』。

「なんだ、こりゃ。」

男はそう呟こうとする。

だが、声が出ない。胸を貫かれたのだから、当然である。

男の胸から、大量の血液が吹き出る。

「なんだ、こりゃ。」

男は、再び声にならない声を呟き、血溜まりの地面にドチャリと倒れた。

駐車場にこだまする絶叫。

周囲の人間の叫び声の中で、男は、わけもわからず、息絶えた。

「うちのワンちゃん、最高に可愛いでしょ?」

「いえいえ、あたしのネコちゃんのほうが素敵よ。」

街中のカフェの外席で、二人の女性が大声で会話をしている。

互いのペットの自慢らしい。

…うるさいな。

二人の女性の近くの席に座るサラリーマン風の男が、小さく呟いた。

…せっかくの休憩が台無しだ。

男はチラリと二人の女性に目を向ける。

男の視線に気付く事なく、二人の女性は声高らかにお喋りを続けている。

二人の手元には、それぞれ可愛らしい犬と猫が、大人しく腕に包まれている。

逃げる事も、声を上げる事もない。

…お前らも、ご主人様の奇声に耐えてるんだな。

男は二匹のペットに、心の中で同情する。

その瞬間。

男の視界に、眩い光が瞬いた。

ほんの一瞬だったが、男は眩しさで目を逸らす。

その時、男の視界の片隅に、黒いナニカが横切った、様な気がした。

その直後。

ピタリと二人の女性のお喋りが、止む。

…やれやれ。

眼を開けた男は、何気無く、二人の女性に目を向ける。

そして、息を飲んだ。

驚きの中で男は、二人の女性の声が止んだ理由を把握した。

並んで座る二人の女性の顔が、『無くなっていた』。

首から上が、消えていた。

女性の傍の地面に、赤く黒い塊が二つ、落ちている。

…首から上が、切り落とされていた。

瞬く間に。

一瞬で。

二人同時に。

腕に抱えられた二匹のペットに、首から吹き出た血液が降り注ぐ。

赤く染まる中で、二匹のペットは、何事もなかったかのように、声を出す事も逃げる事も、なかった。

大学の帰り道。

夕暮れの中、ミチルは、郊外の住宅街を歩いていた。

少々偏屈だが、物知りで頼もしい先輩の研究に付き合っていた為に、帰宅の時間が遅くなってしまった。

太陽が西の彼方の山に沈む寸前。

夕焼けの中、ふと鳥の鳴き声に反応し、ミチルは空を見上げる。

ミチルの視線の先で、カラスの群れが空を飛んでいた。

赤く染まる空を覆うかのように飛ぶ黒い鳥の群れは悠然であり、ミチルは足を止め、その光景を見つめていた。

その直後、

「きゃーーーー!」

声が住宅街に響く。

その声で、ミチルはカラスの群れから眼を離す。

…今のは、叫び声だった。

その声は、近くの公園から聞こえてきたようだ。

…なんだろう?

ミチルは、叫び声がしたと思われる公園に向かった。

公園に着くと、人集りが目に入る。

…何かあったのだろうか?

女性は、近くにいた中年の男性に、聞いてみた。

男性によると、この公園で、血だらけの死体が見つかったとの事だった。

しかも、事故ではないらしい。

何か事件だろうか?

人集りの隙間から、血溜まりに横たわる死体の姿が目に入った。

ミチルは、息を飲む。

他人の死体を、しかも無残な姿の死体を見るのは、初めてだ。

ミチルは、死体には申し訳ないが、不快感を覚え、公園を後にする。

その時、ミチルは、自分の足元に何か黒いモノが落ちているのに気がついた。

…なんだろう?

ミチルは、それを拾い上げる。

それは、長さ10cm幅2cm程の、黒いナイフのようなものだった。

左右の刃があるタイプの、小さい刃物だ。

だが奇妙な事に柄の部分が非常に細い。

柄の直径は3ミリにも満たない。

しかし刃の部分は細く鋭利であり、油断すれば触れただけで手を傷付けかねない程だ。

少なくとも、切ったり突いたりするような用途では使えない。

当然、殺傷力も、無い。

「なんだろう。これ。」

その珍しさに惹かれ、ミチルはその刃物をハンカチで包み、鞄に入れた。

「今度、先輩に見せてみよっと。」

そう呟いて、ミチルは帰路についた。

ある日のニュース。

『本日未明、人体の一部が、突然に貫かれるという事件が発生しました。被害者は即死。被害者に同伴していた妻によると、「突然光の塊が夫を貫いた」「光の塊は、夫を目掛けてきた」と証言しており、先日より続いている連続死傷事件との関連が予測されます』

「じゃあ、二人の再会を祝して」

「乾杯!」

居酒屋で、二人の男性がビールで乾杯をしていた。

ガチャン。

ジョッキからビールが零れるほどの勢いで、二人は乾杯をする。

二人とも古くからの付き合いようで、互いに遠慮はない。

「いや、まさか、サクマ。お前が学者になるとはな。理数系とかはいつも赤点だったくせしてさ。」

「お前こそだよ、ツトム。あの運動音痴が、今は自衛隊所属とは、な。しかも、昇格してるんだろ?」

白衣の似合いそうな学者風の男は、サクマ。

背が高く、体格のいい男性は、ツトム。

二人は中学高校と同級生であり、今日は久しぶりの再会を祝して盃を交わしているのだ。

お互いの近況や他の友人の様子、日頃の不満を語り合う二人。

二人のいるテーブルに、空き瓶と空の皿が散らかっていく。

「自衛隊での生活は、どうだい?」

「規則に規律に階級に…。決まり事だらけでうんざりだよ。お前こそ、大学の研究室はどんな感じなんだ?」

「お前の所とあまり変わらないかもな。立場とか利権とか…、成果が握り潰されるなんて、日常茶飯事だ。」

「確かに、自分より周り…というか集団の在り方を第一になってるのは、あんまり変わらないかもな。」

「まあ、それが、人類が到達した社会性の結果だからな。仕方ないさ。」

「お、やっぱり学者様は言うことが違うね。」

「よせよ。…だけど、その社会性の強みが、野生の生物と違うところだ…。」

それから。

互いの愚痴に耳を傾け続けて。

二時間後。

鳥の唐揚げをビールで流し込みながら、ツトムは店の中にあるテレビに目を向ける。

テレビでは、最近発生している謎の死傷事件が報道されていた。

「…またか。」

「どうした?」

サクマは、日本酒片手に刺身を摘みながら、テレビを見つめるツトムに声をかける。

「…いや。食事時に話すことでもないんだ。すまん。」

「別に構わないさ。」

「そうか。ま、そういや、お前はそういう奴だよな。」

「なんだよそれ。」

「いや、空気読まないのは、お前の専売特許だと思ってさ。」

「余計なお世話だよ。」

二人は、互いの言葉に笑い合う。

「で、どうしたんだ?」

サクマは、ツトムに先程の話の先を促す。

「ああ。最近な、奇妙な死傷事件が続いてて、な。」

「さっきやってたニュースでか。何かに貫かれたとか、切り落とされたとか…。」

「…これは他言しないで欲しいんだが…。」

「おう。」

「傷の原因が、解らないんだ。」

「ほう?」

「人体を貫く程の衝撃なんだから、何かしらの銃器から発射された弾丸とかなんだろうけど…。」

「うん。」

「傷跡の様子が、奇妙なんだ。従来の銃器なら発生するはずの熱による熱傷がない。」

「銃弾で貫かれたなら、普通なら熱の跡が残るもの、か。」

「ああ。しかもその傷跡の形は、縦横に長い。その形は、弾丸というより、鏃(やじり)に近いもの、らしいんだ。」

「どういうことだ?」

「例えるなら、銃弾ではなく、弓矢で貫かれたような傷跡なんだよ。けど、弓矢にそんな威力はない。」

「確かに。」

「目撃者によれば、何かの反射光や、黒い何かが過った、とかあるんだが、どれもはっきりしない。」

「…それほどの速度のモノ、ということか。」

「ああ。その上、あれだけ殺傷事件が頻発しているのに、その弾丸…らしきモノや、類するモノが発見されないんだ。」

「…そんな事、あり得るのか?」

「わからない。だから、あの連続死傷事件は、新兵器によるテロなんじゃないかと、隊の中では噂されてるんだ。そのせいで、隊は今、ピリピリしてるんだ…。」

「…なるほど、な。」 

「他にも、目撃者の証言の中で気になることがあって、な。」

「うん。」

「どうやっても狙撃不可能な細い路地での被害や、複数の人間のが同時に貫かれるとか、普通の銃器ではあり得ない状況が確認されている。」

「つまり、その弾丸は、『被害者に向けて曲がった』ということか?」

「…その可能性もある。だが、たった一つ、確実な事がある。全ての事件は、屋外で起きている、ということだ。」

「…」

ツトムの話を聞き、サクマ考え込む。

黒いナニカ。

鏃のような形。

高速の物体。

銃弾ほどの熱を持たない。

曲がる。被害者に向けて。

そんな銃弾は…。

「あり得ない。」

次の日。

サクマは、大学内の自分の研究室に篭り、実験にあたっていた。

目の前には、研究対象のマウスが数匹、狭い檻の中で走り回っている。

だが、サクマの思考は目の前のマウスにではなく、昨夜のツトムから教えてもらった話に向いていた。

弾丸が被害者を『目掛けて』くるなんて、あり得るのか?

これじゃあ、まるで、獲物を求める動物だな。

…動物?

サクマの胸に、嫌な予感が生じた。

「あ、先輩。」

サクマの元に、後輩で助手を務める女性、ミチルが近づいてきた。

「どうしたんですか、ボーッとして。あ、でも、先輩のボンヤリは、いつものことですかね。」

「うるさいな。」

ミチルの軽口に、サクマは文句を返す。

「はーい。すみませーん。」

ミチルに悪びれた様子はない。

「まったく。」

いつもの光景だ。サクマは微笑む。

「何か考え事ですか?」

「ああ。先日から続いてる謎の死傷事件について考えてたんだ。」

ミチルの顔が曇る。

「嫌な事件ですよね。私も、この前、事件の現場を見ちゃったんですよ。」

「それは災難だったね。」

「はい。…あ、その時に、変な物を拾ったんですよ。先輩に見せようと思って、持ってきたんです。」

と、ミチルは鞄からハンカチに包まれた例の黒い刃物を取り出し、サクマに渡す。

「…これは!」

サクマの顔に、驚愕が浮かぶ。

「なんですかね、これ?」

サクマは、刃物を手に取り見つめながら、

「これ、事件現場で、拾ったんだよな?」

とミチルに問いただす。

「はい。そうです。」

サクマの表情は、硬い。

「これ、しばらく借りるよ。」

白衣を翻し、サクマは研究室を後にした。

研究室のドアに、その研究室の名前が書かれている。

『生物学研究室』と。

サクマは、先程の黒い刃を見て、確信した。

これは、刃物ではない、と。

そしてこれが、謎の弾丸の正体の一部である、と。

サクマは、ツトムに電話を入れる。

謎の兵器の正体にサクマは気付いたからだ。

それをツトムに知らせる為に。

何度か電話を掛け直し、やっとツトムは電話に出た。

『どうした? 今、ちょっと忙しいんだ。』

「? 何かあったのか?」

『ああ。隊のレーダーに、正体不明の航空機サイズの飛行物体が数体、確認されてな。しばらくレーダーで追尾をしていたんだが、突然反応が消えてしまったんだ。』

「おかしな話しだな。」

『ああ。だから今、基地内のピリピリは最高値だよ。で、お前の用事は、なんだ?。』

「あ、ああ。例の弾丸の正体が、解った。」

ツトムとサクマは、基地の近くで落ち合った。

「弾丸の正体が解ったってのは、本当か?」

ツトムはサクマを問いただす。

「ああ。だが、ここは危険だ。どこか、屋内で話が…」

その瞬間。

music:6

黒い光が空に瞬いた。

「危ない!」

サクマは、ツトムを突き飛ばしながら、地面に伏せる。

サクマとツトムの間を、風が通り抜けた。

いや。身を切るほどの陣風が突き抜けた。

「な、なんだ、今のは!」

ツトムが声を上げる。

「いいから、走れ!」

その声で、二人は基地に向けて走り出す。

「なるべく身を隠しながら進むんだ!」

サクマの指示に従い、二人は木々に身を隠しながら、走る。

ザクン!

二人の真横にあった木に、20cm程の巨大な穴が空いた。

…あれに貫かれれば、人体などひとたまりもない。

ツトムの背筋に冷たい汗が流れる。

息も絶え絶え、二人は基地内の屋内駐車場に辿り着いた。

「…なんなんだ、あれは!」

ツトムは声を荒れさせながらサクマに問い詰める。

サクマは、懐からハンカチに包まれた、例の黒く小さい刃物を取り出す。

「…これが、例の弾丸…黒いナニカの正体だ。」

ツトムの表情が変わる。

「こ、こんな小さい刃物が、あんな威力を持つ弾丸になるのか? 馬鹿な!」

「…正確には、これは、あの黒いナニカの『一部』だ。」

「え?」

「あの黒いナニカは、この刃物で覆われた…生物だ。」

「…あれが、生物?」

「ああ。これは、その生物の…羽だ。」

「は、羽? この…黒い刃物が?」

「そう。あれは…。鳥なんだ。」

「と、鳥? おい、馬鹿を言うんじゃない。たかが鳥に、あんな真似事ができるあるわけないだろ!?」

「人に知覚出来ない程の高速を出せる鳥は、幾らでも存在している。そして、この羽の持ち主となる生物の名前は…。」

「…。」

「学名Hirundapus caudacutus英名White-throated needle-tailed swift動物界脊索動物門鳥綱アマツバメ目アマツバメ科…『雨燕』だ。」

「アマ…ツバメ…。ば、馬鹿な!」

…今日だけで、ツトムから何度馬鹿と言われたことか。

だが、例え馬鹿なような話でも、事実は事実だ。

俺には、この事実をツトムに伝える義務がある。

「たかがツバメに、人体を、木を貫くような威力がある筈がない!」

「いや。違う。お前、この鳥が出せる速度を知っているか?」

「…。」

ツトムは、黙って俺の話を聞く。

「針尾雨燕って、聞いたことはあるか?

日本を含むユーラシア大陸東部に分布するツバメだ。

体長は20cm程。全身は黒い体毛で覆われている。

奴らの体は、航空工学で使われる翼長と翼面積と重量からなる『力学的相似形数』が、人類が作る最新鋭のジェット機と極めて近い値になっている。

人類が到達した『空気力学』を、奴らは自然の進化の過程で、既に会得しているんだ。

その速度は、

水平飛行時、時速350km。

しかもだ。

物体は、サイズや重量が大きい程、速く飛ぶ。

奴らは、金属に極めて近い素性の刃のような翼を得ている。

そこに、高々度からの滑空…本体の重量と重力が加わる。

その速度は、時速500kmに到達する。」

「時速500kmの金属塊…。」

「そう。そして、これに貫かれた後には、ツバメの形…巨大な鏃のような跡ができる。」

「…。」

「これが、熱を出さず、高速で迫る見えない黒い弾丸の…正体だ。」

「だが…。」

反論を試みようとするツトム。だが、言葉にならない。

ツトムも、理解したのだ。

「しかも。こいつらは、人を目掛けて、飛んでくる。飛行途中の制動も旋回も、自由自在だ。獲物を仕留めるまで、何度でも追跡する。」

黒いナニカ。

鏃のような形。

高速の物体。

銃弾ほどの熱を持たない。

曲がる。被害者に向けて。

そんな銃弾は…。存在しない。

その正体は、その条件を満たす弾丸は。

『針尾雨燕』という、目的と意思と、そして命を持つ小さな生物なのだ。

「…なんで、そんなものがいるんだ?」

ツトムが力なく俺に尋ねる。

「たぶん、進化したのだろう。」

「…進化? なんで?」

「進化とは、生物個体群の性質が、世代を経るにつれて変化する現象だ。その理由は…『生き残るため』。

原始の生物は、危機を迅速に感じ取るために眼球器官を得た。

新たなエネルギーを求めて魚は地上に進出した。

外敵から身を守る為に、角や牙、翼を得た。

人は、道具を用いるために二足歩行となり、脳を進化させ、生命の頂点に立った。

全ては、種が生き残る為に行われた所業だ。」

「だ、だが、ツバメが、鳥が、金属の羽を持つ事に意味はあるのか?

空を羽ばたける鳥の生存を脅かす生物なんて、多くは無いはずだ。」

「だったら、今、そいつらにとって、何が外敵になると思う? 何の生物が、種の存続を脅かしているのだと思う?」

「…。まさか。」

ツトムの表情が曇る。

「…人間だ。」

少し荒唐無稽な話をしていいか?

品種改良って、解るか?

あれは、何かにとって都合がいいように、生物を定向進化…意図的に進化させる事だ。

猪は、人の飼われ、牙を、体毛を失い、人に食われるだけの肉…、豚になった。

馬は、走る速さに特化するために意図的な交配を繰り返し、その進化に人の手が関わった今では、当初の進化の目的を忘れさせられ、人の余興とステータスの為だけに存在する生物となった。

犬や猫も同じだ。鳴かない犬を作るため、比較的鳴かない犬同士の交配を何十世代と繰り返し、その過程で生み出された多くの失敗作は、処理された。飼い主の元に届いた静かで可愛いペット達は、人によって品種改良を繰り返された何百リットルもの血の犠牲の結晶なんだ。

そんな事をするのは、人間だけだ。

それだけじゃない。

人間は今まで多くの生物を絶滅させてきた。

…俺の手も、たくさんの実験動物の血で、汚れている。

その報い…。

これは、人という種に対する、自然の…地球の、復讐じゃないのだろうか?

その為に、あの鳥達は、人間に仇なす為の兵器になるように、自らを品種改良したんじゃないのだろうか?

「な、何を言ってるんだ!」

「ああ。馬鹿な話だ。あり得ない。だが、その危険な鳥が存在しているのは、事実、だ。」

俺のその言葉で、ツトムは我に返る。

「そ、そうだ。その事実を、早く報告しなきゃ。」

ツトムは、駐車場から基地内に続く通路に向かう。

俺も、ツトムに続く。

「ああ。幸い、確認されたのはまだ数体だ。発見さえできれば、いくら金属の羽を備えたツバメでも、駆逐は難しくないはずだ。」

その俺の言葉を聞いた直後。

ツトムの足が止まる。

「金属だと…。」

「ツトム、どうした?」

「さっき、レーダーが日本に向かって飛ぶ数機の正体不明の機影を捉えたんだ。」

「ああ。そう言えば、そんな事を話していたな。」

「…だが、数分後には、その機影はレーダーから消えた。まるで、小さく分離したかのようだった。」

「え?」

「現在、そんな小型サイズで運用できるような航空機は存在しない。あれは、まさか…。」

まさか。

俺は息を飲む。

「まさか、…奴らの、燕の…『群れ』か?」

時に燕は、何万羽単位での群れを作る。

機影に見える程の金属性と密度を持つ群れ…。それが数機分、確認された…。

それは、いったい、何羽になるんだ?

その群れが、日本に向かっている…。

空を黒く覆い尽くす、人を殺す為だけに存在する鋼の弾丸。

俺の脳裏に、その光景が思い浮かぶ。

「自衛隊で駆逐できないのか?」

俺はツトムに軍の出撃を促す。

「無理だ。証拠がない。それに日本の自衛隊は専守防衛だ。被害も証拠もないのに、出撃は不可能だ。ましてや、相手は自然の動物だ。」

ツトムは首を振る。

「動物? 違う。もはやあれは、害獣だ。いわば生物兵器なんだぞ!」

「だから!、無理なんだよ!。なにより、時間がない!」

ツトムは、俺の呼び掛けに歯痒さを感じ、拳を握りしめながら、脅威迫る西の空を仰ぎ見る。

「犠牲は、出る。だが、出撃の承認に時間がかかる分、その後の軍の行動は迅速だ。鋼鉄の弾丸がいくらやってこようとも、絶対に負けない!」

ツトムは、西の空に向かって声を張り上げると、俺を連れて、隊の上官の元に向かって走り出した。

music:2

街の中。

ミチルは、西の空に目を向ける。

ミチルの視界の先の空が、黒いナニカに侵食されていく。

人を貫く何万体もの黒い鋼鉄の刃が、青く澄みわたる空を覆う光景が、ミチルに見えた。

その直後。

ミチルの身体を、無数の時速500kmの黒い弾丸が、貫いた…。

俺は、ミチルの悲報を胸に受け止めながら、自衛隊の司令室のモニターに映し出される、黒い弾丸…ツバメの群れを駆逐する自衛隊の勇姿を眺めていた。

…今日、多くの犠牲が出た。

黒い空から放たれた弾丸は、街に多くの死体を築き上げた。

……

………

だが。

おそらく。

人類は。

この危険な生物兵器を駆逐するだろう。

人類は、負けない。

『鳥』類という種を根絶やしにしてでも、この危機を乗り越えるはずだ。

けれど。

これで、終わりなのか?

これは、始まりじゃないのか?

もし。

軍隊の如き統制を持ちながら世界最高の食欲を誇る蟻が都市を襲ったら。

体の95%が水分で構成されたクラゲが、更に、飲用水と見分けがつかない程の変態をしたら。

陸上生物界最大の体格を持つ像が変化し戦車をも踏み潰すほどの巨体を有したら。

それらが、大量に繁殖し、人類に悪意を持ったとしたら。

人類は、どうなるのか。

…その兆しは、今日、確かに、確認された。

多くの人間の血をもってして。

いや。すでにその兆しは、あったのかもしれない。

人類が、気付かなかっただけなのかもしれない。

125万種以上の命の炎が燃え盛る地球の復讐。

これで終わる筈が、

ない。

wallpaper:610

Concrete
コメント怖い
8
63
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

手塚治虫先生作の
「ブラックジャック」
で、99%水の寄生物が感染する
話が有りましたが、こちらの
作品の方が現実じみてます。

返信

ホラーって感じではありませんが、
すごく話に入り込んでしまいました。

面白かったです。
次回作も楽しみにしています(*´ェ`)ノ

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

物凄く怖かったです。。。
こんなことが現実で起きたら。。。
想像するだけで怖い。。。
どこかのテロリストがこんな生物兵器をつくりませんように。。。

返信

人間が万物の霊長といって好き勝手をしていると、
いつかは、しっぺ返しを食らう日がくるかもしれませんね。

もう、起こっているのかな。
私たちが知らないだけで。

返信