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大長編63
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括リ姫

〜あるホームページの掲示板から抜粋〜

オマエラ、【括リ姫】を調べてるのか?

で、ネットで検索したら、僕のホームページがヒットしたんだろ?

で、検索したって事は、オマエラ『括リ姫』を調べてるんだな?

で、解らなかったわけだ。

そりゃあいいことだ。解らないほうがいい。

いやいや、からかっている訳じゃないぜ。

世の中には、知らないほうがいいこともあるんだからさ。

『好奇心が猫を殺す』って格言、知らないのかい?

え? それは中国の映画の題名じゃないのかって?

いやいや、有名なイギリスの格言だ。

まあ、言いたいことは、無闇な好奇心で踏み込むと、取り返しの付かない事態になる、って事が言いたいだけさ。

なにぃ? それでも知りたい?

…解ったよ。

そこまで言うなら仕方ない。

【括リ姫】について、僕が教えてやる。

今から貼るURLにアクセスしろ。

そこに【括リ姫】にまつわる怪談がある。

それを最後まで読めば、検索バカなオマエラでも、少しは【括リ姫】について詳しくなるだろうさ。

…だが、後悔するなよ。

『好奇心は猫も殺す』。よく肝に命じておけ。

〜URLのアクセス先〜

【括リ姫】

△△県○○町。

高層ビル立ち並ぶ都会の街とは違う。

緑の木々で囲まれた、自然が残された町。

その分、古い事だけが取り柄の町。

昔は城下町として栄えたらしいが、今では城跡しかなく、町の観光の役にも立たない。

つまらない町。

俺は、その有り触れた町に、俺は生まれた。

その町で、俺は、極々平凡に過ごしている。

学校に通い、

だらだらと学び、

時にサボり、

なんとか進学し、

教師とか親とかの大人にイライラをつのらせ、

友人と馬鹿な遊びをして憂さを晴らす。

俺はこの平凡な町で、そんな平凡な日々を送っている。

そんな俺にも、この平凡な町の事で、一つだけ気になっていることがあった。

町の中央から外れた辺りのに小高い丘がある

その山頂付近は森林に囲まれて、立ち入り禁止の区域になっていた。

いわゆる禁足地という奴だ。

大人は、そこに何があるのか、知っているようだったが、俺には教えてくれなかった。

幼い頃からそこに何があるのか気になり親や祖父母に尋ねたことがあったが、その度に話をはぐらかされた。

そして「その森には絶対に入るな」ときつく釘を刺され続けてきた。

大きくなった今でも、その森の中に何があるのか、俺は気になっていた。

20歳になるころ、俺は、その森に隠された秘密を知ることになる。

だが、その代償は高く付いた。

その森の秘密を、禁忌の理由を、呪いを、俺は身をもって知ることになる。

今では、禁忌を犯した己のその好奇心を、後悔している。

この話には、俺の自責の思いが綴られている。

みんなには、是非とも、この話を最後まで読んでもらいたい。

それが、俺をこの苦痛から救うことにつながるからだ。

まず、俺の知り合いである、Aという女の事を聞いて欲しい。

Aは、綺麗な女だった。

小顔で色白、

肩まである黒髪、

モデル体型、

清楚な雰囲気も持ち合わせ、

まさにお嬢様という出で立ち。

Aが通う高校は、金持ちの令嬢しか入学できないと言われている

その校内で開催された美人コンテストでも上位を取る程、Aは綺麗な顔立ちをしている。

学生生活では、成績も優勝。

品行方正で正にお嬢様の見本であった。

教師からの受けは良く、生徒からの信頼も厚く、イベントでも生徒の代表として活躍する機会が数多くあった。

だが、それは表向きの話だ。

…その見た目とは裏腹に、Aの性格は、

最悪だった。

自分に逆らう生徒がいれば、子飼いの生徒を使って集団で虐め、中退に追い込んだ。

気に入らない女教師がいれば、金で雇った男達に襲わせ辱め、辞めさせた。

自らの美貌を最大限に有効活用して、男教師を手玉に取り、思うがままに操る。

だが、その裏の振る舞いは、決して表に出ることはない。

咎められることはない。

それだけの知恵と影響力を、Aは持っていた。

聞いたところによると、Aの両親は病院を経営しており、Aの通う学校に多額の寄付金を渡しているらしい。

有り余る金と権力、恵まれた容姿と知恵を、自身の支配欲と残虐性を満たすために使う事を一切躊躇わない。

それがAだ。

だが、それだけがAを最悪な奴だと位置付けるものではない。

若くして何不自由にない金と権力を握り、類稀なる美貌を持つAは、それでもなお…、

退屈していた。

「退屈を満たす」。ただそれだけの為に、他人が傷つくことも、例え他人の命が失われる事すらも厭わない。

それが、Aの最悪性の根幹を形作る要素なのだ。

俺の名前…、仮にCとしよう。

俺がAに出会ったのは、ある月夜の晩だった。

その夜。

俺は友人のBと、一人の背広の男と対峙していた。

いや、対峙ではないか。

冷たいアスファルトの上に仰向けに倒れている背広の男を、殴りつけていた。

その男が誰かって?

知らない。

繁華街の中、人通りの無い小道を歩く背広の男がいたから、暗がりに引き込み、路地裏で暴行を加えていただけだ。

勘違いしないで欲しいのだが、男を殴りつけているのは、俺ではない。

俺は暴力は嫌いだ。

仰向けに倒れる男の上に馬乗りになって、拳を振りおろしているのは、Bだ。

俺の友人であるBは、人を殴ることが、蹴ることが、踏み潰すことが、大好きだった。

だから、人を殴るのは、Bの役目。

俺の役目は相手を探し、ことが終わるまで見張りをすること。

そして、男の懐から転がり出てきた財布の中身を確認する事だ。

俺は頭脳労働。

Bは肉体労働。

なんと合理的な役割分担。

まさに適材適所。

仰向けに横たわる背広の男を、小山のような体格のBが馬乗りになり、その硬く巨大な拳を振り下ろす。

拳が男の顔に埋まる度に「グチャ」とした音が鳴り響く。

心地いい音だ。

俺は暴力は嫌いだ。

だが、人が壊れる音は好きだ。

ふと、Bが動きを止め、のっそりとその巨体を起こした。

事が終わったようだ。

俺は、地に伏す血だらけの男に近づく。

男の顔面は赤黒く血だらけだ。なんとも汚い。

俺は懐からカメラを取り出すと、横たわる男の姿をカメラに収める。

暗がりに一瞬、カメラのフラッシュ光が瞬いた。

何の為に写真を撮るかだって?

記念写真みたいなものだ。

まぁ、趣味の一環である。

俺は、満足げな笑みを浮かべると、カメラを懐に仕舞う。

その時、Bが俺に向かって、声をかける。

「…おい。C。」

名前を呼ばれた俺は、Bに目を向ける。

俺の視線を受けたBは、闇に染まる路地裏の更に暗がりを指差した。

俺は、Bの指が指す方角に目を向ける。

その瞬間、暗がりの中で小さな影が動いた。

「ねえ。」

影が声を発する。

女性の声だった。

「誰だ!」

暴力がもたらす興奮がまだ収まらないBは、声のした方向に向かって吠える。

Bの声に反応するかのように、暗がりの中から、小柄な女性が姿を表す。

美しい女性であった。

だが、闇の中、血だらけの人間が横たわり、拳から血を滴らせる巨漢の男が立ちすくむ凄惨な暴力の光景に姿を表す不釣り合いな程に美しい女性の姿は、異質であり、ある種グロテスクでもあった。

「あなた達。面白そうな事、してるのね。」

臆することなく、女性はBに歩み寄る。

Bの視線は、その女性を直視している。

いや、その女性の美しさに見惚れているようだった。

その女性は、Bの手を自らの手で握った。

女性の手が血で汚れる。

だが、女性はそんなことはまったく厭わず、Bに語りかける。

「あなた、とっても素敵ね。」

それが、俺達と、Aの出会いであった。

それから以降、俺達は三人で組んで「活動」する事が多くなった。

三人で、大人の男を襲うのだ。

Aが、欲求不満の馬鹿男を釣る。

Bが、ノコノコ釣れた男を脅し、金を(暴力で)巻き上げる。

美人局に、もれなく暴力が付いてくる、といった具合である。

俺は、その馬鹿男を探す役。

組む、というか、三人の目的が合致したから共に行動している、という感覚だ。

Bは、自身の暴力性を満たしたい。

俺は、小遣い稼ぎ。それに加えて趣味の満喫。

そしてAは、「暇潰し」である。

月に一回か二回。

俺達は、活動を起こした。

その度に、互いの欲求を満たす。

金も手に入る。

それが俺達はこの上なく楽しかった。

だが、最近、変化が訪れた。

AとBが、付き合い始めたのだ。

Bの熊のような見た目のどこが良いのだろうか…。

それに、Aは見た目こそは綺麗だが、その中身は最悪だ。

俺の好みではない。

…まったく、人の好みはわからない。

だが、そのおかげもあってか「活動」にも熱が入っているようだ。

暴力は人を惑わす。

だから、暴力は嫌いなんだ。

そう思いながら、俺はBの拳で血だらけになる男の姿をカメラに収める。

最近は動画の撮影も行っている。

だいぶコレクションも増えた。今

夜はコレクションを見ながら一杯やるか。

俺はそんな事を考えていた。

そんな悦楽の日々は、ある日突然幕を閉じた。

いや、幕を開けたのだ。そう。恐怖の幕を…。

ある夏の日の夜、Aが待ち合わせの時間に遅れてやってきた。

遅れてきたAは、左頬を紅く腫れ上がらせていた。

大した腫れではなかったが、Aの色白の肌では、その腫れはまるで異物を顔に貼り付けているように目立っていた。

殴られたのだろうか。

Aのその姿を見て、Bは、

「どうしたんだ、その傷! 誰がやりやがった!」

と、興奮してAを問い詰める。

Aは、少し躊躇った後、

「…うちのバカ親よ。「活動」がばれて、お父様に殴られたの。」

と答える。

「殺してやるよ! そんなジジイども!」

いきりたつBを、さすがに他人の親に暴力はまずいだろう、と俺はなだめる。

そして、せめてばれないようにやろうぜ、と暴力反対主義の俺は提案すした。

その提案を聞いたAは、

「殺さなくたっていいわよ。代わりに、家中の調度品とか家具とか、片っ端から壊してきたから。

ついでに、お母様の腕をゴルフクラブで叩き折ってきたから、しばらくは追ってこないと思うしね。」

と、さらりと述べる。

おいおいそんなことして大丈夫か、と問う俺。

Aは、

「うちのバカ親は、世間体しか気にしない最低の奴らよ。

外面ばっかり良くって、

今まで『娘は素晴らしい子ですのよ』って言い続けてきてたから。

今更、私の素行を世間にバラすような事はしないわ。」

さすがはAだ。狂っている。

Bも、Aの言葉を聞き、怒りを納めたようだ。

「ねえ、気分転換に、何か面白い事、ないかなぁ。」

Aに聞かれた俺は、以前から気になっていた丘の森の探検を持ちかけた。

「いいじゃない。肝試し。気分転換にはうってつけね。」

「おう。行こうじゃないか。」

Bも俺の提案に乗り気になり、俺たち三人は、森に向かう。

Bの運転する車で、丘の麓に辿り着く。

本来なら立ち入り禁止の区域なので、目立たないように忍び込む必要がある。

その夜は月明かりで程よく明るく、懐中電灯を使わなくても、視界に不自由はなかった。

丘の入り口にある管理人の屋敷には灯りが灯っていた

だが、見張りの人間はいなかった。

俺たちは、丘を取り囲むように設置してある2m程のフェンスを、車に積んであった脚立を使って乗り越える。

そして、階段状になった小道を音を消して進む。

ふと、後ろを振り向くと、見慣れた町の明かりが見える。

これから踏み込もうとしている目前の深く暗い森林と、文明社会の明るさの境に、若干の陶酔感を覚えつつ、禁断の地に足を踏み入れようとする好奇心に高揚感を感じながら、俺は足を進める。

隣では、AとBが、手を繋ぎ身を寄せ合いながら歩いている。

だがその表情には余裕がある。

二人とも、今の状況を楽しんでいるのだろう。

それからしばらく小道を進み、

丘の山頂を覆う森の入り口についた。

ここまでの道は、整備も行き届いており歩きやすく、また、見通しも良く怖さを感じることはなかった。

正直、なんだこんなものか、という気分だった。

…だが、ここからは違った。

まず目が向いたのは、入り口と思しき門の前にある鳥居だった。

赤黒く艶があるその鳥居は、触れてみると、夏だというのに湿気を含んで、気持ち悪い感触であった。

鳥居があるということは、ここは何かの神事を行う場所なのだろうか。

俺は、以前、丘の入り口に坊さんや巫女さんが集まっているのを見たことがある。

では、この奥には、何か神様のようなものが祀ってあるのだろうか。

俺達は、鳥居をくぐった。

鳥居の奥にある門には、南京錠がかけられ、厳重に閉ざされている。

その南京錠の鍵穴は経のような文字が書いてある札で塞がれている。

門そのものにも、隙間を塞ぐかのように中央に札が貼られている。

俺は門の周囲を見渡す。

門と連なる形で、森を囲うようにフェンスが設置されているが、そのフェンスには森の木の蔦がびっしりと絡みつき、まるで壁のようになっている。

よく見ると、蔦のの間から、札が見えた。

蔦の影になり、よく見えてはいなかったのだが、その札は壁を覆うようにびっしりと貼られている。

そして、眼に入る範囲の全て札には例外なく『封』の文字が入っていた。

祀ってるんじゃない。

ここには、何かを封じているんだ。

俺は、本能的にそう感じて一歩下がる。

そこで、鳥居の右端に、小さな石碑のようなものがあることに気付く。

その石碑には、何やら、文字が書いてある。

俺は、その文字を読もうと、石碑に顔を近づけた。

石碑には、

『馘括姫ヲ封ず』

『ただちに立ち去れ』

『封を侵す全てのものは呪い括られ吊り殺される』

『呪詛は人の言葉を持って拡散し多くの民を呪うであろう』

『入るなかれ。穢すなかれ。壊すなかれ。封を解くでなかれ』

と書いてあった。

俺の予想は確信に変わる。

俺はここで始めて、この場所に立ち入ったことに恐怖を感じる。

いつの間にか、月は雲に隠され、夜の闇が俺たちを覆ってる。

夏だというのに、暑さは全く感じず、冷や汗が冷えた背中を伝い流れ落ちる。

歩みを止めて、どれくらいの時が過ぎただろうか。おそらく、数分のことだったのだろう。

突然のまばゆい明かりが俺の顔を照らし、俺は我に返る。

Aが、懐中電灯を点け、俺の顔に光を向けていた。

「何、ぼーっとしてるのよ。進むわよ。」

Aは、先に進むことを促す。

俺は、引き返すことを提案する。

Aは、俺の言葉に意もくれず、Bに、扉を開けるように指示をする。

Bは、どこに持っていたのか、バールのようなものを取り出し、扉をこじ開け始める。

二人は、南京錠ではなく、門そのものを壊すつもりのようだ。

俺の制止も聞かず、門の蝶番が破壊される。

支えを失った門の片側が倒れ、それと同じく、門に貼られていた札も、二つに引き裂かれた。

「さ、行きましょう。」

Aは、表情も変えず、俺たちに言い放つ。

「それとも、帰る? 君も、口先ばかりの馬鹿な男の仲間だったのかしら?」

禁則の地に足を踏み入れ、封印の門も壊した。

もう、後には引けない。

俺は、覚悟を決めて、破壊された門を踏みつけながら、森の中に足を踏み入れた。

自然の光が全く差し込むことのない森の小道を、俺たちは、三本の懐中電灯から出る人工の光を頼りに、進んでいく。

遠目から見た時は、山頂まで僅かな距離を歩けば着くものだと思っていたが、恐怖心も手伝ってか、妙に長く感じる。

森の門までは舗装された道も、凹凸が増え、歩きにくくなってきた。

町からそう離れているわけではないはずなのに、森の中は静まり返っている。虫の音もなく葉がする音すらしない。

静寂だけが森を包み、あまりの無音に、耳が痛くなるほどだ。

ふと、俺は何かの視線を感じ、立ち止まる。

そして、周りに目を向けた俺は、ギョッとする。

俺の挙動に、AとBが怪訝な表情を向ける。

「どうしたのよ。」

俺は、二人に横を見るように促し、視線の先を懐中電灯で照らし出す。

「ひっ!」

Aが軽く悲鳴を上げる。

懐中電灯に照らし出された先には、四体の地蔵が並んでいた。

供え物などはなく、びっしりと苔の生え風貌であったが、両の目の部分には苔は無く、代わりに鋭く冷たい眼差しが、俺たちを見つめていた。

それだけではない。

異様なことに、全ての地蔵の首には、幾重にも荒縄がかけられている。

それはまるで、四体の地蔵が寄り添って縛り首に合っているかのような姿であった。

俺は、今まで通って来た道を改めて照らして見て、再び額然とした。

道の両脇に、だいたい2m置きの間隔で四体の地蔵が設置されていた。

そして、全ての地蔵の首には荒縄が巻いてある。

地蔵の数は数十体にもなった。

今まで俺たちは、その地蔵に見つめられながら、ここまで歩いてきたのだ。

「…おい。」

Bが、上の方を指差す。

俺たちに、上を見ろと言っているのだろう。

俺とAは、視線を上に移し、息を飲む。

木の枝から、ヒトガタ(人事に用いられる神の人形)がぶら下がっている。

数十体なんて数ではない。

数え切れないほどのヒトガタが、

枝から紐で吊り下げられている。

さらに目をこらすと、紐は、ヒトガタの首にあたる部分に結えられていた。

まるで、数え切れないほどのの数の集団が、

首を吊っているかのような光景だった。

その光景に、俺たち三人は恐怖で呆然とする。

最初に我に返ったのは、Aだった。

「なによ。たががお地蔵さんと紙の切れ端じゃない。びっくりさせるんじゃないわよ。」

そう言って、Bの持つバールを手に取り、地蔵の頭を殴りつける。

風化して脆くなっていたのか、地蔵の頭は簡単に砕けた。

Aは続けて、他の地蔵の頭にも、バールを振るう。

石の砕ける音が、森に響く。

「俺にもやらせろよ。」

そう言って、Aからバールを受け取ったBも、地蔵を叩き始める。

「ふん! 驚かしやがって!」

恐怖を誤魔化すように、バールを振るうB。

「さ、すっきりしたわ。先に進みましょう。」

破壊され、首のもげた地蔵を見ているうちに、俺も恐怖心も幾分か薄れた。

三人は、再び歩を進める。

歩を進めるうちに、今までの道とは異なる、10mほどの敷地に出た。

どうやら、ここが森の中心らしい。

俺たちの肝試しのゴールだ。

敷地は、今までの小道に比べれば、比較的整備されていた。

敷地の中心には、小さな御堂が建っている。

この御堂に中に、森に封印されているモノがあるのだろうか。

「なによ。苦労してここまで来てみれば、汚らしい御堂があるだけじゃない。」

さっそく毒づくA。

「せっかくだから、中に何が入っているのか、見てみましょ。」

Aの言葉を受け、Bが御堂を開ける。

鍵はかかってなかった。

御堂の中は、2m四方の空間になっていた。

最初に目についたのは、その空間の中心に浮かぶ、赤茶けた衣を着た、日本人形であった。

頭部の髪は異様に黒く長く、顔だけは陶磁器のように青白い。

表情は無く,両眼も薄く閉じられていた。

まるで、眠っているかのような表情だ。

人形の無表情が、御堂を開いた俺たちを迎える。

よく見れば、その人形の首にも、幾重にも縄が掛けられていた。

その縄の先は、御堂内の壁に括りつけられている。

浮いて見えたのは、そのせいであろう。

まるで首にかかった縄で、この人形を御堂の中に縛り付けているようだ。

よく見ると、縄には文字が書いてある。

どうやらこの縄は、何枚もの札を編み込んで作られているようだ。

間違いない。この丘の森の封印は、この人形のためにあるのだ。

Aは、無造作に手を伸ばし、人形に手元に引き寄せる。

ブツリと千切れる紙の縄。

「汚らしい御堂の中には、汚らしい人形があるだけ。つまらないわね。」

そう言って、手にした人形を地面に放り投げる。

地面にうつ伏せに転がる人形。首に巻きつく縄も、放射状に地に広がる。

…その瞬間、俺たちを包む雰囲気が、豹変した。

森が騒ぎ出した。

今までの静寂が嘘かのように、まるで台風が来たかのように、森全体が音を立てる。

枝葉ががざわめく音。

ヒトガタが擦り合う音。

木の隙間を風が通り抜ける音。

だが、騒音とは裏腹に、俺たちの周りには、風ひとつない。

地面に生えた雑草も、風に煽られることなく、動いてはいない。

ふいに、俺は、上下左右の感覚を失った。

めまいではない。

まるで重力がなくなったかのように、地面の感触を失う。

視界では、俺は両の足が地面を踏んでいる。

だが、俺の頭が地面を認識していない。

どちらが上で、どちらが下かも解らなくなってきた。

Bの姿も見失った。

揺れる感覚の中、俺は視線を感じ、その方向に目を向ける。

地面に放り投げられた人形が、仰向けになりながら、顔をこちらに向けている。

薄く開いた両の眼から覗く赤い瞳が、俺を睨みつけている。

放射状に広がる縄が、まるで蜘蛛の足のようだった。

あれ? さっき、人形はうつ伏せになってなかったか?

なんで、眼が開いているんだ?

俺の視線の先で、人形は、誰が触れることなく自ら首を動かし、今度はAにその眼を向ける。

その視線の先で、Aは人形を見つめたまま、硬直している。

瞬きを忘れ、口をだらしなく半開きにし、人形を凝視している。

Aの手が動き始める。両手を前に突き出し、動かし続けている。

まるで、『くるんじゃない』『いやいや』のジェスチャーをしているようだ。その手の先には、人形が横たわっている。

ふいに、人形の口がゆっくり動く。

口を開こうとしているのだ

。開いた口から、『ナニカ』が出てくる。

それが何だったのか、どんな姿をしていたのか、俺は見ていない。

いつの間にか目を瞑っていたからだ。

あの『ナニカ』を見てはならない。

俺の本能が、そう告げてた。

異様だ。ここは、本当に今までの森なのか。今までの事は、夢じゃないのか。俺は、現実感覚を失う。

「ワ…。ノ…キィ…。グ、キキィキキ…レ…ノ…。」

風が作り出していた音ではない。

俺は、異音に気付き、ふと我に返った。

人形はうつ伏せのままだ。隣にはBがいる。

風の音も止んだ。

森のざわつきもない。

俺は隣にいるBに目を向ける。

Bは、Aを凝視していた。

Bの目線の先では、Aが、『壊れていた。』

Aは、直立のまま、首を軽く横に傾けた姿勢でいた。

その顔からは表情が消え、

目線も定まらず、

眼球を細かく揺らしている。

口元からはだらしなく涎を流し、

奇怪な音を発している。

先ほどの異音は、Aの声だったのだ。

「おい、大丈夫か!?」

BがAに駆け寄るが、AはBを意に介することなく、「グギギ…」と異様な声を発し続けているだけだった。

「おい、おい!」

奇声を発するAの体をBが揺らし続ける光景を、俺は、呆然と眺めているしかできなかった

…。

「おい、お前ら。何をしてやがるんだ!」

野太い声とともに、懐中電灯の光が俺たちを照らす。

光の先には、作業着を着た中年の男がいる。

丘の麓の管理人小屋の職員のようだ。

作業着の男は、俺たち三人を順番に照らし出し、Aの異様な姿に眉をひそめ、そして、荒らされた御堂と、地面に転がる人形を見つめる。

「まさか…、お前ら、この人形に何かしたのか!」

作業着の男が怒声で質問しながら、俺たちに詰め寄る。

俺とBは、無言で頷く。

「途中の門とお地蔵様を壊したのも、お前らか!」

作業着の男の怒声に、俺たちは身を縮めて頷く。

「そっちの娘は、人形に触れて、そうなっちまったのか?」

作業着の男の質問に、俺たちは躊躇いながら、はい、と返事を返す。

「なんてことをしてくれたんだ…。お前ら、とんでもないことをしてくれたな! いや、説教は後回しだ。早く『護所』に連絡せにゃならない…。おい! お前たち二人は、一緒に来い。一刻も早く、丘を降りるぞ!」

作業着の男は俺とBの手を掴み歩き出す。

「え、Aはここに置いてくんですか?」

Bが作業着の男に問いかける。

「その娘は、もう手遅れだ。」

「て、手遅れって、どういうことですか?!」

Bは男に食ってかかるが、

「煩い! 早く来るんだ!」

男の剣幕に、俺たちは黙ってついて行くしかなかった。

丘の麓の管理人小屋で俺たちは所在なさげに時が経つのを待っていた。

作業着の男…森の管理人は、俺たちやAの住所などを聞くと、急ぎ出て行った。

俺たちは、Aを森に残して逃げることもできず、事態が進むのを待つしかなかった。

どれほどの時間が経ったか。管理人室の扉が開く。そこには、年配の坊さんが立っていた。管理人も、隣にいる。

坊さんは、俺たちに話しかける。

「今、森に入り御堂を見てきました。結論から言います。あなた方は、とんでもないことをしてしましました。Aという女性は、二度と元には戻りません。」

「ど、どういうことですか!?」

俺とBは、声を合わせて、坊さんに詰め寄る。

坊さんは、説明する。

「あの娘は、『括リ姫』に取り憑かれてしまったのです。」

括リ姫?

俺は、鳥居の前の石碑にあった文字を思い出す。

『馘括姫ヲ封ず』

石碑にあった名前がそれですか、と俺は坊さんに尋ねる。

「はい。馘括姫、禍津括乃姫御子など、伝承では呼ばれていますが、私達『護所』では括リ姫と呼称しています。

括リ姫は、関わる人間全てに呪いを振りまく、不幸な存在です。

私達『護所』は、昔からあの森に括リ姫を封印してきたのです。」

俺は、石碑の言葉の続きを思い出す。

『ただちに立ち去れ』

『封を侵す全てのものは呪い括られ吊り殺される』

『呪詛は人の言葉を持って拡散し多くの民を呪うであろう』

『入るなかれ。穢すなかれ。壊すなかれ。封を解くでなかれ』

俺たちは、括リ姫の封印を破ったのだ。

そして、直接人形に触れたAに取り憑いたのだ。

「Aは、どうなるんですか?」

Bが坊さんに聞く。坊さんは、

「Aさんは、括リ姫の際封印のために、『護所』の封印の間で呪詛を弱める処置を行うことになります。…長い時間がかかりますが。」

つまり、護所というところに閉じ込められることになるのだろう。

「閉じ込めるなんて…。ひどいじゃないですか! もっと、パパッと、そのなんとか姫を退治する方法は無いんですか!」

詰め寄るB。

坊さんは、

「呪詛を弱めねば、括リ姫に関わったあなた方が祟られます。

呪詛を拡散しないために、必要な処置なんです。

Aさんは、もう死ぬまで、括リ姫から逃れられることはできません。

ですが、Aさん一人が犠牲になれば、あなた方だけでなく、多くの人が助かるのです。」

「俺たちが…。」

Bは絶句する。

つまり、Aが犠牲になれば、俺は助かるのか。俺は心の中で呟く。

「他にも、括リ姫を封印する方法はあるのですが、どちらにしろ、犠牲者が出ます。

この方法が、最も理にかなった手段なんです。まことに残念なことなのですが、Aさんの両親にも、話は済んでいます。」

「そんな…。」

言葉を失うB。

俺は、Bと共に俯いて落ち込んでいる様子を見せながら、心の中で安堵の息をつく。

…Aがいなくなれば財布の中身が寂しくなるが、死ぬよりはましだ。

スリルも味わって、好奇心も満たせたし、楽しい冒険だった。マジものの恐怖体験なんて、なかなか味わえないからな。

括リ姫の伝承ってやつを、もっと詳しく聞いておくかな。

俺は心の中でそう算段をする。

俺は、落ち込んだ風体を崩さないように、括リ姫の伝承を、坊さんに訪ねてみた。

同情心からか、坊さんは、躊躇うこともなく、俺に伝承を聞かせてくれた。

「わかりました。話しましょう。」

今から300年前のことです。

この土地は、○○藩と呼ばれていました。

○○藩の土地は、水と大地に恵まれ、近隣の藩が羨むほどに栄えていました。

その藩を納める藩主も、名君と呼ばれ民に慕われていました。

藩主には、紅姫という娘がおりました。

紅姫は美しく器量も良く、藩主と同様に民に慕われてました。

臣下の中から紅姫の許嫁も決まり、○○藩の未来は前途洋々だと、藩の誰もが思っていました。

ところが、○○藩の恵まれた環境を妬む隣国の藩主が、○○藩の土地を強引に手に入れようと画策を始めた事が、災禍の始まりでした。

○○の土地を政略的に手に入れようとした隣国の藩士は、○○の地に将軍が来訪する機会を利用し、乱心に見せかけて○○藩の藩主を自害に追い込みました。

父の死が隣国の藩主の企みであることを、内通者を通じて知った紅姫は、怒りに駆られ、信頼する臣下達に、隣国の藩主の暗殺を依頼しました。

当初は反対していた許嫁の臣下でしたが、最後には紅姫の意思に従い、多くの臣下を率いて、暗殺予定の地に向かいました。

ところが、これも隣国の藩主が○○藩に連なる臣下達を皆殺しにするために企んだ罠だったのです。

内通者の裏切りを知った紅姫は、急ぎ暗殺を決行する予定だった林に向かいました。

林に着いた紅姫を待っていたのは、凄惨な光景でした。臣下達は残らず殺され、木に吊るされていたのです。

吊るされた遺体は、鳥や獣に食い散らかされ、無残な姿でした。

許嫁の臣下の遺体は、特に酷く、まるで晒し者にされるかのように、手足を切断され、達磨のような姿で木に括られていました。

他の家臣が林に到着した時、紅姫は木々に吊るされた許嫁の前で、天を仰ぎながら高笑いをしていたそうです。

そう。この光景を見て、紅姫は狂ったと言われています。

全てを失った紅姫は、隣国の藩士への復讐を決意しました。いや、藩士だけではなく、隣国の人間全てを、国を、滅ぼそうと誓ったのです。

復讐の思いに取り憑かれた紅姫は、国中の怪しげな文献を読み漁り、邪法を組み合わせ、『国を滅ぼす呪い』を考えつきました。

呪いの力を一つの場所に集め、その力を用いて対象を呪うという方法です。

まず城の地下に、数人の人間を閉じ込めます。

食事も水も与えず、何日も放置し、極限の状態に追い込んだ後、その人間達に、殺し合いをさせます。「生き残った者のみ、外に出す」と言ってです。

極限状態に追い込まれた人間は、自害するか、望まぬ殺し合いを行います。知人を殴り倒し、隣人の首を絞め、勝ち残った人間の姿は、もう人のものではありません。

勝ち残った人間も、最後には殺されます。

死体は全て、首を括られ地下の天井の梁に吊るされました。

これが呪いを溜め込む手順です。

この手順を何度も繰り返します。

国の人間が殺し合う姿を見ながら、括られる姿を見ながら、紅姫は笑っていたそうです。姫の手元には、一体の人形が抱えられており、その人形に向かって、我が子のように語りかける姿もあったそうです。「もうすぐだからね」と。

途中、姫の奇行に異議を言う者もいましたが、その者も、殺され、吊るされました。

地下室の壁には、殺された者の怨嗟の言葉や血に汚れた手形が一面に残っていたそうです。

幾人もの人間が、姫の支持で殺し殺され、括られました。何人も何人も…。死至る命令をする姫の姿は、まるで、人を括る事に魅入られたようでした。

こうして、呪いの力を溜め込んだ部屋が完成します。その部屋で、隣国を呪う儀式を行う事で、『国を滅ぼす呪い』が完了するのです。

ですが、儀式を行う直前、姫は死にました。地下室で、首を括って死んでいたそうです。それが自殺だったのか、殺されたのかは、わかりません。

一説には、自らの死を持って呪いが成就されたのではないかという説もあります。

が、真相は誰にもわかりません。姫の亡骸の傍には、例の人形が転がっていたそうです。

地下室は、姫の死とともに封印されました。新たな藩主を迎え入れた後も、その部屋は開かずの間とされ、誰も足を踏み入れることはありませんでした。

その後、老朽化した城が取り壊される際、その部屋に込められた呪詛が解き放たれないように、例の丘の森の祠に封印を移し替えかえました。以降、我ら『護所』の者たちが、封印を守り続けていたのです。

ですが…。

と、坊さんの話が終わるのと同時に、管理人小屋の扉が勢いよく開いた。

そこには先ほどの作業着の管理人がおり、息を荒立てていた。

どうしたのだろうか。

管理人は、坊さんの所に駆け寄ると、

「大変です! Aさんの親御さんが、『護所』からAさんを無理やり連れ去ってしまいました!」

「なんだって!」

坊さんは、管理人小屋の電話に駆け寄ると、慌てた様子で受話器をとり、何処かへ電話をかける。

電話口で「なんで許したんですか!」「無理矢理?」「人形は?」「自宅ですね。わかりました。」そんなやりとりをした後、受話器を置く。

坊さんは、電話が終わると、俺たちに、

「私は用事ができました。君たちは、もう帰りなさい。」

と言い、急ぎ足で小屋の出口に向かう。

出て行く直前に、坊さんは俺たちに紙切れを渡し、

「何かあったら、ここに連絡を下さい」

と言って、足早に小屋から出て行った。

残された俺たちも、Bの車で帰路に着く。

車中の俺たちは終始無言だった。Bは、真剣な面構えで何か考えているようだった。

俺の自宅前に着くと、Bが、

「なあ、俺たち、とんでもないこと、しちゃったんじゃないか?」

俺は、まあそうなんだろうな、と曖昧に返事を返す

Bは、

「俺、これから、Aの家に行ってくる。お前はどうする?」

俺は、少し考えた後、首を振る。

そんな俺を見て、Bは不服そうに、

「ちょっと薄情じゃないか?」

と、恨みがましい目を向ける。

もうこれ以上、俺たちがAに対して出来ることはない、とBに伝えると、

「そうか。わかった。」

と、Bは恨みがましい眼差しを俺に向け言い放った後、俺の前から走り去って行った。

今、Aの親に会えば、何を言われるか、わかったもんじゃない。会いたくもない。

俺は、そんな事を考えながら、自宅のドアを閉めた。

あの夜から幾日か過ぎた。

俺の身の回りには何も起こらず、あの夜の事は夢だったんじゃないかと起き始めた頃。

Bから電話があった。

「相談したいことがあるんだ。」

そうBに告げられた俺は、Bの家に向かう。

インターホンを鳴らし、玄関に顔を出したBを見て、俺は驚く。

逞しかったBの体は、すっかり痩せこけ、顔色も悪く眼窩も窪み、目は血走っていた。

数日で30年分も老いたような豹変ぶりだった。

その姿は、まるで…。

唖然とする俺に、幽鬼のようなBは力なく言葉を発する。

「俺は、呪われた」と。

俺はBの家に入る。

Bに自宅は、六畳二間の安アパートだ。

何度も出入りしている。

家に足を入れ、俺は驚いた。

部屋の中は薄暗く、たいして大きくもない窓はシーツで塞がれ、明かりが殆ど入ってこない。まるで夜のようだった。

以前に入った時は、部屋の壁には水着のアイドルの大型ポスターが何枚か貼ってあったのを覚えているが、今はそのポスターもハッキリ見えない程だ。

散乱しているゴミを踏まないようにしながら、俺が部屋の中央にあるテーブルの横に腰を降ろす。

俺に向かい合って座るBが、あの夜のことをボソボソと語り始めた。

森に入った夜、Bは俺と別れた後、Aの家に向かった。

Aの家は町の外れにある。

一度、近くまで行ったことがあるが、三本の大きな尖塔が特徴の洋館風の屋敷だった。

屋敷を囲む林を抜け、屋敷の外門まで行ったことがあるが、手入れの行き届いた広い庭には、紅や白の花々が咲き乱れていた記憶がある。

こんな屋敷で何不自由なく暮らして見たい、と誰もが一度は思わせるような豪邸だった。

Bが屋敷の外門に着くと、庭の先の本館のほうから、何やら叫び声が聞こえた。

Aの声じゃないのか。

そう思ったBは、門を乗り越え、屋敷の庭に侵入した。

紅白の花が咲き乱れる広い庭を抜け、屋敷に辿り着く。

住人の目に触れないよう、屈み込み身を隠しながら、屋敷の壁に沿って移動する。

ふと、近くの窓に人の気配を感じ、中を覗く。

覗いた部屋の中で、高級そうな服を着た二人の男女が陰鬱な表情で立ち話をしている。

どうやら、あれがAの両親のようだ。

「だから…」「命…」「犠牲…」「そんなこと」「しかたない…」などの言葉の切れ端が聞こえてくる。

だが、何を話しているのかは、はっきりとは解らない。

とりあえず、見つかるわけにはいかない。

Bは再び身を伏せようとしたその時、

「…ギ………ロロァ……。」

Aの声が聞こえた。何を言っているのか聞き取れないが、確かにAの声だった。

その声は、Aの両親がいる部屋の奥に面するドアの向こうから聞こえるようだった。

幸い、このまま壁伝いで移動して行けば、隣の部屋の窓の下まで移動できる。

そう考えたBは、隣の窓の下へ向かい、窓を覗き見る。

窓ガラスの向こうには、Bの予想通り、Aの姿があった。

だが、あったのは、姿だけだった。

「ヒャ!!」

Aの姿を見たBは、短い悲鳴を上げる。

そこに居たのは、Aであって、Aではなかった。

窓の向こう、薄暗い部屋の中で。

A薄手の白い装束に着替えさせられていた。

だが、その中身は、Aから、さらに変貌していた。

手足の関節という関節は、あり得ない方向に折れ曲がり、まるで幼子がマネキン人形を無理やり捻じったかのようであった。

上半身は大きく仰け反ったと思えば深く前傾姿勢になったりと前後への動きを繰り返している。

不自然に歪んだ足で、部屋の中をゆっくりと移動しているが、

果たしてあの姿勢でどうやって地面に立っていられるのか、ましてや歩けるのか、疑問を覚えるほどだ。

体を動かすたびに、長く伸びた黒髪が大きく揺れ動く。

時折、両の手を大きく前に伸ばし、何かを掴むような動作を繰り返している。

…いや、あの動作は、掴んでいるんじゃない。

捻じり切ってるのだ。

Bは、坊さんの言っていた、Aに取り憑くナニカの名前を思い出す。

括リ姫。

そうだ。あいつは、目の前にいる見えない誰かの首を掴んで、捻じり切ってるんだ。

俺は、Aの姿を凝視したまま立ちすくんでいた。

ふいに、Aの動きが止まる。

大きく仰け反った体勢のままで。

髪がだらしなく垂れ下がる。

上半身仰向けのまま、顔だけが、窓の外にいるBの方向を見る。

普段のAの倍はあるんじゃないかという程見開いたAの両の目が、Bの姿を捉えた。

その目は赤く血走り、瞬きを忘れているかのように、一瞬の間も開けることなく、Bを凝視する。

姿勢を崩さないまま、両手をBの方向を向けると、手を伸ばし始める。

俺を縊り殺す気だ。

そう感じたBの首元に、ひやりとした感触が触れる。

届くはずのない距離なのに。

両者の間には窓ガラスをまたいでいるはずなのに。

Bは、強く首を締め付けられる感覚を覚えた。

その瞬間、Aは、大きく口を真横に開き、唇の両端を吊り上げる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それが醜く歪んだ笑い顔で有ることに気付いたBは、叫び声を上げる。

その直後、誰かに肩を叩かれ、Bは我に返った。

はっして、後ろを振り向くと、立派な身なりの初老の男性…Aの父親が立っていた。

Aの父親は、Bを屋敷の中に招き入れた。

Bは、ソファーに座るAの両親に、自分がAの友人であること、一緒に山の森に入ったこと、心配になり、ここまで来たこと話す。

正直、BはAをこんな姿にした事を怒られるのではないかと不安に思っていた。

だが、Bの話を聞いた後の両親の言葉は、意外なものだった。

「よく来たね。B君。君のことは、娘から聞いたことがある。優しくて心強い人だってね。携帯の写真を見たこともあるよ。」

父親の意外な反応に、Bは驚いた。

「実はね、私たちも、君に会いたかったんだ。」

「はぁ。」

Bは返事に迷い、曖昧な言葉を返す。

父親は、言葉を続ける。

「あの寺、…護所だったかな。あそこの堅物な坊主たちは、娘はもう二度と元の姿に戻らないと言っていたんだがね。私達は、そうは思っていない。何かのショックで、元に戻るかもしれないんじゃないかと考えているんだ。」

「はい…。」

流暢に喋る父親の話にBは相槌をうつ。

「私も医者だ。あれが、病によるものなんかじゃないと思ってる。そこで、Aの大事な友人である君に頼みたい。これから、Aに会って欲しい。大切な友人である君が説得すれば、もしかしたらAは正気に戻るかもしれない。あの子は、普段は素直じゃないが、根は優しいいい子なんだ。君の声で、自分を取り戻すかもしれない。やってはくれないだろうか。頼む」

Aの父親は、まくし立てる様にBに話をもちかける。

そして父親は、Bに頭を下げる。

隣で、母親も、少し気まずそうな表情をしながら、父親と一緒に頭を下げる。

両親に頼られ、Aを助けられるんじゃないかと思ったBは、Aに会うことを引き受ける。もともとAに会いにここまで来たのだし、Bに異論はなかった。

Bは、Aのいる部屋に入った。

先程と違い、Aは、直立の姿勢で、腕と頭をダランと垂らしており、異常な動きはしていなかった。

ただ、目は相変わらず大きく見開き、口元は何かを呟くように微かに動いている。

少しホッとしたBは、Aに語りかける。

「おい、A。俺だ、Bだ。しっかりしろよ。俺がついてる!」

Bは両手でAの肩を抱きながら、必死にAに声をかける。

だが、Aは先ほどの変わらず、床を凝視しながらブツブツと呟いたままだ。

…やっぱり、だめだったか。

Bは、いったん諦め、Aの肩から手を離そうとした。

その瞬間!

AはBの両腕を掴んだ。

いきなりのAの反応に戸惑いながらも、Bは掴んだ腕を振りほどこうと身を捩る。

だが、まるで万力のように締め付けるAの手を離すことはできなかった。

手を掴んだまま、Aの顔がBを向く。血走った眼がBを捉える。

先程の恐怖が蘇ったBは、さらに身を捩り、どうにかAの手を振りほどくと、部屋のドアに向かって駆け出す。

だが、どんなに力を加えても、ドアが空くことはなかった。

外側から施錠されているのだ。

「B君。」

ドアを揺する音に気づいたのか、父親の声がドアの向こう側から聞こえた。

「すいません! 開けてください!」

Bはドアの向こうの父親に向かって叫ぶ。

「残念だが、それはできない。」

「え?」

冷たく突き放すかのような父親の言葉に、Bは驚く。

「寺のクソ坊主どもが言っていたんだ。

『犠牲があれば娘は助かる』とな。

そこで、私達は、君を犠牲にすることに決めた。

クソ坊主どもの話を全部聞いたわけじゃないが、娘に取り付いた化け物を他の人間に取り憑かせれば、娘は元どおりになるんじゃないかと思ってね。

なんとか試せないかと考えていたところに、都合よく君が現れた。

まったく運がいい。」

「そ、そんな…。」

父親の話の最中も、AはゆっくりとBに近づいてくる。

両の手を不気味に動かしながら、大きく見開いた真っ赤な眼でBを凝視しながら。

「あぁ、そうそう。君が娘を誑かして、恐喝まがいなことをさせていたことは、娘が家から出て行く直前に聞いたよ。

数時間前に、初めて娘の頬を叩いた時にそんな事を言っていた。

本当なら警察に突き出したいところだがね。

君のような愚かな人間は、呪われて死んだ方が世の為だ。

せめて、私の可愛い可愛い娘の役に立って…、

死になさい。」

なんだって?

Bは、父親の言葉に耳を疑う。

「ち、違う。あれは、Aも喜んでやっていたんだ。Aから持ちかけられたんだ。誤解です!」

Bの声が届いたかわからないが、鍵のかかるドアの向こうは静寂しか帰ってこなかった。

首元に、先程の何倍かわからない程の冷たさを感じる。

Aは、すぐそこまで来ていた。

そこで気付いた。

視界の隅に、

あの人形が、

赤茶けた着物の人形が、

その真赤な両眼で、

無表情にBの姿を見つめていた事に。

…Bは、そこで気を失った。

…で、どうなったんだ?

俺は、顔を引きつらせ、言葉をつっかえさせながら喋るBに話の先を促す。

「気が付くと、俺は屋敷の外に出されていた。屋敷からどうやって出てきたか覚えてない。」

じゃあ、何もなかったんだな。俺は安心する。

「違う。言っただろう? 呪われたんだよ。

あいつは、俺の顔を何時間も見つめていた。

首を絞めた姿勢のまま、目をそらすこともなく、瞬きすらせず、俺を見つめ続けた。」

俺は息を飲む。

「俺は、身動き一つとれなかった。首から下が切り離されたようだった。目を動かすことも、声を出すこともできなかった。

あいつは、俺を見つめながら、言葉を発し続けていた。

何を喋っているのか最初は殆ど聞き取れなかったが、何度も聞いているうちに、わかってきた。」

背中に冷たい汗が流れる。ひどく不快だ。

「あれは、呪詛の言葉だ。」

呪詛?

「家族を無残に皆殺しにされ、

許嫁の臓物をひきづり出され、

死と復讐に魅入られ、

自ら民を虐殺し、

怨嗟の言葉を刻み続け、

首を括られ殺された数多くの者の、恨みの声だった。

Aはそれを『ある言葉』にして、俺に言い続けた。」

恨みの声…。

「呪いの言葉といってもいいかな。あいつは、その『ある言葉』を使って、呪いを振りまくんだ。」

俺は、丘の森の門にあった石碑の言葉を思い出す。

『呪詛は人の言葉を持って拡散し多くの民を呪うであろう』

「なあ、Cよう。

俺の姿、どう見える。

痩せ細ろえ、あんなに逞しかった腕は血管が浮いて、枯れ木のようだ。

目は窪み、色は濁り、肌は土気色。

髪は白くて、すぐに抜け落ちる。

頬も弛み、歯も抜けて、口の中は血だらけだ。

なあ、C。俺を見て、どう思った?」

それは…。

「まるで老人か、

死体みたいだろ?」

そんな事は…。

「メシは食えねえ。

水も飲めねえ。

息苦しくて、

喋るのも辛い。

視界の端には、気づくとあいつの姿が見える。

耳元で、どうしてなんでと囁き続けてる。

視線を感じるんだ。

いつも見られている。

なあ。絶望ってどんな気分か、知ってるか?

死んだ方がマシだ、

そうとしか考えられなくなることだ。」

俺の額に、汗が滲む。

「そして、最後に、俺は首を吊って、

死ぬんだよ。

それが、呪詛の言葉を聞いた、俺の末路だ。」

今すぐに、ここから逃げ出したい。

だが、体が上手く動かない。

「なあ、どうして、この部屋は暗いと思う?」

え?

「お前にな、伝えたかったんだ。」

な、何を?

「お前はいいよな。Aに合わなくて。

いや違うか。お前は、Aを見捨てたんだ。

次は、俺も見捨てるんだろ?」

そんな事は…。

「暗くて見えづらいよな。今、明かりを入れるよ。」

そう言って、Bは窓のシーツを取り払う。

明かりが差し込み、俺は部屋を見渡し、ヒッ!っと、初めて声をあげる。

部屋の壁には、びっしりと、文字が書いてある。

己が抱える苦しさ。辛さ。恐ろしさ。

周囲の人間への怨嗟。

死への恐怖。

それらを表す言葉が、壁にびっしり、ところ狭しと書かれている。

壁を見つめ愕然としている俺に、Bは、

「気づかなかったろ?

今まで、お前は、俺が刻んだ呪詛の言葉の中に居たんだぜ。

それがどういうことか、解るか?

この言葉は、俺を呪った括リ姫の『ある言葉』だ。

呪いは、呪詛の言葉を媒介に、感染するんだ。」

…まさか。

「そうさ。お前も、呪われたんだよ。

括リ姫に、な。」

俺は、しばらく呆然とした後、現状を認識する。

そして、視線を感じ、部屋の上の方を見上げる。

うわぁあああああああああああああああ。

俺は悲鳴を上げる。

天井からは、何本もロープが垂れ下がっていた。

そのロープの先は、輪っかに結ばれている。

そのロープのうちの一本の先で、Bが首を吊っていた。

なんで、Bがそこにいる?

じゃあ、今まで俺の正面で、

今まで俺と話をしていたのは、

誰だ?

俺は、恐る恐る、目線を正面に戻す。

そこには、

「グギ、ノロ…ひひ、ひひヒひひひひひヒひひひひひひひヒひひひひひヒひひ…」

首を軽く横に傾けた姿勢で、

目を見開きニタニタ笑う、

Aがいた。

長い黒髪をダラリと垂らし、

血走った眼で俺を見つめている。

真っ白な白装束をきたAの手元には、

赤茶けた人形が、

Aと全く同じ表情を浮かべて、

ニタニタとしていた。

うわぁあああぁあああああああ!

俺は無様に叫び声を上げながら、Aの、いや括リ姫の笑い声を聞きながら、Bの家から、逃げ出した。

Bの家から逃げ出した後、俺は外に出ていない。

Bの自殺の詳細は、家のパソコンのニュースサイトで見た。

連絡が取れなくて心配したBの親が、B宅を訪ね、死体を発見したらしい。

ニュースサイトによると、俺がB宅を訪問した数日前には、Bは首を吊って死んでいたそうだ。

Bが、A宅に向かった次の日だ。

B宅で俺に話をしていたBは、誰だったのか。

決まっている。あいつだ。

俺は、助かりたい一心で、藁にもすがる思いで、護所の坊さんに連絡を入れてみた。

坊さんは電話口で、

「Aさんのご両親も、死にました。

Aさんとともに、ご自宅の屋敷の一室で、首を吊って死んでいました。

部屋には内側から鍵がかかっていて、一家での無理心中ではないかと言われています。

しかし、真実は…。」

坊さんは、いったん、言葉を切る。

「Aさんのご両親は、愚かにも、括リ姫の呪いを、この世に解き放ってしまったのです。

永年、護所として括リ姫を封印してきた私たちも、その呪いから逃れることはできません。

ん?」

電話の最後の方で、何かが倒れる音がした。

「どうやら、ここまで来…」

電話の声が途切れ、通話が切れる。

もう、俺には、驚くほどの余裕もない。

醜く皺がれた手が、俺は受話器を降ろす。

ここまで読んでくれた人には、もう解っているだろうけど、俺はもう長くない。解るんだ。視界の端に、あいつが見える。あいつらが見える。

ニタニタ笑ってる。

この話を、最後まで読んでくれて、ありがとう。

これで、俺の思いは、叶う。心残りは、もうない。

あとは、この文章を、アップロードするだけだ。

だが、俺は一つだけ、嘘をついた。

後悔?

懺悔?

自責?

なんで俺が、俺だけが、そんな事を思わなきゃならない!

なんで、俺が死ななきゃならない!

なんで、俺だけがこんな目に遭わなきゃならない!。

ろくでなしのAは、死んで当然だ。

Bのバカも、道連れで死んで当然だ。

だが、俺は善良な人間だ。

殺される理由なんて、

呪われる理由なんて、これっぽっちもない。

俺は、巻き込まれただけだ!

けれど、俺はもう、助からない。

だから俺は、

他人を道ずれにすることにした。

俺は、この物語の文章の中に、Bから受けた呪詛の言葉を隠した。

どこに仕込んだか、わからなかったろう?

だが、ここまで読んだお前らは、括リ姫の『ある言葉』を確実に目にしてしまっている。

ざまあみろ。

みんな、呪われてしまえばいいんだ。

それで、俺の気分は、晴れる。

ザマアミヤガレ。

グギギ。ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ

ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひひひ

ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ

ひひひひひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ

〜あるホームページの掲示板から抜粋〜

オマエラ、ついに、あの怪談を読んじゃったんだな。

まあ、読んだから、僕のホームページに戻ってきたんだよな。

せいぜい呪われて首括って死なないようにしてくれよ。

あ? 呪いは本当にあるのかって?

そんな事は知らないよ。

オマエラが首括って死ねば、本当なんじゃないのか。

なに? 無責任だって?

そんなに怒るなよ。

だから言っただろ? 後悔するって。

え? もっと【括り姫】の事を教えろ?

呪いについて詳しく分かるかもしれない?

まったく…。オマエラ、懲りないな。

じゃあ、今度はこのURLにアクセスしてみろ。

だがな、もう一度言う。

…後悔するなよ。

この世には、触れちゃいけない悪意というものがあるんだからな。

〜二つ目のURLのアクセス先〜

『括リ姫 ~呪われた撮影~』

恐怖とは。

それは、生きるのに必要不可欠で、人間なら誰しもが持つ感情。

現実もしくは想像上の危険、喜ばしくないリスクに対する強い生物学的な感覚。

人は、リスク回避の為に恐怖という感情を磨き上げて、知的生物として進化してきたのかもしれない。

だが、進化の果てに、文明社会を築き、命を脅かすリスクを排除し続け、文化に守られた我らには、根源的な恐怖の感情を体感する事は稀である。

だから、我々文明人は、時として、命の関わらない範囲で、意図的に恐怖の感覚…恐怖が隣り合わせにある状態、いわゆる、スリルを求める。

それはなぜか。

恐怖は安全への退避の動機を起こす役目を果たしている。

つまり、我々は、恐怖を感じる事で、自らの身が安全圏にある事を自覚し、安堵と我が身の幸せを享受しているのだ。

テレビの中に映る他人の国の戦争で血を流す不幸な人々を見る事で、我々は安寧を感じる。我々は、そんな罪深い生物なのかもしれない。

だから我々文明人は、遥か古典の時代から、恐怖の物語を紡ぎ続けてきた。

神話の中の悪魔や災厄。

古い書物に伝わる妖怪。

映画の中のモンスター。

アニメの中の殺人鬼。

ゲームの中の死霊の群。

恐怖の体験談。怖い話。都市伝説。

我々は、数多くの恐怖の物語を綴ってきた。

だが、我が身を焦がし、犠牲にしない恐怖など、所詮、対岸の火事。仮初めの感情だ。自身を危険に犯さねば、人の本性は現れない。

だから、ボクは知りたい。

今まで安穏と安寧を享受していた僕らが、真の恐怖を感じた時、その身その命を失いかねない程の恐怖を感じた時、ボクらはどうなってしまうのか。

それをボクは知りたい。

そして程なく。

ボクは、それを実感する事になる。

僕の住む××町の外れの林の中に、ある古びた屋敷がある。

立派か造りで、人が住まなくなって十年程経った今でも、朽ちる事なく建っている。

だが町の住人は、その屋敷には近づかない。なぜなら、『出る』からだ。

何が出るかというと…、そう。幽霊である。

窓から覗く顔や揺れる影が何度も目撃されており、屋敷に踏み入る者には祟られると言われている。

身近に本物の幽霊がでる場所がある。

怖いもの見たさで、僕はその屋敷と幽霊に興味を持っていた。

そんなある日、僕の友人である××から、電話があった。

電話の内容は、××が、テレビドラマの撮影のバイトをことになったのだが、他の用事ができてしまい、代わりに僕にその撮影のバイトに参加して欲しい、というものであった。

話を聞いた時は、長い期間拘束される事が面倒で断ろうと思ったのだが、そのバイトの詳細を聞いて、僕の気は変わった。

なんと、そのドラマの撮影舞台に、例の屋敷が使われるというのだ。

バイトの内容は、その屋敷での撮影のアシスタントを行う、というものだったのだ。

僕が長年抱えていた好奇心を満たすチャンスかもしれない。

恐怖を味わう、なんて大それたことは期待しないが、ちょっとした怖いもの見たさと、スリルを味わえた上に、小金を稼げるなら、悪くはない。

そう思った僕は、××の代わりに撮影のバイトに参加する事を決めた。

バイトの当日。町のテレビ局に、撮影の関係者が集まった。

ここから町外れの屋敷にテレビ局のバスで移動する。

僕はバスの中で台本を渡され、ザッと目を通す。

ドラマの大筋は、一時流行ったホラーモキュメンタリーだった。

モキュメンタリーとは、映画やテレビ番組のジャンルの1つで、架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法を用いて行われる種類の映像作品を指す。

有名な作品として『ブレ○ウィッチプ○ジェクト』や『パ○ノーマルアクティ○ティ』等の低予算ホラー映画が挙げられる。

ドラマの内容を把握した後、僕は台本の表紙に目を向ける。

そこには、簡素な文字で、今回のドラマの題名が記してあった。

『呪われた撮影』

それが、これから向かう屋敷に出ると言われている幽霊を題材にしたドラマの名前なのか…。

…移動中のバスの中、知り合いもおらず緊張した面持ちで黙っていると、隣に座る男性が話しかけてきた。

顔立ちが良く、おそらくドラマに出演する俳優なのだろう。

「ねえ、今日の撮影現場は、本当に幽霊が出るという噂なんだよね。どんな噂か、知ってる?」

緊張していた僕は、スムーズに返事が出来ず、

「え、えっと、あの…。あまり詳しく…。」

と、しどろもどろな返答をする。

僕の返事に、男は、

「あ、驚かせちゃったかな。ごめんね。」

と頭を下げ、

[僕のカトウ。これでも俳優やってるから、知ってて貰えれば嬉しかったんだけどな。」

と、カトウと名乗る男性は気さくに返事を返す。

「あ、す、すみません。」

慌てて謝る僕に、カトウさんは、表情を崩し、

「いやいや、冗談だよ。しがない売れない役者だからね。知らなくて当然だよ。」

と、笑顔で頭をかく。

気を悪くした様子はない。

「あ、けど、どんな撮影でも自分のベストを尽くして、いい作品ができるように頑張るつもりだよ。」

気さくで感じの良い人だ。

僕はカトウさんに好感を覚える。

僕とカトウさんが自己紹介をしていると、

「あ、あの、飲み物です。良かったらどうぞ。」

と、女性の声が割って入ってきた。

「ま、まだ現場に着くまで時間がかかるそうで…、差し入れのお茶です!」

そう言って、女性は僕とカトウさんにお茶の入ったペットボトルを手渡す。

僕は、「ありがとうございます。」

と頭を下げる。

とても可愛らしい人だった。

「悪いね、マナミさん。でも、お茶配りならスタッフに任せればいいのに…。」

と、カトウさんはマナミと呼ばれた女性に言う。

「いえ、何かしてないと落ち着かなくて…。」

「そうですよ、マナミさん。役者さんは、現場に着くまで休んでて下さい。それぐらい私がやりますよ。」

年配の女性の穏やかな声が割り込んで来た。

この年配の女性は、どうやらスタッフのようだ。

「はい…。」

マナミさんはしおらしく頷き、僕らの近くのシートに、ストンと座る。

「マナミさんも、もうベテランに入る人なんだから、もっとドッシリ構えてなきゃねぇ。」

カトウさんは、マナミさんをからかっている。顔見知りなのだろう。

スタッフの女性も、

「そうですよ。いつも自分の事は後回しにして…本番前に疲れちゃいますよ。…でも、いつも助かります。」

と、シートで小さくなっているマナミさんを労う。

僕は照れ笑いするマナミさんに、興味を持った。

僕らがそんなやりとりをしていると、

「ねえ、まだ着かないの〜。」

不自然に語尾を伸ばした声がバスの中に響く。

「ちょ、ちょっとミキさん。車内でそんな大きな声出しちゃダメよ。」

僕たちの前の席で、茶髪の女性と30歳代ほどの女性が会話を交わしている。

どうやら、茶髪の女性は女優の一人で、もう一人の若い女性はスタッフのようだ。

「だって〜、もうお尻が痛いし〜。トイレも行きたいし〜。」

「もうちょっとの我慢ですよ。」

だいぶワガママな女優さんらしい。隣の女性スタッフが必死になだめている。

「ところでさ〜、これから行く屋敷ってさ、曰く付きなんでしょ? どんな噂があるのかしら?」

茶髪の女優…ミキさんが若い女性スタッフに質問する。

「私も詳しくは知らないんですよ。えーっと、誰か知ってそうな人は…。」

と女性スタッフは周りを見渡す。

僕も、屋敷の噂の内容を詳しく知っておきたかった。

そこで、事情を把握してそうなカトウさんに、噂の内容を聞くことにした。

僕は近くに座るカトウさんに話しかける。

「カトウさん。」

「なんだい?」

「これから行く屋敷には、どんな噂があるのか、教えて頂けませんか?」

僕の質問に、カトウさんは、

「うん、いいけど…。気持ちのいい話じゃないよ。」

と、カトウさんは言い淀む。

だがマナミさんの、

「あ、私も是非、聞いておきたいです。演技のためにも、知らなきゃいけない事ですし。」

という言葉を聞き、

「わかったよ。まぁ僕の詳しいわけじゃないんだけどね…。」

と、カトウさんは話し始める。

耳を傾ける僕とマナミさん、ミキさん、二人の女性スタッフ。

「今から十年前の話だ。三人の男女がいた。

女性はA。

二人の男性は、それぞれBとC。

ある日、三人は町の丘にある立ち入り禁止区域に入り込んだ。

禁足地で、三人は、門を抉じ開け、地蔵を破壊し、最奥にある祠の封印を破った。

扉の中には、一体の日本人形があった。

そして、その三人は、特に直接封印を破った女は、呪われた。

取り憑かれたAの姿は、人間には見えない程に、『歪んで』いたそうだ。

Aの両親は、屋敷の一室にAを閉じ込め、回復を図ったが、まったく改善せず、両親の精神も蝕まれていった。

そして、最後に、Aとその両親は、屋敷の一室で、首を吊って死んでいたそうだ。

最後に、家族の間で何があったのかは、誰にもわからない。

他の二人の男達も、時同じくして、誰も居ない部屋で、首を吊って死んでいたそうだ。

以来、人の住まなくなった屋敷は荒れ果て、今日に至る。

屋敷の家族が首を吊っていた部屋は、開かずの間となり、十年間誰も足を踏み入れていない。

二階にあるAの部屋の窓からは、白い装束を着た女性の姿が何度も目撃されている。

屋敷の中に入った者や、屋敷を荒らす者には、呪いが降りかかるとも言われている。

それが、今日、これから行く屋敷に伝わる話だ。」

カトウさんの話を聞いた僕らの周りに、重ぐるしい沈黙の時間が流れる。

マナミさんも、表情が暗い。

ミキさんも黙っている。

確かに、聞いていて気持ちのいい話ではなかった。

その雰囲気を破るかのように、カトウさんは、

「おいおい、暗くなるなよ。俺の話は、所謂、都市伝説ってやつで、ようは作り話なんだからさ。」

と、慌てて、場を和まそうとする。

が、年配の女性スタッフが、

「その話、現場に下見に行く前に、私も聞きましたよ。」

と、カトウさんのフォローを台無しにする。

マナミさんは、顔を上げると、引きつった顔で無理矢理笑顔を作り、

「で、でも、きっと作り話ですよね!」

と、明るく振る舞う。

「…いんや。そうじゃねえ。」

と、突然、低い男性の声が、僕らの後ろの席から響いた。

声をはっしたのは、作業着を着た年配の男性だった。

声に驚いた僕は、一瞬、腰が跳ねる。

「あ、あなたは道具係の…。」

カトウさんは、年配の男性に話かける。

だが、道具係の男性は、カトウさんの言葉を遮り、

「呪いは本当にあるんだ。嘘じゃねえ。あんたの話しは、みんな本当にあった事なんだ。」

少し訛った感じの喋り方で、道具係の男性はボソボソと喋る。

「何か知ってるんですか?」

僕は男性に聞き返す。

「…。」

男性は黙ってしまう。

「どうなんですか?」

僕は更に詰め寄る。男性は、一言だけ、答えた。

「行ってみれば、わかるさ」

テレビ局のバスは、町外れの林に差し掛かる。

深い緑の木々から空に向けて三角系の屋根が禍々しく聳えている、三本の特徴的な尖塔が見えてきた。

もうすぐ、例の屋敷だ。

林を抜け、屋敷の門に到着した。

撮影スタッフと役者が、バスから降りる。

季節は初夏。太陽の光もあるはずなのに、館の周囲はジメジメとしており、不快な汗がステップに足をかける僕の背中を伝い落ちた。

堅甲な造りであった筈の門の鍵はかかっておらず、それどころか観音開きの扉の片側はすでに朽ちて無くなっていた。

僕達は役割を失い朽ちた門を超え、屋敷の敷地内に足を踏み入れる。

そこには、手入れもされず荒れ果てた庭が広がっている。黒緑色の雑草が鬱蒼と生い茂り、雑草の中には毒々しい色をした赤と白の花が点々と生えている。

街中では感じることの無い、ムッとする草の匂いに僕は顔をしかめた。

庭を抜け、屋敷の入り口に辿り着く。立派な門構えの玄関が僕に目に飛び込んできた。

僕はなんとなく玄関のドアに触れる。ドアノブは酷く冷たく触るものを拒むようだ。力を込めてみるが、玄関には鍵がかかっていた。

玄関から少し離れ、館の外観を観察する。

かつては温かみのある雰囲気であったろう、煉瓦造りの壁は、今では赤黒く変質し、苔で滑った気持ち悪い光沢を放っていた。

窓は煤と埃で汚れ、中の様子は見えない。

白い女性が見えると言われる二回の窓を眺める。その窓も長年の雨風で汚れ黒く染まり、中を伺い見ることはできなかった。

玄関の前にスタッフと役者が揃った。

小太りの男性が、メガホンを手に取り、機材の設置場所を支持している。

彼が、この撮影の監督のようだ。

撮影スタッフは、皆、監督の顔見知りのようで、指示に通りにテキパキと動いている。

監督の命令で細かな指示を送る助監督さん。

屋敷の周囲を確認している年配の女性スタッフ。

テントを設置しメイク道具を並べる若手の女性スタッフ。

皆に混じらず、端のほうで大小の道具を組み立てている、先ほど僕らの話に口を挟んできた道具係さん。

若い茶髪の女優、ミキさん。

僕の隣にいる、主演のカトウさんとマナミさん。

そして、雑用&モブキャラを演じる、バイトの僕。

他にも、照明係や音響係、カメラマンなどの関係者多数。

このメンバーで、モキュメンタリードラマ『括リ姫』の撮影が行われる。

モキュメンタリードラマ『括リ姫』のストーリーは、こうだ。

怪奇現象の特集番組として、括リ姫の出る屋敷を撮影することになり、カメラマン(カトウさん)と女子アナウンサー(マナミさん)の主演二人と、盛り上げ役の女性芸能人二名(ミキさんと年配の女優)が、屋敷に侵入する。

ところが奇妙な現象が起き、屋敷から逃げ出す事になる。だが、脱出の途中、なぜか扉が開かなくなり、カメラマンとアナウンサーが屋敷に閉じ込められる。

閉じ込められた二人に、更なる怪奇現象が襲いかかる、という展開である。

そしてストーリーの最後に、再度屋敷に足を踏み入れた女性芸能人二名や監督(年配の男優)撮影関係者が見たのは、変わり果てた姿で首を吊る、カメラマンとアナウンサーの2人だった、という、ありがちな内容だ。

本当の怪奇スポットを使ってのモキュメンタリードラマ。

それがこの新作ドラマの謳い文句だった。

監督が、屋敷の玄関の扉に手をかける。

鍵がかかっている事を確認すると、年配の女性スタッフを呼びつけ、鍵を受け取る。

後から聞いた話だが、その鍵は、管理上は屋敷の持ち主になる、屋敷の元の主の遠い親戚にあたる人間から借りてきたそうだ。

監督が、その鍵で玄関の扉を開ける。中からカビ臭い空気が漏れ出した。

関係者全員が、屋敷の中に入り、玄関ホールに並ぶ。

皆、表情が優れない。

監督は、皆を見回した後、

「さぁ、撮影を始めよう。」

と、陰鬱な気を払うように喝を入れる。

そして、撮影が始まった。

監督の指示のもと、落ち着いた雰囲気で撮影は進んでいく。

その時は、怪奇現象なんて起こる様子はなく、屋敷は不気味ではあったが、別段恐怖を感じるようなこともなかった。

「なあ、君。」

撮影の合間、カトウさんが僕に声をかけてきた。

「どうしましたか?」

「うん。実はね、この先にある階段。それを登った先に…」

「はい。」

「…例の、開かずの間があるんだ。だから、行っちゃ駄目だよ。」

どうやらカトウさんは僕に注意を促してくれているようだ。

「ありがとうございます。そうしておき…。」

と、そこに、

「なになに、上に何があるの?」

女性の声が話しに割り込んできた。

僕は声の主に目を向ける。

そこには、

偶然、僕らの近くを通りかけたマナミさんとミキさんがいた。

さっきの声は、ミキさんから発せられたものだ。

「…。」

カトウさんは、渋々、ミキさんに開かずの間の事を話す。

「わー、行ってみた―い。」

「えぇ、止めましょうよ。」

隣りのマナミさんがミキさんを引きとめる。だが、

「いーじゃん、減るもんでもないし。」

ミキさんの勢いに負け、僕とカトウさん、ミキさんとマナミさんは、二階の開かずの間を目指す事になった。

僕ら四人は、息を潜めながら、二階に向かう階段を登る。

登った先にある、一つのドア。

何の変哲もない、ドア。

僕らは、そのドアの前に辿りつく。

カトウさんが、ゴクリと唾を一つ飲み込み、ドアノブに手をかける。

ドアノブに触れた手に、力がこもる。

だが。

ドアは開かない。

当然だ。

開かずの間、なのだから。

恐怖と、ほんの少しの期待の消失に、僕の力が抜ける。

僕は自分の掌にジワリとした感触を覚えて、自身の掌を見つめる。

知らず知らずのうちに握りしめていたその手は、汗でぐっしょりと湿っていた。

ドン!

突然、硬いものを叩く音が聞こえた。

「何よ、期待はずれもいいとこだわ!」

ミキさんが、ドアを蹴飛ばしていた。

「ちょ、ちょっと、ミキさん、止めようよ。」

ミキさんの行動を、マナミさんが止める。

その時だ。

僕の背中に、冷たい感触がする。

いや。

感触ではない。

言わば、

視線が突き刺さる。

そういう感覚だった。

僕は、後ろを振り向く。

その瞬間。

世界から音が消えた。

廊下の先に、ナニカある。

僕は目を凝らす。

30センチ程のナニカ。

よく見れば、それは、人形だった。

赤茶けた着物を着た、一体の日本人形。

それが、僕を見つめている。

赤い眼で。

口を真一文字な線のように閉じ、

無表情で。

その時。

線が開いた。

口が薄く開いた。

開いた口の両端が、歪んだ。

笑っているのだ。

それは、笑って僕を見つめているのだ。

「ねえ! 君!」

僕は、マナミさんの言葉で我に返る。

音が戻る。

世界が戻る。

僕の視線の先に、人形はいない。

立った今、登ってきた階段があるだけだ。

「大丈夫? ぼーっとしてたよ。」

僕を心配する、マナミの声。

「だ、大丈夫ですよ。」

そう返事をする僕の背中を、冷たい汗が流れた…。

それから。

しばらく撮影が進んだところで、問題が起き始めた。

監督が、なんというか…、おかしくなった。

屋敷での撮影が始まってしばらくは、何事もなかった。

だが、次の日、監督が突然、大声で喚き始めた。

何を言ってたかはっきり聞き取れなかったけど、「うるさい」とか「黙れ」とか、そんな事を言ってたと思う。

その日は、それで解散。

次の日、監督は普通に見えた。

ただ、たまにブツブツ言ってるようだった。

代わりに、おかしな事が起こり始めた。

照明が突然消える。

誰も触ってない筈の機材が倒れる。

役者が悲鳴のような変な音を聞く。

撮影が思うように進まない時もあって、役者が真夜中まで残る事もあった。

それでも監督は、取り憑かれたように、撮影を続けた。

眠れてないのか、目は血走り隈だらけだった。

途中、撮影の中止の話もあったが、強引なプロデューサーが撮影の継続を指示し、中止の話は立ち消えた。

ある日、マナミさん僕に近づき、尋ねてきた。

「ねえ、この屋敷で、赤い着物をきた人形って、見た事ある?」

僕は驚き、

「え?」

と返事を返す。

だが、マナミさんは、

「ううん。なんでもない。ごめんね。」

と、話を切ると、去って行った。

そして、災厄が始まった。

撮影が始まって一週間。監督が消えたのだ。

撮影時間になっても現場に現れず、連絡がつかない。

監督がいないのでは、撮影が進まない。

結果、その日は解散となった。

帰路につく間際、道具係さんの、「言わんこっちゃない…。」

とボソリと呟く姿が印象に残っている。

その後、三日間、ドラマの撮影再開の連絡は無く、気になった僕は、カトウさんに連絡をとってみた。

カトウさんによると、撮影再開の予定は無く、このドラマはこのままお蔵入りするらしい。

もともと曰く付きの撮影だったし、監督の失踪を理由に、プロデューサーが中止を指示したそうだ。

だが、短い時間ではあったが、このまま解散では、ちょっと寂しい。

そう考えたカトウさんは、撮影に関わった関係者で解散飲み会を開く事にしたそうだ。

飲み会の日。関係者全員ではないが、10人程の人が来ていた。

飲み会の席では、カトウさんが場を盛り上げ、マナミさんが酌などでもてなし、楽しい場を作っていた。

ミキさんの姿も見える。

大人同士の飲み会の不慣れな僕にも、マナミさんは甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。

ただ、監督不在で飲み会をしている事に罪悪感があるのか、監督についての話題が出る事は無かった。

飲み会が盛り上がった頃、ミキさんの携帯が派手な音をたてて鳴りひびく。

「なによ、こんな時に…。え、非通知? 誰よ。」

ぶつぶつ言いながら、ミキさんは通話ボタンを押す。

「誰よ、あんた。…え、声…、か、監督ですか?」

ミキさんの声に、みな驚く。

そして電話を掴むミキさんに目を向ける。

「今どこにいるんですか? 屋敷? 入るんじゃ無かった? 追われてる?」

飲み会に参加した人たちは、固唾を飲んで、ミキさんの声を聞いている。

「え、なんですか? 開かずの間? え?」

…電話が切れたようだ。

「ミキさん…。今のは?」

カトウさんが、携帯を耳に当てながら呆然とするミキさんに話しかける。

声をかけられ、ミキさんはハッと我に返ったように、携帯を胸に掻き抱く。

「今、監督から、電話があった…。」

ミキさんが呟く。

「そうみたいだね。」

「監督、何かに追われてるみたいだった。例の屋敷にいるみたい…。」

「イタズラ電話じゃないのかな?」

「でも、凄く切羽詰まってる声だったよ。」

ミキさんは、普段のギャル語も忘れているようで、普通の喋り方をしている。それほど驚いたのだろう。

ただ事じゃない雰囲気を感じ取ったのか、カトウさんは、みんなに向かって、

「僕はこれから、屋敷に向かってみるつもりだ。監督か危険な目に合っているかもしれないのに、放ってはおけない。一緒に着いて来てくれる人はいませんか?」

と提案する。

カトウさんの発言に、マナミさんが手を上げ、はっきりとした声で返事を返す。

「私も行きます。」

マナミさんの他にも数人の人間がカトウさんに付いて行く事になった。

その中には、ミキさんの姿もあった。

「あたしが電話もらったんだよ。あたしも行かなきゃ。」

もちろん、僕もカトウさんに付いて行く。

飲酒をしていなかったカトウさんの運転するワゴン車で、僕達は屋敷に移動する。

車内の人間は、皆、緊張の面持ちだった。

真夜中に屋敷の敷地内に入るのは、初めてだった。

ただでさえ薄気味悪い雰囲気なのに、夜の闇がその不気味さを増長させているようだ。

屋敷の周りは、闇と静寂が支配している。

僕達以外に音を出すものはなく、明かりはカトウさんの車にあった懐中電灯数本だけだ。

車から降り、屋敷の玄関前に僕達は集まる。

カトウさんが、屋敷の扉に手をかける。

鍵はかかっていなかった。

玄関の扉が軋んだ音をたてながら開く。

屋敷の中はさらに薄暗い。僕達は、懐中電灯の光と、撮影の時に覚えた屋敷の間取りを頼りに進む。

目的の部屋は、例の開かずの間だ。

足元に注意しながら、通路を進む。

ふと、腕に力を感じ、振り返ると、僕の腕をマナミさんが握っている。

相当に怖いのだろう、握った手が微かに震えている。

だが、顔は正面を向き、視線もまっすぐ前を見つめている。

健気な人だ。

先頭に立って進むカトウさんも、勇気のある人だと思う。

僕らは、例の開かずの間の扉の前に辿り着く。

ここまで、人の気配はなく、監督の姿もなかった。

だが、この部屋に何かがある。その場にいる誰もが、そう思っていた。

カトウさんは、扉のノブに触れ、鍵がかかっていることを確認する。

扉を叩きながら、

「監督! そこにいるんですか?」

と声をかける。

だが、返事はない。

カトウさんは、扉に耳を当てる。

「…何か。音が聞こえる。…声?」

僕たちの間に緊張が走る。

「こじ開けよう。」

誰かがそう提案した。

頷くカトウさん。

腰に差していたバールのような物を取り出し、扉の隙間に差し込み、力をかける。

メキ…。

腐った板が砕けるような音がして、ドアの鍵が破壊される。

僕達は、壊れた扉を開け、部屋の中に入る。数人の足音が室内に響く。

当然、明かりは全くない。

カトウさんは、足元を照らしていた懐中電灯の明かりを、部屋の中央付近に向ける。

まず目に飛び込んできたのは、縦に伸びる二本の棒だった。

その棒が宙に浮いている。

なぜ、棒が浮いている? そう思った僕だったが、改めて見直して、愕然とした。

それは、人の足だった。人の足が、宙に浮いている。いや、足だけじゃない。

カトウさんが、明かりをさらに上の方に向ける。

そこには、人がいた。

だらしなく手足をダラリと垂らし、首も不自然なほどに斜めになっている。

誰も口を開かない。

カトウさんの照らす光が、さらに上に向かう。

首のあたりから、一本の線が上に伸びている。

違う。あれは、縄だ。縄が首にかかっているんだ。

…首を吊っているんだ。

僕は愕然としたまま、周囲の人間を見渡す。

目を見開き、室内を凝視しているものもいる。

口に手をあて、身動き一つとらないものもいる。

ただ、皆、一様に、愕然としている事が解る。

カトウさんの明かりが、首を吊る人物の顔の辺りを照らす。

最初は誰だかわからなかった。

赤黒く濁った眼を見開き、口からは蛭のような毒々しい舌が落ち、顔ははち切れんばかりに不自然に膨らんでいる。

その顔に血の気は全くない。

一目で死んでいると解る。

マナミさんが、僕の隣で呟く。

「監督…。」

そう。あれは、監督の首吊り死体だ。

僕は、室内の臭気に気付く。嫌な匂いだ。何かが腐ったような…。

監督の死体の下方の床には、黒いシミがあった。

おそらく、あれは監督の糞尿だろう。あれが異臭の元なのか…。

皆が微動だにしない中、カトウさんは、明かりを部屋の隅や壁に向ける。

ふと、壁を照らす光の円が止まる。

僕は、カトウさんの顔を覗き見る。

カトウさんは、壁を凝視したまま、震えていた。

僕らは、カトウさんの照らす壁に向かって眼を凝らす。

そこには、文字が書いてあった。

『 死 ね 』

「ひゅ!」

誰かが息を飲む音が聞こえた。

懐中電灯を持つカトウさん以外の人も、恐る恐る、壁を照らす。

そこには、様々な醜い言葉が、ところ狭しと書き込まれている。

『呪い死ね』『呪い狂え』『呪い苦め』『呪い愚れ』『呪い侮れ』『呪い辱え』『呪い痛れ』『呪い讐め』『呪い蔑め』『呪い酷え』

『呪い朽れ』『呪い枯れ』『呪い果て』『呪い鬱げ』『呪い屈せ』『呪い死ね』『呪い狂え』『呪い苦め』『呪い愚れ』『呪い侮れ』

『呪い辱え』『呪い痛れ』『呪い讐め』『呪い蔑め』『呪い酷え』『呪い朽れ』『呪い枯れ』『呪い果て』『呪い鬱げ』『呪い屈せ』『呪い死ね』『呪い狂え』『呪い苦め』『呪い愚れ』『呪い侮れ』『呪い辱え』『呪い痛れ』『呪い讐め』『呪い蔑め』『呪い酷え』

『呪い朽れ』『呪い枯れ』『呪い果て』『呪い鬱げ』『呪い屈せ』『呪い死ね』『呪い狂え』『呪い苦め』『呪い愚れ』『呪い侮れ』

『呪い辱え』『呪い痛れ』『呪い讐め』『呪い蔑め』『呪い酷え』『呪い朽れ』『呪い枯れ』『呪い果て』『呪い鬱げ』『呪い屈せ』

首吊り死体。そして、呪いの言葉…。

その時、僕は、部屋の奥…、首吊り死体の後方に、何かがいることに気付いた。

暗がりの中で、ボンヤリと白い何かが動く。

僕の視線の先で、蹲るようにしていたその何かが、ゆっくりと、ゆらりと、立ち上がる。

白装束のナニカが、そこにいた。

手足を奇妙に曲げ、不自然に首を垂らす。

四つの赤い眼が、僕らを見据えた。

四つ?

違う。

白装束のナニカと、それが抱える赤茶けた一つの人形。

合わせて四つの目。

あれは…。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

ミキさんの悲鳴で、僕達は我に返る。

その悲鳴を契機に、皆一斉に、一目散に、叫び声を上げながら、屋敷の出口へ向かう。

必死で逃げ出したからか、どうやって屋敷から出たか、僕は覚えていない。

数本の懐中電灯だけで、よく暗がりの中、無事に出れたものだ。

僕らは、警察に通報し、数十分後、パトカーがやってきた。

僕達はそれぞれ事情聴取を受けた。

僕も、警察官相手に、監督の死体に遭遇するまでの経緯を説明する。

事情を説明する最中、一つ奇妙なことがあった。

警察官が屋敷に入り、死体のあった部屋を調査したところ、壁に文字など書いていなかったそうだ。

部屋は殺風景な造りで、調度品もなく、当然誰もいなかった、と。

じゃあ、僕の見たものは何だったのだろうか?

事情聴取の後、僕達は解散し帰路につく。

カトウさんとマナミさんは、僕を家まで送ってくれた。

別れる間際、車から降りたカトウさんは、僕に向かって、

「君も、アレを見たんだろう?」

アレとは、壁の文字のことか、又は白い何かの事か…。

どちらのことか解らなかったが、僕は頷く。

「そうか…。こんな事に巻き込んで、済まなかったね。」

別にカトウさんが悪いわけじゃない。だが、僕は一言、

「…いえ。」

としか言えず、車から降りる。

「…君は、あの屋敷で、赤い人形を見た事あるかい?」

「え?」

僕は驚きの表情をカトウさんに向ける。

「…。いや、なんでもない。済まなかった…。」

カトウさんは、もう一度小さく謝ると、車に戻っていった。

「元気でね。」

車中のマナミさんも、健気に笑顔を作って、僕に手を振る。

二人とも、とてもいい人達だった。

車が去走り去るのを、僕も手を振って見送る。

また会えたらいいな。

だが、そんな僕の小さな願いを、現実は非情にも裏切った。

数日後。

カトウさんから、電話があった。

警察は監督の死を、過労と心的ストレスによる自殺と断定したそうだ。

公表はされていないが、壁の文字などは、死体発見のショックによる一時的な集団ヒステリーとされ、オカルト的なものは一切発表されなかった。

だが、その発表には、不可思議なことがあった。

警察が監督の死体を検視したところ、死後数日は経過していたそうだ。

つまり、僕等が監督の首吊り死体を発見する数日前には、すでに監督は首を括って死んでいたのだ。

カトウさんは、そう僕に教えてくれた。

カトウさんは、電話の最後に、僕に尋ねた。

「じゃあ、飲み会の時にミキさんに電話をしてきたのは、一体誰なんだ?」

と。

僕は、××に連絡し、事の詳細を話してみる。

××は、まず僕に変なバイトを紹介してしまった事と、怖い目に合わせる原因を作ってしまったことを、深く謝罪した。

僕は、××が悪いわけじゃないことを伝える。そして、今回の出来事がなんで起こったのか知りたいと相談してみた。

僕の言葉に××は、あるURLを教えてくれた。

ここににアクセスしてみろということらしい。

僕は電話を終えると、パソコンを開き、そのURLにアクセスする。

そこにある怪談を読んでみろ、と××は言っていた。

そこに、今回の出来事の答えがあるのだろうか?

パソコンの画面に描かれた、怪談の名前は、

【括り姫】

それから。

怪談【括り姫】を読んで、愕然とした。

今回の出来事と、符合する点が多過ぎる。

『封印を穢す人間が死ぬ。』

『開かずの間での首吊り死体。』

『壁一面に書かれた呪いの文字。』

『死者からの言葉。』

まさか…。

僕は考える。

この怪談は、作り話ではない。

本当の出来事だったんだ。

AもBも、語り手であるCも、実在したんだ。

そして、僕は気付いた。

僕は、括り姫を見ている。

死体のあった部屋の奥にいた、白装束の四つの赤い目を持つ、ナニカ。

あれが括り姫ではないのか?

そして、僕はその部屋で、壁の言葉を目にしている。

あれは呪詛の言葉だったのではないか?

つまり、僕も、呪われたのではないか。

あのCのように…。

死の音が近づく感覚。どうしようもない絶望感。これが、真の恐怖…。

僕は、震える手で携帯電話を握りしめ、なす術なく立ち尽くしていた。

それから数日後。

カトウさんが死んだ。

死因は、自殺。

首にロープを巻いて、家の門扉の前でジャンプしロープを門扉にひっかけて首を吊った。門扉の高さは3mあったそうだ。

次の日。マナミさんが死んだ。

自らの全身をロープと粘着テープで縛って、ビル屋上の鉄柵を飛び越えた。首には縄が幾重にも巻きつけられていたらしい。

さらに次の日。

ミキさんが死んだ。

首吊りしたあと歩いて川に入り息を止めて自殺した。気管には水は入ってなかったそうだ。

みんな、あの場に居た人達だ。

他に誰がいたのかは、はっきり覚えていない。

だが、あの場所にいて、あれを見た人間は、みんな、順番に死ぬのだろう。

まるで、死へのカウントダウンだ。いや、自分がどのカウントで死ぬのかすら解らないのだ。

明日なのか。明後日なのか。それとも、もっと後なのか。

この先、絶望しか見えない未来が目の前にある事がこれ程に恐ろしいものだとは思ってなかった。

最近では、目の端に、白い何かの影がちらつく。

錯覚であって欲しい。

鏡を見ることが怖い。

醜く朽ちていく自分の姿の変化が恐ろしい。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪…

ぼんやり霞む目に、携帯の光が舞い込む。電話だ。

着信名を見ると××だった。

僕は、電話口で××に向かって思いをぶちまけた。

「なんで僕がこんな目に合わなきゃならない。何も悪いことなんてしていない。カトウさんもマナミさんも、いい人達だった。撮影に参加した人たちだって、殺されるほど悪い人なんていなかったはずだ。ああ、たしかに、僕は、スリルを味わいたかったさ。怖いもの見たさで、あそこに足を踏み入れたさ。だが、その程度だ。その程度の事は、みんなやってる。

好奇心で踏み込んだ事が、そんなに悪いことだったのか? ここまで苦しむような罪を犯したか? その程度で、僕は死ななきゃないのか? なんでだよ! 不公平すぎるだろ! お前はいいよな。僕にバイトを押し付けて、何事もなくて。そうだ。お前のせいだ。僕がこんな目にあっているには、全部お前のせいだ。お前が悪い!」

最後には、僕は××を罵っていた。

××は無言で僕の罵り声を聞き、黙って電話を切った。

通話口からのツーツー音を聞きながら、僕は、とんでもないことをしてしまったことに気付く。

僕は、僕のことを心配してくれていた友達を口汚く罵ったのだ。恐怖に感情を支配され、友人を裏切ったのだ。

僕は自分のことしか考えていない、愚か者だ。

…死んで当然かもしれない。

僕の視界の隅で、白い影がゆらりと揺れる。

…さぁ、早く来てくれ。僕を連れて行ってくれ。僕を解放してくれ。

その時。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪…

携帯電話がもう一度光る。

××からだった。

××が、もう一度、電話をくれたんだ。

僕は、電話口で××に謝る。

「いや。それよりも、今、お前の前に、何かいるのか?」

「…ああ。」

「詳しく教えてくれないか?」

…僕は、××の言葉に、従う。

「…四つの赤い目だ。

白い格好をした女だ。

髪が長い。濡れているみたいに艶がある。

その手元に、人形がいる。

赤茶けた着物を着た日本人形だ。

一人と一体の視線が、僕に向けられている。

ああ、

あいつが、

あいつらが、

近づいてきた。

もうすぐそこに、あいつらがいる。

一歩一歩、近づいてくる。

あと一歩で、俺に手が届く距離にきた。

あいつが、俺の顔を覗き込んでいる。

濡れた髪が、俺の額にかかる。

気持悪い。

あいつの鼻先が、俺の鼻に近づいてきた。

息はしていない。

でも、

臭い。

臭いんだ。

腐った匂いだ。

吐きそうだ。

あいつの目が、俺を見ている。

覗き込んでいる。

数センチの距離で。

血走っている。

黒目がいやに大きい。

白目の部分は、真赤だ。

この眼を見ているだけで、臓腑がひっくり返されそうだ。

あいつの手が、僕の首にヒタリと触れた。

冷たい。とても冷たい。

死人より、冷たい。

俺の首を絞めるあいつの両手に力がこもり始めた。

僕の体は、動かない。

けど、それでも構わない。

ああ、

やっと、僕は、

死ねるんだ。

解放されるんだ。

視界の隅で、人形が笑ってる。

あの赤は、血の赤だ。

さあ、早く。

早く。

やってくれ。

殺してくれ。

…嫌だ。

苦しい。

息が出来ない。

言葉が出ない。

死にたくない。

止めてくれ。

駄目だ。

止めてくれ。

体がピクリとも動かない。

頭に血が上る。

冷たさと熱と、両方感じる。

目が充血しているのが解る。

息が、

息が、

できない。

意識が遠のく。

だめだ、止めてくれ。

なんで僕がこんな目に…。

止めてくれ…。

止めて…。

止め…。

「アリガトウ。」

そう言って、電話は切れた。

人は誰しもが好奇心を持つ。

その気持ちを持って、困難に立ち向かうことも、前人未到の地を踏むための冒険もできる。

だが、その好奇心が鍵となり、封印された恐怖を解き放つこともある。

恐怖という名の化け物を呼び覚ますこともある。

その化け物は、いつでも僕らを飲み込もうと鎌首を擡げ睨んでいるんだ。

僕らのくだらない好奇心が、取り返しのつかない事態を招くこともある。

そう、…この、「僕」のように。

………

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………

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………

………

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………

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………

………

………

………

………

〜あるホームページの掲示板から抜粋〜

最後まで読んじまったな。

どうだ?

呪いについて、少しは詳しくなったかい?

あ?

呪いを解く方法?

そんなものは、存在しない。

オマエラ、気を付けろよ。

今、画面から顔を上げた正面で、白装束のナニカが覗いているかの知れないぜ。

廊下の先に、赤茶けた人形がいるかもしれないぜ。

視界の隅で、四つの眼が光っているかもしれないぜ。

オマエラを、

呪い括り殺す為に、な。

ああ、そういえば、

ひとつ、言ってなかった事がある。

僕は、ボクなんだ。

ボクの代わりに、呪われた撮影で恐怖を実況してくれた「僕」に、

そして、僕のホームページを見て、これから恐怖を体感するオマエラに、

僕は、感謝しているよ。

言ってなかったっけか?

この世には、触れちゃいけない『悪意』がある。

そして、

『好奇心は猫も殺す』

って、さ。

Concrete
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