此れは、僕が高校一年生の時の話だ。
《ホラゲーかよ前後編》の続きの話。
季節は春先。
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・・・・・・・・・。
「いいって!離せ!!!」
「駄目だって!こんな所で一晩どうすんの?!」
「本当に大丈夫だから!!離して!!」
「だから、何か勘違いしてるんだって言ってんじゃん!!!」
「知るか!!絶対動かないぞ動いてなるものか死んでも此処に」
「コンちゃんの分からず屋!!!」
「え、一寸待って落ち着いて冷静にぐえぇええぇええ!!!!」
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・・・・・・・・・。
さて、読者諸賢。今晩は。僕である。
僕は今、友人のピザポにヘッドロックを咬まされて無理矢理車の中へ押し込められた状態でいる。
文字にすると犯罪感が半端じゃない。
そうそう、犯罪だとしたら主犯となるピザポは、今は隣で僕の首根っこを掴みながらプリプリと怒っている。
端から見れば《悪戯を仕出かした猫が飼い主に捕獲された図》に見えなくも無いかも知れない可能性も否定出来ないが、悪戯何かしてないし、生憎と僕は歴とした人間である。
当然の如く、人権だって存在するのだ。
其れなのに・・・其れなのに・・・!!
「いっそ殺してくれ・・・・・・。」
僕は此れから自分を待ち受ける地獄を想像し、深く深く溜め息を吐いた。
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・・・・・・・・・。
さて、何が有ったのかを説明しよう。
本日、僕はとある事情からピザポの家に泊まる事となった。
僕は当然、ピザポは御両親と暮らしているのだと思い込んでいた・・・・・・のだが。
其れは違った。
迎えに来てくれたのは色白で美人なお姉さんだった。
こいつは有ろう事か、まだ高校生だと言うのにも拘わらず、其のお姉さんとの二人暮らしをしてやがったのだ。
お姉さんとの。二人暮らし。
姉かとも思ったが、ピザポは彼女を《ユキちゃん》と呼んでいた。
僕の知り合いの中で、自分の姉をそんな呼び方してる奴は一人も居ない。希望的観測は打ち砕かれたのだ。
即ち。
恋人。彼女。同棲。愛の巣。
冷や汗が止まらないワードが目白押しである。
そして今、僕は其の愛の巣へと連行されている。
もう死を覚悟するしかない。
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・・・・・・・・・。
車が止まった。
新築らしき綺麗なアパートが近くに建っている。
「・・・・・・着いたよ。」
ピザポの声に促され、車から降りる。
運転手の女性が新築(多分)アパート・・・の隣の、今にも崩れ落ちそうな民家へと入って行った。
・・・・・・え?此方?
「来ないの?」
女性が此方を振り向き、無表情で呼び掛ける。
僕は慌てて彼女の後を付いて行った。
ピザポも何やらブチブチと愚痴を垂れながら歩き出す。
僕は、恐る恐る民家へと足を踏み入れた。
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・・・・・・・・・。
「失礼します・・・。」
軽く礼をしながら家の中に入ると、先に中に入っていた女性が立っていた。
「いらっしゃい。」
やはり表情は、機械か何かなのではないかと思う程に《無》だ。
あれ?怒ってる?
彼氏が勝手に僕を泊めるとか言い出したから、怒ってる?
でも此れ、僕は悪くない様な気がする。責任は勝手に御持ち帰り宣言をして、勝手にヘッドロックをして、勝手に此処まで連れて来たピザポが悪いんだと思う・・・・・・!
僕に一体どうしろと・・・・・・!!
「こ、今晩は。僕は、コ、コンソメと言います。えっと、その・・・ピザポ君には、い、何時も御世話になってて、えと、其れで・・・・・・。」
自己紹介までも上手くいかない。
何と言う事だ。
コミュ障丸出し。吃音大爆発。あと肌寒い筈なのに冷や汗が酷い。
「・・・・・・・・・。」
何だか睨まれている様な気までしてきた。
我ながら何と言う被害妄想だろう。
「・・・・・・・・・。」
女性はまだ無表情で、此方をじっと見ている。
・・・怖い。
「・・・・・・臭い。」
こわ・・・・・・え?臭い?
僕はギョッして彼女の方を見た。
彼女はもう一度繰り返す。
「臭いよ。」
其れって・・・僕が?
服の裾を摘まみ、匂いを嗅いでみる。
・・・多少埃の匂いがするが、其処まで臭くはない気がする。
でも、相手は年頃の女性だし、やっぱり気になるのだろうか。
申し訳無く思って下を向くと、彼女は更にこう続けた。
「生臭い。」
生臭い?埃関係無い?生臭いって魚みたいな?
え?僕が?体臭が生臭い?
・・・・・・何だろう。何だか無性に消えてしまいたい。此の世から。
僕が女性の発言にダメージを受けながらも、僕は無理矢理顔面に笑みを張り付けた。
「ごめんなさい。やっぱり今日は御風呂入って無いんで少し臭いがキツいかも知れ」
「血だよ。血の臭いがするんだってば。体臭な訳無いでしょ。血の臭い、其れから何か薬品みたいな匂いも。どうしてそんな臭いを身体中に引っ付けてるの?」
女性が眉を潜めながら言う。
「ねえ、・・・・・・一体何をしたの?」
彼女は、酷く冷たい目をしていた。
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・・・・・・・・・。
一時間程前。
僕は《彼》 と廃ホスピスの中を探索していた。
《彼》とは・・・いや、細かい説明は止そう。
只、ホスピスの中に閉じ込められた僕等を、其処から出してくれた人だ・・・とだけ書いておく。
彼は僕を外に逃がす際、僕達を追い掛けていた化け物に其の喉を切り裂かれてしまった。
・・・まぁ、然し《彼》は幽霊だったので、喉を切り裂かれても死にはしなかった。
然し、僕は其の血を思い切り浴びてしまった。
だが、建物の外で目を覚ますと、何故か付着した筈の血液が綺麗サッパリ消えていたのだ・・・・・・と僕は勝手に思っていたのだが。
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・・・・・・・・・。
どうやら、そうではなかったらしい。
消えていた様に思えたのは・・・・・・ミズチ様のお陰だろうか?
でも、だとしたら何故、ピザポ達は何も気付かなかったのだろう。わざと何も言わなかったのだろうか。
・・・・・・いや、其れは考え難い。
そんな事をして一体何になると言うのだ。
やはり、僕には何も見えないし、何の臭いもしない。
然し、目の前の彼女はハッキリと「血生臭い」と言った。
・・・・・・どういう事なのだろう。
全く何が何だか分からない。
然し、一つだけ分かった事が有る。
彼女の態度だ。
僕は今まで、てっきり《彼氏がいきなり知らない奴を家に泊める》とか言い出したから不機嫌なのかと思っていたのだが、実際の所、彼女は《彼氏が泊めるとか言って連れて来た奴が血塗れ》だったから不審そうな顔をしていたのだ。
突然に彼氏が連れて来た奴が血塗れ。
そりゃ不審にも思うだろう。
殺人犯を匿った様に思われる事だって・・・。
・・・・・・流石に其れは不味いな。
「あ、あの・・・・・・・・・」
僕は意を決して重たい沈黙を突き破ろうとした。
のだが。
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「ユキちゃんいい加減にしなよ。」
ピザポに邪魔された。
いや、多分助け舟を出そうとしているんだろうけども。
僕の勇気って、殆どが誰かに邪魔をされて断念させられている気がする。
「何時も話してんじゃん。此の人、コンちゃん。そんな危険な人物じゃないから。」
ピザポが僕を指差しながら言う。
「血の臭いって言うのも、何かのとばっちり何だって。・・・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・みぎゃ?!」
急に話を振られたので、僕はまた盛大に舌を噛んだ。
女性が、また訝しげな目で此方を見る。
僕は痛む舌の事も忘れて、うんうん、と大きく頷いた。
ユキちゃんと呼ばれていた女性は、暫くの間此方を睨み付けていたがら、軈てボソリと
「お風呂、入って来れば。茶の間にいるから。」
と言って、何処かへと(多分茶の間だろう)行ってしまった。
ピザポが此方を向く。
「取り敢えず入って来なよ。ユキちゃんからの許可は下りたし。着替え、置いておくから。」
「・・・・・・分かった。悪いな。」
僕が頭を下げると、薄塩は小さく頷いた。
「説明も出来るだけはしておく。と言っても、俺が知ってるのは電話で伝えられた情報位だけだけど。」
「・・・・・・さっき、説明しなかったっけ。皆の前で。」
聞いてみると、ピザポはヒョイと肩を竦め、何でも無い様に言う。
「確かに何か喋ってたけど、泣いてたから何を言ってたか分かんなかった。聞き返せる空気じゃなかったし。」
・・・・・・じっと聞いててくれてたと思っていたのに、そうじゃ無かったのか。
いや、確かに自分でも何を言っていたのか、余り覚えていないのだが。
考え込んだ僕の背を、ピザポが割かし強めに押した。
「ほら、ユキちゃんの気が変わらない内に。廊下の突き当たりを右に行って奥の所だから。」
僕は少しだけ釈然としなかったが、スリッパを借り、古びた廊下を歩き始めた。
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・・・・・・・・・。
さて、入浴シーンについては取り立て語る事も無いので、華麗に飛ばさせて頂く。
風呂上がりである。
僕は着替えを終えると、浴室の前で何をするでも無くぼんやりとしていた。
すると、誰かがコツコツと引き戸を叩く音がする。
「コンちゃん、もう出た?ユキちゃんが呼んでる。」
ピザポだった。
僕は扉を開け、頭を下げた。
「・・・ありがとう。」
ピザポがひらひらと右手を振る。
「いいんだよ。困った時はお互い様だし。あ、服、大丈夫だった?やっぱりサイズが・・・」
「其れに付いてはノーコメントで。ぴったりな訳が無いのは最初から分かってた。」
「・・・・・・うん。だよね。ごめん。」
ピザポが気不味そうに目を伏せる。
「いや、貸して貰った事自体はとても有り難く思ってるよ。本当に。大分さっぱりしたし。」
抑、ピザポの服とサイズが合わないのは、ピザポには何の責任も有りはしない事だし。
別に僕は平気だし。
全然何も思ってないし。ないし・・・・・・。
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・・・・・・・・・。
「・・・・・・ユキちゃんの所、行こう。」
ピザポがクルリと、此方に背中を向けた。
「茶の間に居る・・・んだっけ?」
「うん。臭いも消えただろうし、今度はちゃんと話を聞いてくれると思う。」
ゆっくりと歩き出す。僕も其の後に続いた。
歩きながら僕は小声で聞いてみた。
「・・・お前にも見えてるのか?」
「何が?」
僕は少しだけ考えたが、説明が難しかったので、簡潔に一言
「血。」
と答えた。
すると、ピザポは少しだけ変な顔をして、一言、
「俺には何も見えてないし、大体、ユキちゃんだってそういうのは何も見えないよ。」
と言う。
僕は、そんな筈は無いのだと言おうとしたが、其れを言う前にピザポは薄く笑ってこう続けた。
「ユキちゃんは、他人より鼻が効くんだよ。」
鼻が効く・・・?
そう言えば、彼女はハッキリと「血が付いている」とは言わなかった・・・気がする。
思い出していると、目の前が急に明るくなった。
ピザポが、襖の一枚を開いたからだった。
「入りなよ。」
女性の声が、部屋の中から聞こえた。
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・・・・・・・・・。
女性は、低いテーブルを挟んで僕の向かい側に座っている。
僕はもう一度、自己紹介をした。
「改めまして、今晩は。僕はコンソメと言います。ピザポ君には学校で何時も御世話になっています。」
女性も頭を下げる。
「今晩は。初めまして。私は小山雪菜。ピザポから話は聞いてる。《コンちゃん》だね?」
「え、あ、はい。ピザポからは、そう呼ばれています。」
頷いた僕をじっと見て、女性・・・小山さんが、少しだけ表情を緩めた。
「何時も、ピザポと仲良くしててくれて、ありがとうね。」
「いえ、あの、そんな・・・。ピザポ君には、本当、助けられてばかりで、御礼を言わなければならないのは、寧ろ此方の方何です。」
「ううん、あの子は取っ付き難い所があるから、合わせるのも大変だろうに。」
「いえ、全然そんな事無いです。本当に何時も面倒を見て貰ってて・・・・・・。」
こういう時、何を言えば良いのか分からない。切実に。
しどろもどろになりながら答えると、小山さんは何故か可笑しそうに噴き出した。
僕が急に恥ずかしくなって俯くと、隣からピザポが呆れた様に言う。
「ユキちゃん、話を先に進めて。もう遅いんだから。コンちゃん、ユキちゃんがちゃんと自己紹介してないから、未だに変な勘違いしてるんだよ?」
「はいはい。其れ位分かってるよ。」
小山さんは詰まらなそうに呟くと、此方に向かって向き直った。
「さて、コンちゃん。」
呼び方が何時の間にか《コンちゃん》になっている。
「コンちゃんは何やら壮大な勘違いをしてるね。主に私とピザポとの関係性の事で。」
「・・・・・・・・・はあ。」
「別に、恋人とかそういう関係じゃないよ。只の親戚だから。ピザポは、私の姉の息子。叔母と甥っ子の関係だね。」
僕の肩からヘニャリと力が抜けた。
「そう・・・何ですか。」
小山さんは頷き、続きを話す。
「確かに、倫理的にも此の同居は余り好ましく無いけどね。年齢も近いし、間違いが起こる可能性も無きにしも非ずだから。けど、何せ当時は切羽詰まっていて、悠長に物事を決める訳にもいかなかったんだ。」
「はあ・・・・・・。」
ニヤリ、とした笑みを浮かべた。
「コンちゃんは何か勘違いをしていたみたいだけど、こいつに其処までの度胸は無いよ。据え膳も食えない臆病者だからね。」
僕は、自分の勘違いの酷さに思わず下を向いた。
恥ずかしい。下衆の勘繰りにも程が有る。
さっきまでの抵抗は一体何だったと言うんだ。
何と言うかもう・・・・・・・・・消えてしまいたい。焼きそばパンになりたい。
「失礼だな。ゲテモノ食いはしないだけだって。」
意気消沈している僕の横で、ピザポがフンと鼻を鳴らした。
「大体、ユキちゃんを襲う程飢えてない。」
「口を謹めよ居候。」
小山さんが、氷の様な眼差しでピザポを見る。
途端にピザポは静かになった。
・・・・・・やはり、此の人は少し恐い。
「で、コンちゃん。話を元に戻すんだけどさ。」
「ぅえっ?!え、えと、何・・・ですか?」
恐いと思った直後に話し掛けられた。
動揺が隠せない。
然し、小山さんは、やはり少しも動じずに聞いて来る。
「さっきの血の臭い・・・・・・何だったの。」
笑顔は何時の間にか消えている。
「コンちゃんの事は、ピザポから聞いてるよ。だから、コンちゃんが酷い事をしたとは思ってない。」
じっと、此方だけを見て、厳しくも優しくもない口調。
「でも・・・・・・何が有ったかは、何に遭ったかは、話して。」
有無を言わせぬ様な、言い方だった。
ピザポの方を見ると、此方も僕を見ていた。
こうして見ると、此の二人は案外似ている。笑顔を保ちながら恐いオーラを放っている所とか。流石親族と言うべきか。
・・・そう言えば、ピザポも何が有ったのか詳しくは知らないのだった。
今まで擁護していてはくれたが、僕を丸っきり信用している訳でもないのだろう。
僕は溜め息を一つ漏らして、何が有ったのか、僕が何に遭ったのかを、話し始めた。
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・・・・・・・・・。
「・・・・・・と、言う訳で、さっきの臭い、と言うのは、僕を助けてくれた人の血の臭いだと思います。」
所々暈しながら話を終えると、小山さんは思ったより簡単に納得してくれた。
正直、こんな怪しげな話を信じて貰えるとは思っていなかったのだが・・・。
「どうして、こんな荒唐無稽な話を信じてくれたんですか?」
「見えないけど、臭いは分かるから。そういうの、信じてはいるんだ。」
自分の鼻を指差して、小山さんがパチリとウィンクをした。
然し、直ぐに真面目な顔に戻る。
幾度か鼻を動かし、大きく息を吸ったり吐いたり・・・・・・。
一体、どうしたのだろう?
「あの・・・どうかしましたか?」
「水。水の匂いがする。苔っぽい?お風呂入ったよね?まだ何か居る?」
水の・・・。
「多分・・・ミズチ様だと思います。」
「ミズチ様?何それ?」
一気に小山さんの目付きが鋭くなった。
掴み掛かる勢いで身を乗り出して、此方を睨む。
「蛟?蛟って確か化け物だよね?何?コンちゃん化け物に取り憑かれてるの?」
「ユキちゃん落ち着いて話を」
「あんたには何も聞いてない。」
制止に入ったピザポだったが、一言で黙らされてしまった。
噛み付く様に、彼女は続ける。
「嫌だよ。そういう事なら。悪いけど面倒事には巻き込まれたくないの。止めて。帰って。」
「いや、でもミズチ様は僕を守ってくれてて、フィルター・・・・・・あ、えっと、見えてしまう幽霊?・・・とかを補正してグロさを軽減してくれたり・・・・・・」
「何それ?」
「だから、幽霊を、生前の姿で見せたりとか、修復不可能な場合は・・・こう・・・・・・キャラクターとかに見せたり、駄目な部分だけ花とかで覆って見えなくしたり・・・・・・。」
「は?そんなの単に危機感が薄くなるだけじゃん。却って危険。全然守って貰えてない。」
「でも」
「確かに精神面はダメージ減るだろうけど、単に見え方が変わるだけでしょ?どこが守ってくれてるの?」
「けど」
「寧ろ危険な目に遇わせようとしてるかも知れ・・・つっっっ!!」
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顔を上げて見ると、小山さんの頭の上に拳骨が乗っていた。
「落ち着いてって言ったよね?」
ピザポが、何時の間にか小山さんの背後に回り込んでいた。
何だお前。忍者か。
グリグリと、下手をすれば陥没させる勢いでピザポが拳を押し付ける。
「あんまり絡まないであげて、とも言ったよね?自分の癖位、分かってると思ってたんだけど。」
・・・・・・御怒りの御様子。
此れは恐ろしい。
助け船を出してあげたい気もするが、正直、僕も怒っているピザポにはあまり関わりたくない。
助けて貰っている身でこんな事を言うのもどうか、とは思うが。事実は事実だ。
「大体、コンちゃんがずっと一緒に居たミズチ様に対して《化け物》とか・・・デリカシーに欠けると思わない?・・・・・・・・・コンちゃん。」
「え、あ、はい。何でしょう。」
思わず敬語になってしまった。
一瞬、ピザポが眉を潜める。
・・・あ、何か地雷踏んだ?
慌てて何時もの口調に戻す。
「・・・・・・何。」
ピザポは数回瞬きをしたが、直ぐに視線を小山さんの方に戻した。
「いや、別に?先に部屋行ってて。」
「あの・・・部屋って・・・・・・」
「此処から奥に行って突き当たりに階段が有るから。其処を上がって・・・あー、うん。其れっぽい所を適当に。」
アバウト過ぎだろ・・・・・・。
「いや、分からないから。他人の家を勝手にウロチョロするのも気が引けるし。」
「・・・・・・・・・そう。」
短い返事をして、ピザポが此方に向き直る。
「・・・・・・じゃ、もういい?」
「もういいって・・・何が。」
「ユキちゃんの事。」
「え・・・はい。もう、うん。えと・・・元からそんな・・・えっと。」
吃音大爆発二回目。
此処まで来ると、自分で何を言ってるのかが分からない。
「・・・・・・分かった。」
然し、ピザポには何を言わんとしていたのかが分かったらしく、一言だけボソリと呟いて、此方に戻って来た。
そして、其のまま僕の横を通過し、襖を開ける。
「行こう。」
僕は黙って頷き、残された小山さんに一礼して、部屋を出た。
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・・・・・・・・・。
階段の途中でピザポがいきなり立ち止まった。
僕は危うく転げ落ちそうになったが、グッと踏ん張ってどうにか堪えた。
「大丈夫?」
ピザポは何時の間にか元の様子に戻っている。
切り替えが電光石火。速過ぎて付いて行けない。
僕は体制を持ち直しながら頷いた。
「いや、まあ、うん。そうなんだ。」
何やら変な相槌を打ってしまった。
動揺し過ぎだろ。僕。
「・・・・・・・・・ユキちゃんの事、ごめんね。」
目を伏せながら、申し訳無さそうに謝られた。
なるべく何でもない風を装って返事をしてみる。
「ピザポは悪くないし、小山さんも悪くないだろ。でも、助けてくれて有り難う。態々手を煩わせてごめん。」
「・・・・・・・・・。」
返事が無い。無言だ。
そして、また無言のままで歩き始める。
妙に恐い。
「・・・えっと?」
「いや、別に・・・・・・。ユキちゃん、酒癖酷いから。ああしないと止まらないだけだし。コンちゃんじゃ振り切るのは無理だよ。」
「・・・・・・酒癖?」
僕の問いに、ピザポがコクリと頷いた。
「そう。あんなに不機嫌だったのも、多分晩酌を邪魔されたからじゃないかな。」
「晩酌って・・・。さっき、車運転して」
「其れは其れ。此れは此れ。」
全て言い切る前に言葉を遮られた。
「まぁ、理由・・・って言うかトラウマも、ちゃんと有るから、本当に勘弁してあげて。悪気は無いんだって。」
「あ、今無理矢理に話を逸らそうとした。」
「してないよ。ほら、取り敢えず、部屋、入ろう?」
何時の間にか階段は終わり、僕達は廊下の上を歩いていた。
目の前には、古びたドア。
「此処。」
ピザポがドアノブを握り、全体に体重を掛ける様にしてゆっくりとドアを開いた。
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・・・・・・・・・。
部屋の中は、驚く程にガランとしていた。
「適当に座ってて。下から布団持って来る。」
そう言って、ピザポは一階へと戻って行ってしまった。
適当に床に腰を下ろしてみる。
見回すと、本当に必要最低限の家具しか置いてないのが分かった。
勉強机と箪笥、低めのテーブル。ごみ箱。
ベッドは無いので、布団で寝ているのだろう。
布団は・・・・・・・・・あ。押し入れ。此の中に入ってるのか。
大き目の窓から、ほんのりと肌寒い風が入って来た。厚いカーテンは少しの風では揺らぎもしない。
空には薄く雲が掛かり始めていた。
何だか落ち着かなくなって立ち上がる。
益々落ち着かなくなった。
何故か恐る恐る、窓の方へと近寄る。
窓からは暗い道路が見えた。点々見える灯りは・・・街灯だろう。
道路に均等な丸い光が写し出されている。
歩いている人は誰も居ない。
背筋を、何か冷たい物が這い上がって行く気配がした。
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・・・・・・・・・。
「コンちゃん」
「うわ?!」
後ろを振り向くと、ピザポが布団を抱えながら此方を見ていた。
「何で怯えてるの。」
苦笑しながら、足でテーブルを退かそうとする。
僕は慌ててテーブルを持ち上げ、部屋の隅に移動させた。
ボスッ、と鈍い音を立て、布団が床に下ろされる。
「ごめん。有り難う。」
「謝る意味も分からないし。」
「ごめん・・・・・・・・・。」
下を向くと、目の前にペットボトルが差し出された。
「此れ。さっきコンビニで買ったお茶。喉渇いてると思って。」
「・・・有り難う。何か悪いな。」
受け取ると、ピザポは何故か不愉快そうに顔を歪ませた。
「・・・・・・別に。無理矢理コンちゃんを連れて来たんだし・・・のり姉の事も有るし。」
「あー・・・。そうだった。」
思い出したくなかった。
ピザポも態々煽る様な言い方してたし・・・。
「せめて、R指定が付かない事を祈ろう。」
「え?R指定?マジか。」
「うん。下手をすれば。」
ピザポがポリポリと頭を掻く。
「俺、単に、独りで退場するのが嫌だっただけなんだけど。」
「・・・じゃあ、退場しなきゃ良かったんじゃないか?」
「悲しい時は、何か逃げられる物が有ると良いんだよ。」
確信犯だったのか・・・・・・。
「それに・・・・・・」
「うん?」
ピザポが、何処か卑屈そうに笑う。
「身の程を弁えない新参者は、どうしたって見苦しいからね。」
「・・・・・・・・・。」
え。
此れ、どんな対応すればいいの。
フォローすべきなの。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
無言辛い。
「さーってと・・・。」
取り敢えず口にだしては見たが、言葉が続かない。
「えーーと・・・・・・なー。」
ピザポは薄く微笑みながら僕の方を見ている。
空気が重い。未だ嘗て無い程に重い。
・・・・・・駄目だ。耐え切れない!!
「そ・・・ソォイ!!」
僕は全力で押し入れの戸を開け放った。
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中には、アニメグッズその他他人に見られたくない様な諸々が、ギッシリと詰まっていた。
「うわ。」
ピザポが眉を潜めながら笑う。
「見られちゃったか。」
「え、うわっ何だ此れごめん。」
自分でも何をやっているのかと思う。本気で。
人間、追い詰められると何をしでかすか分からない事を痛感せざるを得ない。
「からかった罰が当たったのかも。」
ピザポが笑いながら手を伸ばし、そっと押し入れの戸を閉める。
僕はもう一度頭を下げた。
「本当にごめん。」
「いいよ。自業自得だから。まさかこんな反応をされるとは思ってなかったけど。」
「いや、えっと・・・何を言えばいいか分からなくて・・・。」
そう言うと、ピザポはクツクツと笑った。
「冗談だから。真に受けないでよ。」
冗談・・・・・・?
どういう意味だっけ。《冗談》って・・・。
冗談・・・冗談・・・・・・。
・・・・・・冗談?!!
「何だよ!僕、滅茶苦茶色々と考えたんだからな?!」
「考えた末の行動が押し入れパーンッてどうなの其れ。」
「いや、うん。まぁ、そうなんだけどさ。でも、本当にかなり色々と考えた。」
「知ってる。コンちゃんだしね。」
ピザポはそう言って肩を竦め、押し入れの下段を開けた。
布団を取り出し、床にデロデロと伸ばす。
「さっき持って来たのが、コンちゃんの分だから。自分で敷いて。」
僕は釈然としないままで頷き、布団を此れまたデロデロと伸ばし始めた。
ピザポが毛布を引き摺り出しながら言った。
「ありがとね。んで、ごめん。」
「何がだよ。」
からかわれた事に若干不機嫌になりながら言うと、ピザポはまた笑い出した。
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・・・・・・・・・。
時刻は午前2時過ぎ。
僕は何故か眠る事が出来ず、布団の中をごろごろと転げ回っていた。
ピザポが話し掛けて来る。
「眠れない?布団だから、ベッド派のコンちゃんにはちょっと違和感有るかもな。」
「いや、そんな事は・・・」
「少しだけ、話していい?」
ピザポが眠そうな声で聞いて来た。
僕は頷いたが、其の後直ぐに《布団の中に入っているのだから相手に僕は見えていない》という事に気付いた。
慌てて返事をしてみる。
「え、あ、・・・ふぁう。」
あ。欠伸と被った。
返事すらまともに出来ないのか僕は・・・。
ピザポの方から、また押し殺した笑い声が聞こえた。
何だか苛ついたので、黙ってピザポが話を始めるのを待つ。
じきに笑い声が止むと、しんと静かになった。
「・・・・・・俺が、ユキちゃんと暮らし始める前の、ユキちゃんが未だ高校生だった時の話何だけどさ。」
ピザポの声だけが部屋の中に響く。
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・・・・・・・・・。
身の回りから、いきなり腐臭が漂い出したんだって。
・・・・・・うん。
他の人には分からない、ユキちゃんだけが感じる《臭い》。
確か・・・・・・生ゴミみたいな、腐った卵みたいな臭いだったって、聞いてる。
・・・俺、人間が腐るとどんな臭いがするか、何て知らないけど、生ゴミも人も、腐る時には同じ様な臭いになるんじゃないか・・・って、思うんだ。
本とかマンガでは《甘酸っぱい匂いがする》とか書いてあったけど、死体からそんなフルーティーな匂いがするとは、俺はどうしても思えないから。
例えばさ、死体からフレッシュストロベリーとかの匂いがしたら、下手すれば普通に腐臭がするより気持ち悪い気がしない?
・・・・・・・・・どっちも気持ち悪い?
まぁ、確かにそうなんだけど。
・・・・・・・・・・・・。
話が横道にずれたね。元に戻そう。
で、ユキちゃんは其の頃、自分の感じる《匂い》が何なのか分かって無かったんだ。
詰まり・・・・・・えっと。
コンちゃんは、今、ミズチ様フィルターのお陰?で、幽霊とかが場合に因っては、キャラクターとかに見えたりする・・・んだったよね?
・・・・・・うん。
グロい所を自動修正される訳だから、元の幽霊から比べれば、大分見易くなる・・・よね。
・・・・・・うん。合ってた。
でも、もしコンちゃんが、ミズチ様フィルターの事を知らなかったとしたら?
幽霊とかが、普通の人に見えるなら兎も角、キャラクターとか縫いぐるみとかに見えたとしたら?
・・・コンちゃんは、きっと自分の目を疑うと思う。
頭が変になった・・・と、思うかも知れない。
コンちゃんも急に見える様になったって言ってたし。のり姉と薄塩が近くに居て、原因とかが直ぐに分かったからこそ、すんなり受け入れられた訳だから。ね?
此れがもし、周りに専門的な人が一人も居なくて、尚且つ自分がいきなりそんな風になるとは思ってなかったとしたら、前兆さえ何も無かったとしたら・・・・・・・・・。
自分がおかしくなったと思うんじゃないかな。
頭が狂ってしまったんだって。
・・・・・・其れで。
ユキちゃんも、そうなっちゃったんだ。
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・・・・・・・・・。
「そうなった・・・って?」
ゴロリと寝返りを打ち、ピザポの方を向いてみたが、ピザポは向こう側を向いていて、顔は見えなかった。
「どんなに着替えても、身体を洗っても、何をしても、他人には分からない腐臭が自分に付き纏う。気のせいと思おうにも臭いは吐きそうな程で、病院に行っても治らない。」
「うわ・・・・・・。」
思わず眉を潜めると、ピザポはフフンと鼻を鳴らした。
「最初は耳鼻科に行ってたそうだけど、精神科に回されて、勝手に変な病気にさせられて、其れがクラスメイトにばれて、結果的に学校で孤立したんだって。」
「でも、其れは・・・今は・・・」
「治ったよ。数ヶ月経ったら自然に消えたって。肩に手形が残ってたそうだけど、其れも直ぐに消えたよ。」
「・・・・・・・・・そうか。」
僕は少しだけ安心した。
然し、ピザポは少し強い口調で言った。
「臭いは消えても、他の人に与えられたイメージは消えない。」
大きな欠伸を一つ。そして、詰まらなそうに呟く。
「・・・ユキちゃんは、其れまでの人間関係を全部切って、此方に越してきたんだ。其処までしないと、生きていくのが辛かったんだって。」
声がどんどん眠たげになって来ている。
其れでも途切れる事は無い。
「俺が此方に越して来ようとした時、皆が反対したんだ。世間体とか、体裁とか、そんな物の為に。・・・田舎だったからね。噂話とかも猛スピードで伝わるし、気持ちは分かるんだけどね。」
話の内容は重いのに、口調は眠そうなだけで、何時もと何も変わらない。
「俺、外面良いから。《お前なら、もう少し頑張れる筈だ》なんて、大真面目に言われたよ。で、家の直ぐ近くの、中学の奴等が沢山進学する高校に行けって。」
僕は何も言わず・・・いや、言えずに居た。
ずっとぬるま湯の中で暮らして来た僕に、何かを言う権利は無い気がした。
ピザポの声に、多少の笑いが混じる。
「期待・・・されてたんだろね。きっと。」
何かを懐かしむ様な声に、何故か辛くなった。
僕だって、ピザポに理想を押し付けている。・・・其れを咎められている様な気がした。
「そんな中、ユキちゃんだけが賛成して、俺を此処に住まわせてくれるって・・・・・・。人付き合いを避ける為に、態々アパートじゃなくて一軒家を借りたのに。」
「何で其処までしてくれるのか聞いたら、《分かるから》って、言って、其れだけの理由だからって。」
「変な言い方になるけど・・・ユキちゃんを嫌わないであげて。無理かも知れないけど。でも、口下手なだけなんだよ。・・・心配してるだけ。自分みたいな事にならない様にって。俺がコンちゃんの事を話した時、何時も、嬉しそうにしてたから。きっと、コンちゃんを傷付ける積もりなんて微塵も無かった。本当だよ。俺だって・・・・・・・・・」
声がモソモソとぐぐもって小さくなる。
余程眠いのだろう。
何かしら続きが有ると思っていたが、言葉は其処で途切れた。
寝てしまったのだろう。
僕は、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で尋ねた。
「さっき、小山さんの機嫌が悪かったのは晩酌の邪魔をされた所為って、言ってなかったか?」
・・・。
当然ながら、返事は帰って来ない。
僕もそろそろ寝るか。
色々と難しい事も有るけれど、今は取り敢えず寝よう。
そう思うと、さっきまで眠れなかったのが嘘の様に眠気が襲って来た。
ゆっくりと瞼を閉じる。
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「・・・友達が出来た位ではしゃいで、同居人に一々其れを報告してた何て、気持ち悪い。」
不意に聞こえた声は、質問の返事として少しだけずれていた。
僕は目を閉じたまま答えた。
「そんな事無いだろ。」
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・・・・・・・・・。
次回
《夜中に幼女に叩き起こされて泣きそう》
へと続く。
作者紺野-2
遅くなりました。ごめんなさい。
データが飛びまくりです。
なにこれ。