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2008年。
探査衛星『はやぶさ』が人類の最遠地へ到達した。
ついに人類の科学は、遥か彼方の宇宙の深淵に踏み出せたのか?
残念ながら違う。
地球を1円玉に例えると、月までの距離は60㎝。
はやぶさが到達した場所は、その遥か400m先である。
実際の距離にして、4億五千万Km。
だが、宇宙の遠大さには、それを遥かに凌駕する。
宇宙の半径は137億光年。
137億光年とは。9,460,800,000,000×13,700,000,000年
=(イコール)
129,612,960,000,000,000,000,000km。
しかも未だ、その深淵は膨張を続けている…。
…
…
…
そして、その時代から、ほんの少しだけ未来。
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人類が宇宙の深淵に、僅かに近付いた時代。
某国宇宙ステーション内にある研究室区画の飾り気の無い円形の耐圧窓から、
ハカセと呼ばれる一人の男性が
漆黒の宇宙空間に煌めく数多の星々に目を向けていた。
ハカセは研究に勤しむ手を止め、静寂の虚空を覗きながら、暫しの間、物思いに耽る。
…
宇宙。
それは、絶対真空の空間。
生身で放り出されれば、血液は沸騰し、目玉は眼窩から飛び弾ける。
身体中の穴という穴から血液が蒸発しながら噴射する。
内臓が真空空間に引き摺り出される。
身を護る大気の膜は無く、太陽の強力な電磁波や宇宙線が絶え間無く振り注ぎ身体を蝕む。
それだけではない。
絶対の真空がもたらす絶対零度。-270.42度。
全てのものが一瞬で凍りつき、活動を止める。
宇宙ステーションの周囲でさえも、日向は120度。日陰は-150度。
耐えれる生物は存在しない。
そして無重力。
慣性を止める法則は存在しない。
宇宙に放り出されれば、何かに衝突したり引き寄せれない限り、永遠に動き続ける。回り続ける。
10年でも。
100年でも。
命尽き、身体が朽ちて枯れ果てても。
永久に。
…
宇宙で人の命は存続できない。
だからこそ人は、宇宙で生きる術を作り続けてきた。
けれど…。
この動力パイプと複雑な配線が絡みつく鉛の壁の一枚向こうには、
人が生きれぬ空間が、
静寂と真空と、死が支配する漆黒の世界がある。
今、自分と死の空間を分かつものは、この厚い壁一層のみ。
もし、この宇宙ステーションを管理する機能が狂ったら、
生命維持装置を動かすシステムがエラーを起こしたら、
動力パイプの一本でも破損したら、
人は生きる術を失う。
地上と違い、何か一つの狂いが生じるだけで、生命は朽ちる。
ここは、そういう世界なのだ。
そう考えると、今目の前にある計器類の僅かな誤差さえにも過敏に反応してしまう。
…いや、大丈夫だ。今は、人類の科学発展が作り出してきた技術と、機械を信じよう。
信じるしかない。
時に機械は、人よりも遥かに正確に、システムを機能させる。
…もし仮に、この世界に狂いが生じるとしたら。
それはきっと、人の手によって引き起こされたものだろう。
…だからこそ、我々人類は、あの『忌まわしき災害』で破壊された大地に見切りを付けて、宇宙に進出したのだから…。
ハカセの視界の端に、とある惑星が映る。
赤茶けた海。
灰色に渦巻く雲の群れ。
黒い大地の中にぽつんと見える、まだら模様のような緑色の染み。
かつて偉大なロシアの宇宙飛行士が言った言葉、
【地球は青かった】
だが、その頃の地球は、もはや存在しないのだ。
…ハカセは頭を振り、感傷に耽っていた気持ちを改め、実験を再開するために、研究室の奥に眼をやる。
その瞬間。
ハカセは、驚きの表情を浮かべ、壁の連絡用レシーバーを手に取ると、
「主任。大変な事が、起きました。」
と、研究区画主任に、報告を入れた。
…
…
…
数時間後。
宇宙ステーション機内に、耳障りな警報が鳴り始めた。
…
赤いランプが明滅し、警報が鳴り響く機内通路で、動揺の表情を浮かべる二人の男性が、顔を合わす。
「おい! どうしたんだ、B!」
「A! 無事だったか! 機内の他の乗組員と連絡が取れないんだ!」
「いったい、何が起こってるんだ?」
「こんな異常事態は初めてだ…。コントロール室に行こう!」
AとBは、ステーションの中心にあるコントロール室に向かって、走り出した。
…
二人はコントロール室に辿り着く。
息を乱しながら、開閉扉の隣にあるパネルにコードを入力し、扉を開く。
扉が音も無く開く。
…その先には、想像を絶する光景があった。
普段なら、様々な計器類とモニター、操作パネルの多種多様な電光色で埋め尽くされている筈の空間が、
真紅に染まっていた。
椅子に腰掛けた乗組員の、首が無い。
床には切り落とされたかのような腕が転がっている。
壁を背にして倒れている胸を貫かれた死体の淀んだ色をした両眼が、二人を見つめる。
本来コントロール室にいる筈の人員数名が、…殺されていた。
「な、なんだこりゃ…。」
「信じられない…。」
絶句するAとB。
言葉を失いながらも、二人は生存者がいないかを確認する。
…みな、死んでいる。
死因は、鋭利な刃物によるものだろう。
だが、人を切断できるような物騒な兵器は、このステーションには積んでいない筈だ。
「一体何が…。」
「これだけの人数を、殺害するなんて…。人のできる事じゃない…。」
「何があったのか、確かめよう。」
そう言って、Bはパネルの一つを操作する。
その間、Aは室内に非常用に保管されていた拳銃を取り出し、周囲を見張る。
数分後…。
「おい。B! まだ解らないのか?!」
「解った…。信じられない…。」
「何があったんだ?」
「機内に侵入したモノがいるらしい。」
「侵入者?」
「ああ。その侵入者がコントロール室の人員を、皆殺しにした…。」
「まさか…。」
「記録映像を見る限り…侵入者は人じゃない。異形の怪物だ…。」
「異形の怪物…。まさか…エイリアン…。」
「他に生存者がいないか、調べるぞ!」
Bは更にパネルを操作し、他区画に生命反応がある事を発見した。
二人は周囲を警戒しながら、生命反応のあった研究室区画に向かう。
…
二人が研究室区画の扉を開くと、ハカセと、帽子を被る乗組員がいた。
「ああ、二人とも。無事だったかね。
こちらの乗組員も、たった今、ここに逃げ込んできたんだよ。」
Aは、
「ハカセ…、良かった。生きてたんすね!」
とハカセの無事を喜ぶ。
Bは、ハカセの隣にいた帽子の乗組員に声をかける。
「君も無事だったん…、」
Bの言葉が止まる。
「どうした、B?」
「…今、俺たちの前にいるこいつは、誰だ?」
「は?」
Bは、帽子の乗組員を指差すと、
「こいつの顔、覚えてる…。
さっき見た死体の中に、こいつの顔があった…。」
「何!」
Aは、拳銃を帽子の乗組員に向ける。
その瞬間。
銃を突きつけられた帽子の乗組員の姿が変貌を始める。
帽子を突き抜け、後頭部が鋭く後方に延長する。
大きく開かれた口腔は、目を覆う程に何倍にも広がり、鋭い犬歯状の歯が生える。
下半身が黒く染まり、皺の様な太い血管がうねる、艶のある皮膚に変わる。
皺の隙間から、細かに蠢く触手のような足が生える。
下半身と同じく両の腕も黒く変化し、その先には鉈のような太さと日本刀のような鋭さを持つ刃が生じる。
体格も変化し、蟷螂のような前傾姿勢であるにも拘らず、人の背丈を軽く上回る程になる。
人の姿に変化していたエイリアンが、その本来の姿を現したのだ。
鋭い歯が並ぶ口を開き、刃状の腕を振り上げるエイリアン。
「う、うわーーーーーーー!」
バスン!!
Aが反射的に手にした拳銃を発砲する。
数個の弾丸が触手の一本を千切り飛ばした。
「キシャーーーー!」
銃撃を予期していなかったのか、エイリアンは銃弾に怯み、研究室区画の扉の向こうに後ざする。
「い、今だ!」
Bが、研究室区画の扉を閉め、ロックをする。
エイリアンが扉にぶつかる音が聞こえる。
…そして数分後、一旦諦めたのか、衝撃音が消えた。
…
「あれが、侵入者…エイリアンか…。」
「さっきはどうにかなったが、次は無理だ。殺される…。」
「なあ、ハカセ。何か弱点とか解りませんか?…。」
Bの言葉に、ハカセは、
「うむ。幸い、先程千切れたヤツの触手の切れ端がそこにある。調べてみよう。」
そう言って、ハカセは触手を取り上げ、隣の研究室に入る。
…
調べた結果。
ハカセによれば、あのエイリアンの細胞は無機物有機物問わず、どんかものにも変化できるらしい。
おそらく、侵入したエイリアンは乗組員に変態してコントロール室に入り、人員を皆殺しにしたのだろう。
「ハカセ、見分ける方法はありませんか?」
「うむ。おそらくあの生物は、完璧な変身能力を持っている。
いや、むしろコピー…『模倣』に近い。
スキャン装置無しに見分けるのは難しいでしょうな…。」
「じゃ、弱点は、ないのかよ!」
ハカセを問い詰めるA。
「ふむ。調べてみるから、時間をくれ。」
ハカセはそう言って、再び研究室に入っていった。
…
「完璧な『模倣』能力か…。」
そう呟きながら、Aは手元の拳銃をブラブラさせる。
Bは、Aが拳銃を弄ぶ姿にチラリと目をやりながら、
「しかも、見分ける方法は無し、か。」
と追加の言葉を加える。
「誰に化けてくるか、解らないという事か…。」
「それもそうなんだが…。」
Bが呟く。
「どうした?」
「コントロール室で映像を見た時…。」
「なんだよ、B?」
「もう一体、いたんだ。」
「は?」
Aの表情が凍りつく。
「エイリアンは、二体いる。」
「まじかよ…。あんなのが二体…。しかも、誰にでも化けれる…
! まさか、ハカセもエイリアンかもしれないのか?」
「いや、どうだろうな…。僕らを殺すなら、すでにチャンスはあった筈だ。」
「…わざわざ俺たちに特性をバラす必要もないしな…。可能性は低い、か。」
「ああ。…それよりも…。」
「? …は!」
Aが拳銃を持ち直す。
「まさか、お前…、エイリアンじゃないよな?」
「そんなわけないだろう! 何を言いだすんだ!」
二人の間に緊張が奔る。
…
…
室内に重苦しい空気がたれ込む。
先程の会話から一時間。
二人とも、口を開かない。
時折、Aの持つ拳銃の金属音がする程度で、他には何一つ音はしない。
…
…
俺は、Bの顔をチラリと見る。
…そう言えば、機内の人間が皆殺しにされた中で、なんであいつだけは無事なんだ?
おかしくないか?
帽子の奴がエイリアンだって見極めたのも妙に速かったし…。
だが、もしBがエイリアンだったとして、なんで俺を襲わないんだ?
拳銃が怖いのか?
あの化け物が?
…待てよ、あいつ、あんな顔だったっけ?
もっと髪が短かった気がするんだが…。
そう言えば、喋り方も何か違うような気がするし…。
やっぱり、Bがエイリアンじゃないのか?
ああ、疑い出すと切りがねえ…。
いやいや、だったら何故今、襲ってこない?
…
…
研究室の扉が開き、ハカセが出てきた。
「弱点が解ったぞ。あいつは、完全な『模倣』ができるゆえ、あの生物が人間に変態する最中は、人間ほどの防御力しかないんだ。
つまり、変態中に打撃を与えれば、ダメージを与えられるんだ!」
「なるほど。ハカセ。他にも何か知らない特性が無いか、調べられますか?」
Bがハカセに言葉をかける。
「解りました。調べてみます。」
ハカセは、再び研究室に入っていった。
…
…
ハカセの話を聞いて、俺は確信した。
やっぱりか!
Bに変身したエイリアンは、俺の持つ銃を恐れているんだ。
変身中を狙われないように、俺を襲えるチャンスを伺っているんだ!
今こそ、エイリアンを倒すチャンスだ!
いや、だが待てよ?
俺は拳銃の扱いに慣れてない。
残された弾薬でエイリアンを確実に倒せるか解らない。
しかも、エイリアンはもう一体いるんだ!
俺が生き残れる確率は、低いかもしれない…。
なんとか、
なんとか、俺が、
俺だけでも、生き残る方法は無いのか!
…
…
それから数時間後。
俺の目の前には、Bに化けたエイリアンがいる。
一瞬でも目を離せば、殺される。
今でもBに化けたエイリアンは、チラチラと俺を見ながらチャンスを伺っている。
このまま待っていてもジリ貧だ…。
いずれ体力が尽きた時に、あいつに襲われる!
ダメだ、思考が回らない…
どうすれば助かる?
もうBがエイリアンでなくても、どうでもいい!
ハカセの事も、知った事か!
俺だけ助かれば、他の奴らの事なんて、知った事か!
どうすれば…
どうすれば…
…
「なあ、A。」
数時間ぶりに、Bが突然、俺に話しかけてきた。
な、なんだ?
俺は視線だけをBに送る。
そんな俺に構う事なく、Bは話を続ける。
「お前は知らないかもしれないけど、この研究室区画には、緊急避難用の脱出ポッドがあるんだ。」
な、なんだと!
「けど、その脱出ポッド、一人乗りなんだよ…。だから、使えないんだよね…。
だって、三人全員は乗れないからさ…。」
その時だ。
止まっていた警報が再び鳴り出す。
何か新たなトラブルが発生したのか?
それともエイリアンが動力機関を破壊したのか?
耳障りな警報音が耳に響く。
このステーションは、もう終わりかもしれない!
…俺の緊張は、極限に達した。
「どこにある!」
「え?」
「その脱出ポッドは、どこにある?」
「どうしたんだい、A? 落ち着けよ。」
「うるさい! その脱出ポッドは、どこにあるんだ!」
俺は、ついにBに拳銃を突き付ける。
「そ、その部屋の奥だよ。」
「そうか、解った。」
「どうするつもりだい?」
「決まってる。俺だけ逃げるんだよ! もうこんな所には居たくない!」
「ま、まさか、一人で逃げるつもりか!」
「その通りだ! お前は来るんじゃない!」
俺はBに再度拳銃を突き付ける。
「う、撃たないでくれ…。」
怯えるB。
いや、エイリアンが人間の仕草を真似ているだけだ。
「あばよ。お前らは、エイリアンに襲われてくたばれ!」
そう言って俺は、隣の部屋の奥に行き、脱出ポッドに乗り込む。
Bの「ひとでなしー!」という叫び声が聞こえた気がした。
知った事か。
俺さえ助かればいいんだ!
俺は、脱出ポッドの離脱ボタンを押した…。
…
…
…
…
…
機内に鳴り響く警報。
ゆっくりとステーションから離れていくポッド。
Aの疑心暗鬼によって裏切られ、床に蹲るB。
Bの口から発せられる嗚咽が、研究室区画に、虚しく響く…。
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
「く…。」
Bが嗚咽を、漏らす。
…
「くっくっく…」
嗚咽では、無かった。
…
「くくく! はははははははは!」
嗚咽は、笑い声に変わった。
…
「作戦通り。」
ニヤリとしながら、Bは立ち上がると、手に隠し持っていた警報の遠隔操作パネルを床に落とす。
警報が止まる。
「すまなかったな、A。
俺はお前に嘘をついた。
その部屋のあったポッドなんだけどな、
それ、脱出用じゃないんだよ。
廃棄用のポッドなんだ。
動力源も、食料も積んでいない、ただの箱、棺桶なんだよ。
A、お前は俺に、騙されたんだ。
ついでに言えば、あと半日もすれば、国の艦がステーションに到着する。
惜しかったな。もう少し我慢すれば、みんな助かったかもしてないのにな。
だが、お前は俺に、銃の引き金を、引きかけた。
残念だよ…。
もう、お前が助かることは、無い。
宇宙の果てまで、飛んでいけ。
…って、もう聞こえないよな…。」
エイリアンは、人間に『模倣』できる。
しかも、正体を現さない限り、その『模倣』を見極める手段はない。
Aは、Bがエイリアンではないかと疑い、疑心暗鬼に取り憑かれた。
当然、BもAを同様に疑っていた。
だが、二人には決定的な違いがあった。
Aは、拳銃を所持している。
エイリアンに弱点があるとは言え、拳銃一つでエイリアン二体を駆逐することは不可能であろう。
しかも、Aの性格ではいつストレスで発狂し、発砲するか解らないのだ。
あと半日。Aの精神が持つとは思えなかった。
現に、最後の瞬間、AはBに銃口を向けてきた。
生き残る手段を上げるために、Bは、Aの拳銃を撤去、または危険人物に成り果てたAごと排除する必要があったのだ。
…それに、エイリアンの残虐性と特性を知らない人間は、少ない方が好ましい。
僕にとっては。
…
…
ハカセが研究室から出て来た。
「あ、主任。解析が進みましたよ。あの『生物』の新しい特性が解りました!」
ハカセが、Bに答える。
「あれ?主任。 B君はどうしたんですか?」
「ああ、あいつは逃げ出したよ。
しかし、ハカセ。あの『生物』を逃がすとは、とんだ失態だな。」
「ははは、申し訳ありません。主任。
まさか、秘密裏に入手して観察していた『生物』が、成体になった途端、あれほどの凶暴性と能力を得るとは思いませんでした…。」
「まあ、幸い、機内の人間は全滅した事だし、あの『生物』の機密が漏れることはない。」
「はい。貴重な実践データが収集できました。で、迎えの艦は、いつ頃到着するんですか?」
「うむ、先程コントロール室で確認したが、あと半日程で到着する予定だ。」
「良かった。あと半日程度なら、あの『生物』はこの区画には入れないでしょうね。」
ハカセが安堵する。
「…ところでハカセ。さっき言っていた『新しい特性』とは、なんだ?」
「ああ、はいはい。解析の結果、あの『生物』は、人の身体機能や臓器・脳組織だけでなく、脳に流れる電流やパルスすらも『模倣』できるんですよ。」
「どういうことだ?」
「つまり、『模倣』した人間の記憶…思考すらもコピーできるんです。」
「…まさか、『模倣』しているにも拘らず、
当の『模倣』した『生物』そのものは、
自分がその『生物』だと気付かない、
という事か?」
怪物だという『自覚』無き、怪物…。
「さすがに変態する瞬間は『生物』の意思が現れるみたいですがね。」
…恐ろしい『生物』だ。
「だが、我々がいれば、あの『生物』を完全にコントロールし、新たな軍事兵器に転用する事も夢ではないな。
全ては、国の為! 我が大統領の為!」
野望に燃えるBは、天井に眼を向ける。
「ええ、そうですよ。
ところで主任。…もう一体の『生物』は、どこに行ったので……」
ハカセの言葉が突然止まる。
「どうした、ハカセ?………」
Bの服に、噴水のように噴き出す鮮血が降り注ぐ。
Bは、ハカセに眼を向ける。
Bが驚愕する。
ハカセの首から上が、…無かった。
「は?」
シュ!
ハカセの右腕が、切り落とされ床に落ちる。壁が鮮血に染まる。
シュ!
ハカセの左足が、無くなる。丸太のような足が床に転がる。
シュ!
ハカセの身体が真横に分断される。
シュシュシュシュシュッシュ!!!!!
Bの目の前て、ハカセの全てが、切り刻まれる。
幾つに切り分けられたか、数え切れない。
な、なんだ!
何が起こっている!
Bは混乱する。
…まさか、すでに『生物』がこの部屋に!
その時、周囲を見渡すBは、異変に気付いた。
Bは、自分の右手を凝視する。
右手が、鋭利な刃物に変貌していた。
は?
左手を見る。
左手も同様に、鋭い刃に変わっている。
真紅に染まる、ハカセを切り裂く両の刃。
なんだこれは?
なんで僕の手は、赤く染まっているんだ?
訳が分からない。
その時だ。
窓の外に、煌めきが見えた。
あれは、エンジンの光だ。
ああ、国の艦が迎えに来たんだ。
予定より随分速かったな。
これで僕は、国に帰れる。
研究を続けられる。
でも、ハカセは、もういないんだな。
死んだ。殺された。
誰に?
『生物』に?
いや、『僕』に?
まあいいや。
帰ろう。国に。
…あれ?
あの艦…、なんであんな速度を出しているんだ?
あれじゃステーションにぶつかる…。
…
…
直後。
某国宇宙ステーションは、爆散した。
ミサイルで破壊されたステーションの残骸が、宇宙の虚空に散らばる。
エイリアンと呼ばれ人間に『模倣』した『生物』と共に。
『生物』の犠牲になった幾多の亡骸と共に。
野望を抱く研究室主任の腐乱した死骸と共に。
…
…
…
…
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…
…
…
「はい。『事故』の発生した例の宇宙ステーションは破壊しました。
例の生物も殲滅した筈です。
…はい。目撃者はおりません。
証拠は全て消しました。
実験の中心であった研究室主任Bと博士も確実に始末しました。
…ええ。ご安心ください。
…はい、当然、機内で発生した『事故』の映像は全て転送されています。
実験は継続されます。
…はい、当然です。Ω星雲σ連星域で捕獲した例の生物の女王…『クイーン』は、我々の手にあります。ご安心ください。
…はい! ありがとうございます。大統領閣下!」
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
爆散した宇宙ステーションから離れた場所の宇宙空間に、小さなポッドが浮かんでいた。
いや。
僅かな速度であるが、ステーションとは反対の方向に、進んでいた。
ポッドの中にいる男性が、何かを叫んでいる。
だが、音を伝える大気の存在しない真空の宇宙では、その叫び声は誰にも届かない。
…
…
「俺は何て事をしたんだ…。
仲間を裏切り、一人で逃げ出すなんて…。
今頃、ハカセとBは、エイリアンに襲われてるかもしれない。
良く考えれば、あの二人がエイリアンな訳がないじゃないか…。
それなのに、俺は自分の事しか考えずに…。
三人で協力して戦えば、エイリアンを倒せたかもしれない…。
ああ、畜生!
あいつらの所にまで戻りたい!
でも、この脱出ポットには何故かエンジンが搭載されていない…。
ステーションから離脱した時の慣性で進んでるけど、
戻る事はできない。
ああ、ごめんよ、B。ハカセ…。」
…
…
人を裏切った後悔に包まれ嗚咽を漏らし続けるA。
…その時、Aは気付いていなかった。
ポッドのいる宙域に、偶然にも他国の艦が在中し、Aの乗るポッドの向かって呼び掛けを行いながら、近付いている事に…。
作者yuki
AがBを裏切って
BがAを裏切って
ハカセはB(?)に裏切られ
Bは信じた国に裏切られ
最後は、読者の期待を裏切りました。