過疎化の影響か、僕達の町には廃墟が多い。
近くの大きな市が、何やら住民を集めようとしているからかも知れない。
馬鹿だな、と思う。
態々遠くから此処に来る人より、近くの不便な所から市へ移る人の方が多いに決まってるじゃないか。
・・・・・・まぁ、僕には何も関係無いけど。
耳を塞ぐ様に泣き喚いている蝉の音を忌々しく思いながら、僕は小さく舌打ちをした。
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僕には、少しだけ風変わりな友人が居る。
名前は《薄塩》と言って、歳は僕と同じで、今年で小学五年生・・・・・・の筈だ。
何せ、まだ出逢ってから数ヶ月しか経っていないので、知らない所も多く、本当にそうなのかは分からないが・・・。
でも、背格好からして多分同い歳だと思う。
目が吊り目で、少し目付きが悪い。
何処かミステリアス・・・と言えば聞こえは良いが、ハッキリ言ってしまうと、何を考えているのか分からなくて、腹黒そうな見た目をしている。
だが、何かを考えている訳では無く、単に何も考えていないのだ。大丈夫である。
そんな友人・・・薄塩が、どうして風変わりなのかと言うと、其れは一重に心霊の所為だ。
もっと言うならば、彼の才能の所為である。
《怖い話をする才能》
此れが、彼の才能であり、一番の個性だ。
其れだけではない。
彼の周りに居ると、何故か何時も《ちょっとだけ変な事》が起きる。
さて、僕が此れから話すのは、そんな彼の話であり、傍でぼけっと其れを見ていた僕や、其の他有象無象達の話である。
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降り注ぐ蝉時雨の中、僕達はとある場所へと向かっていた。
町の外れの、古びた廃墟だ。
聞いた所に因ると、バブルで俄に金を持った此の町に建てられ、バブル崩壊と同時に存続出来なくなって崩れ去ったのだと言う。
一見、アパートに見えるが、実際にそうだったかは誰も知らない。
何時の間にか建てられ、何時の間にか廃墟になっていたので、現役だった時を知っている人が居ないからだ。
誰も知らない。分からない。
沢山の噂、目測が混じり合い、此れまた何時の間にか付いた呼び名が《幽霊アパート》。
捻りもセンスも有りはしない。
・・・・・・で、何故に僕達がそんな場所へ向かっているかと言うと、理由は数日前まで遡る。
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僕等は元々、近所の公園付き神社で穏やかに日々を暮らしていた。
然し、其の平穏は夏休みの到来と共に、中学生達に因って奪われてしまったのだ。
流浪の民となった我々小学生は、目下、《子供だけで遊べて尚且つ他人が邪魔をしない遊び場》を探している真っ最中なのだ。
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で、其の遊び場に選ばれたのが先程書いた《幽霊アパート》だった訳で・・・。
よくもまぁ、あんな危険そうな廃墟に子供だけで行こうとした物だ。
然し哀しいかな、僕達一般小学生は、リーダー格の奴等に逆らう事が出来ない。
あれよあれよと言う間に計画が建てられ、今日は実際に幽霊アパートへ探検に行く日である。
僕と薄塩も、ぶちぶちと文句を垂れ流しながら歩いているリーダー格・・・此処ではイニシャルでTとする。Tの後を付いて歩いた。
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「よし、其れじゃあ、最後に《呪いの部屋》の探検だ。此処で何も無かったら、此れからは此処を俺達の基地とする!」
Tが高らかに宣言をする。
幽霊アパートへ到着してから数時間。僕達は適当にアパートの中を探検した。
探検と言っても、殆どの部屋は開かなかったし、取り立てて凄い事は何一つ無かったのだが。
だからか、Tが調子に乗った。
三階、東側の端の部屋。
《幽霊が出る》と有名な部屋だ。
「突入!」
Tが叫び、ドアノブを掴む。
僕は心から《開くな!!》と念じた。
然し。
ギィィィィ・・・。
錆び付いた音を立てて、ドアが開いた。
僕はガックリと肩を落とした。
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其の部屋は、驚く程に何も無かった。
茶色くなった畳の狭い部屋。
閉め切られた窓の所為だろうか、閉塞感も酷い。
Tが言った。
「何だあれ。」
指を伸ばし、部屋の中央に有った物体を示す。
「手帳・・・・・・だな。」
答えたのは、薄塩だった。
自分から話題に入って行くなんて、珍しい。
「中を見てみよう。」
薄塩が手帳を開き、眉を潜める
「日記・・・・・・いや、手紙か?」
「何だよ!俺にも見せろよ!」
Tが怒鳴ると、薄塩は数回瞬きをして
「一々見せてたんじゃ面倒だろ。俺、読むよ。」
光の入る窓際へと移動した。
薄塩から、まるで、機械の電源を落としたかの様に表情が消える。
ガヤガヤと五月蝿かった奴等が、一斉に黙り込んだ。
薄塩が、ゆっくりと口を開き、其の手帳の文字を読み始めた。
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人は死んだらどうなるのか。
此れは、誰もが一度は考える事だと思う
体ではなく、精神がどうなってしまうのか。
此の心臓が止まった後、自分と言う人間はどうなってしまうのか。
綺麗に消えてしまうのか、はたまた何かしらの形で残るのか。
消えてしまうとしたら、其れはどんな感覚なのか。残るとしたら、其れからどうなるのか。
誰もが思う疑問だ。
幽霊、と言うモノが居る。死後の人間がなるのだそうだ。
怖い。死ぬのがではない。消えてしまうのが怖い。消えたくない。消えたくない。
怖い。怖いのだ。
此の世から消えるのが。自分と言う存在が、元から何も無かった様にリセットされてしまう事が。
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幽霊の存在をハッキリと確認出来れば、其れは、《死後の意識が存在する》と言う確証となる。
沢山の心霊スポットを廻った。
色々な方法を試した。
けれど、駄目だった。遂に自分は、幽霊に会う事が出来なかった。
怖い。怖い。
此れから自分がどうなるのか怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
だから。せめて、此れを読んでいる人へ、自分が此の世界に存在していたと言う証明を込めて、プレゼントをしようを思う。
死後の人間の意識が有るのか否か。
其れを教えよう。
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sound:14
突然、壁を叩く様な音がした。
皆が一斉に音のした方を見る。
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誰も居ない壁の方を。
薄塩はニヤリと笑い、殊更ゆっくりと手帳の言葉を読み上げ続けた。
「《良い事を知っただろう?》」
「《もしも私が居たとすれば、其れは死後の意識は存在するという事。ならば、もう、死ぬのは怖くない筈だ。》」
「《さて、教えてあげた礼と言っては何なのだが、一つ頼みが有る。何、簡単な事だ。》」
「《此処に居るのはもう飽きた。》」
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《君の家へ、連れて行ってはくれないか?》
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「キャーーーー!!!」
誰かが、絹を割く様な悲鳴を上げた。
其れを何かの合図としたかの様に、パニックが一斉に広まる。
普段威張っている奴等が、狭いドアから、一斉に押し合いへし合いしながら雪崩出る様は、中々に痛快だった。スッキリした。
何より見物だったのはTだ。
最初の、あの甲高い悲鳴。あれをTが上げた所を、僕は確りと目に焼き付けた。
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十分後、部屋には僕と薄塩だけが残った。
「・・・・・・帰るか。」
薄塩は持っていた鞄から、薄塩味のポテトチップスとサイダーを取り出し、ソッと床の上に置いた。
「お騒がせしました!」
そう言って、一礼。
僕も床におやつの饅頭を置き、慌てて頭を下げた。
「お、お邪魔しました!」
部屋は、また静かに戻っていた。
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帰り道。
薄塩がさっきの手帳を取り出した。
「あ、其れ、持って来ちゃって良かったのか?」
心配になって僕が聞くと、しれっとした表情で答える。
「良いも何も、俺のだし。」
・・・・・・全部仕込まれていた事だったのか!
僕は思わず絶句した。
薄塩がニヤリと笑う。
「吃驚する程、上手く行ったろ?」
呆けた様になっていた僕だったが、何とか頷き、声を絞り出す。
「す、凄い!!」
「おお。完璧だったろ。頑張って考えたんだかんな。もっと誉めろ。」
得意気な顔も気にならない。
やっぱり此の友人は只者ではない。
「あの、壁の音!あの音も凄かった!!どうやったんだ?!」
「・・・・・・いや?」
薄塩が首を傾げ、サラリと言った。
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「あの音は、俺じゃないけど。」
「・・・・・・・・・え。え?」
僕が聞き返すと、突然立ち止まり、アパートを指差す。
「協力、してくれたんだろ。あんな所で子供が遊んでたら、危険だしな。」
振り向いて見ると、三階の右端。
閉め切られていた筈の窓が、開いている。
窓の奥に何か白い物が見えた気がして、僕は慌てて目を擦った。
作者紺野-2