此れは、僕が高校1年生の時の話だ。
季節は春。
《友人の同居人の鼻が凄い。》の続き。
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・・・・・・・・・。
夢を見ていた。
ずっと昔の夢だった気がした。
そして、其の夢は酷く嫌な夢だった。
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・・・・・・・・・。
「ぐぇっ・・・。」
無理矢理、悪夢から引き剥がされた。
胸の辺りに何やら違和感を感じる。
違和感と言うか・・・・・・重い?
何だろう。何かが僕の胸に乗っている・・・?
ピザポか?
そんな馬鹿な。
じゃあ小山さん・・・な訳無いし。
押し入れの中の物が雪崩を起こしたのだろうか。
其れにしては、のし掛かっている重みがピンポイント過ぎる気がする。
目を開いて確認をすれば良いだけの話なのかも知れないが、どうにも眠い。瞼が重い。起きたくない。面倒臭い。
全身に力を込めて、ゴロリと寝返りを打つ。
ゴトッ、と言う音がした。
乗っていた物が落ちた様だ。
息苦しさも消え、僕はもう一度眠りに就いた。
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・・・・・・・・・。
「ぐえっ・・・。」
また何かが僕の上に乗ったようだ。
重みからして、さっきと同じ物だろう。
・・・其れにしても、何が乗っているんだ?
二度も乗って来たという事は、押し入れの中の物達ではないだろう。
だとすれば・・・・・・。ピザポが足か何かを乗せているのか。
・・・あれ、ピザポの寝相って、そんな悪かったか?
少しだけ気にならないでも無い。
然し、付き合ってやる気は皆無。眠い。僕は布団を下からグッと持ち上げ、乗っている何かを転げ落とした。
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・・・・・・・・・。
「ぐえっっ・・・・・・。」
此れで三度目だ。
眠気は、何時の間にやら消えてしまっている。
其れでも目を閉じているのは、此処で目を開けたら何かに負ける気がするからだ。
ドスン、ドスン、と僕の上に乗っている物体Xが跳ねた。
「ぐえっっぐえっっ・・・・・・。」
痛い。苦しい。
どうして僕が、こんな真夜中に、こんな苦しい目に遇って、こんな蛙みたいな声を出さなければならないのか。
僕の中にフツフツと怒りが込み上げて来た。
ドスン。
物体Xが、また跳ねた。
「・・・・・・いい加減に」
足を布団の下で折り曲げ、力を貯める。
物体Xは、まだ布団の上から離れていない。
「しろぉっっ!!!」
僕は満身の力を込め、布団を蹴り上げ、ふっ飛ばした。
バサリと舞い上がる布団。
其の上から、何かが鈍い音を立てて転がり落ちた。
・・・・・・見ると、ピザポの足ではない。
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「痛い!!」
転がった其れは、大きな、甲高い声でそう言った。
短い髪に華奢な骨格。
大きな目は、ギロリと鋭く此方を睨んでいる。
僕が蹴飛ばしたのは、一人の少年だった。
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・・・・・・・・・。
「誰だお前は。」
「五月蝿い泥棒。私の縫いぐるみを返して。」
寝ている人の上に勝手にのし掛かって安眠妨害をされた挙げ句、泥棒扱い。
寝起きで何だかぼやぼやとしている僕の頭は、今現在、自分が置かれている状況を理解出来ていなかった。
然し、一つだけ分かった事が有る。
「・・・・・・女の子だったのか。」
どうやら、目の前で僕を睨み付けている此の子供は、男子ではなく女子らしい。
髪が短いから、てっきり男とばかり思って・・・
「痛っっ!!」
何やら硬い物を投げ付けられた。
見ると、半分程飲み残していたペットボトルの焙じ茶だった。
「何するんだよ!水が入っているペットボトルは時として凶器になるんだからな!!」
右頬がジンジンと痛い。痣にならなければ良いのだが。
寝ている人の上にのし掛かって安眠妨害。泥棒扱いと暴力。
「あんたの目が節穴だからでしょ?!」
今、其処に、更に暴言がプラスされた。
暗かったんだから、分からなくても仕方無いじゃないか!!
大体、他人の家に勝手に上がり込んで何て態度だ。ふてぶてしいにも程がある。
流石の僕もカチンと来た!
「不法侵入と暴行罪、加えて名誉毀損で訴えてやる!!」
勇ましく告げると、少女(自称)は此方を馬鹿にした様な声で言う。
「やれる物ならね。少年法知らないの?」
「あ!!其の言い種!!もう怒った!!もう怒ったんだからな待て此のやグフゥッッ」
立ち上がろうしたのだが、何かに首根っこを掴まれ、後ろに引き摺り倒されてしまった。
ボフン、と布団に叩き付けられ、思い切り舌を噛む。
「づっ・・・!!」
何をするんだと言う前に、寝転がった頭上から殺気立っている声が降って来た。
「コンちゃん、ちょっと後ろ下がってて。」
上を見ると、割かし凶悪な感じの顔になっているピザポが。
片手を僕の前に、踏み切りの遮断機の様にして突き出している。
そして、もう片方の手は・・・・・・
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さっきのペットボトルを握り締めていた。
「待て待て待て待て。其れを使って何をするんだ。お前は。」
「コンちゃんは隠れるか逃げるかして。早く。」
「話を」
「俺は大丈夫だから。今、のり姉に頼る訳にはいかない。」
「違っ・・・だから話を」
「コンちゃん、言う事聞いて。」
「いや、お前がな?」
「俺の事は心配しなくていいから。」
「あの、ちが・・・違う・・・・・・嗚呼!!もう!!!」
ピザポの手の下を潜り抜け、少女の前に立つ。
所謂仁王立ちのポーズだ。
「水の入ったペットボトルは時として凶器だ!何度も言わせるな!!」
「あと、小さい女の子を高校生男子が本気で相手しようとするな!!」
「そしてピザポ!顔が怖い!!」
行き場の無い怒りに身を任せて言うと、ピザポは困った顔をした。
「で、でもコンちゃん・・・」
「五月蝿い。部屋に不法侵入されたのが嫌なのならば、今直ぐに僕がこいつを連れて外へ行く。」
我ながら話が無茶苦茶だ。
ピザポは僕の事を案じてくれていただけなのに。
然し、此処で引き下がる訳にはいかない。
此処で引き下がったら、此の少女の身が危ない。
僕はピザポから目を逸らさずに、睨んだ。
部屋の中に、さっきまでとは嘘の様な静けさが漂っていた。
ピザポが、何やら値踏みをする様な目で此方を見ている。背中を冷たい汗が伝った。
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・・・・・・・・・。
「・・・・・・もう、仕方無いな。」
ピザポが諦めた様に呟く。
睨み合いを始めてからら数十秒が経った時の事だった。
僕は、大きく溜め息を吐いた。
「・・・其れは、此方の台詞だって。」
ピザポの隣へと戻り、少女の方を見る。
彼女はまだ、ジットリとした目付きで此方を睨んでいた。
何故こんなに嫌われているんだ。
折角、体を張って守ろうとしたのに・・・!!
「大体、お前は本当に誰だよ。」
呟く様にして問い掛けてみる。
「《お前》何て呼ばないで。名前を教える気も無いけど。」
何処までも生意気だ。
呆れ果てて、もう怒りも感じない。
「じゃあ、何て呼べば良い?」
「・・・他人からは《ユミ》って呼ばれてる。」
少女が苦々しい顔で呟いた。
僕は頷いて、少女・・・ユミちゃんに尋ねてみた。
「其れは、本名とは違うの?」
ユミちゃんの顔が更に苦そうに歪んだ。見るからに苦しそうだ。
「・・・・・・違う。」
「・・・えっと、何か・・・ごめん。」
何故だか申し訳無くなって頭を下げてみる。
また罵倒されると思ったが、今度は何時まで経っても何も言われなかった。
・・・・・・・・・何だか気不味い?
どうしよう。もう一度謝るべきだろうか。
然し、僕は今までされた事について彼女から一度も謝罪されていないのだ。僕ばかり何度も謝るのはどう考えたって理不尽じゃないか。
ピザポの方を見ると、まだ不機嫌そうな顔をしている。
・・・・・・当たり前か。
目の前のユミちゃんが、小さく溜め息を吐きながら言う。
「・・・・・・あんたは?」
そう言えば、まだ自己紹介をしていなかった。
「コンソメ。」
流石に本名を名乗るのは不味いだろうと思い、渾名で自己紹介をした。
此れは自分を守るだけでなく、軽いジョークの意も込めてある。
「変な名前。」
・・・・・・ユミちゃんには、一蹴されてしまったが。
「あんたの親も、録なもんじゃないのね。」
そう言って、フン、と鼻を鳴らす。
うわぁ。可愛くない。
「渾名だよ。少し考えれば気付くよね?」
隣のピザポが刺の有る声を出した。
怒っていらっしゃる。恐ろしや恐ろしや。
此処まで苛立っているピザポも珍しい。
「で、あんたはコンちゃんに何の用?」
ああああ・・・・・・!!
ピザポ、何でお前こんなに不機嫌なの?!眠いの?!
だったら寝てろよ寝ててくれよ頼むから!!!
ユミちゃんも頼む!!ピザポを此れ以上怒らせないでくれ・・・・・・!!!
必死に祈っていると、ユミちゃんはもう一度鼻を鳴らし、こう言った。
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「何で、あんたなんかに言わなきゃなんないの?用が有るのはそっちのチビの方何だけど。」
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「・・・・・・・・・・・・あ゛?」
嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!
何時ものピザポじゃなぁぁぁぁぁいい!!!
口元を押さえ、辛うじて声には出さなかった物の、頭の中で大絶叫をした。
駄目だ。此れは駄目だ。完璧にアウト。
何やってんの此の娘。
自分が絶体絶命な事、分かってる?!
然し、ユミちゃんは僕の心配を他所に続ける。
「そっちのチビに泥棒された物を返して貰いに来たの。」
「チビって誰の事?」
ピザポの声が刺々。もう針鼠並みに刺々。
僕に対する罵倒何だから気にするなよ。
「ピザポ・・・・・・其処は・・・掘り下げないでも」
「コンちゃんは黙ってて。」
「でも、さっきのはお前に向け」
「黙ってて。いいね?」
駄目だ。もう手が付けられない。
・・・・・・が、此のままではユミちゃんが危ない。本当に危ない。
「嫌だ。」
半ば自棄になって言った。
「僕に対する罵倒だろ。どう判断するも僕の勝手だ。此れじゃ話が何時まで経っても進展しない。気遣いは嬉しいが、一旦黙っててくれないか?」
態 度 が 大 き い ! !
何を言っているんだ僕は?!
然し、もう引き返せない。
イメージとしては、烏瓜さんと話している時の木葉さん的な感じで突き進むしかない。
僕は覚悟を決め、ユミちゃんの方に向き直った。
「心当りの物は有る。少し待ってて。」
と、言っても本当は心当り何て全く無い。
取り敢えず、持って来ていた荷物を探ってみる。
鞄のチャックを開くと、何やら薄汚い布が目に付いた。
何だ此れ・・・?
さっき行った廃墟から持って来てしまっていた、クマさんだった。
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・・・・・・・・・。
「あ。」
「あ!!!」
「あ?」
上から、僕、ユミちゃん、ピザポの順である。
「其れ!!早く返して!!!」
ユミちゃんが此方に駆け寄り、手を伸ばして来る。
引ったくる様に僕から奪い、彼女はまた大きな声を上げた。
「・・・何やってんの?!」
「え?何って・・・・・・・・・。」
「足!!足!!!!」
ユミちゃんが縫いぐるみを此方に突き付け、絶叫する。
「何してくれたの!!」
目の前に差し出された縫いぐるみは、足を茶色の糸で粗く縫われている。
縫ったのは僕だ。
元々は切り裂かれていたのだが、何となく可哀想に思えたので縫っておいたのだ。
裁縫は得意でないので、余り上出来とは言えないかも知れないが・・・・・・。
でも、其れなりの物にはなったと思っていた。
まさか此処まで嫌がられるとは。
「何で足、縫っちゃったの?!」
「ご、ごめん・・・。何か可哀想で・・・。」
「勝手な事しないで!」
ユミちゃんが縫いぐるみの足を持ち、糸を引き千切ろうとした。
「え、あ、待って!」
リュックから鋏を取り出し、ユミちゃんに渡す。
「此れ、使って。生地が痛んじゃうから。」
ユミちゃんは暫く此方を睨んでいたが、軈て
「ふんっっ!」
と鼻を鳴らしながら僕の手から鋏を引ったくった。
ジャキリと糸を切り、引き抜いていく。
乱暴に糸を抜こうとするので、生地の部分から嫌な音がした。
「ちょ・・・一寸!!」
此れでは鋏を貸した意味が無いではないか。
思わず手を伸ばすと、ユミちゃんはボソリと呟いた。
「・・・どうして・・・の。」
「・・・・・・え?何?」
「どうして、私が此れを大切にしなきゃいけないの?」
本心から不思議そうな顔だ。
「何でって・・・・・・。僕が下手に縫ったから怒ったんじゃないの?」
「違うけど?」
「じゃあ・・・・・・」
口を開こうとすると、甲高い声で怒鳴られた。
「足が縫われてたら、脱出用のヒントにならないでしょ?!次に来た人が困るじゃない!!馬鹿なの?!」
「・・・・・・ごめん。考えてなかった。」
「抑、此れは私のじゃないの!!姉の物!!」
「・・・・・・うん。でも、物は大切にした方が良いんじゃないかな。お姉ちゃんから、貰ったにせよ、借りたにせよ。」
「チッ。」
おずおずと発言してみると、ユミちゃんは音高く舌打ちをした。
何処までも可愛くない。一層、清々しい程だ。
そして、ギロリとユミちゃんを睨むピザポ。
嗚呼・・・!!まだ機嫌が直っていない!!!
・・・・・・当たり前か。
まぁ、無理矢理話を進ませちゃったしな。
後で何か奢ってやろう。
僕がそんな事を考えていると、ユミちゃんの方から呆れた様な声が聞こえた。
「余計なお世話なんだけど。・・・て言うか、さっきから思ってたんだけど、其れが部屋に幽霊が出た時の反応?」
・・・あれ?此の視線・・・もしかして馬鹿にされてる?
小さな女の子に?馬鹿にされてる?
何だか新たな扉が開いてしまいそうだ。
「何其の顔。」
「え?あ、うん。べべ、別に何でも?」
良からぬ事を考えていた所為か、返事が上擦ってしまった。
また変な事を言われて、本格的に扉が開いてしまったら不味い。
かなり不味い。
なので、僕は慌てて先程の問に答えた。
「僕、幽霊が怖く見えないんだ。今、ユミちゃんはどんな風に見える筈なの?」
ユミちゃんは益々呆れた顔になり、
「どんな・・・って・・・・・・。」
と語尾を濁しながらポリポリと頬を掻いた。
「言われても・・・・・・ねぇ。そう言うあんたには、私はどう見えるの?」
困った様な顔で、そう言って来る。
そう言われると・・・・・・。
「えっと・・・・・・。」
どんな返答をすれば良いのか困る。
痩せ細った髪の短い少女に見える・・・のだが、やはり、此処は少し気を遣った方が良いのだろうか。
髪は薬の所為だろうし・・・・・・女の子だし、其処を言及されるのは嫌だろう。
「普通に・・・女の子に見えるけど。」
「髪とかは?」
「ベリーショートって言うんだよね?あれ、違った?」
馬鹿な振りを装って、しらばっくれた。
ユミちゃんは少しの沈黙の後、小さな声で、目線を逸らしながら
「・・・・・・そうだけど。」
と呟いた。辛そうな顔をしていた。
「え・・・う・・・・・・。」
何故だか息が詰まる様な気がした。
無理矢理に同意をさせたのかも知れない。
僕は何だか落ち着かなくなって、無駄にべらべらと喋った。
「最近流行ってるもんね。ほら、僕何か結構髪長い方だから。クラスの女子とかと比べられる事も多いんだ。先生が煩くって。《お前何で女子より髪長いんだ》ってね。女子達が短過ぎ何だって。とんだとばっちりだよね。まぁ、確かに校則違反何だけどさ。」
「何年生なの?髪の毛の規則が有るの?」
ユミちゃんが、初めて憎まれ口の入っていない言葉を口にした。
心を開き始めているのだろうか。だとすれば、頑張って此処から話を広げなければ。
「うん。学年は今年で二年になるよ。高校だからね。制服とか髪型とか・・・色々な規則は有るかな。ユミちゃんは何年生?」
「・・・六年生。死んだのが、だけど。」
数回瞬きをしながら、ユミちゃんが答えた。
正直な所、六年生にしてはかなり小柄だ。まだ低学年位だろう、と勝手に思い込んでいた。
窶れている所為で、そう見えるのだろうか。
僕は疑問に思いながら、其れを悟られない様にして話を続けた。
「て、事は小学生だね。」
「学校は嫌い。」
「其れでも、在学はしていたんだろ?」
「・・・・・・うん。一応。」
自信無さげに頷くユミちゃん。
「後半は、あんまり行けてなかったから、よく覚えてはいないけど。」
先程の暴言とは打って変わって、酷く頼り無さげな口調だった。
「僕だって、小学と中学の時の事は覚えてないよ。」
慰めなのか同調なのか、自分でもよく分からない事を言ってみる。
「・・・・・・何か違うでしょ。其れは。」
ユミちゃんが、少しだけ笑った。
そして、手元の縫いぐるみを弄りながら、小さく息を吐く。
ムニ、と縫いぐるみの一部を引っ張り、其処から捻りを加えてつねり上げる。
縫いぐるみの半身が、グニャリと歪んだ。
「単に忘れてるだけだもの。」
捻り過ぎて足から綿がはみ出て、細い指が慌てて其れを元に戻す。
「ううん。」
僕はもう一度ゆっくりと言った。
「僕も、思い出はそんなに無いんだ。」
自分でも、口調が自棄にアッサリとしている事に驚く。
其れでも、やっぱり、此の言葉自体の意味は重いのだろう。
断言してしまうと、スウッと腹の底の辺りが冷えて、重たくなった気がした。
「覚えてる事だって、あんまり良い事じゃないんだ。偶々、忘れなかったってだけで。」
「嘘吐き。」
ユミちゃんがポツリと漏らした。
不思議と、罵倒している様には聞こえなかった。自嘲的ですら有った程だった。
が、口調は直ぐに元に戻ってしまった。
「横のお友達さんは、そう思う?あんた、随分と熱心に此のコンソメだかコンポタだかを護って来たみたいだけど?」
そう言って、ピザポの方を見る。言葉は、若干ではあるが、まだ皮肉めいた響きを持っていた。
「・・・・・・。」
然し、返事は無い。見ると、僕の隣に掛け布団の山が出来ている。
眠ってしまった様だ。
数分前まで、凄い形相でユミちゃんを睨み付けていたと言うのに・・・・・・。子供みたいな奴だ、と思った。
布団山には、僕の分の掛け布団まで使われていた。
「子供みたいね。」
呆れた様な声で、ユミちゃんが言う。
まるで思考を読まれたかの様な呟きに、僕は思わず目を見開いた。
「だから、何其の顔。」
ユミちゃんが僕の目を指差して笑う。
「・・・こいつは、高校から一緒なんだ。つまり、出逢ったのは去年の四月。」
「質問の答えになってないけど。」
「知ってる。けど、答えてもどうしようもないから。此の話は強制終了。するなら、違う話をしよう。」
「そう。」
詰まらなそうに頷き、ユミちゃんはカーテンに手を掛けた。
「話をするなら、此処は暗過ぎるでしょ。」
大きな音を立て、勢い良くカーテンが開かれた。
そう言えば、今まで僕達は小さな豆電球の灯りだけで、互いの顔を見ていたのだ、と気付く。
「どうせ、寝る事も出来ないんだし。」
上着を着て、窓際に移動した。
低いテーブルに向かい合って座る。
街灯の光が眩しい。
オレンジの様な、黄色の様な、よく分からない光だった。
ユミちゃんが目線の先を読み取ったかの様に、僅かに掠れた声で呟く。
「街灯は、白とか青っぽい色の方が好き。」
「何で。」
僕の問い掛けに、彼女は答えようとしなかった。
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・・・・・・・・・。
「何を話す?」
明るい所で見ると、ユミちゃんは愈痩せ細り、目だけが大きく光って見えた。
「あんたから話してよ。私は後で話すから。」
大きな目がスッと細められる。
猫の様だ。
僕は深呼吸を一つして、口を開いた。
「昔の話をしよう。高校の話をしても、君が通う事は無いだろうし。其れに・・・」
「私が昔の話をし易くなるだろう・・・って?」
全て、見透かされているんじゃないか?
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
業と《いいえ》と答えてみようか。
謎の反抗心が湧き上がった。
「・・・・・・うん。」
しかし、結局、僕は正直に頷いた。
嘘を吐いた所で、何にもなりはしないからだ。
ユミちゃんは口元を綻ばせた・・・・・・いや、此の可愛いげの無さだと、《口元を歪めた》と言った方が正確だろう。
薄い唇が、歪まれたままで動く。
「私の昔なんて、どうして気になるの。」
「野次馬根性かな。・・・嗚呼、単に自分語りがしたいだけかも知れない。いや、きっとそうだよ。そうに違いない。今気付いた。僕は君の過去に興味何て無い。」
今度は嘘だ。本当はとても気になっている。
野次馬根性、と言ったが、正に其れだ。自分に何の責任も発生しない事を知っているから、こんなにも気になるのだ。
「だから、此れから話す話を、君は聞き流してくれていいよ。単に、僕が喋りたくて喋っているだけの事だから。」
僕が、こんなにも詰まらない嘘を吐いているのは、どうしてなのだろう。
眠たさは消えていた。頭がフワフワとした感覚に襲われ、口が、自分では思っていない事をペラペラと喋る。
あまりに寝不足だから、脳内でモルヒネが出ているんだろう、と思った。前に、何処かの本で読んだのだ。
モルヒネと言えば、麻酔等に使われる事も有るが、イメージとして一番強いのは麻薬だ。しかも、大層有名な麻薬だ。
大丈夫だろうか。僕の頭。
やはり睡眠は大事だ。
「其れにしても、モルヒネを使ったとしても、こんな感じになるだけなのか。あんまり大した事無いな。健康は損なうし、下手すれば捕まるし、どう考えたって損だろう。」
「何言ってんのあんたは・・・・・・。」
ユミちゃんの眉根に皺が寄った。
頭の中の考え事を、どうやら口に出していたらしい。
恥ずかしい。脳内モルヒネ侮り難し。
無かった事にする為に、僕は慌てて、話を始めた。
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・・・・・・・・・。
何から話せば良いかな・・・。
本当に話す事が無いんだ。今思い出しても、少年時代の学校生活を無駄に過ごしたな、と思ってるんだ。
「其れは、あくまでも学校では、って事?」
あ、うん、学校生活以外では結構充実してたって言うか・・・・・・。うん。
仲の良い友達がさ、同じ学校じゃなかったんだよね。
だから、小学校では、特定の友達が居なくて。
「成る程ね。でも、違う学校の人と仲良くなれたのに、どうして自分の学校の人達とは馴染めなかったの?」
・・・・・・・・・。
あのさ、やっぱりテーマ変えない?
本当、詰まらない話しかないから。
「駄目。話をするって言ったのは、あんたの方でしょ。」
・・・そう。分かったよ。
じゃあ・・・・・・何から、話せば良い?
「私に決めさせるの?」
何を話せば良いのか、考えてみると本当に分からないんだ。
「じゃあ、・・・・・・あんたは、友達が居なかったのよね?」
う・・・うん?
まぁ、居なかったって訳じゃないかな。
遊ぶ友達は居たよ。いや、《遊ぶ》って言うより《遊んでくれる》かな。
「さっきと話が違くない?」
ううん。さっきは、《特定の友達》が居ないって言ったんだよ。
「どういう事。」
どういう事・・・・・・か。そうだなぁ、例えば、鬼ごっことか隠れんぼとかをする時には、混ぜて貰えるんだよ。
でも、体育で《二人組を作れ》と言われたら、作れないんだ。
仕方無いから、誰かが余るのを待つんだけど・・・・・・。
まぁ、余り者同士だからって、気が合うとは限らないよね。
低学年の時は、特別教室の子も一緒だったし。
だから奇数のクラスになると、嬉しかったな。
余っちゃいましたー、何て言いながら先生の所に行けば良いんだから。
運が良ければ先生に相手して貰えるし。やっぱり子供よりは先生の方がサポートも上手いから。
そうじゃなくても、無理矢理に誰かとやるよりは気が楽って言うか・・・・・・。
「歪んでるわね。・・・他の二人組に混ぜ込まれる事も、有ったでしょう?」
歪んでなんかないやい。
うん。有ったよ。あれが一番最悪かな。
「気、使わされるわよね。あれ。」
精神ゴリゴリ削られるよな。
「先生も気付けって話だと思わない?ガキにだって人間関係は存在してるのに。」
そうそう。運動神経の良いグループとかに混ぜ込まれると、もう地獄。
人数多いから一番になれないのは当たり前なのに、分かり易く不機嫌になるし。
「何でか知らないけど、妙にプライド高くて。何なのかしらね。アレ。」
さぁ・・・・・・。でも、小学校って、本当に運動神経で階級が決定されてる感じがする。
・・・・・・まぁ、其の階級も含めての、集団生活への練習なのかも知れないけど。
「身の程知らずが出て来ない様に、階級を身体に植え付ける訳ね。」
・・・うん。そう・・・・・・かも知れないけど、随分率直に言うね。
「てか、運動音痴なの?」
そして僕の話を聞いてないね?
運動音痴とは違うよ。
・・・・・・いや?種目にも因るかな。
バスケとかバレーはね。ほら、身長が低いから。
走る系とかさ、飛ぶ系とかさ・・・・・・。
・・・・・・・・・笑わないでよ。
「高校生で其れだもんね。」
努力はしたんだよ。報われなかっただけで。
「今のクラスでも、相当小さい方でしょ。」
ノーコメント。
「沈黙は了承とみなす。」
何でそんな言葉知ってるの。
「お姉ちゃんから習ったの。」
お姉ちゃん?
・・・・・・嗚呼、縫いぐるみの持ち主の。
「違うわよ。・・・あんた達も会ったでしょ?」
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・・・・・・・・・。
僕の頭の中に、白いシーツが浮かんだ。
正確に言うと、さっき廃墟で僕達を恐怖のどん底に陥れたシーツを被った化け物が、頭に浮かんだ。
「・・・・・・シーツ被り?」
呟いてみると、ユミちゃんは当然だと言いたげな顔で頷いた。
「シーツ被り・・・言葉が話せるのか。」
「何言ってんの?当たり前でしょ?」
ユミちゃんが首を傾げた。
僕も釣られて首を傾げる。
「だって、さっきは・・・・・・」
「あんた達と私を一緒にしないで。お姉ちゃんは、余所者が嫌いなの。」
「川原さんの話では、もう川原さんとも」
「あの優男に対しては、微妙な所だけどね。拗ねてるんだと思う。多分ね。」
「優男・・・・・・。拗ねてるって?」
「まぁ、其処は私もよく分からないんだけど。」
川原さんの話とは、大分・・・何と言うか、何かが擦れている様だ。
「・・・其れでも、お姉ちゃんは今でもちゃんと話が出来るってのは、確かなの。現に、さっきも私と話したし。」
ハッキリと言いきるユミちゃん。
・・・・・・何だか、釈然としない。
「川原さんの話じゃ、殆ど精神が壊滅してるみたいな感じで聞いたんだけど・・・・・・。」
「そんな簡単に人は狂えないでしょ。」
乾いた口調で、ユミちゃんが静かに目を伏せた。
言葉の響きが妙に重くて、僕は何を言えばいいのか分からなくなった。
顔を窓の外に向けても、空しか見えない。
シーツ被りは狂っていない?
だとすれば、あの態度は狂言だったのだろうか。
然し、僕達みたいな余所者に対してならば未だしも・・・・・・何故、川原さんに対して、狂った振りをしているのだろう?
やっと会えた恋人ではなかったのか?
「・・・まぁ、後でちゃんと話すから。あんたの話の続きは?未だ終わってないんじゃない?」
ユミちゃんが僕の方を見て、ヒョイと肩を竦めた。
だが、僕は困ってしまった。
「え・・・・・・ええ?特には、無いけど。」
「何?無いの?」
そう。無いのだ。
吃驚する程、何も無い。
「最初に言ったとは思うけど、本当に覚えてないんだ。高校からなら、学校での思い出も沢山有るんだけど・・・。」
「・・・うわぁ。」
哀れみの籠った視線が、此方に投げ掛けられる。
や、止めろ・・・・・・。
痛い。刺さって来る視線が痛い。
「寂しい奴だとは思ってたけど・・・。」
「ううう・・・・・・!」
何も言い返せない・・・・・・!!
「小・中学と孤独を貫いて来た訳か。痛い。痛いわぁ。」
「あんまりだ。・・・あんまりだ!!」
あんまりな言い種だ。
「だから、もう僕の話はお仕舞い!!次はユミちゃんの番だからね。早く話さないと世が明けるよ!」
無理矢理話を終わらせた。
顔が熱い。
ユミちゃんは相変わらず、哀れむ様に此方を見ていた。
気怠げな溜め息を一つ。
まるで、大人みたいだ・・・等と思ったが、実際はどうなのだろう。
彼女はもう生きていない。
僕より大人である可能性も、大いに有り得るのだ。
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・・・・・・・・・。
何から話す?
私が生きてた頃の事?其れとも、お姉ちゃん達との事?
・・・・・・まぁやっぱり、順番的に、生きてた時の話を先にするべきよね。
さて、《生きていた》とは言っても、やっぱり長いわね。具体的に、何が聞きたい?
「そうだな・・・・・・。じゃあ、ユミちゃんは、生きてたら幾つ位になる筈なの?」
・・・・・・レディの歳を聞く馬鹿は、馬に蹴られて死んじまえって、言うじゃない?
「・・・・・・。」
取り敢えず、あんたよりは歳上かな。多分。時間の感覚がそんなに無いから、よくは分からないけど。
「服装とかで、年代を判断出来れば良かったのにね。」
服装・・・・・・。嗚呼、今の私、病人服だものね。流行り廃りとか無いし、時代の絞り込みも、此れじゃ無理かな。
「まぁ・・・時代遅れにならないって事だし、別に良いんじゃないかな。」
・・・・・・そう?
変な所でポジティブなのね。
「・・・・・・そう?」
マネしないで。
「してないよ。わざとじゃない。」
嘘吐き。
「僕は嘘吐きじゃないよ。単に語彙が少ないだけだ。」
《ゴイ》って、何。
「え?語彙?・・・えっと・・・・・・話せる言葉の数、みたいな感じかな。」
ボキャブラリーとは違うの?
「うん?・・・・・・多分、同じだと思う。」
ふぅん。日本語になると、そういう言い方になるのね。初めて知った。
「・・・そっか。六年生で死んじゃったんだもんな。」
勉強しようとすれば、出来たのかも知れないけどね。本とかは有ったから。
・・・・・・妙にしんみりしないでよ。
私は死んでるけど、目の前に居るじゃない。
其れに、あんたは生前の私を知らないでしょ?感傷に浸る理由が見付からないわ。
「君はもう、《成長》する事は無いんだなって、思って・・・・・・。」
其れ、思ったからって本人を前にして言う?
・・・確かに身体は育たないけど、心は育つ事が出来る筈。じゃないかしら。まぁ、私は元からこんな風だったから、もう育つ伸び代が無いかも知れないけど。
「大人っぽい・・・って言うか、子供らしさが皆無だもんね。此処から更に大人になったら、お婆ちゃんになっちゃうんじゃ?」
其れ、誉めてんの?貶してんの?
「両方かな。」
・・・失礼ね。縫いぐるみ泥棒の癖に。
《盗人猛々しい》とは此の事ね。
「何か意味が違う様な・・・・・・。あと、僕は縫いぐるみ泥棒何かじゃない。」
じゃあ、どうして此の縫いぐるみを持ち帰ったの。
「其れは・・・・・・。君の《お姉ちゃん》が僕達を執拗に追い掛け回すから、戻すタイミングを見失っちゃったんじゃないか。」
戻す気なんて元々無かったでしょ。白々しい。
「・・・・・・ごめん。」
やっぱり戻す気無かったのね。
「戻す気って言うか、すっかり忘れてたんだ。あの後、トントン拍子・・・とは行かなかったけど、其れなりに急展開が続いて、あっと言う間に外に出られちゃったから。」
窓とか扉から投げ込むなり何なり・・・戻す方法は有ったでしょ。
「目の前で、川原さんが喉を切り裂かれた直後で気力が残って無かったし、もう一度言うけど、縫いぐるみをまだ持ってるのを、すっかり忘れてたんだって。」
成る程。確かにグロそうだもんね。
「グロいって言うか・・・。やっぱり、罪悪感がね。」
あの優男、もう死んでるのよ?
「知ってるけどさ。」
理屈と感情は別、って事?
「そうかも知れない。だから・・・」
・・・・・・つまり、要約すると、あの優男の所為なのね?
「いやいやいやいや、違うから。どうしてユミちゃんは其処まで川原さんを嫌うの。」
何でって・・・・・・。
・・・・・・・・・ねぇ。
「ん?」
あんたは呼吸をする時、《どうして自分は息を吸ったり吐いたりしているのか》なんて、考えるかしら?
「・・・何か、某人間をやめた人みたいな事を言うね。」
誰其れ?
・・・・・・でも、確かに辞めたと言えば辞めたかもね。死んでるんだから。
あの優男は嫌いなの。そりゃ、色々と理由は有るのよ?でも、説明をするのも嫌なの。
確かにあいつは悪い奴じゃあないけど。
理屈と感情は別だし。
「まぁ・・・・・・そうかもね。そんな事も有るよね。」
適当ね。自分の主張位、通せば?
「次の質問、していいかな。」
露骨に話を摩り替えようとしたわね。
「・・・・・・別に。」
・・・・・・ふん。
構わないけど。別に。
「・・・ユミちゃんは、生きてる時にシーツ被りとどういう関係だったの?」
シーツ被り?
「・・・・・・君の《お姉ちゃん》の事。」
・・・そんな変な呼び方、しないで。
「僕達は嫌になる程に追い掛け回されたんだ。幾ら、君にとって大切なお姉ちゃんであろうと、僕からすれば、アレは化け物だよ。」
・・・・・・そう。
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・・・・・・・・・。
ユミちゃんが、怒っている様な、其れでいて悲しんでいる様な、妙な表情をした。
「知ってる。あんた達を追い掛けてるお姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃない。」
「其れって・・・・・・」
「私にも分からない。」
小さく頭を振り、心細げに瞬きをする。
「分からないの。」
消え入りそうな声で繰り返し、ユミちゃんは、フイ、と窓の方を向いた。
大人びた雰囲気が消え、子供らしい表情が覗く。
彼女は丁度・・・・・・迷子になってしまった様な顔で、じっと外を見ていた。
何故だかは分からないが、見ていて痛々しかった。
僕は何を言えば良いのか分からない。僕達がシーツ被りを・・・・・・彼女の《お姉ちゃん》を狂わせている原因なのだとしたら、尚更。
何と無く、窓の方を見る。
「・・・あ。救急車。」
ユミちゃんが膝立ちになり、窓に顔を寄せた。
サイレンの音が低くなりながら通り過ぎて行く。
音が小さい気がするのは・・・深夜だからだろうか?
ユミちゃんが聞いて来る。
「・・・・・・誰か乗ってるの?」
「病院は反対方向だから、此れから迎えに行くんだと思う。」
「そう。」
ユミちゃんは頷くと、また、其れきり黙ってしまう。
僕も何かを言う事は無かった。
布団に塗れているピザポだけが、意味の分からない寝言を小さく呻いた。
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・・・・・・・・・。
沈黙に耐える事が出来ず、僕は口を開いた。
「・・・ホスピスの中に、人が入れない様にしたら、どうかな。」
ユミちゃんは何も言わず、身体は窓の方は向けたままで、此方を見た。
僕は続けた。
「ほら、余所者さえ入って来なければ、シーツ被りはずっと《お姉ちゃん》で居られるんだろ?だったら僕達を閉じ込めたみたいに、ドアを閉め切ってしまえば良いんだよ。窓もどうにか塞いで。」
我ながらグッドアイデア。少しだけ得意になりながら、ユミちゃんの反応を伺う。
「・・・・・・そうね。そう出来たら・・・良いんだけど。」
反応は、予想よりずっと鈍かった。
「・・・出来ないの?」
「うん。」
ユミちゃんはコクリと頷き、少しだけ申し訳無さそうな顔をした。
「閉め切っちゃったら、誰も入って来られないから。」
「・・・・・・え?」
どういう事だ?
人に入って来られないのは困る?
お姉ちゃんは余所者が嫌いなのではないのか?
何やら話がこんがらがって来た。ほんのりと眠気も襲い掛かって来た。考えるのめんどい。
「・・・つまり、ホスピス内に誰も入って来られなくなるのは、困るって事?」
「そう。」
混乱しながらも頭を捻り、問うと、ユミちゃんは返事をしながら、少しだけ眉を寄せた。
「あの優男の為に・・・・・・ね。」
身体を此方に向き直し、溜め息を吐く。
「面倒な事になってるのよ。本当にね。」
ユミちゃんがまた、フン、と鼻を鳴らした。
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・・・・・・・・・。
確かにお姉ちゃんは侵入者を嫌うわ。
・・・・・・けど。
「けど?」
優男は、そうでもないの。
「川原さんが?・・・・・・まぁ、確かに嫌悪感は抱かれなかった気がする・・・かな。」
当たり前よ。
あいつの為だもの。
「あいつ・・・って、川原さんだよね?でも、あの人には普通に道案内を」
だから、其れがあいつの《役割》なの。
閉じ込められた侵入者を、出口まで導くってのが。
そして、その役割が無ければ、あいつは・・・。
「消えてしまうとか?」
んな訳無いでしょ。
ファンタジーの読み過ぎよ。
「幽霊に其のセリフを言われる日が来るとは。」
・・・あんた、ファンタジーとオカルトを取り違えてない?
どう考えたって幽霊はファンタジーじゃないでしょ。
「前にも言ったけど、僕には幽霊が・・・ある意味、正しい形で見えないんだ。だから、何て言えば良いのかな・・・・・・」
難儀ね。
「そうなんだよ。本当に。」
幽霊を見ても、怖いと感じないって事?
「うん。相手が変な事して来なければね。」
じゃあ、川原は怖くなかったのね。
「本来は怖いの?」
いや・・・普通ね。一般人。見た目も若作りして時代に合わせてるし。
髪とかは自分で切ってるらしいわ。
「・・・・・・伸びるの?」
らしい、って話よ。何時の間にか、其の時其の時に流行ってる髪型になってるの。
「うわ。自分で彼処まで切れるって、凄いな。」
お姉ちゃんの髪も、あいつが切ってた。
「其れは・・・・・・」
生前の話。
今は、さっきも言ったけど録に話もしてない。
「・・・・・・もしかして、外からの人を入れているから、川原さんは」
其れは違う。
確かにお姉ちゃんは余所者が嫌いだけど、其れは違うの。
本当に・・・優男を嫌いになる位だったら、とっくに出入口を塞いでる筈だから。
「何だか面倒臭いな。」
私もそう思う。
相思相愛の筈なのに、どうしてか擦れ違ってんのよね。本当面倒臭い。
「相思相愛なんだ。」
そうよ。共依存っての?
「流行りに乗ってるね。」
流行ってんの?
「いや、よくは分からないけど。」
適当ねぇ。
「だって、もう、いい加減眠くなって来たんだ。時間的にも遅いし、身体は凄く疲れてるし。」
お友達、グッスリ寝てるわね。
「いざとなったら、布団剥ぐ。」
私は協力しないからね。そいつ怖い。
「良い奴なんだよ。本当は。」
あんたからすりゃ、でしょ。優男みたいな事言わないでよ 。気持ち悪い。
「優男みたいなって・・・・・・。」
あんたから見れば友達でも、私から見れば狂犬なの!
あんたから見たお姉ちゃんが化け物なのと同じ。
「・・・・・・そうだね。」
ふん。
分かれば良いのよ。分かれば。
「失礼なこくぁぁぁ。」
変な欠伸。アヒルみたい。
「ごめん。失礼な事言ったから・・・・・・くわぁ。」
アヒル。
「アヒルじゃないよ。」
アヒル。もう今日は寝たら?
「・・・話、まだ終わってない。」
そんな寝惚け眼で聞いて欲しく無いの。
明日もどうせ休みなんでしょ?
学生なら、春休みだもの。高校だって春休み、ある筈よね?
「・・・・・・うん。休み。」
なら、寝なさい。
不覚にも情が移ったの。待っててあげるから。
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・・・・・・・・・。
急に頭がぼうっとして来た。脳内モルヒネの効果が切れたのだろう。
「ほら、コンポタが凍えるでしょ。離しなさい。離しなさいったら。此のヤンキー擬き。眉毛剃り落とすわよ。」
ユミちゃんが、視界の端で布団を引っ張っていた。何だかんだで、ピザポから布団を取り返してくれる様だ。あと僕の名前はコンポタではありませんコンソメです。
「・・・・・・ユミちゃん。」
重い瞼を必死に抉じ開けながら問う。
「ユミちゃんと、シーツ被りは、本当の姉妹なの?」
名前の件は、敢えてスルーした。
ユミちゃんは何処か自嘲めいた調子で言う。
「・・・そんな訳無いでしょ。子供が二人もホスピスで死んだ何て、親からすればとんだハズレ籤よ。赤の他人。血縁上は。」
ユミちゃんがフン、と鼻を鳴らす。
バサリ、と言う音が聞こえた。
何かが僕の上に掛けられる。どうやらユミちゃんは、無事ピザポから布団を奪還したらしい。
「寝なさい。お休み。」
「・・・・・・僕にも、血の繋がらない兄が、二人居るんだ。」
「話聞いてないわね。寝なさい。」
「ヤンデレ予備軍とか変態ロリコン野郎とか言われてるけど、とても良い人達だよ。其処ら辺の兄より、ずっと優しいと思う。」
「いいから。寝なさいって。布団を取り戻した意味が無いじゃない。」
「きっと、シーツ被りも、ユミちゃんにとっては優しいお姉ちゃん何だろうね。」
また文句を言われると思ったが、ユミちゃんはフン、と鼻を鳴らし、口元だけを無理矢理歪めた様な、変な笑顔になっただけだった。
「お休み。」
そして、そう言って、其れきり黙ってしまう。
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僕は辛うじて小さな声で「お休み。」と答え、ユミちゃんの方を見た。
目元に、何か光る物が見えた気がして、僕は慌てて目を逸らした。
どうしてだか、僕まで泣きそうになってしまう。
然し、此処は僕の泣くべき所ではない。
僕は涙の溢れない様に、そっと、静かに目を閉じた。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
ダラダラダラダラと話が続いてしまっています。
僕としても、もう少しスマートに纏めたいと思っているのですが、元々の話が張りも無い切れ目も無い状態なので、此の体たらくです。
本当に申し訳御座いません。
次回はピザポと僕、そしてユミちゃんがメインの話となります。
宜しければ、お付き合いください。