年も押し迫ったとある深夜、店の後片付けを終えた俺は白い息を吐きながら家路を急いでいた。
雪がチラついている。寒い…
片側四車線の幹線道路。
明日も十時起きで仕事の為、薄っすら白くなりかけている歩道を足早に歩いていると、前方から誰かが歩いて来るのが見えた。
大体この時間に歩いているのは酔っ払いのオヤジか水商売の女ぐらい… しかし此方に向かって来る者に半端ない違和感を感じた。
こんな時間に?
どう見てもランドセルを背負った小学生くらいにしか見えない女の子が、楽しそうにピョンピョンとスキップしながら近付いてくる。
黄色い帽子で目の辺りは隠れているが、口元は笑っている様に見える。
その女の子は真っ直ぐに前を見ながら、俺など全く眼中にないといった感じですれ違った。
俺は直ぐにもう一つの違和感に気付き、「はっ!!」として後ろを振り返ったのだが、何故かたった今すれ違った筈の女の子がいない。
消えた?
もう一つの違和感。それはあれ程ピョンピョンと跳ねていたのに有るべき筈の「足音」が無かったのだ。
と、次の瞬間。キィーーーー!!
ドカン!!!
俺の目の前で白いセダンの乗用車が急ブレーキを踏み、後輪をスピンさせながらガードレールへと激突した。
乗用車に駆け寄り運転席を覗くと、割れたフロントガラスの向こうに頭から血を流し放心状態になっている運転手が見えた。
とりあえず救急車を呼ぼうと携帯をいじっていると、ドアが開きヨロヨロと運転手が降りてきた。そして彼はガタガタと震えながらこう言った。
「 ど、道路に飛び出してきた子供はどこだ?!」
すぐに道路と車の下を確認してみたがそんな子供は居ない。さっきのスキップしていた小学生が脳裏に浮かんだが、兎に角救急車を手配した。
家に帰った後、何か妙な胸騒ぎがして震えが止まらなかった。
風呂に入り、ベッドの中で目を閉じても女の子のあの楽しそうな表情がハッキリと目の裏に焼き付いて離れない。そしてやはり寒い…
ピンポーン
「 こ、こんな時間に誰だ?」
夜中三時を回ってから訪ねて来る者などいる筈がない。
そーっと足音を消しながら玄関まで行ってみると、ドアの向こうから口笛を吹く音が聞こえた…
超下手くそな口笛。
ピンポーン
「 ………… 」
ピンポーン
「 ど、どちら様?」
ピンポーン
「 ………… 」
恐る恐るスコープを覗いて見たが誰もいない。いや、いる!下の方に黄色い帽子が見えた。アイツだ!!
口笛が止んだ。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
突然、物凄い勢いでドアを押されて俺は焦って後ろに飛び退いた。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
あけてーーー
あけてーーー
ドアノブがガチャガチャと左右に激しく回っている。
あけてーーー
あけてーーー
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…
ガチャン…
施錠した筈のドアがゆっくりと開く。
ガチン!!
チェーンをしていたお陰で数十センチ開いた所でドアは止まった。
ねぇ、あけてーーー
あげてよーーー あけでよーーー
「 も、もうやめてくれ!」
女の子はドアの隙間から手をねじ込んできた。その手はグッパグッパを何度も繰り返している。
ねえ、あけでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
女の子の声が急に低い男性の様な声に変わった途端、パタリと静かになった。
ドアも閉まり、何事も無かったかの様に静まり返っている。恐る恐るドアスコープを覗いてみたが誰もいないようだ。
「 良かった… 」
安堵したと同時にすぐ後ろから聞こえた。
ふぅん…
ため息の様な掠れた声。
ゆっくり振り向くと、女の子の小さな手がギュッと俺のズボンを掴んでいた。
いたいよーーー
いだいよーーー
よく見ると黄色い帽子は所々破け、黒く汚れている。生気の無い肌、鼻は削げ、紫色の唇からは赤い血の筋が顎まで伸びていた。
そして足元を見ると血黙りが出来ていた。女の子には右足が無かったのだ。
その後は憶えていない。
…
翌日、例の事故現場を通りかかった時に全ての謎が解けたような気がした。
へしゃげたガードレールのすぐ傍に花と共にぬいぐるみや玩具等が添えてあり、電柱にくくりつけられた白い看板にはこう書かれていた。
『 ○月○日、○時○分、歩行者とバイクによる死亡事故がありました。目撃された方、こちらまで情報をお寄せ下さい。』
「そうか、あの子はここで亡くなっていたのか…」
視線を感じて反対側の歩道に目をやると、黄色い帽子を被った半透明の女の子がガードレールを乗り越えて此方にスキップしながら走って来るのが見えた。
いや、やっと分かった。あれはスキップでは無く片足でケンケンをしているんだな…
「 あ、危ない!!!」
キーーーー!! ガシャン!!!
【了】
作者ロビンM