夜、私はすさまじい鼻をつく臭いで目が覚めた。何だかベランダから臭う気がする。
私の部屋は高層の賃貸マンションの7階で、夏場ということもあり窓を開けて寝ている。
なに?この臭い~。そう思いベランダに出てみた。
よく目を凝らしてみると、ベランダの隣との境目からドロドロした液体が流れてきている。
なによこれ~、気持ち悪い。ごみでも放置しているのかしら。明日、隣に文句言ってやんなきゃ!私はそう思い朝までその臭いを我慢した。
ピンポーン。
朝一番に隣のチャイムを押した。
「はい」
という男性の声がインターホンから聞こえた。
「隣の三上です。」
しばらくして怪訝そうな顔をした男性が出てきた。
「なんでしょう?」
「あのですね、お宅のベランダのほうからなんかドロドロしたものがこちらに流れてきてるんですよ。なんかゴミとか放置してません?」
「え?ゴミ?きちんとポリバケツに入れてますけど。」
「もれてないか見ていただけません?すごい臭いがして、困ってるんです。お願いしますね!」
男は、なんだよ、という不満顔でドアを閉めた。
まったく、最近の独身男性はほんとだらしないんだから。私はそのまま出勤した。
家に帰ってベランダを確認すると、ドロドロが綺麗に片付いていて臭いもなくなっていた。ああ、片付けてくれたんだな。良かった。その夜もまた私はすさまじい臭いで目が覚めた。
何これ。何かが腐ったような臭い。またぁ?もう!ベランダに出てみると、また隣からドロドロが流れ出てきている。私は頭に血がのぼった。もうこれって嫌がらせだよね。片付けて、また腐ったドロドロがこっちに流れてくるとかあり得ないでしょう。
私はもう朝を待たずに、隣のチャイムを連打した。
「ピンポン、ピンポン、ピンポン」
寝ぼけ顔の男が出てきて私に言った。
「なんなんですか、あんたは。非常識でしょ、こんな夜中に。」
「非常識なのはそっちでしょ!昨日の今日でまた腐ったドロドロをこっちに流すとか!何の嫌がらせなの?私、あなたに何かした?臭いからなんとかしてよ!」
私はヒステリックに叫んだ。
「はぁ?何のことだよ。どこにドロドロがあるってんだ。」
あくまでとぼける気ね!
「いいわ、じゃあこっち来なさいよ!見せるから!」
男は渋々「ほんとわけわかんねえ」と言いながらついてきた。
「見なさいよ!ほら!アンタのベランダから、このドロドロが!」
男はキョトンとした。
「ドロドロなんてないけど?綺麗なもんじゃないか。」
私はとぼける男性に激昂した。
「あんた、この臭いが臭わないの?鼻おかしいんじゃない?ドロドロも見えないわけ?目まで悪いの?」
私は叫んだ。男はうんざりした顔をして言った。
「もうやめてくれよ、うんざりだ。あんまり言いがかりつけるのなら警察呼ぶからね?」
「ええ、呼んでよ、ぜひ呼んで。あなたの嫌がらせを見てもらうから!」
ほどなくして警官が来た。
「見てくださいよ!この人、うちにこんな臭いドロドロを流し込んできて嫌がらせをするんです!」
私はベランダを指して言った。警官二人は顔を見合わせた。
「あの、ベランダにそういう物はありませんよ。」
「ウソよ!そこにあるじゃない!よく見てよ!こんなに臭いのに!」
「あんまり騒がないで。わかりました。ちょっと署のほうでお話を聞きましょう。」
「なんで!なんでこれが見えないの!おかしいじゃない!」
私は半狂乱で叫んだ。
なんで私が迷惑住人みたいな扱いを受けなければならないの?悪いのは隣の男なのに。
隣の男が私に嫌がらせをしているのに。なんで?私はパトカーに乗せられた。
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全くなんなんだ、あの女。頭がおかしいんだな。
引越しの挨拶に行った時はそんな風に見えなかったのにな。
そう言えば、あの女も俺と同じくらいに越して来たっけ。
私もちょっと前に越して来たんですよ、なんて気さくに話してたくせに。
俺はすっかり目が冴えてしまい、体がべとべとして気持ち悪いのでシャワーを浴びることにした。シャワーのつまみをひねる。あれ、水が出ない。おかしいな。
シャワーヘッドを見ていると、シャワーの穴から何か黒いものが滲んできた。
そして俺の頭の上にドロドロしたものが垂れ下がってきた。
「うわぁぁぁぁ!」
俺はびっくりして、仰け反った。異様な臭いがする。何か、獣が腐ったような。
俺は吐き気を催した。すごい臭いだ。ふとバスタブを見た。すると排水口から黒いドロドロした液体が湧き出してきた。俺は驚愕した。ごぼっごぼっ!と湿った音をさせながら溢れてきた。
これは管理人にすぐ電話しなくては。管理人はすぐかけつけてきた。俺は玄関をあけ、管理人に見てもらおうとバスルームを開けた。先程まで黒い液体で今にも溢れそうだったバスタブには
何もなく、綺麗に片付いていた。今まで何も無かったかのように。
なんで?ドロドロはどこに消えたんだ!
「すみません、ホントにさっきまで・・・・。」
管理人は何だか青ざめている。何かが変だ。このマンションは。
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おれはたった1ヶ月しか住んでいないマンションを後にし引っ越した。
あの女の言ったことは本当だったんだ。
あとで噂で聞いたところによると、あの部屋には以前老女とその息子が住んでいて、老女が病死したあと、息子は老女の年金欲しさに死亡届を出さずに、ずっとあのバスタブに老女を隠して、バスルームに目張りをし、臭いが漏れないようにしていたらしい。
だが、その息子も病死。しばらくして息子の死体の臭いでそのことも発覚したとのことだった。
バスタブの老婆は腐乱してドロドロの液体の状態で見つかったらしい。
作者よもつひらさか