幼い頃に両親を亡くした成美は、父の妹にあたる親戚の元で幼少時代を過ごした。
だが、叔母である恵子は幼い成美に事あるごとに辛くあたった。
夕食の品数が少ないのは勿論、着る物も全て自分の子のおさがりを着させ、皿洗い、風呂掃除、ゴミ出し、それ以外にもいくつもの仕事を与え、もし口答えでもしようものなら一晩中食べ物も与えずに容赦なく物置に閉じ込めた。
その為か成美の性格は他の子よりも暗くなり、小学校に上がった頃からイジメの対象となってしまった。
物を隠されたり、無視されたり、汚い汚いと逃げ回られたり、必然的に一人ぼっちになってしまった彼女には友達と呼べる者は一人も居なかった。
そんな学校でも家庭でも完全に孤立してしまった成美の唯一の味方は、一緒に同居している父方の祖母、薫お婆ちゃんだった。
薫お婆ちゃんはいつも成美の話をうんうんと優しく聞いてくれて、恵子が癇癪を起す度に間に入って助けてくれたり、時には隠れてお小遣いをくれたりもした。
成美はそんな薫お婆ちゃんが大好きで、日頃の辛い出来事もお婆ちゃんと居る時だけは忘れる事が出来た。
だが、そんな優しい薫お婆ちゃんも成美が高校三年に上がってすぐ、肺炎を拗らせてアッサリと亡くなってしまった。
唯一の味方を失った成美の落ち込み様は激しく、気力も無くなり、学校も休みがちになっていった。
遂には高校を自主退学、部屋に引きこもるようになった。
しかしそんな成美に恵子が黙っている筈もない。
「このただ飯食らいが!学校行かないなら仕事しろ!」
と無理やり飲食店等のアルバイトを掛け持ちで朝から夜遅くまで働かせられた。
勿論給料は全て取り上げられ、毎日クタクタで家に帰る成美は前にも増して暗く…全く人に心を開かないようになっていった。
しかしアルバイトを始めて半年が過ぎた頃、成美に転機が訪れた。
なんと彼氏が出来たのだ。
相手はアルバイト先の先輩、三才年上の大学生だった。
彼は爽やかでイケメン、とても優しく、心が開けず上手く人と付き合えない成美の事を心から心配し、いつも成美の話を真剣に聞いてくれた。
徐々にそんな彼の優しさに惹かれ、二人はいつしか付き合うようになった。
初めて出来た彼氏。
成美は夢中だった。
彼とずっと一緒にいたい!あんな家から一刻も早くでたい!
日に日にその想いは募り、付き合いだして三ヶ月、気付けば家出同然で彼のマンションに転がり込んでいた。
数ヶ月後荷物を取りに帰った際、恵子からは汚い言葉で散々悪態をつかれもしたが、これから先の彼との生活を思うと少しも苦ではなかった。
そしてそれからの二年間は成美にとってとても幸せな生活が続いた。
今までこんな幸せだった事はない。
生きてる事がこんなに楽しいなんて、まさか自分にこんな生活が待っていたなんて…
優しい彼のおかげで成美は徐々に心を開いて行き、性格も明るくなり、友達と呼べるものも何人か作る事が出来た。
毎日が充実していて必然的に成美は彼のお嫁さんになりたいと思い始めていた。
その頃彼はすでに大学を卒業し役所勤めをしており、お互いに結婚を意識する時期に来ていた。
…
ある時、彼氏 (浩志)と、その友達 (亮太)は、大型連休を使って一週間程海外へ旅行に行く事になった。
成美はお留守番だ。
内心、独身生活最後の思い出にと成美は心良く浩志を送り出した。
『 一週間会えないけどこれからはずっと一緒にいられる。
本当に浩志に出会えて良かった!
もしかしたらお婆ちゃんが私たち二人を引き合わせてくれたのかな~? ありがとう薫お婆ちゃん… 』
成美は祖母の写真を胸に抱きながら、これから先のまだ見ぬ幸せな未来に涙を流した。
…
…
帰国当日、浩志はある決意を胸に秘めていた。
プロポーズだ。
家に帰ったら真っ先に成美に渡す予定の「指輪」も訪問先のショップで既に購入済みである。
浩志は一世一代の「行事」に少し緊張気味だった。
「浩志!やっぱ今日プロポーズすんのか?!」
「ああ、考えたら俺成美にちゃんとプロポーズして無かったもんな。ちょっと緊張するけど…もしかして断られたりしてなw」
「んな事あるかよ!いいな~成美ちゃんみたいな可愛い嫁さん!なかなかいないぜ~、性格いいし、飯も美味いしよ!」
「なんだよ亮太、俺には勿体ないって思ってんのか?」
「いやいやそんな事ねぇよ。でも成美ちゃん喜ぶだろうなー!んじゃあ俺はこっからタクシーで帰るからよ…」
「ちょっと待てよ亮太、このまま帰って素直にプロポーズすんのもいいけどよ…折角だしちょっとしたサプライズみたいにしてぇなぁって思ってんだよw!悪りいけどもうちょっとだけ付き合ってくんねぇか?」
浩志の考えたサプライズとはこうだ。
訪問先の国で浩志が事故に巻き込まれ死亡した事にして、亮太はその事を伝える為に取り敢えず帰国し成美に電話をかける。
浩志の死を知りすっかり落ち込んでいる成美を亮太が迎えに行った時に、死んだ筈の浩志が後ろから突然現れて指輪と花束を持ってプロポーズをする!
ダブルの喜びに成美は涙する!
といった何とも下らない子供っぽいプランだった。
「えー、俺ヤだよそんな趣味悪りぃサプライズに付き合うの~!」
「そんな事言うなよ亮太ぁ~。これでも必死で考えたんだぜ!頼むよ、お前がいてくれた方が何かと心強いからさー」
「えー、俺にそんな演技出来るかな~?」
亮太は多少旅の疲れもあったが、親友の頼みとあって渋々引き受ける事にした。
プルルルル、プルルルル、
三コール目で成美は電話を取った。
「あ、もしもし!な、成美ちゃんか?!」
「うん そうだけど亮君お帰り♪ どうしたのそんなに慌てて?」
「な、成美ちゃん!大変な事になったんだ!ちょっと落ち着いて聞いてよ!」
「え?大変な事…?」
「ああ、じ、実は浩志がね…」
「浩君?浩君がどうかしたの?!」
「あっちでね… 事故に遭っちゃったんだ… 」
「えっ?…事故?」
「う、うん…」
「えっウソ!事故って…浩君大丈夫なんでしょ?」
「そ、それがね… 言いにくいんだけど向こうの病院でさ…その…な…亡くなっちゃったんだよ!」
「…亡くな?!…ふふ…もうっ!亮君たら私をハメようとしてない?冗談なんでしょもう!」
「じょ、冗談って言いたい所なんだけどさ… 浩志、溺れちゃったんだ…ほらあいつ泳げねぇじゃん?泳げねぇくせに浮き輪で沖まで行って、その… 流されて溺れちゃったんだ…う… 」
「……………」
「もしもし成美ちゃん?」
「…うそ…で…しょ…嘘なんでしょ?」
「…俺が付いておきながら…ご、ごめん成美ちゃん!!…グス…」
shake
「い、い、イヤーーーーーー!!イヤーーー!!」
そこで電話は切られてしまった。
「お、おい亮太!!お前どうなってんだよもの凄い迫真の演技じゃねぇかよ!凄えなお前、俺って本当に死んじまったんじゃねぇかと思ったぜw!」
「お、おい浩志やべえぞ…成美ちゃんマジで信じちゃってんぞ…」
「…え?」
「やべえ!マジやべえ!!成美ちゃん大丈夫かな?!」
亮太は慌ててその後何度も掛け直したのだが、成美が電話に出る事は無かった。
「おい!何であいつ俺の電話にも出ねーんだよ?!」
「ひ、浩志!あの驚き様はハンパじゃなかった…な、成美ちゃん大丈夫かな?!」
「‥‥‥……」
二人はすぐさまタクシーを拾い、マンションへと急いだ。
…
マンションの下までたどり着いた二人は、エレベーターを待っていた。
「おっせーな!このエレベーター!! 」
「おい浩志なんかパトカーの音聞こえねぇか?」
ウーーー!! ウーーー!!
「ぱ、パトカーなんてどうだっていいんだよ!成美ごめんな…今すぐ行くからな!!」
「なんか事件…でもあったんかな…?」
マンションの前を何台ものパトカーと救急車が勢い良く通り過ぎて行った。
…
「成美ーーー!!!」
玄関のドアを開けた途端、浩志はいつも成美が寛いでいるリビングへと靴も脱がずに走った。
「いねえ…成美どこだー!!」
硝子製のテーブルの上には編みかけのマフラーがそのままの状態で置いてある。
「成美ちゃーん!!」
二人は一通り全ての部屋を探してみたが、成美の姿は何処にも無かった。
「だ、大丈夫だよ、あいつ買い物にでも行ってるんだよ多分…」
「お、おい浩志あれ!!」
亮太が指差す先に成美はいた。
リビングの窓の外、ベランダに立って此方をジッと見ている。
「な、成美!良かった!」
浩志は急いでベランダへと走った。
「あー良かった!マジ助かった~!!」
亮太はマンションに着いた時から嫌な予感がしており、成美の姿を見て安心したのか全身の力が抜けてへたり込んでしまった。
「成美ごめんな!!」
浩志はベランダの窓をガラリと開けた。
しかしそこには先程まであった成美の姿は無かった。
「あれ成美?…おい亮太!いま成美ここに立ってたよな?!」
「え、何?いないの?」
亮太は腰の抜けた状態のまま、這いずるようにベランダへと向かった。
「…………… 」
浩志はベランダの手摺から階下を見下ろしたまま固まっている。
「…浩…志?」
亮太は浩志のジーンズに掴まりながら、必死に重い体をゆっくりと立たせた。
どうもマンションの下がガヤガヤと騒がしい。
亮太は恐る恐る浩志の見つめる先を見下ろした。
するとそこには沢山の野次馬にパトカー、救急車、そして…
野次馬と救急隊員達で出来た輪の中に、丁度人一人を隠せるぐらいのブルーシートが一枚敷いてあった。
目の良い亮太にはシートからはみ出た赤い血黙りまでハッキリと見えた。
「…亮太、あれ成美じゃないよな?」
「‥‥‥‥…」
「おい亮太!!泣いてないで教えてくれよ!あれ成美じゃないよな!!」
「…あっ!」
亮太は人集りから少し離れた駐輪場の方を指差した。
「…成美、成美だ!」
そこには七階の二人をジッと見つめている彼女の姿があった。
二人は堰を切ったように部屋を飛び出していた。
遅いエレベーターなどは使わずに階段を転げるように全力で走った!
…
「な、成美?!」
ようやく駐輪場までたどり着いた浩志は一人佇む成美に近づこうとしたのだが、あと少しの所でガツンとした金縛りのような感覚に襲われて動けなくなってしまった。
「………!!」
『…浩クン?…なんで…?』
それだけ言うと成美は煙のように消えてしまった…
すると浩志は金縛りが解け、漸くして追いついてきた亮太に向かって叫んだ。
「亮太!成美が…成美が消えた!!」
「浩志…」
「一体どうゆう事だよこれ?なんで消えんだよ!意味分かんねーよ!!」
「浩志…さっき上から成美ちゃん見た時さ…大きさ…おかしくなかったか?」
「はっ、大きさ?何言ってんだよ亮太?!」
「…もしかしたら俺の見間違いかもしんないけど…成美ちゃん異様にでかかったような…
隣りの自転車置き場から比べても多分三メートル近くはあったんじゃねぇかな?」
「はぁ?もう分け分かんねー!分け分かんねーよ!!」
「…浩志、確認しに行こう!」
亮太は更に増え続けている人だかりを指差してそう言った。
…
「失礼ですが、ご家族の方ですか?」
「………」
「いえ、同居している者です…」
事情を説明して身元の確認をして貰った後、周囲を目隠ししてからブルーシートの中を見せて貰った。
それは紛れもなく成美だった。
生前の姿とはかけ離れた状態の成美とおぼしき肉の塊がアスファルトに張り付いていた。
「あーーーーー!!!」
浩志は糸の切れた操り人形の様にその場へ崩れ落ちてしまった。
「なんでだよ!なんでなんだよ成美ーーー!!」
手を血だらけにしながら浩志は何度もアスファルトを叩き続けた。
…
shake
カーーン!カーーン!カーーン!
不意に頭上から聞こえたその音に、亮太は涙を拭いながらマンションの七階へと目をやった。
するとそこには一心不乱に両手でベランダの手摺を叩く成美の姿があった。
あっ!!と思った瞬間、成美は手摺を越えて飛び降りていた。
亮太は動く事も出来ずに只自分の頭上へと降って来る成美から目が離せずにいた。
両手、両足を大の字に開きながらスローモーションで落ちて来る姿。
近づいて来るにつれその顔は悲しみからかクシャクシャになっているのが分かった。
shake
バーーーーン!!!
亮太は成美と重なり、一瞬でその場へと崩れ落ちた。
体中の骨が折れる音がして全身の感覚が無くなった。
浩志を含め周りの人間は何が起こったのか分からずに、血塗れの亮太を只眺めるしかなかった。
そう、亮太以外の人の目には成美の姿は映っておらず、何の前触れも無く突然圧縮される様に潰されてしまった理由を理解出来る者は一人も居なかったのだ。
「…う… 」
辛うじて亮太にはまだ意識があり、薄れゆく意識の中視線は七階のベランダを見ていた。
shake
カーーン!カーーン!カーーン!
そこには鮮血で真っ赤になってしまった顔の成美が、折れてブラブラの両手を何度も手摺にぶつけていた。
成美が再度ベランダの手摺を乗り越えた瞬間、亮太の視界全体を遮る様に覗き込む老婆の顔が重なった。
「…おまえのせいじゃ…おまえの…楽にシネるとは思うな…」
shake
グシャ!!!
再度成美の体と重なった亮太の体は既に有るべき原型を失い、その肉片は周りを取り囲む者へと数十mに渡って飛び散った。
きゃーー!!という周りの叫び声を耳に捉えながら、運良くというか、頭蓋骨の破壊を免れた亮太にはまだ少しの意識が残っていた。
shake
カーーン!カーーン!カーーン!
「…な…る…み…ちゃ…ん…」
七階ではまた手摺を乗り越えようとしている成美の姿がボンヤリと見える。
消えそうで決して消えない意識。
亮太は永遠に繰り返されるであろうこの終わりの無い復讐に、後悔と恐怖の想いを感じたが、もうそれから逃れる術は無かった。
既に眉一つ動かす事の出来なくなった亮太は、目前に迫った成美の顔がいつしか先程の老婆の顔に変わっている事に気が付いていた。
shake
グシャ!!!
…
…
【了】
作者ロビンM
さあさ皆さん、駄作量産野郎のロビンが通るよ!
今回も破壊力抜群の愚核爆弾を背負っての登場だよ…ひひ…
この話は数年前に怖いDVDを見ていて思い付いたんだけど、珍しくおふざけ無しの怪談に仕上がってるよ!
「それでもええで〜!」って人は是非この恐怖を味わって欲しいよ!…ひ…