正月は母方の祖母と過ごすのが、我が家では慣例となっている。大晦日に、両親と共に祖母の家に向かい、両親は二日、僕は四日まで過ごすのだ。
序でに書いて置くと、父方の祖母とは絶縁しているので挨拶には行かない。
「弟か妹なら、妹をよろしく。」
二日の正午、例年通り、そう言って両親を送り出した。
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祖母は、叔母夫婦、そして曾祖母と同居している。今は、帰省中の従兄弟も一緒だ。
家は二階建てで、僕の住んでいる家より、ずっと部屋が多い。
僕には二階の一室が宛がわれていて、窓からは直ぐ近くの山が見える。まぁ、山が見えるのは窓からだけでは無いが。
家自体がグルリと山に囲まれている。此の家だけではない。此の地域の殆どが山に埋もれているのだ。
店らしき店も、殆ど無い。
近くの自動販売機に行くのに車を出すレベルの田舎。其れが祖母達の住んでいる町だ。
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三日の朝、祖母と叔母達が、近くの市に遊びに行くのだと言った。
デパートで福袋を買うらしい。
僕は付いて行かなかった。
曾祖母を独りにしておくのが心配・・・・・・と言う名目だったが、本当の所、人混みが苦手なだけなのだ。
持って来た本を読みながら、僕はぼんやりと床に寝そべった。
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何時の間にか眠っていたらしい。
誰かの笑い声で目が覚めた。
見ると、辺りは薄暗い。
今が何時かは分からないが、昼を疾うに過ぎているのは確かだろう。
「・・・・・・あ。」
曾祖母に昼食を運ぶのを、すっかり忘れていた。
きっと、曾祖母の事だから、何かしら食べたとは思うが・・・・・・。
背伸びをしながら、寝返りを打つ。
布団を敷かずに寝てしまったので、首が酷く痛かった。
笑い声は未だ続いている。
「・・・・・・誰の。」
此処は自宅では無い。山に囲まれた祖母の家なのだ。
寝転んだまま、耳を澄ませる。
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「わはははは、わはははは。」
一文字ずつ区切る様な笑い声だ。声は太く、どうやら男の物らしい。
アニマル○口に似ている、と思った。
「わはははは、わはは、わはははは。」
誰かと話をしている訳でも無い様だ。ひたすらに笑い続けている。
「わはは、わは、わはははははは。」
酔っ払いか何かだろうか。
僕は起き上がり、窓を覗いた。
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山道に等間隔で設置されている街灯。其れに、照らされている白い《何か》が見えた。
寝起きで視界がボンヤリしているので、細かい所は良く分からない。
目を擦り、もう一度窓の外を見る。
見えたのはやはり、白い《何か》だった。
「何・・・・・・?」
大きさは、丁度人間位の大きさだろう。然し、其の見た目は人間とは程遠い。
全身が白く、部分的に膨張と収縮を繰り返しながら、揺れている。
風を孕んだビニール袋の様にも見えたが、頭らしき出っ張りと四肢が有る。
どうやら生き物らしい。
二足歩行に似た動きで、ゆっくりと山道を下っていた。
顔は、目鼻処か笑い声を出すのに必要な口も無く、のっぺりとしている。
明らかに人間ではない。
然し、動物にも見えない。あんなブヨブヨと頼り無い身体では、山では到底生き残れないだろう。
暗い中に浮かび上がる様な白は、其の姿の異様さを余計に際立たせた。
ユラユラと進んでいた《何か》が、ピタリと止まった。ビクビクと身体を痙攣させる。
「わはは、わはははは、わは、わははは。」
《何か》の方から、あの笑い声が聞こえた。
間違い無い。笑い声はあの《何か》から発せられている。
あれは一体、何なのだろう。
「わははは、わははは、わはははは。」
人ではない。動物でもない。
生き物かどうかさえ、危うい。
「わはははは、わは、わはははは。」
だが、笑っている。確かに声を発している。
・・・・・・何だ、あれは。
僕は更に目を凝らした。
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白い《何か》が、またピタリと止まった。
だが、今度は痙攣をせず、下を向いたまま、動かないで居る。
「・・・・・・・・・ん?」
どうしたのだろう。
身体の膨張と収縮も止まり、まるで固まったかの様にじっとしている。
次の瞬間。
「わはははははははは。」
グリン、と勢いを付けて、《何か》が顔を上げた。勢いが良すぎて、今度は変な方向に頭が捻れる。
「わ は は は は は は は は は は は は 。」
捻れた頭をぎこちなく動かし、《何か》が
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僕の方を、向いた。
「・・・・・・っっ!!」
目が合った
あの《何か》には目は無いのだが、直感で分かる。
あの白い《何か》は、僕を見た。
「わはははは、わは、わは。」
笑い声は未だ聞こえる。
もしかして、さっきのは思い込みで、本当は気付かれていなかったのだろうか。
恐る恐る窓の外を見る。
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「わはははははははは、わは。」
白い《何か》は、じっと、僕の方を見ていた。
目の無い顔で僕の方を見たまま、ユラユラと山道を下っていた。
腕を冷たい汗が伝う。
「どうしよう・・・・・・。」
寝ている間音楽を流しっぱなしにしていた為、携帯電話の充電が切れている。
兄達に連絡を取れれば良かったのだが・・・。
駄目元で電話を掛けようとしたが、数秒も経たない内に切れてしまった。
あの白い《何か》は、山を下っていた。山道はもう終わる。そうしたら家の近くの道路に出る。此方に来る。此の家にーーーーー
「・・・・・・大婆ちゃん。」
逃げなくては。曾祖母を連れて。
ある程度距離が有る内に。
取り敢えずは一番近いコンビニを目指そう。携帯の充電器を買って、兄と連絡を取るのだ。
急がなくては。
僕は財布と携帯電話をポケットに収め、部屋を飛び出した。
チラリと窓の外を見遣ると、白い《何か》は、山道を下り終え、此の家に続く方の道を、ユラユラと進み始めていた。
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階段を駆け下り、一階へ。
曾祖母の部屋は玄関から向かって一番奥だ。
一番山に近い。
悪い予感が胸を過る。
嫌な考えを振り払う様に、廊下を走り抜けた。
大きな襖が見えた。曾祖母の部屋だ。
「大婆ちゃん!!」
僕は全力で、襖を開け放った。
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「襖をそんな強く開けちゃ駄目よ。」
曾祖母の部屋は暖かく、甘い匂いが立ち込めていた。
おっとりとした物言いに、緊張感が薄れる。
僕は慌てて言った。
「ごめん。でも大婆ちゃん、逃げなきゃ!!」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないんだって!!」
「婆ちゃんの部屋に居れば、大丈夫。」
曾祖母はニコニコと微笑んだ。
僕は完全に毒気を抜かれた。
何だか本当に大丈夫な気さえして、僕は小さく
「うん。」
と頷いた。
「開けっ放しにしてたら、部屋が冷えるでしょう。」
「はい。」
言われるがままに、襖を閉めた。
部屋のカーテンは閉められていて、外の様子は見えない。
橙色の電灯が、部屋を照らしていた。
「○○は何時も、頂戴良い時に来るんだねぇ。」
曾祖母はそう言いながら、石油ストーブの上に置いてあった小鍋の中身を掻き回した。
鍋の横にはアルミホイルを敷かれ、程好く焦げ目の付いた餅が膨れていた。
「お昼食べてないから、二つは食べられるでしょう?少し待ってて頂戴。」
トポン、トポン、と餅を鍋に落とす。
鍋の中身を覗くと、お汁粉が入っていた。
「昔から、婆ちゃんが美味しい物食べようとすると、何処からか○○が来てね。」
曾祖母が、ストーブの脇で布巾を掛けられていた盆から、朱塗りの椀と湯呑みを取り出す。
「其処のポットを、取って頂戴。」
「はい。」
小さな花柄のポットを、曾祖母の横へと移動させた。
「はい。有り難うねえ。」
曾祖母がポットの中身を湯呑みに注ぐ。
「起きたばっかりで、喉渇いてたでしょ。」
手渡された湯呑みに入っていたのは、温かい番茶だった。
言われて初めて、喉の渇きに気付く。
「・・・・・・ありがとう。」
少しずつ茶を飲んでいると、今度は餅の入れられたお汁粉の椀が差し出された。
「はい。此れも。」
「うん。ありがとう。」
お汁粉は美味しかった。
「起きてたら持って行こうと思ってたんだけど、○○の方から来てくれて、本当に良かった。ほら、最近階段が少しだけ辛くなって来たから。」
曾祖母は相変わらずニコニコしながら、お汁粉を食べる僕を見ていた。
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お汁粉を食べ終えると、曾祖母は御手玉を始めた。
シャリシャリと小気味良い音を経てながら、一つ、二つ、と空中の御手玉が増えて行く。
僕はボンヤリと其れを見ていた。
笑い声は聞こえていない。
「大婆ちゃん。」
「んん?」
「変なモノを見たよ。」
「そう。」
「白くて、ブヨブヨしてて、顔が無いのに大声で笑うんだ。」
「大丈夫だよ。何もしないから。」
「でも、此方に来るんだよ。」
「婆ちゃんの部屋に居れば、大丈夫。何も出来ないし、入っても来れないから。」
「だけど・・・・・・」
「○○は怖いんだね。」
「うん。」
僕が頷くと、曾祖母はヒョイと、一つだけお汁粉にいれずに残っていた餅を手に取った。
「じゃあ、しょうがない。」
カーテンを開く。
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磨硝子の向こうに、白いシルエットが浮かび上がっていた。
「意地悪なお化けには、帰って貰おうね。」
カチリ
窓の鍵が開く音。
曾祖母が、僅かに開いた窓の隙間から餅を投げた。
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「わ は は は は !!!!」
白いシルエットが窓一杯に広がり、消えた。
曾祖母がゆっくりと振り返る。
呆然としている僕を見て、もう一度、優しく微笑んだ。
「言ったでしょう。大丈夫だって。」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
明けましておめでとう御座います。
正月が!!
終わりましたよ!!!!
若輩者ではありますが、今年も宜しくお願い致します。