「いや~どちらかよくわからなくて・・・・」
増田は馴染みのバーのマスターに話しかけた。増田は精神科医で30歳である。
「何が?」グラスを拭きながら増田に言い返した。まだ夜の7時半客が来るにはまだ早い時間である。
増田が淡々と話し始めた。
いつものように回診をしていた増田、精神的に病んでる人の病棟、はっきり言って回復の見込みはない人ばかりである。
話しかけ返事があろうとなかろうと日報を書き込むが毎日同じ内容である。
Mさんの病室に入る。年齢は50歳、学生時代から精神的な病に冒されもう20年ほど入院している。
いつも窓に話しかけているMさん、まるで窓の向こうに知り合いがいるようにリアルに話しかけている。
「久しぶりだね、そう頑張ってるんだ、前に会ったのは海外赴任の前だっけ?」
「もうそんなに偉くなったんだ、大変だろ、役職が上がると何かと」
「俺は相変わらずだよ、こんな暮らしもいいもんだぞ、ハハハ・・・」
増田はMさんに話しかけた。
「Mさん、今日はどなたと?」
「あっ先生どうも、学生時代の友人でTです、紹介します、こちら増田先生です、若いけどなかなかです、って私が言うのも変か・・ハハハ」
いつものよう話を合わせる増田、窓に向かって
「はじめまして増田です、久しぶりみたいですね、ゆっくりお話なさってくださいね」
「ではごゆっくりどうぞ」と部屋を出ようとした。
そのときMさんが
「先生、窓の向こうに誰かいます?」
「ええ、Mさんの友人のTさんですよ、今話していたでしょ?」
「います?」いつもボヤンとした目のMさんの目がキリッとしていた。
「ええ・・・」
「先生、馬鹿のふりも大変なんですよ、私はここが好きでね、外に出るといろいろ面倒でしょ?ここが一番ですよ、フフフ・・・」
と言ってまた窓の外に話しかけた。
作者Kazuki