此れは、僕が高校1年生の時の話だ。
季節は春。
《幽霊少女の嘘》の続き。
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・・・・・・・・・
「アホか己れは。」
平然とした顔でピザポが言い放った。
部屋の空気が一気に凍り付く。
ユミちゃんは鋭い目付きでピザポを睨んだ・・・が、何かを言う事は無かった。
ピザポが忌々しそうに鼻を鳴らす。
「まぁ、自覚した分マシだけど。」
「言うねぇ、ピザポ君。中々此のタイミングで言えるもんじゃないよ。」
のり姉がニヤリと頬を歪めた。
「けど、話の途中に口を挟まないで。気持ちは解るけど、折角の山場何だから。後で聞いてあげるよ。ちゃんとね。」
そして、ゆっくりと瞬きをした。
右手を軽く上げ、ユミちゃんを促す。
「さぁ、続きをどうぞ。」
ユミちゃんは何処か厳かに頷いた。
有りがちな表現かも知れないが、例えるなら、静まり返った水面の様な、静かな表情だった。
「・・・・・・何処かでは、薄々感付いていたの。でも、あれ以外の形で大切にされる事を、知らなかった。いや、違う。知ってはいたんだと思う。気付かない振りをしていただけ。知ってて、楽な方へ楽な方へと流されてただけ。」
醒めた口調。悲しみも怒りも感じられなかったのが、痛々しかった。
「其の後、誰が何を言っていたのかは、よく覚えてない。只、姉が母に向かって、何か言い返してた。パンッて乾いた音がして、嗚呼、姉が叩かれたんだって。そう思ったの。」
あくまでも軽い口調のまま、のり姉が問い掛ける。
「其のお姉さんは何て言い返してたの?」
「覚えてない。只、私の事を、庇ってた。」
「ふーん・・・。で、話の続きは、まだ有ったりする?」
ユミちゃんは少し躊躇う様な素振りを見せたが、軈て
「ええ。此れで全部。・・・・・・此処から先については、そっちに任せるわ。どうせ全部解ってるんでしょう?」
と薄く笑みを浮かべて見せた。
のり姉は満足そうに頷いた。
「全部だなんて言わないけど、うっすらとはね。でも、その前に・・・・・・。」
目線を向けると、壁に寄り掛かっていたピザポは、小さく頷いた。
のり姉はポン、と両の手を叩いた。
「ちょっとだけ、お説教タイム。」
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・・・・・・・・・。
ピザポは気不味そうな顔をしていた。
無理矢理ユミちゃんの目の前に押し出されたからだろう。
「さっきのは俺も気が立ってたって言うか・・・。」
頬をポリポリと掻きながら、視線をユミちゃんから逸らす。
「大丈夫、大丈夫。多分、私と同じ事考えてたと思うし。」
「怒ったりしないわよ。甘んじて受け入れるわ。ムカつくけど。」
のり姉とユミちゃんがほぼ同時に言った。
そして、ユミちゃんは其処に更に付け足した。
「何を言いたいかは、分かってるもの。」
小さくフン、と鼻を鳴らす。
ピザポは溜め息を吐きながら、不承不承と言った感じで頷いた。
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・・・・・・・・・。
「えっと、俺が言いたいのは、そんなに悩まなくても、ユミちゃん・・・が言われた事は、そう珍しい事でもないって言うか・・・・・・。」
「珍しくないって・・・何が?」
「えっと、だから・・・・・・。親を疎まない子供は居ないし、子を憎まない親も居ないって言うか、我が儘とかも、そんな言う程あれじゃないし・・・。渦中に居なかった俺が言うべき事じゃないんだけど、だから、言う気も無くなって・・・でも・・・えっと。」
ピザポが愈、苦虫を噛み潰した様な顔になる。
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「つまり、話を大袈裟にして、悲劇のヒロイン気取ってんのが気に食わないんだよね。私もピザポ君も。」
のり姉が突如言い放った。
しかも、言い方がかなりきつい。
「しかも、代役立ててやり直そうとしても上手く行ってないし。子供って言っても、死んでから随分と経ってるでしょ。もうとっくに成人済みでしょ。」
「・・・そうね。」
ユミちゃんが悔しそうに頷く。
「悪い事だなんて言わないけどね。私だってそんな偉そうに言える立場じゃないし。でも、此れだけは言わせて。・・・繰り返そうとしないで、ちゃんと成功させようとしなさい。」
「・・・・・・はい。」
「チャンス何て、そう何度も有る訳じゃないんだから。」
「後ね、此れは私の経験談何だけど・・・。」
「何。」
のり姉が静かに言う。
「悪い事とは言わない。けど、割には合わないわよ。」
其の表情は、何処か寂しげだった。
ユミちゃんは拗ねた様な表情をして呟く。
「・・・・・・そんな事、とっくの昔に知ってるわ。」
ピザポはそっぽを向いていたので、どんな顔をしているかは見えなかった。
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・・・・・・・・・。
お説教タイム中の僕と薄塩の会話。
「何だ此れ。何此の状態。ピザポどうした。」
「知らん。」
「てか何、此の幼女。」
「幼女言うな。実際はお前より歳上だ。」
「合法ロリだと・・・?!」
「お前はもう黙ってろよ。」
「叱られてる理由も分からん。」
「あー?・・・多分アレだろ。お父さんとお姉さんをあの二人に重ねてるんだろ。」
「あの二人って誰だし。」
「シーツ被りと川原さん。」
「川原さんどう見ても二十代。」
「いやそうだけど。」
「無理が有るって。」
「いや知らんよ。」
「てかあの二人カップルだから。姉と父なら親近相姦になるから。」
「だから僕に言うなよ。だから川原さんに対して敵対心が有るんだろ。」
「え。単にお父さんとの確執を引き摺ってんじゃないのか。」
「いやそうかも知れんけど。」
「てか、お母さんは?一言キツく言われたからって存在抹消?府に落ちん。」
「もう五月蝿いよ。後々覚えとかなきゃなんないんだから黙ってろよ。あっちの声が聞こえないだろ。」
「いやどうして?」
「え?あ、いや、其れはだな・・・」
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・・・・・・・・・。
のり姉が窓の傍に移動した。
カーテンの閉められた窓に寄り掛かり、微かに笑う。
「・・・さて。愈お待ちかね謎解きタイム・・・・・・と行きたい所だけど、どうやら無理みたいね。」
そして、勢い良くカーテンを開いた。
「お迎えだよ。」
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道路を彷徨く、白いシルエット。
ホスピスで見た時と比べて、其れは自棄に頼り無さげで弱々しく見えた。
「あれって・・・・・・!!」
ピザポの声が強張り、薄塩が床のファブリーズに手を伸ばす。
ユミちゃんが驚愕の表情を浮かべ、小さく呟いた。
「お姉ちゃん・・・・・・。」
シーツ被りだった。
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・・・・・・・・・。
「捜してる。あんたの事。」
のり姉がガラガラと窓を開いた。
ユミちゃんは瞬きをしながらヨロヨロと窓辺へと歩いて行く。
口を開き何かを言い掛け、また口を閉じる。
「・・・・・・ほら。」
のり姉が、ポン、とユミちゃんの背を押した。
ユミちゃんが何処か不安気にのり姉を見上げた。
のり姉はユミちゃんの方を見ない。ただ、もう一度、今度は少しだけ強く、背中を押すだけだ。
然し、其れでもユミちゃんには伝わったらしい。
暫く黙りこくった後、フン、と音高く鼻を鳴らした。
そして、ゆっくりと窓枠へ手を掛ける。
身を乗り出し、ユミちゃんが叫んだ。
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・・・・・・・・・。
「お姉ちゃーーーん!!!」
闇夜に声が木霊する。
ふわり
白いシーツが翻る。シーツ被りが此方を向いたらしい。
「お姉ちゃーーーーん!!!!」
千切れんばかりに手を振るユミちゃん。
其の内、窓枠に足を掛け、立ち上がる。
のり姉がニコリと笑った。
「バイバイ。頑張んなさいね。御両親の事も。」
ユミちゃんが振り返り、フン、と鼻を鳴らした。
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「違うわ。姉と、其の彼氏よ。」
更に、一瞬間を置いて、一言。
「・・・・・・・・・・・・またね。」
そして、勢い良く窓から飛び出した。
重力を無視する様に、ユミちゃんはゆっくりと降りていく。
白くか細い腕が二本、シーツ被りの中から突き出た。
ユミちゃんの速度が一気に増す。
然し、シーツ被りはよろめきながらも、確りとユミちゃんを受け止めた。
甘える妹と、其れを受け入れる姉。
彼女達は、確かに《姉妹》に見えた。
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・・・・・・・・・。
のり姉が上機嫌である。
「《またね。》だって。」
ニヤニヤしている。怖い。
「いやー、コンソメ君も隅に置けないね。ピザポ君とよろしくやってると思ったら、今度は合法ロリっ娘ちゃんと御近づきになってるんだもんね。」
抑、ピザポとはよろしくやって等いない。・・・いや、別にユミちゃんともよろしくやってない。
「いやいや、本当にねぇ。薄塩も何だかんだで心配してたんだよ。何かダメージ受けてたみたいだったから。」
そうだったのか。後で何か驕って・・・いや、さっきのアイスでいいか。
「姉貴死ね。」
「此のツンデレさんめ。」
「切実に死ね。」
「可愛いなぁもう!!」
「止めろ死ね。」
「私の弟がこんなにも可愛い!!」
「切実に止めろ死ね。」
此の姉、何気にブラザーコンプレックスを拗らせている。
もしかしなくても僕は咬ませ犬だな?
「てか、さっきの《御両親》って何ですか?」
ピザポ良く言った。グッジョブ。
其れ僕も気になってた。後、此の姉弟のイチャイチャにも大分うんざりしてた。
のり姉が不思議そうに言う。
「何って・・・シーツ被りと川原。重ねてたんだと思うよ。どっかで。」
薄塩が目を見開いた。
「えっ。お母さんには裏切られた的なあれじゃ無かったのか?本当に自分を愛してくれようとしてた、お姉さんとお父さんと、やり直そうとしてたんじゃなかったのか?」
のり姉は、益々不思議そうな顔になった。
「うん?いや、愛されなかったからでしょ。てか、お父さんからは途中から見捨てられてたし。」
「でも・・・・・・。」
「愛されなかったから、あくまで自分の為に、やり直そうとしてたんだよ。あの子。」
そして、思い直した様に付け足す。
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「まぁ、でも、ちゃんと向き合うって決めたらしいし。中々のハッピーエンドじゃない?」
のり姉が、フン、と鼻を鳴らした。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
申し訳御座いません。
幽霊少女の話がやっと終わりました。
時間だと結構短い期間の話だったんですけど、文章にすると長い。
時間的にも大分伸び伸びになってしまいました。
御迷惑をお掛けしてしまい、申し訳御座いません。
心機一転、此処からはスピーディーに頑張りたいと思います。
店長ともまだ出逢ってないし、猿兄の先輩も出て来てないし、書かなければならない事が沢山です。
其れでは、また次回。
宜しければ、お付き合いください。