兄の家には、兎が一羽居る。
名前は《もちたろう》。名前からお分かりだろうが、性別は雄だ。
よく懐き、よく食べ、よく眠り、よく動く、正に健康優良兎と言えよう。
彼の仕事は、自宅業を営む兄の店での看板兎。そして、仕事が修羅場の時に限って兄の膝に飛び乗ったり、鳴きながら床の上を飛び回って甘える事だ。
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余談では有るが、兎は鳴く。
もちたろうは甘える時には「プップップップッ」
不機嫌な時には「グブゥー・・・」
と鳴く。
兎は鳴かない物と言うイメージをお持ちの方の為、一応書いておいた。悪しからず。
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もちたろうは、兎らしくない兎だ。
先ず、物怖じと言う事を殆どしない。
知らない人の膝にも平気で乗っかるし、猫や犬も恐れない。
前に仔犬を預かった時等は、寧ろ仔犬とじゃれていたらしい。しかも最終的には仔犬に勝利したと言うのだから驚きだ。
更に頭も良い。
必要な物を頼むと、偶に取って来てくれる。相談事をするとじっと此方を見ながら、時折頷く。此方の話を理解しているとしか思えない。
下手すれば、飼い主たる兄より利口な気さえする。
・・・と、惚気も此れ位にしておこう。此れでは只のペット自慢になってしまう。
そろそろ本題へと移ろう。
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そんな超絶可愛い彼では有るのだが、彼の名前は一風変わった物だ。
《もちたろう》漢字に戻すと当然ながら《餅太郎》である。
確かに白くて丸いシルエットの兎ならば、此の名前も言い得て妙だろう。
然し、もちたろうは黒一色の兎なのだ。どう見ても餅ではない。
もし餅だとすれば、黒カビに覆われてしまっている事になる。兄も流石に、兎をそんな奇妙な物に例えたりはしないだろう。
ならば、単に兄が餅好きなだからか、とも思ったが、兄は其処まで餅が好きな訳でもない。
他人が付けた名前をどうこう言うのも悪い気がしたので今まで何も言わずにいたが、僕は前々から不思議に思っていたのだ。
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ある日、唐突に兄は言った。
「あ。今日はもちたろうの命日か。いかんな。供え物を買っていない。」
もちたろうは、部屋の隅でコロコロと転がっている。
「・・・・・・命・・・日?」
ならば、あの視界の端でコロコロしている物体は一体何だと言うのか。
まさか幽霊か?!
毎日元気に、食べて遊んで寝てを繰り返しているあのモフモフ生命体は、既に死んでいるのか?!
いや、そんな筈は無い。有り得ない。
だとしたら、兄はとうとう気が違ってしまったのか。
「どうしたんだい。そんな変な顔をして。」
僕が考えていると、兄が怪訝そうに聞いてきた。
口調が芝居臭いのは気にしないで頂きたい。
何時もこうなのだ。
僕は答えず、もちたろうを持ち上げて兄の目の前に置いた。
「もちたん?」
兄はもちたろうの事を、もちたんと呼ぶ。いい歳をして気持ちが悪い。
「はい。」
「もちたんだね。」
「そうですね。」
「うん。・・・・・・何?」
「生きてますよ。」
「いや、うん?だから?」
「もちたろうの命日って、何ですか?」
兄が益々不思議そうな顔になった。
「うん。死んじゃった日の事だけど。」
「だから生きてますって。」
「もちたんじゃなくてだね、初代だよ。」
「え?」
初代?
「今のは二代目。」
成る程。だから黒兎なのに餅と言う名前なのか。
「じゃあ、初代もちたろうは白兎だったんですか?」
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「いや、猫だけど。」
「・・・えー?」
「プゥー・・・?」
兄の膝で、もちたろうが小さく鳴き声を上げた。
作者紺野-2
もちたろうの話です。
気持ち悪い気持ち悪いと言い続けていたら、いつの間にか兄のもちたん呼びが消えていました。
次回に続きます。
一応、オリジナルタグを付けておきます。
宜しければ、お付き合いください。