兄は小学生の頃、猫を助けたのだと言う。
「一年の時の話だよ。」
「後ろ足が潰れていてね。寒い日だったから、腐敗や虫から逃れていたのだろう。」
持っていた手提げ鞄に猫を入れ、近くの整骨院まで走った。
「骨を治す病院と聞いていたからね。動物を飼った事が無かったから動物病院の場所は知らなかったのさ。いや、動物病院の存在自体知っていたか怪しい所だね。馬鹿な子供だったから。」
整骨院では当然ながら、酷く驚かれた。
「当たり前だよ。子供に手提げ鞄を渡されて、見ると中で怪我した猫が鳴いてるんだから。」
然し幸運な事に、整骨院の先生は優しい人だった。見知らぬ子供と猫の為に車を出し、動物病院まで送り届けてくれた。
「正に恩人と言うべきだろうね。本当、あの先生には今でも頭が上がらないよ。」
兄がそう言って、感慨深そうに頷く。
もちたろうまでが、兄の膝の上でコクコクと頷いた。
「其の後ろ足が潰れた猫が、初代餅太郎だったのさ。」
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後ろ足は、潰れてから随分と時間が経っていた。
元通りに治すのは不可能と言われたよ。
壊死を防ぎ、生きる為には、切り落とすしか・・・無かった。
費用は、整骨院の先生と折半して支払おうとしたんだが、何故か請求されなかった。
いや、単に私に払わせなかっただけなのかも知れない。何せ小学生だったし、出すにしたって大した金は持っていなかったからね。
まぁ、そんな事、当時は考えもしなかったな。単純にラッキーだと思っていたよ。
手術も済んだ後に教えられたんだけど、其の猫は去勢された雄猫だった。人を恐れない所を見ると、どうやら人に飼われていた経験が有るらしい。
其の猫、最初は整骨院の先生が預かる事になってたんだけど、先住猫に苛められてしまってね。
飼い主が見付かるまで、私が預かる事になったんだ。
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兄に連れられた庭の隅。
小さな花壇の中央に、丸い石が一つ、置かれていた。
「数日が数ヶ月、数ヶ月が数年。其の猫は、何時の間にか餅太郎と名付けられて、家の猫になっていたよ。」
兄が丸い石を愛しそうに撫でる。
「名前を付けて、首輪も作って、一緒に十年生きた。最後は私と動物病院の先生で看取ったんだよ。」
器に水を入れ、猫用ササミを供える。
兄が立ち上がり、家の方を向いた。
「其の数年後、私は餅太郎が倒れていた場所で、薄汚れた段ボールを拾った。中には寒さで死にかけた子兎が一羽だけ、入ってた。」
「其れが・・・・・・。」
兄が小さく頷く。
「もちたろうだよ。」
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「さて、そろそろケーキを食べようか。もちたろうが待ってるしね。お昼を少な目にしておいたから、お腹が減ってるだろう。」
縁側へと歩き出した兄が、大きく背伸びをした。
僕は聞き返した。
「ケーキ?兎に人の食べ物は毒じゃ・・・。」
「人間用の訳無いじゃないか。ちゃんと専門の店に注文しておいたのさ。」
其れだとしても、兄は、
「でも、どうして・・・。」
「今日なんだ。もちたろうを拾ったのは。だからお祝い。」
「え?」
縁側で靴を脱いでいた兄の元へ、もちたろうが駆け寄って来た。
もちたろうの頭をワシワシと撫でながら、兄は笑う。
「《来世は思いっきり飛び回れる姿で家においで》とは、常日頃言ってたけど、本当にこんな姿になって来るとは思わなかったよ。」
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「プゥ!」
返事をするかの様にもちたろうが鳴き、其の場で大きく跳び跳ねた。
作者紺野-2
どうも、紺野です。
今日も文才さんが遥か彼方で僕の事を嘲笑って居ります。
本当はもっと良い感じの話だったんです。
切実に悔しいです。