此れは、僕が高校二年生の時の話だ。
季節は春。
一学期の初め。
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・・・・・・・・・。
「あれ、紺野、同じクラスだったのか。」
聞き覚えの無い声に、大層親しげな調子で話し掛けられた。
後ろの席の人間が、帰って来たのだろう。
中学時代のクラスメイトか何かだろうか。
そう思って振り返ってみたが、にこやかに笑っていたのは、見覚えの無い男子の顔だった。
誰だ。
勘違いされているのか、とも思ったが、此の学年で男子の紺野は、確か僕だけだ。
「・・・・・・うん。」
取り敢えず、曖昧に頷いてみる。
すると、相手はパチクリと瞬きをし、何故か、驚いた様な感心した様な、妙な表情になった。
「お前、本当に昔と変わらないな。」
「・・・そうかな。」
「此処まで変わらない奴も珍しいって。」
「・・・・・・うん。」
「何か安心したけど、少しガッカリだわ。」
「・・・・・・・・・ごめん?」
何が何だか分からないまま謝ると、目の前の相手は
「止めろって。冗談だよ。」
と軽く頭を叩いた。
何だこいつ。馴れ馴れしいな。
初期のピザポよりも馴れ馴れしい。
本当に誰何だ。お前は。
笑顔を作りながら、僕は心底困り果てていた。
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・・・・・・・・・。
キンコーン、キンコーン、キンコーン
チャイムが鳴った。
朝礼の始まる時間だ。
ガラガラと扉が開き、教師が入ってくる。
「じゃ、またな。」
彼はそう言って自分の席に着いた。
僕は少しだけ安心し、教師の顔を見る。
「えー、はい、じゃあね、始業式が始まりますのでね、北体育館にですね、移動しましょう。」
去年と同じ骸骨先生だった。
ピザポの方を見ると、彼方も僕の方を向いていた。顔を見合わせて、苦笑いをした。
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・・・・・・・・・。
廊下に出ると、薄塩が近付いて来た。
「骸骨だったな。担任。」
「まだ決まった訳じゃないだろ。担任発表まで希望を捨てるな。」
僕が眉を潜めると、薄塩は不思議そうに呟いた。
「てか、骸骨って何処が駄目なんだ?」
ピザポが其処に加わり、問いに答える。
「駄目って訳じゃないけど、服装、滅茶苦茶厳しいんだよ。服装検査に他のクラスの倍近く時間が掛かる。嫌味だし。」
「其れは・・・。嫌だな。」
「コンちゃんとかは髪長い方だし、文句付けられる事も多いんだよ。俺も髪染めてるって言われたし。」
「染めてんのか?」
「んな訳無いじゃん。」
「僕なんて性同一性障害を疑われた。」
「マジか。」
下らない話をしながら廊下を進み、階段を下りる。
体育館に行く途中で、さっきの男子を見掛けた。数人のクラスメイト達と、楽しそうに話をしていた。
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・・・・・・・・・。
欠伸の連続だった始業式を終え、教室へと戻った。
担任は骸骨だった。
「其れでは、一時間目のHRは簡単な自己紹介から始めましょう。」
順番に名前と一言二言、何かを言うように指示された。
軈て、僕の順が回って来た。
「どうも。紺野です。此れから宜しくお願いします。」
立ち上がって挨拶をし、もう一度席に着く。
次は後ろの席の男子の番だ。
「斉藤と言います。宜しく。」
こいつ、斉藤って言うのか。
斉藤・・・斉藤・・・・・・。
聞き覚えの無い名前だ。
僕はもう一度首を傾げた。
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・・・・・・・・・。
「斉藤・・・・・・君。」
結局何も分からないまま、其の日が終わってしまった。然し、どうにもモヤモヤする。
教室から去ろうとしている斉藤を、慌てて呼び止めた。
呼び捨てが何だか怖かったので、後から君を付ける。
「ん?何だよ。」
「いや、斉藤君って部活とかやってる?」
「帰宅部だけど。あと、君は要らない。」
「あの、じゃあ・・・」
「嗚呼、一緒に帰る奴居ないのか。あれ?でも薄塩とまだ仲良いんだよな?てかお前そんなキャラだった?」
「薄塩の事・・・・・・」
「うん。去年はずっと独りだったもんな。今年はお前が一緒でホッとしたよ。」
どうやら此の斉藤、薄塩の事を知っているらしい。
益々解らない。
頭の中を?マークが飛び交っている僕を尻目に、斉藤は楽し気に話を始める。
「家が変わったんだ。だから、あんまり長くは一緒に行けないけど。田舎だし遠いし、此れなら元の家の方が大分マシだな。」
「まぁ、新しい家も悪い事ばかりじゃないけど。大分古臭い家だけど、広いし。倉とか有るし。探検じゃないけど、色々見るのも楽しい。」
「あ、そう言えば、此の間、倉で面白い物を見付けたんだけど・・・。」
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・・・・・・・・・。
物事を思い出す時と言うのは、何時だって唐突だ。
匂い、音、感触、味・・・様々な物がキーとなってカチリと記憶の扉的な何かが開くのだ。
カチリ。
僕の頭の中で、記憶の鍵が開いた。
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・・・等と、阿呆の様な事を書き連ねてもしょうがない。
要は思い出したのだ。
目の前に居る人物の事を。
小学生の頃、リーダー格として僕や薄塩の逆らえなかった人物の事を。
やたらと馴れ馴れしく、面倒見の良さと持ち前のリーダーシップから、友達の少なかった僕を必要以上に構い、まるでハムスターの様に善意をカラカラと空回りさせていた人物の事を。
人一倍怖がりなのに人一倍オカルトが好きでオカルトに関わり易く、僕と薄塩に散々迷惑を掛けて来た人物の事を。
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「・・・・・・T?」
「何だよ今更。」
彼は《T》。
小学生時代の知り合いだった。
「あの、名字・・・・・・。」
「親が離婚した。母方に付いたからTから斉藤に変わった。」
「え、あ、あそ、そうなんだ・・・。」
道理で聞き覚え無い名前の筈だ。
其れにしても、何だか気不味い事を聞いてしまった。
ゴニョゴニョと口籠る。
だが、T改め斉藤は、そんな事に興味は無いらしい。
「箱!凄い箱見付けたんだよ!!」
引っ越し先の家で見付けた箱に付いて、何やら熱く語っている。
「探検してたらさ、もう凄い奥の方に転がってて、大きさは大した事無いんどけどさ、本当、小さめのオルゴールみたいな感じで。」
「オルゴール・・・。」
「でも、オルゴールとは全然違うんだよ!」
斉藤が、目の奥をキラキラと輝かせながら、机の上に身を乗り出す。
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・・・・・・・・・。
嫌な予感がした。
古い家、倉、小箱。そして何より、オカルトホイホイのT・・・じゃなくて斉藤。
録な事が起きない訳が無い。
いや、然し、彼だって高校生だ。昔の様に、厄介事に巻き込んでは来ないだろう。来ない筈だ。来ないと信じたい。
僕は約二秒間で此処までを考え、また何か言おうとしている斉藤の口を、じっと見詰めた。
斉藤が、心底楽しそうな表情で口を開く。
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・・・・・・・・・。
「だって其の小箱、開くと歌が聞こえるんだ!」
希望的観測は打ち砕かれた。
厄介事だ。100%厄介事だ。
新学期早々、厄介事に巻き込まれてしまった。
「機械とか一切付いて無いのに、だからな!!凄いだろ?!」
斉藤がキラキラした目で、僕に同意を求めて来る。
絶望感に打ち拉がれていた僕は何の答えを返す事も出来ず、ただ
「・・・うん。」
と頷いた。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
やっとT・・・もとい斉藤が出て来ました。
此れから暫くこの《ウタバコ》の話です。
次回も宜しければ、お付き合いください。