此れは、ウタバコ・5の続きだ。
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・・・・・・・・・。
ズルリ
蛇が壁を這い昇る。壁に赤い模様が、また一本増えた。
「・・・紺野?」
斉藤が不思議そうに僕を見た。
慌てて、壁から視線を逸らす。
「いや、友達の家に来るのに慣れてないから・・・。」
弁明をしたが、何だか嘘臭い。自分で言ってしまうのも何だとは思うけれど。
「其れにさ、部屋自体変わったから当たり前かも知れないけど、何か、雰囲気変わったなー・・・と・・・・・・あはは。」
うーん。嘘臭い。
次いでに言うと、部屋の中は血生臭い。
窓を開ければ良いのかも知れないが・・・。初めて来た友人の部屋で《窓を開けてくれ》と頼むのは、何だか気が引ける。
此処が薄塩の家だったら、確認等せずに、勝手に開けてしまうのだが。
何かと不便である。
「・・・・・・紺野?」
「なっ、何?!」
「いや・・・ウタバコ。」
「えっ?」
斉藤が、困った様な顔で此方を見ていた。
僕は当然の如く慌てた。
「え、あ・・・うん。ごめん、何。」
「だから、ウタバコ。」
「あ、嗚呼・・・ウタバコね。うん。」
無駄に何度も頷くと、斉藤は何故か愉快そうに笑った。
「本当、何処まで変わらないんだよ。お前は。」
「・・・・・・・・・うん。」
微妙な心境で頷く。
変わらない変わらないと、こうも連呼されると少しだけ・・・何だか嫌だ。
進歩していないと言われる様な気がする。
「で、此れなんだけど。」
「え?」
唐突に差し出されたのは、茶色い箱だった。
「なにこれ。」
「ウタバコ。」
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・・・・・・・・・。
漫画やアニメに於いて、所謂《曰く付きの品》と言う奴は、出て来る時も、其れなりの特徴が有る物だと思う。
其れだと言うのに、其の箱は、あまりにも《普通》だった。
茶色い木の箱。表面には草の模様が掘り込まれている。大きさは文庫本程度。厚さはそこそこ有るが、其処を考慮しても決して大きな箱ではない。
蓋は蝶番で止められているらしく、ドアの様に片方が固定されているタイプ。金具は有るが、鍵は付いていない様だ。
オルゴールか、単なる小物入れ。古い感じはしたが、高級感は無く、単に製造から年数を重ねただけ、と言う印象を受ける。
「ウタバコ・・・・・・。此れが?」
拍子抜けした。ハッキリ言ってしまえば、軽く失望さえ覚えた。
「何か、思ったより普通の・・・・・・あ。」
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何と無く安心して斉藤を見ると、笑みが消えていた。
「斉藤・・・・・・?」
「何?」
先程までとは、打って変わった表情。静かで冷静で、其れでいて、優し気だった。
其れは、僕が知っている斉藤・・・・・・いや、Tの表情では無かった。
「聴こう。声が小さいから、喋らないで。」
斉藤が、神経質そうな指使いで箱に手を掛ける。
コトン、
僅かに硬質な音を立て、小箱の蓋が開かれた。
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・・・・・・・・・。
聞こえて来たのは、か細い歌声だった。
メロディーは・・・成る程、斉藤の言う通りで童謡らしい所が有り、何処かもの悲しい。
歌詞は殆ど分からない。歌っている声が苦し気で細いので、何を言っているのか聞こえないのだ。
「まー・・・どーくー・・・・・・ひとをー」
綺麗な歌だった。何を言っているのかは分からなくとも、何故か切なくなる様な、そんな曲だった。
だが、其の歌は、手元に有る小箱・・・ウタバコから聞こえて来るのでは無かった。
其の歌は・・・・・・・・・
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他ならぬ、斉藤の口から漏れていた。
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・・・・・・・・・
斉藤は気付いていない様で、うっとりとした面持ちで、箱を見詰めている。
どうやら彼は、自分の口からではなく、ウタバコの中から声が聞こえているらしい。
自分の口が、まるで卵を丸呑みしようとする蛇の如く、パッカリと開いているのにも、気付いていない様だ。
然し、箱は歌う処か、全く音を立てていない。
歌は、確かに、限界まで開かれた斉藤の口から聞こえているのだ。
何のへんてつも無い小箱が、自分でもよく分からないが、突然、無性に怖くなった。
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ふと気付いた。屋の中に居た蛇が、何時の間にか居なくなっていた。
いや、居なくなっていた訳ではない。
斉藤の口から霞が漏れ、生臭い臭いが一段と強くなる。赤いリボンの様な物も見えた。
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歌は、彼が歌っていた訳では無かった。
歌っていたのは、口の中の、蛇だった。
視界の隅で、着物の女が満足そうな笑みを浮かべた。
作者紺野-2
どうも紺野です。
短くてごめんなさい。
ついつい、一度眠ってしまいました。
明日は書けるかどうか微妙な所ですが、出来る限り書きたいとは思っています。
宜しければ、次回もお付き合いください。