佐吉は復讐の鬼と化して憤怒の炎を燃やしていた。
我が子、鈴太郎を殺めた男を山の中の土中に生き埋めにした。
それだけでは収まらず、節を貫いた竹を空気穴として土中に刺した。
男の猿轡には木綿の太い糸を結わえて夜露で水分を取れる様にしたのは、少しでも長く死への苦痛を与える為である。
「簡単に仏になれると思うなよ」
佐吉が土中に向かって呟いたその時、
「ちゃりん、ちゃりん」と鈴の音がした。
佐吉がその血走った目を剥いて振り返ると暗闇の中、かげろうとも、湯気とも分からぬ白い霧に包まれた鈴太郎が立っていた。
しかし、鈴太郎はいつもの、かすりの着物にへこ帯姿では無くて白く輝く衣装を身に纏い、憂いた眼差しで微笑んでいた。
「り、鈴太郎、鈴太郎だな」
先程の血走ったからは止めども無い大粒の涙が流れていた。
「お前を無残に殺めた、この人でなしは今、土の中で虫の息じゃ。己の犯した深い罪の重さに、もだえ苦しみ飢えて死ね。」
と佐吉が吐きすてると、、、
白い霧に包まれた鈴太郎は泣き出しそうな面持ちで静かに口を開いた。
「とと様、私を大切に育ててくれた、とと様なんですか」
「そうだよ鈴太郎。お前が父と呼ぶ私だよ。鈴太郎、後生だ、お願いだから、もう一度、お前を抱きしめたい、頭を撫ぜさせてはくれないか」
しかし、鈴太郎が答えるには
「とと様の懐かしき声はすれど姿がみえぬ、何処に居られる会いたや愛おしいや」
と鈴太郎が言い終わらぬ内に再び闇夜の山の中に鈴の音が響いた。
「ちりりん、ちりりん」
山の草木の茂みの中、大木に身をもたれて両手で顔を覆った、お鈴が嗚咽を漏らして泣いていた。
「とと様、鈴太郎は今は仏様になりました。私たちより尊い御仏となりました」
「分かっておるお鈴、わしはその鈴太郎を殺めたあの男に仇をうっておるだけじゃ」
「もう、あの憎い男も虫の息じゃ」
するとお鈴が叫ぶ様に、、、
「とと様、なりませぬ。鈴太郎が死んだ上にとと様まで失うと、このお鈴は生きては行けません」
「お鈴、何を言う。わしは元気だ安心しなさい」
「いいえ、違います。とと様は地獄の扉に手を掛けておられます。それが証拠に悪鬼羅刹となろうとしているとと様のお姿が御仏になった鈴太郎には見えませぬ。鈴太郎がどんなに愛おしんでも、今のとと様は見えませぬ」
「お鈴、わしは許せんのだ、物のように鈴太郎をいたぶって殺したあの男が許す事が出来ないんじゃ」
すると、突然、鈴太郎が
「お姿が見えぬとと様にお伝えしたい。とと様は私たち姉弟を慈しみ愛して下さった、だからこそ鈴太郎は恨みに苦しむとと様を想うと暗く深い闇の悲しみに包まれるのです。鈴太郎はとと様と二度と会えなくなるのが死ぬより辛いと泣いています」
お鈴がまた言葉を繋ぐ
「とと様、今はあの男を許せとは申しません。ただ、私と鈴太郎はそんな恨みを背中に背負って歩く、とと様の辛く悲しい後ろ姿に私達の身も砕かれます。
お身体をむしばむ呪いはとと様の優しい背中が背負う物ではありません。
とと様、恨みの荷物をその背中から降ろして、もう一度、私と鈴太郎をその背中にまた負ぶっては下さぬか」
不幸が三人の親子をおそった。しかし、お互いを思いやる心が嬉しかった。
死した鈴太郎も、何も出来なかった佐吉もそれを見て胸を痛めたお鈴も、我が身より相手を思う優しさがあった。
殺された鈴太郎は自分のために人を恨む親を見て、自分の命の儚さより親の恨みをなげいた。
「ちゃりん、ちゃりん、りりりん」
鈴の音が響き暗闇の山の中、いつまでも三人の泣き声は止まなかった。
あとがき、、、
死は辛い別れですが、そこで人の全てが終わる訳では無いと考えています。
余談ですが私も子供の死に直面しました。
泣き叫んで神様、仏様、に助けを乞いましたが、冷たくなった我が子は帰りません。
葬式の時には神様、仏様はいないと思い、我が子が骨になる頃には神様、仏様を恨みました。
今?あっ現在ですか?死んだらあの子を抱き締めたいと楽しみにしています。大好きだった友人も待ってると思ってます。
作者神判 時
伝えたいものがあります、、、何が大切か分かってやって頂ければ、、、