「夏だってのに、野郎二人で部屋呑みってのも情けないわな」
「わかるけどよ、とりあえず、そこのスルメ、よこせよ」
思い出話に、飽きた二人は小、中学校の 同級生だが、今じゃ、ただのおっさん、腐れ縁の二人組、特別にウマが合うって訳じゃないけど、一年に一度ぐらい、会って酒を酌み交わす仲だ。
「ところでよ、お前、確か渓流釣り好きだったけど今もやってるの」
「ダメだよ」
「ん?お前の頭や性格がダメなのは昔から知ってるけど、何がダメなんだよ」
「悪かったな、お前に言えたセリフかよ。俺が言いたいのは砂防ダムのせいで、川がダメになってるんだ」
「はぁ〜嫌になるよなぁ」
「お前、急にエコロジストか?頰かむりして、トウモロコシ盗みに行った野郎が、自然破壊に、ため息か」
「うるせぇ、塩入れてお湯沸かして待ってた野郎に言われたくないわ、まぁいいや、お前に、いい渓流釣りの場所でも聞こうとした私が馬鹿でした」
すると、傾けたグラスの手を止めて奴が 突然、考えはじめた。暫くすると窓に眼を向けながら、ゆっくりと喋り始めた。
「必ずっていい程、釣れる川があるんだ。ここから、車で一時間ぐらい、しかし問題は釣れる魚がオショロコマ(別名・えぞイワナ)なんだ。知ってるだろ?ヤマメ、イワナ、オショロコマは同じ川には共存しないって事」
「知らんけどよ、そうなんだ?ふ〜ん、じゃオショロコマなら確実に釣れるけど、他の 魚種は諦めればいいって事だろ、でもさ、確実に釣れるって保証は、一体、何んだよ」
「アホ、オショロコマって喰えるけど川魚の中じゃ、不味いだろ?誰も、オショロコマ何ぞ狙いに朝から渓流釣りするか」
「わかった。それりゃいい、川漁師みたいに、朝早くから行くつもりも無いし九時頃に出かけて午前中に帰る、いいじゃん決定!来週末、親父、誘って行ってみるわ」
これが、大きな誤ちだったと後になって後悔したが、この時、知る由もなかった。
奴が、教えてくれた渓流は、ある国道を北に向って、○○町を経由して海の方面に向う途中に長いトンネルがあり、それを抜けてすぐに右側に廃墟となった商店がある。 商店と分かるのは、建物の前に錆びた自動販売機が放置されているから、らしい。
その商店を目印に直進して数メートルも行けば左側に道があり、その道に沿って進む。道なりに走っていると、小さな川をまたぐ橋みたいなモノがあり、そこら辺に車を停めて釣ればいい、との説明だった。
ついでに奴を釣行に誘ったら、即答で断るとの返事だった。
もう、お気づきの方も多いと思いますが、この話は実話で場所は北海道、詳細な場所はご勘弁して下さい。
ある日、予定どおり午前9時、親父と二人で車を走らせて目的地へと向った。道行く車は少なく、早く到着した上に天気もよく、夏の渓流釣りに気分は上々だった。
しかし、道幅が狭く、橋といっても、土管を川に置いて上に土を被せて橋にしたような簡易な橋で、申し訳ていどの欄干(高さ20センチぐらい)が付いているだけで、本当に山路だった。
車を停める場所が無かった。何度か車を停めて車外に出ては見た。すれ違う車など無いとは思ったが、万が一、他の車が来たなら、クラクションのお呼びだしは確実の道幅だ。
せっかくの気分をぶち壊されるのは絶対に嫌だった。
そんな理由で、川にまたがる簡易橋を幾つかやり過ごし、なんとか路肩に駐車できる場所を見つけ、竿を出し始めた。そう、時間は10時半になろうとしていた。
簡易橋から、釣り糸を垂らすと、数秒でアタリが来た、竿をあげると26、7センチのオショロコマ。あっと言う間に5〜6匹が釣れたが、段々サイズが、小さくなってきたので、親父は川岸へ降りて上流へ行くと言い始めた。水深2、30センチと言えども長靴だけで行くのは危ないって反対したが、耳など貸す素振りも見せず、川へと降り始めた。
「後、一時間もしないうちに昼飯にしたいから、そんなに遠くまで行かないで、、」 言い終わらないうちに背中越しに「あぁ」とだけ返事をして草薮へと消えていった。それから、5分もしただろうか、親父が降りていった。川から「ごにょごにょごにょごにょごにょ……」と聞こえてきた。何を言っているのか、さっぱり分からないが音?いや声だ。ただ、一定の低い声でしばらく続き、止まったと思ったらまた続いて聞こえる。
なぜか最初、川の上ほうに農地があり、そこで農家の方々が話しをしていると、思っていた。時間は11時をすこし過ぎて、これから暑くなるような日差し、簡易橋の左右の雑草も1メートルは優に越えて茂っていた。
しばらくすると、先ほどからの「ごにょごにょごにょ……」との声が高さは変わらないかったが、少しづつ大きくなってきた上に いくらかの怒気をおびたように感じた。
うるさいオジサンに因縁つけられたら災難だと思い、とりあえず帰る用意を始めた。竿を道端に置き、帰る方向へ車を向けるべく、Uターン出来る場所を探していると異変に気付いた。農地どころか、人がいる様子がない、勿論、何処にも車もない。何度も何度もハンドルを切り返し、ようやくUターンに成功して、釣竿を置いた路肩に車を停めた。
ここで、少し冷静?になって、営林署の職員の方かもしれないな、なんて考えはじめた。そんな甘い考えは数秒後に砕けた。親父が降りていった。簡易橋の右側から「ごにょごにょごにょ……」との声がまたたく間に
「だぶしょだぶしょだぶしょだぶしょ」と念仏のように聞こえ始めた。何度も言うが、夏の晴天の真っ昼間!心霊体験はあるが、こんなのは初めてだった上に、まさかと思っていた気持ちのギャップに、嫌な汗が流れ、身体が寒さに震えた。
釣竿、ビクをトランクに叩き込み、震える身体で精一杯、親父を呼んだが、返事が無い、不明瞭な念仏の声は大きさを増して来て、すぐ近くから聞こえる。叫ぼうとしても、「あぅあっ」としか声がでない。恐怖も限界に近かった。突然、声がとまった。
息も荒く、車のクラクションを鳴らし続けていた、その時、簡易橋の左側の草薮が音を立てた。とっさに親父が戻ったと思い、 「遅いよ、何してるんだよ、帰る」と怒鳴った時、一番の恐怖が剥きだされた。
返事もないが、親父だと思い込んでいたので、「早く上がって来てよ」と再度、怒鳴ったが、川岸の草が左右に激しく揺れて返事もない、動物?熊?クマ???逃げなきゃ死ぬ、先ほどとは違う恐怖だが、車でぶつけてやると思いドアに手をかけて開けようとした時、川岸に目をやると、ソイツは川から上がって来た。足音もたてずに、、、、
川岸に生えた1メートルを越える雑草が、左右に分けて倒された、まるで人が、通るためにかき分けたように左右に草がなぎ倒されるしかし、その中心には、いるべき人も動物さえも、いなかった。
情けないけど、道の上にへたり込んだ。夏の日差しの中、全ての音が止まって聞こえ心臓の鼓動だけが、ドックン、ドックン…。
それから暫くして、親父が簡易橋の右側から
上がって来て車まで来た。
「クラクション、聞こえ無かったんかい」
「ん?どうした」
明らかに聞こえていたのに釣りを続けていた様子に腹が立つより、一刻も、この場所から離れたかったので、無言で、釣り具を片付けて、車を走らせた。
作者神判 時
北海道のある場所で実際に起きた出来事です。この体験の数年後ですが、この近くで、殺人事件が発生しました。因果関係は分かりませんし、調べる気持ちも全くありません。犯人は既に逮捕されています。読まれて、怖さは伝わりにくいと思いますが、快晴の夏、しかも真っ昼間だからこそ想像すらできなかった。そのギャップに心底、恐怖を感じました。
次の後編で、タイトルの意味が明確になります。