中編6
  • 表示切替
  • 使い方

ウタバコ・12

此れは、ウタバコ・11の続きだ。

nextpage

・・・・・・・・・。

烏瓜さんは底意地が悪い。

僕はそう確信した。

いや、正確には、ファーストコンタクトの時から其れは分かって居たのだ。

然し、例え一瞬でも《不器用なだけで、本当は素直で優しい人なのかも知れない》等と考えてしまっ

て居たのだ。

僕は馬鹿だった。物事の本質を、全くと言って良い程に理解していなかった。

確かに彼は優しい人だ。然し、決して素直な人間では無い。性根が捻くれ、螺曲がっているのだ。偶に見える素直そうな部分は、捻くれ過ぎて性根が一回転し、恰も素直で実直な様に見えると言うだけの話なのだ。

相も変わらずカラカラと笑い続けている猿面を、僕は全力の眼力を以て睨み付けた。

nextpage

・・・・・・・・・。

烏瓜さんは一通り笑い終えると、喉が渇いたらしく、玄米茶を一気に飲み干した。そして噎せた。

格好悪い。

「大丈夫ですか。」

様を見ろ。人の事を散々脅かすからだ。ばーかばーか。

「・・・今、何か良からぬ事を考えたね?」

烏瓜さんが苦しそうにしながら僕の方を見た。何故にバレたし。

僕は勿論しらばっくれた。

「いいえ。そんな事無いですよ。」

「本当に・・・・・・?」

烏瓜さんは暫くの間、訝しげに僕を見ていたが、其の内、「ふぅん・・・。」と言う様な溜め息とも相槌とも付かぬ声を出し、一つ大きな咳払いをした。

「手負蛇の説明をしようじゃないか。」

nextpage

・・・・・・・・・。

「《絵本百物語》と言う、所謂、江戸時代版妖怪図鑑の様な本が有る。《手負蛇》とは、其処に載っている化け物さ。」

そう言って烏瓜さんは、携帯電話を少しばかり弄り、僕の方に画面を見せた。

「此れが、《手負蛇》だよ。」

液晶に写し出された蛇は、ボロボロで、肉が爛れ落ち、骨が見えていた。

開け放された障子。其処から、部屋の中へと侵入しようとしている。

部屋にはテントの様な物が吊るされていて・・・。

「此の緑色の天蓋みたいなのは、蚊帳だよ。ほら、隣のトトロで出て来ただろう。蚊を防ぐ為の帳、と書いて蚊帳だ。」

成る程。と言う事は、此処は此れから人間を襲うシーンなのか。

「此の中で人が寝ている訳ですね。で、此の蛇が・・・何かをするんですね?」

「いいや。中の人間には何もしない・・・と言うか、出来ないんだよ。此の蛇はね。」

そう言って、兄が蚊帳を指差す。

「ほら、蚊帳が張られているからね。」

僕は首を捻った。

何故なら、其の蚊帳の下の部分は、布をたくし上げれば普通に潜り抜けられそうなのだ。

確かに蚊帳の名の通り、蚊は入り込めないだろう。然し、蛇は普通に布を潜れば侵入出来てしまう。

骨が出ているので、其れが多少は引っ掛かるのかも知れないが・・・。

「どうして、蛇は入れないんですか?」

僕が素直に疑問をぶつけると、烏瓜さんは一瞬だけ困った顔をして答えた。

「蛇とて虫だからね。虫除け用の帳な訳だし、入れないとされていたんじゃないかなぁ。」

「虫?」

蛇は爬虫類では無かったのか。

「確かに長虫とは言いますが・・・。」

「今では専ら昆虫の事を指すがね、本草学では人類、獣類、鳥類、魚類以外の小動物の事を言うのさ。江戸時代は此れが最も盛んだったからね。爬虫類も爬虫類も虫だよ。」

「何て大雑把な・・・・・・。」

「あはは。そうだねぇ。」

烏瓜さんは鷹揚に笑い、そして、コツンと蚊帳の部分を叩く。

「此の蚊帳の中の人物・・・男が目を覚ますと、蚊帳に《あだむくひてん》と書いてあったと言う。今風に言うと、《必ず復讐してやる》みたいな感じだろう。」

「・・・復讐?何か恨みを買ったって事ですか?」

「勿論。」

僕が繰り返した言葉に、烏瓜さんは大きく頷いた。

「此の蛇・・・《手負蛇》と言う化け物は、殺され掛けた・又は殺されてしまった蛇が呪いに来るって怪異なのだからね。」

nextpage

・・・・・・・・・。

一人の男が蛇を半殺しにし、其れを放置して家に帰った。

そして、其の日の夜中、男の元へ、昼間の蛇が復讐をしにやって来た。

だが、蛇は蚊帳の中に入れない。其の内、帰って行った。

次の日、男が目を覚ますと、蚊帳に《あだむくひてん》と、赤い血で書かれていた。

nextpage

・・・・・・・・・。

「要約すると、蛇を傷付けた人間を祟る訳ですね?」

「いや、一概にそうとも言えないんだ。」

違かった。

烏瓜さんは少しだけ口を尖らせながら、人差し指を立てた。

「こんな話も有る。」

nextpage

・・・・・・・・・。

とある村。

今で言う公共事業の様な感覚で、稲荷の御宮を建てる事となった。

地面に穴を掘り、杭をさし・・・。すると、一匹の蛇が土の中から出て来た。

村の子供達は其の蛇を捕まえ、殺し、切り刻んで遊び始めた。

其れを見たのが其の村の村長。不吉に思い、大層恐ろしくなった。

其の晩。

村長が目を覚ますと、枕で息遣いが聞こえる。見ると、蛇が自分の方をジッと睨んでいた。

急いで使用人を呼び追い払わせようとしたが、自分以外に其の蛇は見えないらしい。

村長は其のまま、病気になってしまった・・・。

因みに、蛇を殺した子供達には、何も起こらなかったと言う。

nextpage

・・・・・・・・・。

烏瓜さんは話終えると、フッと息を吐き、こう言った。

「呪いの矛先が向かうのは、傷付けた者とは限らない。」

「ふ、不条理ですよ!村長何も悪く無いじゃないですか!!」

そして、僕の主張に、ヒョイと肩を竦める。

「確かに悪くないね。然し、不吉に思い、不安になった。・・・だからだよ。《手負蛇》は、恐れを抱いた者を呪う。だからこそ子供達は呪われなかった。悪意が無かったからね。」

彼の不安、恐怖に応じた・・・其れだけの事だったのさ。

烏瓜さんが細く息を吐いた。

ニマリ、と笑い残っていた餡蜜へと手を伸ばす。

nextpage

「斎藤君とやら・・・彼の湿疹は、恐らく野葡萄君、君が彼の不安を煽ったからだ。」

「え・・・?!」

「そう軽々しく誰かを不安にさせちゃ駄目だ。さっき意地悪をしたのは、一寸したお仕置きだよ。」

「じゃあ、僕が斎藤君を・・・?」

「嗚呼。」

逆を言えば、僕が何もしなければ、斎藤君が苦しむ事は無かった・・・・・・?

背筋がスッと寒くなった。

顔から血の気が引いていくのが分かる。

烏瓜さんが真面目な表情で、僕に、ゆっくりと諭した。

「だからこそ、野葡萄君。君がちゃんと、ケジメを付けなさい。」

「・・・・・・はい!」

僕は大きく頷いた。

nextpage

・・・・・・・・・。

帰り。目隠しをされているので、車内はとても退屈だ。

「其れにしても、あの女性は何なのでしょう。手負蛇と別物・・・と言う事は、やっぱり幽霊なのでしょうか。」

僕が問い掛けると、兄はフーム、と唸った後に独り言の様な呟きをプツプツと吐き出した。

「幽霊、幽霊ね・・・。多分、此の世の物では無いんだろうけどね。どうなんだろう。単純に被害者なのか、自業自得なのか、解って利用しているのか・・・。見え方の問題も有るしね。薄塩君達が障りに遭わなかったのは、其の所為かも知れない。単に恐れを抱かなかっただけかも知れないがね。小箱の歌の事も気になるし・・・。」

そして、結局帰って来たのは

「分かんないな。」

のユルい一言だった。

nextpage

・・・・・・・・・。

「はい、此れ。」

帰り際小さな箱を渡された。

「お土産。何だかんだ言って遅くなってしまったからね。御家族と一緒に・・・ね。」

「え、いや、駄目ですよ!結局奢って貰っちゃったのに!!」

返そうとすると、烏瓜さんは窓から手を伸ばして、僕の手を制した。

「平日から何の断りも無しに、だったからね。詫びの品って訳さ。君も偶には、家族団欒したまえよ。」

「え、あの、でも・・・」

「其れに、練り切り余り好かないんだ。じゃあね。」

そして、其のまま車を発進させ、行ってしまった。

僕は走り行く車に、頭を下げた。

・・・烏瓜さんは、やっぱり良い人なのかも知れない。

nextpage

・・・・・・・・・。

「うぎゃっ!!」

夕食の後、皆で箱を開くと、其処には小さな蛇が三匹、円らな瞳で僕等を見詰めていた。

無論、其れはちゃんと練り切りだったのだが、其のクオリティの高さの余り、父が茶をひっくり返し、僕はびしょ濡れとなってしまった。

前言撤回。

やはり、烏瓜さんは底意地が悪い。

Normal
コメント怖い
8
10
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

裂久夜さんへ
コメントありがとう御座います。

そうです・・・と言いたい所ですが、あれは小笠原さんの御父様の作だとか。

まぁ、少しずれている人には変わり無いですが・・・。

土曜日から日曜日にかけて、召集が掛かりました。時間をずらして書けるだけ書きます。御迷惑をお掛けします。

返信

ちゃあちゃんさんへ
コメントありがとう御座います。

僕と母は平気だったんですけど、如何せん父がビビりでして。ずぶ濡れにされました。

僕は・・・何と言いますか、似たような生物と仲良くしているので、何だか少し心苦しかったです。

すみません。土曜日から日曜日、出掛ける事になってしまいました。時間をずらして書けるだけ書きます。

返信

mamiさんへ
コメントありがとう御座います。

其れってもしかして・・・。

蛇は《蛇女房》等の恩返し譚も有る事には有るのですが・・・やはり、体調が悪くなるのなら、恩を仇で返されたのでしょうね。
僕も背筋が薄ら寒くなりました・・・。

御免なさい。召集の青い手紙が届きました。土曜日から日曜日、少し出掛けます。

返信

紫月花夜さんへ
コメントありがとう御座います。

成人済みと高校生とはとても思えない幼稚さですが、リアルでこんな感じです。

そうですね・・・。
今回の場合《相手に怖い思いをさせた》と言うのが怒った原因だと思いますので、単に自分が怖いと思うのはセーフ・・・なのだと。

土曜日の夜から日曜日にかけて、召集の青い手紙が届きました。本当に申し訳御座いません。時間をずらして書きます。

返信

蛇の練り切り…可愛いじゃないですか〜(^^)私はきっと可愛くて食べられないでしょうけれど…そっか〜普通は蛇って怖れられる存在なんですね…

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

笑ってはいけない…
ニヤついてもいけない…
微笑ましい兄弟です(笑)
幽霊とか不必要に怖がってはいけないとは言いますが~
怖いものは怖いです
見たことないけど(ボソッ)
まだまだ、困難がありそうですね~
楽しみに待ってます

返信