此れは、ウタバコ・15の続きだ。
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・・・・・・・・・。
「コンソメ君から話を聞た後、私も色々と調べたんだよ。」
そう言って彼女は、部屋の隅から一冊の本を取り出した。
「《清姫》って言うのは、固有名詞・・・人名だから、妖怪の種類としては、少し違うかも知れないけど。」
何時に無く真面目な表情。
さっきまで他人にガーターベルトの着用を強要していたとは思えない程だ
「要約しちゃうと、恋心で蛇になっちゃった女の子なんだけどね」
「本当に物凄くアバウトですね。」
恋心で蛇?何のことだか全く分からない。
思わず眉根を寄せると、のり姉は本を開き、説明を始めた。
「じゃあ、もう少し細かく。昔、紀州国・・・現在の和歌山県ね。其処に、真砂と言う土地が在って、其の庄屋さんの娘さんに《清姫》って女の子が居たの。」
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ある日、清姫の住む屋敷に、熊野参りの途中だと言う、安珍と名乗る歳若い僧が訪ねて来た。
清姫の父は「あの僧が、お前の未来の婿だ。」と、そう彼女に言った。無論、本気ではない。あくまでも冗談で、単に初な娘をからかっただけなのだ。
然し、清姫は其の父の戯れ言を信じ、彼を未来の結婚相手と思い込んでしまった。
然し、当然ながら安珍はそんな事を知る由も無く・・・。
月日が流れ、娘となった清姫は安珍に「何時になったら自分を嫁にしてくれるのか。」と詰め寄る。
然し、前述の通り安珍はそんな事は知らない。しかも彼は修行中の身である。
「熊野参りを終えたら、其の帰りに迎えに来る。」
困りに困った安珍。挙げ句の果てには、そんな嘘を吐いて逃げてしまう。
清姫は約束を信じて待つが、当然の如く安珍は何時になっても来ない。
業を煮やした清姫。近くに生えていた高い杉の木に登り安珍の姿を探す。
辺りを見回すと、安珍が逃げて行く所が見えた。
其のまま安珍を追い掛ける清姫。
追って追って・・・何時しか、彼女は蛇の身体を持った異形へと変貌と遂げていた。
安珍は愈清姫を恐れ、道成寺へと逃げ込み、鐘の中へと隠れる。
清姫は其れを知ると、鐘に蛇身を巻き付け、其の身を燃やした。
文字通り、身を焦がす様な清姫の想いは軈て鐘の中の安珍諸とも、彼女を焼き付くした。
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「まぁ、ちょっとヤンデレな感じだったんだよね。きっと。」
「ちょっと処の騒ぎじゃないですよ・・・。思い込みが激しいにも程が有るじゃないですか・・・。」
一人の人間に、思い込みだけを糧にして、其処までの執着が出来る事自体、何と言うか・・・。
「異常だと思う?」
見透かされた様な言葉に、何だか気不味くなり、下を向く。
其れが頷いた様に見えたのだろう。のり姉は微かに口元を緩めた。
「・・・そうだね。普通とは少し違うかも知れない。でも、其処まで異常でもなかったと思うんだよね。私の個人的見解だけど。」
そして、開いた本のページをゆっくりとなぞる。
「もし父親が馬鹿な冗談を言わなかったら、もし安珍が嘘を吐かなかったら、正直に添い遂げられないと言っていたら、こんなことには、ならなかったかも知れない。」
「はぁ。」
僕は下を向いたまま、曖昧に頷いた。
のり姉がクルリ、と本をひっくり返し、僕達の方へと差し出した。
「ほら、此の子。」
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川か、海か、はたまた湖か、波立つ水の中から、一人の女性が陸へと上がっている。
両の手で、腰の下まで伸びる黒髪を一房ずつ、しっかりと握り絞めている。
まだ蛇へと身を変えていないらしく、裸足の両足が見えている。だが、服の一部はもう、蛇へと変貌を遂げる為の準備を着々と進めていて、裾が蛇の腹と背に別れ、グニャリと不自然に後ろへ伸びている。
良く見ると、蛇に変わっていない部分の着物も鱗紋だ。大きな雪の結晶の模様もあしらわれている。
ゆっくりと、確実に、彼女は異形になろうとしている。
だが、其の表情はとても静かだ。
嵐の前の静けさ、と言った所か。口元には微笑みさえ見られる。
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「此れは明治の作品だから、割かし新しいんだけどね。清姫なら、この絵が一番好きなの。」
のり姉が何処か得意気に言う。
僕は、確かに彼女の好きそうな絵だと思った。
が、其れを言うと、のり姉はきっと怒るので素朴な質問をぶつけてみた。
「彼女は・・・何故微笑んでいるんですか。」
「さぁ。コンソメ君にはそう見えるから、としか言い様が無いかな。私には笑ってる様には見えないし。」
「え、だって」
「だったら、ねぇ、コンソメ君。聞いてみたら。」
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のり姉がグイと顔を近付けて来た。
「ほら、其処に居るんでしょ?聞いてみたら良いんだよ。」
「居るって・・・・・・。」
目が大きく見開かれていた。
僕は目を逸らし、口籠った。
のり姉はニヤリと笑い、ゆっくりと言った。
「だってコンソメ君、今、持ってるんでしょ?」
部屋の片隅に置いていた鞄の中身が、また、微かな音を立てた。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
今日も今日とて駄文です。
次回も、宜しければ、お付き合いください。。