此れは、僕が高校二年生の時の話だ。
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・・・・・・・・・。
木葉さんが風邪を引いた。
原因は苦手な煙草を吸って、喉を痛めたから。
どうして苦手な煙草を吸ったのかというと、其れは僕が持ち込んだ厄介事を処理する為。
つまり、兄が体調を崩してしまったのは、先日のウタバコの一件・・・言い換えると、僕と齋藤の所為なのだ。
罪悪感で一杯である。
故に僕は、烏瓜さんから連絡を受けた其の日の内に、木葉さんの御見舞いに行くことを決意したのだ。
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・・・・・・・・・。
さて、放課後。
木葉さんの家に着くと、門の扉が開けっ放しになっていた。
普段から鍵は掛けられていないのだが、何となく不用心な気がする。
頭の中に一瞬だけ嫌な想像が過った。
少し急いで門を潜る。
僕はきちんと扉を閉めて、木葉さんの部屋へと向かった。
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・・・・・・・・・。
敷かれた布団の上で、木葉さんは当に苦悶といえる表情をしていた。
ぎぃー・・・ぎぃー・・・ と謎の呻き声まで上げている。きっと悪夢に魘されているのだろう。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「ぎぃー・・・ぎぎぎぎ。」
駄目だ話にならない。
病人に手荒な真似はしたくないが、こんなに苦しそうなのだから、此処は仕方あるまい。
「兄さん、起きてください。」
肩の辺りを持ち、ゆっくりと揺する。
「ぎぃ」
「其れは返事なんですか?兄さんってば。」
「ぎぎぎー・・・。ぎ。・・・・・ん。ん?」
突然木葉さんの目が開いた。
「・・・木芽。どうしたんですか平日に。明日は学校でしょう。」
声に疲れが出ている。益々申し訳ない。
「いえ、あの、烏瓜さんが教えてくれて、御見舞いに・・・。」
「あの馬鹿猿め。よりにもよって木芽に教えること無いじゃないですか。格好悪い。」
「でも、今回、兄さんが体調を崩した責任は、僕にあるんですし・・・。」
「別に今回の件は木芽の所為じゃないです。単なる私の不摂生が原因ですから。」
「だとしても、兄さんは実質独り暮らしでしょう。連絡は有り難かったです。風邪の看病くらいなら、僕でも出来ますし。」
布団の上で憤る木葉さんを宥めながら、買ってきたスポーツドリンクを手渡す。
「食事、摂れるようなら何か作ります。お粥とかうどんなら食べられますか?」
ペットボトルの蓋を開けながら、木葉さんは少し拗ねたような顔で頷いた。
「・・・・・・卵粥なら。」
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・・・・・・・・・。
出来た卵粥をモソモソと食べながら、不意に顔を上げ、木葉さんは言った。
「・・・あ、そうだ。今思い出しました。木芽。アルバイトをしませんか?」
「アルバイト?」
僕が聞き返すと、ゆっくりと頷く。
そして、何処か恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いた。
「実は、仕事の途中で倒れてしまったので、引き継ぎを御願いしたいんです。あとは、依頼された物を運ぶだけですし、今更になって他の業者に渡すのも何だか癪で。」
「あ、それなら別にバイトとかじゃなくて、普通に手伝いますよ。」
元々、僕が邪魔をしたようなものだから。とは、口に出しては言わないけれど。
実際そうなのだから、せめてもの償いだ。
そんなことを考えていると、見透かしたように木葉さんは言った。
「駄目ですよ。ちゃんと、其処はハッキリさせておかないと。木芽には御両親だってあるんですし。リスクだって無い訳ではないんですから。勿論、危険な仕事はさせませんが。」
コホッ、と小さく咳をして、微かに笑う。
・・・そういえば、木葉さんの両親は、もう亡くなっているのだった。
少しだけ距離を感じた気がして、目を伏せる。
木葉さんが、僕の表情が曇るのが分かったのだろう、あくまでも軽い調子で付け足した。
「甘えてばかりでは、兄の威厳も形無しですからね。格好悪いじゃないですか。」
病人に気を遣わせちゃ、いけないな。
僕は、笑顔を作って軽く首を振って見せた。
木葉さんが笑いながらもう一度言う。
「バイト、御願い出来ますか?」
僕は、今度はゆっくりと頷いてみせた。
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・・・・・・・・・。
先程までの弱り方が嘘のように、木葉さんはテキパキと指示を出した。
「運んで欲しい荷物は、あの机の上にある包みです。ほら、あの紫色の。重くはないので安心してください。風呂敷ごと渡してしまって構いません。あ、タイムリミットは明日の夜七時までなので、明日の学校帰り、渡しますね。電車代は後でちゃんと請求してください。配達場所は隣に紙を書いておきました。地図の読み方は分かるでしょう?御客様に話す内容は其の横の紙。ちゃんと覚えて、粗相の無いように。嗚呼、あと一応、弟としての挨拶もしてくださいね。・・・あ、そうそう。代金は口座に振り込んで頂くよう、先に頼んでおきましたから、木芽は配達するだけで大丈夫ですよ。」
「・・・・・・・・・。」
「どうかしました?」
兄がニコリと微笑む。
用意周到すぎて、寧ろ、此れは・・・
「兄さん、もしかして初めから其のつもりで」
「何のことやら。」
朗らかに笑う兄を見て、僕は、やはり此の人には敵いそうにない・・・と思った。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
新しい話に入りました。
と言っても、此れは極極短い話になりそうですが。
よろしければ、次回もお付き合いください。