此れは、僕が高校2年生の時の話。
トンネルで操るもの、の続きです。
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・・・・・・・・・。
友人から突然高級そうな菓子を贈られた日、僕は普段の登下校では乗らない電車に乗った。
隣には薄塩。僕に菓子を贈った友人だ。
「付いて来てほしい。」
放課後、僕は彼にそう言われて、黙って首を縦に振った。
あんな高価そうな菓子を貰っておいて、断るなんて到底出来なかったのだ。
僕が返事をすると、彼は何故かホッとしたような、それでいて泣きそうな顔をして、それっきり、何も言わなくなってしまった。
そして、今に至る。
電車順調にレールの上を滑り、もう、学校の最寄り駅から幾つかの駅を通過した。
辺りの風景がだんだん森と田畑ばかりになっていく。
僕は相変わらず黙っている薄塩を横目に、窓の外をぼんやりと眺めていた。
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・・・・・・・・・。
降りた駅は無人で、周りは田んぼと数件の民家を除けば、全面が山や森だった。
「ほら、これ。」
薄塩が僕の方に何かを差し出す。
見ると、虫除けスプレーだった。
「此処から山道だから。」
「・・・有難う。」
受け取ったスプレーを首の周りに噴射する。
粉っぽくなった空気に、少し噎せた。
「大丈夫か?」
「ゲホッゲホッ・・・・・・うん。」
スプレーを返し、薄塩の方を向いて見せる。
薄塩が軽く頷き、先を歩き始めた。
僕は黙って其れに続いた。
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・・・・・・・・・。
暫く山を登る。生い茂った雑草が、普段人が通っていないことを示していた。
辺りはまだ明るい。
薄塩が立ち止まったのは、二股に別れた道の前だった。一本は頂上へと通じているらしい様子で、もう一本は、脇の方に逸れている。
「こっち。」
薄塩は迷わず脇に逸れる方の道に進んだ。
今更ながら、何処に向かってるんだろう、なんて考えた。考えた所で、ただ付いて行くだけなのだから、意味は無いのだが。
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・・・・・・・・・。
道は案外しっかりしていた。
アスファルト塗装・・・とまでは流石にいかないが、ギッシリと固めてある土が、雑草の繁殖を食い止めている。
道の上を少し歩くとトンネルが目の前に現れた。
コンクリートのありきたりなトンネル。
向こう側には神社が見える。どうやら、長さは十メートルにも満たないらしい。灯りが無いので妙に暗く見える。
僕がぼうっとしていると、薄塩はどんどんトンネルの中に入っていく。
「足元、気を付けてな。」
「うん。」
掛けられた声に頷き、僕もその後を追った。
あの神社が、目的地なのだろうか。
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・・・・・・・・・。
トンネルを抜け、神社の前へ出た。かなり寂れていて、屋根の一部が崩壊していた。
「此処が、目的地なのか?」
僕の質問に、薄塩が静かに首を横に振る。
違う、ということか。
「でも、此処以外には・・・。道も途切れちゃってるし・・・・・・。」
「これ以上は進まない。目的地はあそこ。」
薄塩が振り返って指を指す。
指の先が示していたのは、今さっき通ったばかりのトンネルだった。
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・・・・・・・・・。
何処か厳しい表情になった薄塩が言う。
「来る時は何もないんだよ。帰り道だけ、出る。」
「出るって何が。」
質問をしたが、肩を竦められた。
「それは俺にも分からん。」
「分からんって・・・。」
「行くぞ。」
スタスタと歩き始める薄塩。
歩きながら言う。
「後戻りしないこと。耳を貸さないこと。んで、俺が合図したら、振り返って後ろを見ること。でも、反応は出来るだけするなよ。」
なんて勝手な。
文句を言いたいが、一人でトンネルを潜るのも怖い。僕は慌てて薄塩の後ろに付き、足を進めた。
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・・・・・・・・・。
トンネルの中は、行きと変わらず暗かった。
入って数歩進むと、直ぐ後ろから声が聞こえた。
「助けてください・・・」
若い女性らしき声だ。
「お願いします。助けてください。此処から出して・・・・・・。」
怖くはなく、寧ろ、同情を誘うような声だった。
「両親に会いたいんです。小さな妹にも・・・。嗚呼、此処から出して。引っ張り出してくれるだけで良いんです。出して。」
泣きべそを掻いている時の、所々がぐずぐずとノイズが入るような嘆き。
「寂しい。出して。助けて・・・。こんな所に独りなんて、もう嫌・・・。」
痛切だった。
両親に会いたい、妹に会いたい、独りが寂しい・・・どれも、とても当たり前で、とても痛切だった。
僕は思わず振り返りそうになったが、薄塩の合図がまだなことに気付き、慌てて視線を前に固定する。
目の前の出口が、どんどん近付いて来る。
あと、十歩、九、八、七・・・。
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「今だ、コンソメ。」
薄塩の言葉が耳に入り、僕は後ろを振り向いた。
女性がいた。
薄いワンピース一枚で、頭に麦わら帽。
涙でグシャグシャになった顔で、此方をじっと見ている。
怖くはなく、可哀想だった。
助けたい、と思った。
助けなきゃ、とも。
けれど・・・・・・。
「あ。」
薄塩に腕を掴まれた。
トンネルを抜ける。
一瞬だけ、暗闇の中に見えた。
彼女の後ろ側に、まるで人形使いの黒子みたいな、幾つもの黒い手がーーーーーー
「俺はお前等を助けない。」
薄塩の声が、木々に木霊して響いた。
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・・・・・・・・・。
何故だかは知らないが、胸が痛かった。自分の所為で、あの女の人は此れからも此処で・・・。
「見えたか。」
薄塩が聞いてきた。
僕はちゃんと答えるのが無理だったので、ただ頷いた。
「うん。」
「何が見えた。」
「女の人。」
「人とタイミングによって、見えるものは違うんだ。俺には、全く別なものが見えた。」
薄塩は淡々と説明をする。
「家族連れ。両親と其の子供っぽい奴。子供は小学校入るか入らないかって所。」
「《子供だけでも助けてくれ》って、必死そうに手を伸ばして・・・」
其処で、潜り抜けたトンネルの方をチラリと見遣った。
「何時だってそうだ。見えるものは毎回違うけど、根本は変わらない。知ってるんだよ。助けようとしたら終わりだって。引き込まれて後ろの暗い奴等の仲間にされるんだって。」
荒い息を吐きながら、強く眉をしかめる。
「けど、毎回通った後に罪悪感が残るんだ。助けを求めてきたのが誰だったとしても。自分が見捨てたんだ・・・って。」
「しょうがなく姉貴に頼んだら、黙って首を振られたよ。全部ぐちゃぐちゃに混ざって、引き剥がせないんだとさ。どうしようもないって。」
「なら自分でどうにかしよう、そうも思った。けど、足がすくんで出来なかった。なのに、やっぱり切り捨てることも出来ない。」
「自分の弱さは知ってたけど、見捨てられる度胸も無いだなんて、思いたくなかった。」
踞り、顔に手を当てる。
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・・・・・・・・・。
最初は、薄塩が泣き出したのかと思った。
だが、少し踞って呻いた其の後、立ち上がった薄塩の頬に、涙の跡は無かった。
「今年で、割り切ろうとは思ってた。けど、独りじゃ無理そうだった。・・・だから、お前に付いて来てもらったんだよ。」
頭をコンコンと叩きながら、歩き始める。
「嫌な気分になったろ。ごめんな。でも、一人であのマカロン買いに行ったのも中々の苦行だったからこれでチャラだろ。格好悪い所も見せたしな。」
そう言って薄塩は、何時もと同じように、ニヤリと笑った。
作者紺野-2
今更ですが、僕には文章を書く力に加え、ネーミングセンスがない。