此れは、僕が高校2年生の時の話だ。
ガラス瓶の金魚・3の続きです。
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・・・・・・・・・。
月曜日。
僕は鞄に、金魚の入ったガラス瓶を忍ばせて登校した。家に置いておくのが心配だったからだ。
頭痛も気怠さも止んでいなかったが、皆の前ではなんとか元気な素振りをして見せた。
もう飢え死にしても可笑しくないのに、金魚は元気だ。ただ、鱗が薄くなった。 体の色も薄まった気がする。
脳がやられてしまったのだろうか。
二人に相談することは、出来なかった。
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火曜日。
此の日も金魚と一緒に登校した。
頭痛は少し収まったが、其の分、怠さが大幅にきつくなった。
授業中は居眠りばかりしていた。ピザポに何か言われるかと思ったが、何も言われなかった。
金魚の鱗が消えた。色も褪せて来ている気がする。
貰った時はあんなに鮮やかな朱色だったのに、妙にくすんでしまった。
餌をやらなかったから弱ってきたのだろうか。
今日も二人に相談は出来なかった。
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・・・・・・・・・。
水曜日。
今度は気怠さが薄くなり、頭痛が酷くなった。
頭の中で、誰かが脳味噌を切り刻んでいる錯覚を覚える。
授業では痛みで一度も寝なかったが、勉強が頭に入ってこないことに変わりはなかった。
金魚の目が閉じられたままになっていたが、どうやら、死んだのとは違うらしい。餓死はしないのだろうか。
鱗はもう無い。ぬるりとした肌らしき何かになっている。鰭は縮み、胴と一体化していた。
はっきり言える。此れは、もう金魚じゃない。
でも、もう捨てられない。こんな気味の悪い生物を愛しく思うなんて、自分でもどうかしてると思うけど。其れでも、捨てるなんて出来ない。
二人に相談はしなかった。
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木曜日。
今日は頭痛も怠さも収まらなかった。
何回か倒れそうになったが、なんとか耐えた。
金魚は今日も元気だ。金魚と言ってしまって良いのかは分からないけど、ともかく元気そうに泳いでいるのだから、良しとしよう。
守らなくては、この子が立派に育つまで。
そろそろ体も限界だが、明日を乗り切れば休み。
のり姉から誘いが来たが、今回は断らせてもらおう。ゆっくり休んで来週も頑張らなくては。
二人に相談はしない。
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木曜日の放課後。
帰り際、薄塩に軽い調子で呼び止められた。
「よっ。」
「・・・何だ。」
僕を見遣り、薄塩が小さく溜め息を吐いて言う。
「コンソメ、もうそろそろ潮時だと思う。」
直感的に金魚のことだと分かった。
話してはいないのに、何時の間にバレたのか。
僕はあくまでしらを切った。
「・・・何のことだ。」
「猶予は与えたつもりだったんだけどな。ピザポが五月蝿いし、これ以上は無理だろ。」
ジリジリと近付いて来る薄塩。
僕は後退りしながら言った。
「何言ってるんだよ。意味が分からない。」
「・・・・・・そうだな。分かってたら、此方が困る。」
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shake
後ろから誰かに腕を捕まれる。
「コンちゃん、暴れるなよ。あんまり暴力は奮いたくないから。」
久々にピザポがキレていた。
腕を捻り上げられている時点でもう暴力だとも思えるのだが。
「薄塩。早くやっちゃって。」
「んー・・・。」
薄塩がガサガサと僕の鞄を探る。
其の内、金魚の入ったガラス瓶を探り当て、取り出した。
「うわ。気持ち悪っ。」
ふよふよと泳ぐ金魚を見て、薄塩が顔を歪めた。
殺されるのだろうか。其れとも、流しか何かに流されるのだろうか。
悲しい反面、自分で殺さずに済んだことにホッとしていた。
頭痛や怠さは治るだろうか。あの子の所為だったのだとしたら、此れはもう仕方無いことだ。
反抗はしなかった。体力も気力も、もう残っていなかったのだ。
ガラス瓶を持った薄塩が、教室から出て行く。
僕は静かに、其の後ろ姿を見送った。
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薄塩が出て行った後も、ピザポは僕の腕を離さなかった。理由を聞くと、苦虫を噛み潰したような顔で無視された。まだ怒っているのだろうか。
ガラガラと音を立てて扉が開かれる。
薄塩が帰って来たらしい。
左手には瓶、そして、右手にも何か持っている。
「なん・・・・・・?!」
声を出して僅かに開いた口を、無理矢理抉じ開けられた。
薄塩がゆっくりと近付き、右手の物を僕の口の中に入れる。
ほんのりと塩気のある味がして、ぬるりと柔らかい感触が舌の上に広がった。ビクビクと口の中で動いている。
脳裏に、あの鱗が消えた金魚が浮かび上がった。
「ちょっとごめんね。」
ゴン、と頭に強い衝撃。
その拍子に、口内の其れを飲み込んでしまった。
「あ。」
喉の奥に引っ掛かりながら、金魚は僕の胃の中へと落ちていった。
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吐き出そうとしたが、腕を捕まれていたので吐けない。
薄塩が言う。
「ごめんな。」
喉の奥に空気を送り込んで吐こうとしたら、今度は口を手で押さえられた。
僕は暫くの間、バタバタともがいていた。
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「今更吐き出しても、もう死んでるよ。」
ピザポの一言で、我に帰った。
体の力が抜けて、床にへたり込む。
「薄塩も俺も、本当にこんなことしたくなかったんだよ。でも、そういう指示だったから。時間だってギリギリまで待ったんだよ。自分から捨てるなんて、端から思ってなかったけど。」
ごめんね、と付け足すようにピザポが言った。
そして、ペットボトル入りのスポーツドリンクを手渡してくる。
「でも、アレが胎児になってたら、きっとコンちゃんは狂ってた。」
僕が育てていたのは、そして、僕が飲み込んだ物は一体何だったのだろう。
僕は急に怖くなって、舌の上の味を忘れる為、ごくごくと甘酸っぱい味のスポーツドリンクを飲みほした。
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あの子の味は、金魚だったくせに、海水の味とよく似ていた。きっとあれは、瓶の中の水の味だったのだろう。
胎児を包む羊水は、海水と同じ成分なのだという。
作者紺野-2
眠たさに負けてペース配分を忘れるからこうなるんです。自分のことながらなんと情けないことか。
どうも。紺野です。
終わりました。お付き合いくださった皆様、本当に有り難う御座います。
最後だけ妙に長くてすみません。
投稿時間が遅れてしまってすみません。
次回は説明回ですが、一つの話としては此れで終わりです。蛇足となる可能性も御座います。
読む場合は自己責任でお願いします。
宜しければ、またお付き合いください。