此れは、僕が高校2年生の時の話だ。
季節は春。
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・・・・・・・・・。
僕の返事を聞いて、烏瓜さんは小さく頷いた。
「そう言うと思っていたよ。」
声の調子が打って変わって優しくなり、其処から暫しの沈黙。
迷っているようにも、言葉を選んでいるようにも見えた。
そして、凡そ一分が経過。
烏瓜さんは、庭ともちたろうを交互に見てから、ゆっくりと話を始めた。
「・・・海豹の子供が白いのは、敵に見付からない為だ。砂漠のサボテンがあんなに厚い葉をしているのは、滅多に降らない雨を自分の身体に溜め込む為だ。自分の住む環境に依って姿を変える生き物。アレが何なのか、と聞かれたら、私は其の類いの物だということしか、答えられない。」
「金魚に擬態をしている・・・ということですか。だとしたら、胎児云々が本性・・・。」
「いいや。本来の姿は、あの金魚の方だよ。」
「じゃあ、金魚が胎児に化けるんですか?」
僕がそう言うと、薄く笑って首を振る。
「化ける・・・とは、少し違うね。そんなちゃちな物じゃない。」
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「アレは、化けるんじゃない。」
「胎児に《なる》んだよ」
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・・・・・・・・・。
胎児になる。
頭の中で言葉をぐるぐると反芻していると、改めて烏瓜さんが話を始めた。
「《嫁して三年子無きは去れ》って言葉がある。意味は説明しなくても分かるね?」
僕は黙って頷いた。
「・・・昔、まだ医学が発達していなかった頃。此の国では、不妊の原因は全て女性にあると考えられていた。」
「子供を産めなかった女性専用の地獄まで有ったんだよ。《ウマズメ地獄》って言うんだ。ウマズメってのは、子供を産めない女の人のこと。野葡萄君、どんな字を書くか、知ってるかい?」
ウマズメ・・・・・・。メ、の部分には恐らく、女の字が入るのだろう。
残りはウマズ・・・子供を産めない・・・。
「出産の産の字に、平仮名のまず、其処に女って字・・・・・・ですか?」
「うん。意味としては正解。でも、もっと一般的なのがある。石に女、でウマズメなんだよ。」
「・・・・・・石。」
「そう。嫌な感じだろ。で、その女性が落ちるのが《石女地獄》って奴で、刑は竹の根っこを灯芯・・・ランプとか行灯の芯でひたすら掘らされるんだってさ。」
「何だか・・・大分理不尽ですね。」
「だろう?・・・・・・まぁ、女性であるだけで血の池地獄って話も有ったみたいだから、昔の信仰なんてそんな物だったのだろうけどね。」
烏瓜さんがぐるりと首を回す。コキリ、と軽い音が響いた。
「そんな訳でだよ、女性は何がなんでも子供・・・男の子を産まなきゃならなかった。女の子じゃ跡継ぎになれないからね。」
「けどさ、そんな産みたいから産みますっていかないのも現実だろう。産めない人は産めないし、抑、女性じゃなくて男性に問題が有った場合だって十二分に有り得るだろうしね。」
「子供は欲しい、でも産めない。そうするとね、どうにかして別の方法で子供を手に入れよう、と、こうなるのさ。」
「盗んだり、買ったり、譲って貰ったり、妾に産ませたり・・・。でもね。其れはあくまでも女性本人の子供とは違う訳だよ。やはり、何かが違う。」
「でもって、愈アレの出番って、訳だね。」
其処で一旦烏瓜さんは言葉を切り、首を傾げた後、もう一度僕の方を見た。
「斎藤君・・・だったかな。アレを押し付けたのは。彼はどうしてアレを手離したのかな。いや、手離せたのか、と言うべきか。」
僕は答えた。
「いえ・・・猫が狙うから、とのことでした。池とかに放しても死んでしまうだろうからって。」
ほぉ、と烏瓜さんが妙な声を上げる。
「珍しいね。アレをそうも簡単に手離せるなんて。中々の逸材かも知れない。」
思わず僕は顔をしかめた。
斎藤が逸材?・・・そんなの、どうかしてる。
然し、兄は感心したようにペラペラと喋り続ける。
「普通なら手離せないんだよ。情が移ってしまって。野葡萄君、君もそうだったろう?」
「アレはね、そう言う物なんだ。相手に自分を愛しく思わせて自分を育てさせる。」
「愛しく思わせて、其処からどんどん人間に近付くんだ。其処で飼ってる人間は、気味悪くなっても、捨てたり殺したり出来ない。アレのことを、深みに嵌まるように愛しくなってしまうのさ。」
其処で僕は問い掛けた。
「さっきから兄さんはあの金魚をアレ、アレ、と言っていますが、名前は無いんですか?分かりにくくて・・・。」
兄は肩を竦め、答えた。
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「名前なんて付けたら、愛着が湧いて殺せなくなってしまうからね。」
作者紺野-2
ごめんなさい寝落ちました!