中編3
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髪ゴム

「まただ」

千切れた髪ゴムを掴み、何度目かの誰かのいたずらを眺める。

家族の誰かか、私の扱いのせいか。

ただ、いつもいつの間にか千切れている髪ゴム。

「お母さん!髪ゴム切れちゃったから買ってくる」

台所で弁当を作ってくれているお母さんに聞こえるように少し声を張り上げる。

「行ってきまーす」

玄関を開けて外へ出ると、一瞬だけものすごい寒気。

ゾワリと一気に鳥肌がたった。まだ夏なのに。

放課後、ショッピングモールで髪ゴムを購入。

10本程一気に買い占める。

これで当分は大丈夫だという満足感と共に帰路に着いた。

_______________

「…あれ?なんで?」

ふと漏れる言葉。

そりゃそうだ。

また髪ゴムが千切れていた。今度は3本。

昨日買ったばかりなのに。

今日は学校も休みで、両親は仕事。弟は友達と遊びに行って遅くまで帰ってこないそうだ。

適当に録画していた番組を再生して時間を潰す。

ふとトイレに行きたくなって、一時停止のボタンを押す。

一気に静かになった部屋に、聞きなれない音。

プツン、プツン。

ギリギリ。

何かがちぎれる音と共に、歯ぎしりのような音。洗面所のほうから聞こえてくる。

トイレに行くには洗面所を通らなければいけないのに。

ふてぶてしく覗いてみると、後悔。

見なければ良かった。トイレはコンビニとかで済ませば良かった。

うずくまっているような黒い影。

リビングの明かりが微かに漏れるだけの洗面所の影は、うごめく。

ギリギリ。

歯ぎしりは止まなかった。

唾を飲み込み、近づいてみる。

気づかれないよう、慎重に、慎重に。

キシ。

しまった、と思った頃にはすでに遅く、床が軋む音が室内に響いた。

タラタラと嫌な汗が全身から噴き出してきて、微動だにしない。

ゆっくりとこちらを振り向いているのか、影が動く。

だんだんと顔が見えないはずなのに、動きなんかわからないはずなのに、感じた。

目が、合った。

一瞬で脳内に電撃が走る。

体に動けと命令を出す。が、思ったように動いてはくれない。

声も出せず、動くことさえできない状況で必死に目を閉じる。

本能的に。

_______________

どのくらい経っただろうか。

何秒間かの間かもしれなかったけど、私にとっては1時間以上動かなかったように感じていた。

いつの間にか、不気味な歯ぎしりの音も消えていて。

ああ、夢だったのかなと思って、目を開けてしまった。

ぼんやりと視界の端に映る光と、顔がドロドロに溶けた女か男かもわからない、影の正体が見えた。

目の前の怪物は

ハァハァと呼吸を繰り返す。

口元の皮膚がないせいで、歯もむき出し。

茶色い歯と嫌な臭いが混ざって、意識が薄れてくる。

最後に聞こえるのは、あの不気味な歯ぎしりの音と、何かが切れる音。

そして、濁のかかった低い声。

「…もっと頂戴」

正確ではないけれど、そう聞こえた気がした。

薄れる意識の中で、脳裏にはドロドロの顔が見えた。

_______________

いつの間にか目が覚めて、私はベッドの温もりに包まれていた。

布団を剥がして、少し汗をかいてベタベタした体を起こす。

お風呂に入ろうと、洗面所に向かうと、

あの嫌な臭いと、鼓膜にまとわりついて離れない濁声、ドロドロの顔が不意に思い出される。

床には大量に千切れた髪ゴム。

今まで捨ててきたものから、昨日買ったものまで。

それと、目玉がコロンと当然のように、私を監視するかのように転がっていた。

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