カラン。
無機質なトイレに響く、プラスチックの音。
「なにこれ。誰の落し物?」
見てみると、櫛。
装飾は結構凝っていて、キラキラというイメージを持たせる。
何でって疑問を抱くも、好奇心で拾い上げる。
拾い上げた瞬間、背筋がゾワリとした。
だって氷のように冷たかったから。
「…届けよっか」
ポツリと声に出す。
パタパタと話し声。誰かが入ってきそうな気配。
なぜか、見つかってはいけないと思って個室に隠れる。
『あ、ねーねー知ってる?このトイレ、出るらしいよ』
『えー。こわ』
メイク直しをしに来たであろう女子。
思わず聞き耳をたてる。
『や、マジで。よっちゃん見たらしいよ。
顔中釘だらけなんだって』
『うえ。そんなん出たら漏らしちゃうよね』
トーンの高い声と話の内容に震えながら、櫛を見る。
『でね、よっちゃんが言ってたんだけどね、このトイレに入った時櫛拾ったんだって。
で、幽霊と出会ったのはそのすぐ後』
『え、今は無いよね、その櫛』
パタパタとまた足音がして、トイレから遠のく話し声。
聞く限り、私は今すごく危険。
よっちゃんの話が本当なら、やばい。
櫛、持ってるもん。
思わず櫛を手から離してしまう。
カラン。
またプラスチックの音。最初に拾った時こそ何も思わなかったけど、今は違う。
顔中釘だらけの女を想像してしまって、トイレの個室から出る。
___________
出た時に鏡に映る私の顔。
すごく青ざめてた。
だって私の隣には、顔中釘だらけの女。
本当に釘だけで、顔のパーツなんてわからなかった。
唯一わかったのは口。
それと、顔に似合わないサラサラの髪の毛。
「…櫛、カエシテ」
変色した唇が鏡の中で動くと同時に、真横でざらついたような声。
返しても何も、さっき落としたから持ってない。
動けずに固まっていると目に違和感。
片方だけ見えない。真っ暗。
鏡を見つめたまま立ち尽くす。
今度は鼻に違和感。というか、感覚がなくなった。本来鼻があるべき場所に私の鼻は今あるのか?
鏡はいつの間にか真っ赤に染まっていた。
櫛は相変わらず持っていない。どこにあるのかもわからない。
四肢が痺れてきて、動かせなくなる。
金縛りのよう。
「櫛カエシテクレナイナラ、貴方カラ体ヲモラウワ」
千切れていくように、ブチブチと音を立てて血も飛び出して、私の胴体から離れていく四肢。
不思議と痛みは感じなかった。
ただ顔に飛び散る血の生暖かい感覚だけを感じていた。
最後に首まで取られてしまって、私の頭がゴロンとトイレの床に転がる。
少しだけ、意識がある。おかしいけど。
世界が横になった。私の視界には、黄土色の足と、鮮やかな赤、その赤に染まっていく櫛が見えた。
最後に自分を恨んだ。どうして櫛を拾ったんだろう。
頭の中にフラッシュバックしてくる、カランというプラスチックの落下した音。
多分、私が死ぬまでずっと耳の奥で響いていた。
作者あすか-3
どうも、あすかです。
衝動書きが好きなもので。