此れは、崖の上のファイヤー・2の続きだ。
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・・・・・・・・・。
人間が燃えている所等、中々見る機会の無いレアな光景である。だが然し、あれはどうやら本当に燃えている訳ではないらしい。
炎の中の人・・・髪がやや薄い中年男性は、全く焦げた様子も無いし、第一、苦しそうでもない。揺れる炎の中でぽわぽわと髪の毛が舞い踊っている。
更には炎に煽られている芝生も無傷である。
幾ら雨が降っているとは言え、有り得ない。
「ァヅイアヅイシヌシヌシヌシヌ―」
僕そんなことを考えていると、男性はガラス越しでも聞こえるような解りやすい奇声を発しながら近付いてきた。
・・・はて。もしかして、平気そうに見えてるだけで本当は辛いのだろうか。
「さて、挨拶しなきゃね。」
ウィーン、と軽い音を立てながら窓が開く。
のり姉は燃えてる人に向かって大声で呼び掛けた。
「おーい!!元気ーーー?!」
・・・通じるのか?
奇声から察するに、リビングデッド的な奴にも思える。ゾンビ系は会話が出来ないのがセオリーだが・・・。
「あ、何だ。のり塩さんか。どうもー。」
僕の予想を裏切って、燃えてる人は立ち止まり、頭をポリポリ掻きながら御辞儀をした。
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・・・・・・・・・。
さて、皆で車から降りようということになったのは良いが、其処で俄にピザポがぐずり始めた。
「俺は残りますからね。」
「此の臆病者めが。」
「嫌です俺。焼死体じゃないですか。めっちゃ焼死体じゃないですか。トラウマになっちゃいます。」
「水死体には強いくせに。其のへっぴり腰は何だ。此のへっぴり虫めが。」
「のり姉酷「のり姉じゃない。軍曹と呼べ。」
「あんまりであります軍曹。」
「黙れチキン野郎。腹かっ捌いて玉葱とセージ詰めてこんがりグリルしてやろうか。堀田さんよりカリッカリに焼いてやろうか。」
「あんまりであります。・・・どうにかしてよコンちゃん。」
「ローストチキン丸ごとは流石に無理だな。」
「そっちじゃない。」
「のり姉を止めるのも無理だな。」
「そうだろうと思ってたけど即答は止めて。」
泣きそうな顔でピザポが言う。
・・・本当、ギャップが酷いな。
「車で待たせてやれませんか。」
僕が渋々のり姉に言うと、彼女は少し不満気に鼻を鳴らし、軈て小さな声で
「ばーか。」
と呟いた。了承してもらえたらしい。
因みに、其の間燃えてる人・・・またの名を堀田さんは、車から少し離れた所から頬をポリポリ掻きながら、何も言わずにぼんやりと立っていた。
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・・・・・・・・・。
「此方、堀田正夫さん。焼死体の地縛霊ね。」
「どうも。焼死体の堀田です。正しい夫と書いて正夫です。まぁ、生涯独身でしたが。」
ピザポを独り車に残して話を聞くと、堀田さんは、見た目こそ松岡○造ばりに熱いものの、中身は拍子抜けする程に普通のおじさんだった。寧ろ、幽霊がこんなに普通の人でいいのかと不安になった。もっと恨みとか妬みとか嫉みとかがあって然るべきじやないのか。
「・・・だから他の人が来たときには其れっぽく見せる為にゾンビみたいに動いてるんですよ。あ、あと奇声も。こう・・・悶絶してる感じで。」
「悶絶。」
「そうそうそう。で、ゾンビ何だけれども塩とか投げられたら奇声を上げながら逃げる。お経とか聖書の文言でも逃げる。」
「物理攻撃咬まして来る奴とか居ます?」
「居ますよ。レアだけど。自棄になってたり酒に酔ってたり自分に酔ってたり・・・。一番面倒臭いんですよね。痛いのは嫌いなので。」
「応戦とかするんですか。」
「まあまあ、でも暴力には走らないようにしてます。車凹ませたり自転車の空気抜いたりはしますけどね。取れない汚れ着けたり。」
「あー・・・汚れは地味に嫌ですね。」
「汚れっていうか焼け焦げ?ですかね?手とか押し当てると残る感じなので。」
「あ、やっぱり其れって本当に燃えてるんですか。そう見えるとかじゃなく。」
「いやー本当に燃えているのかと言われると、一概にそうとも言えないんですけどねー。」
「まあ、芝生とか燃えてないですしね。」
「エコですよ。エコ。地球に優しい幽霊なんです。私は。山火事の出火原因になるのも嫌ですからね。此の歳で・・・いや、もう死んでるんだった。」
「・・・・・・はあ。そうですね。」
幽霊事情も、大変である。
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・・・・・・・・・。
「私はね、母を殺したんです。」
ぼんやりと話を聞いていた僕の耳に、突然とんでもない言葉が入り込んで来た。
堀田さんを見ると、少しだけ寂しそうな顔をしている。
確認の為、僕はもう一度繰り返した。
「御母様を、ですか。」
「ええ。頼まれたもんですから。」
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・・・・・・・・・。
母が痴ほう症を患ったのは、腰の骨を悪くして寝たきりとなった丁度二年後でした。
初めに、やたらと泥棒を心配するようになりました。寝たきりで、私が仕事に行っている間は家に独りな訳ですから、無理も無い・・・そんなふうに考えて、私は何もしませんでした。
次に、貴重品の置場所を私に何度も尋ねるようになりました。此処でも私は気付けませんでした。
軈て、自分がしたことを覚えていられなくなりました。私は何が起こっているのか薄々感付いていましたが、忙しさに託つけて知らない振りをしました。
知らぬ存ぜぬを繰り返して、気付いた時にはもう遅く・・・・・・。
やっと病院に連れて行った時には、彼女の中の私はどんどん若返って・・・四十過ぎだったのが高校生にまで戻っていました。
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・・・・・・・・・。
堀田さんはまた、ポリポリと頭を掻いた。
「そんな時でした。母が自分を殺して欲しいと言ったのは・・・。」
「其れで・・・・・・。」
「ええ。首を絞めて。遺体は・・・見付かったんでしょうかね。部屋に置きっぱなしで此処に来ちゃって、もう戻れないもんですから。」
そして、何故か薄く笑う。
「母が居なくなって、私も天涯孤独になってしまいましたし・・・。どうせなら、家が見える此の場所でと思いまして。身勝手な話ですが。きっと、此処から動けないのもバチが当たったんでしょうね。」
僕と薄塩、そしてのり姉は、何を言うでもなく、笑い続ける堀田さんを見ていた。
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・・・・・・・・・。
話をし終え、車へ戻る。
中ではピザポが真っ青な顔で待っていた。
「どうしたんだよ。」
僕が尋ねると、ピザポはのり姉の方を向いて尋ねた。
「此処に出るのって、あの燃えてた人だけですよね?」
のり姉は訝しげに首を縦に振る。
「私が知ってるのはね。」
「・・・どうかしたのか?」
僕が問うと、ピザポはガクガクと頷いた。
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「なんか変な婆がずっと窓叩いてて・・・・・・誰だよマサオって!!!」
作者紺野-2