唐突に始まった三味線の演奏。
俺は呆然としながらも、あることに気付いた。
このミイラ擬き・・・基、がきごぜさんは、どうやら声が出せないらしい。
三味線を掻き鳴らしながら、口を大きく動かしているのに、何の音も出ていないのだ。
全体的に干からびているから、きっと舌も喉も固まってしまっているのだろう。
・・・・・・ん?
だったら、三味線は。この三味線は、どうやって弾いているのだろう。あんな枯木のような腕で。
俺はミイラ・・・じゃなくてがきごぜさんの手元に目を遣った。
「・・・・・・あ。」
手が、変わっている。
枯木のようなゴツゴツした手から、白魚のようなすべすべとした柔らかそうな手に。
呆然としている俺に、木葉は気が付いたらしい。
「どうかしましたか?」
手拍子を止め、不安そうな顔で話し掛けて来た。
俺が、がきごぜさんの手が変わっていることを伝えると少しホッとした顔になった。
「もしかして、気持ち悪いって思ったのかなって・・・。」
「いや、まぁ、其れは大丈夫・・・だけど。」
「なら良かったです。」
そして、数回瞬きをした後、尤もらしく言った。
「がきごぜさん、ご飯を食べると手だけは戻るんです。力が出るからだと思います。」
「戻るってそんな・・・干し椎茸じゃないんだから。」
「御経を読む為に、骸骨になっても舌を残していたお坊様も居たそうです。・・・元々、がきごぜさんは三味線を弾くのが御仕事ですからね。手くらい残りますよ。」
当たり前のように言う木葉に、俺は何となく圧倒されて其れ以上何も言えず、ただただ頷くしかなかった。
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何となく見ている内に、俺も木葉に合わせて手拍子を始めた。
慣れとは恐ろしいもので、どうやら此の非現実的な状況に、俺は適応してしまったらしい。
ポン、ポン、とリズムを取りながら手を打つ。
其処でまた気付く。何時の間にか、手拍子の音が幾つか増えている。
「音に釣られて、誰か来たんでしょう。」
「こんな山の中に?」
「ええ。」
そんなものか、と何処か納得してしまった。
「そろそろお仕舞いですね。」
木葉が、少しだけ寂しげに呟いた。
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一際大きな三味線の音が響いた。
林に木霊する音の中、がきごぜさんが静かに一礼する。
次々と消えていく拍手の音。
徐々に辺りは静けさに包まれていく。
そして、音達の余韻が消えた頃、がきごぜさんは居なくなっていた。
「終わっちゃいましたね。」
木葉が呟く。
ぽつねんと佇んでいる彼に、俺は声を掛けた。
「帰ろう。」
振り向いた木葉が答える。
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「嫌ですよ。僕、此れから家出するんです。両親に会いに。」
「えっ。」
「其処で、真白君に頼みがあるんです。」
「え?」
「一緒に家出してくれませんか。」
「うえっ?!」
どうやら、何やらまた可笑しなことになっているらしい。
作者紺野-2