及川さんは一つ歳下の妹の死後、学校を休み家に閉じこもっていた。家全体が暗い空気に包まれていた。
とても学校に行く気持ちになれなかった。両親も特に何も言わなかった。傷が癒えるのを待っていてくれた。
3ヶ月程たった頃。夜、及川さんの家に佐村君がやって来た。
「罰、あたったねぇ。」
玄関口で佐村君は突然こう言った。
「…何言ってんだお前?」
「カミサマ。馬鹿にしたでしょ。」
佐村君がニヤつきながら、ポケットから石を取り出す。明らかに様子がおかしい。
及川さんは、以前佐村君にその石を見せてもらったことがある。
カミサマと呼ばれているその石。
手のひらに収まる程度の大きさの石ころだ。
ぼそぼそと何かを喋る石。
ただ喋るだけの、何の御利益もないその石を及川さんは罵った。
佐村君と喧嘩別れして帰宅すると、妹が死んでいた。階段から転落して。
「及川君が馬鹿にするからカミサマ怒ったんだよぉ。」
焦点の合わない目。ぼそぼそと囁き声が聞こえる。
気がつくと佐村くんを殴り飛ばして馬乗りになっていた。
「カミサマを馬鹿にするからぁ。」
何度も何度も殴り続けた。
「ひとごろしぃ。罰当たりぃ。」
相手の顔と、自分の拳が腫れ上がり、血が出ている。
「これからはぁ、ちゃんとカミサマを拝むんだよぉ。交代だよぉ。」
…ぶっ殺してやる。
「何やってるんだ!」
及川さんの父親に引き剥がされ、我に帰ると、涙がポロポロと溢れてきた。
「こいつが!俺のことひとごろしだって!」
及川さんは先程までの出来事を父親に伝えようとする。嗚咽で上手く話せない。
「待て待て!先ずは手当てだ。」
及川さんの父親が佐村君の方を向いた。及川さんも続く。
佐村君はいなかった。いつの間にか消えてしまった。
「帰ったのか?あの子は何処の子だ?」
・・・帰れるのか?あんなに殴ったのに?
佐村君が倒れていた場所を見る。
佐村君の血。自分の血。そして、あの石。
・・・なんだよ。忘れていきやがった。
その石を庭に向かって蹴る。腹の虫はまだ治まらない。
「その手。薬塗ったらさっきの子の家に行くぞ。案内しろよ。」
母親に手当てしてもらった後、及川さんは佐村君の家に父と向かった。途中で菓子折りを購入する。
道すがら、事の顛末を全て父親に話した。佐村君のこと、妹のこと、そして、石のこと。
「お前のせいじゃないよ。あれは事故だ。誰も悪くない。」
涙が止まらない及川さんの頭を撫でながら、父親が言った。
「石は父さんも良くわからんな。今度調べてみるよ。」
父親の頼もしさに及川さんは少し安心した。
佐村君の家に着き、すぐに様子が変だと気付く。
人の気配がない。明かりもついていない。庭先を除くと相当に荒れている。
父親が玄関ドアを叩く。反応がない。誰もいない。
玄関前に立ち尽くしていると、隣人が様子を窺っているのに気付いた。
話を聞いてみると、1ヶ月程前から一家の姿を見ておらず、夜逃げだと思っていた。とのことだった。
お礼を言い帰宅に付く。
「本当に佐村君だったんだよな?」
父親が呟いた。
帰宅後、食事と風呂を終えた及川さんを母親が強く抱きしめた。
「大丈夫だからね。あんたは悪くないからね。」
もう寝なさい。母親は優しく微笑んだ。
深夜。誰かの声で目を覚ます。ひそひそと囁く声。部屋の中ではない。何を囁いているのかはわからない。
・・・煩いな。誰だ。
突然、1階の電話が鳴る。時計を確認する。深夜の3時を回っていた。
一向に電話が鳴り止まない。両親が気付かないはずはない。だが、誰も電話に出ない。
2階の寝室を出て階段を降りる。1階の廊下にある電話が鳴っているのを確認する。両親は起きてこない。
そっと受話器をとる。
「もしもし。」
「おいかわくぅん こうたいだよぉ カミサマァ ちゃんとまつってねぇ。」
電話が切れた。
震える足で1階の両親の寝室に駆け込み布団に潜り込む。囁き声はまだ続いていた。
作者津軽
#gp2015
「カミサマ」の後日談です。