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そのアパートは、内見に来た時からすごく嫌な感じがしていた。
二階建てで、それぞれの階に三世帯ずつの部屋割り。
間取りは全て同じだったらしい。
内見に来た時、見せて貰える部屋はひとつだけで、一階の、一番手前。角部屋。
紹介してもらった物件の中でも、破格の家賃だった為、どうしても間取りを確認しておきたかったのだけど、怖くてなかなか入る事ができず、特に怖かったお風呂場には入らない(外側から確認するだけ)事を当時の夫に告げて勇気を振り絞って入った程の物件。
それでも、当時の夫の実家に同居していたストレスから精神を病んでしまっていたアタシとしては、【即入居可、格安】物件のそこは、他の物件と比較しても断る余地はなかった。
ほとんど即決状態でそこの2階角部屋(内見した部屋の真上)に入居し、家族3人(アタシ、夫、乳飲み子の息子)での新しいスタートに、それでもワクテカしていたアタシ。
当時の夫は、2交代制の工場に派遣社員として勤務し、B出勤の日は夜8時に出勤して、翌日午前8時に退勤、帰宅時間は午前10時頃。
その日は、当時の夫が夜勤で、翌朝10時までは乳飲み子の息子と二人きり。
数日前の夜中、アタシ達が内見した部屋にまるで夜逃げのような感じである家族が越してきた。
恐らく、夫婦二人と子供が二人に、お腹に一人。
夜中の引っ越しの時から、近所の事を考えているのか疑問になるほど騒がしい家族で。
産まれてほんの数カ月しか経ってない息子の、昼夜を問わない授乳やお世話で睡眠不足だったアタシは、かなりストレスを感じたのを覚えている。
そんな家族が真下に入居して数日後。。。
その日も、朝から晩まで騒がしく、息子が寝ている僅かな時間にしか睡眠の取れないアタシは、かなりイライラしていた。
夫は夜勤で、夕方4時くらいから家を出るので、夜はアタシと息子のペースでゆったりできるはずだった。
ところが、日付が変わる時間まで真下の生活音や話し声でまったくゆっくりできず、日付が変わってから息子が授乳と共に寝る時に、限界が来て寝落ちてしまった。
どれくらい眠っただろうか。
感覚的には1時間も眠った感じはしなかった。
のに、何故かフッと目が覚めた。
なんとなくボーッとした頭のまま、息子が気になって確認しようとした時。
顔を息子の方に向けようとしても、何故だが動かない。
???
ああ、寝ぼけてるから脳から指令が行くまでが鈍いのかな。
なんてぼんやり考えながら、体ごと息子の方に向こうとした。
。。。。。。動かない。
えっ、何これ。。。
そう、思った途端。
キィーーーーーーーー。。。
鼓膜に痛みを感じるほどの耳鳴り。
ゾクゾクッ。
次の瞬間には、アタシは恐怖のどん底にいた。
布団や枕と、アタシの後頭部と首の境目の隙間に、全身に鳥肌が立つほど冷たい何かがズルズルズル。。。と入り混んできた。
えっ、えっ、えっ、何これ何これ何これ!
それは。
氷のように冷たくて、紙切れのように薄っぺらく厚みが全くなかったけれど。
間違いなく、人間の手の感触だった。それも、女性の手。
頭の中に、青白くて生気のない、ペラペラの女性の手がアタシの後頭部と首の境目にズルズルと入り混んでくる様子が浮かんでくる。
ヤバイ。下にいたヤツが、入居者が現れた事で居場所がなくなり、手っ取り早く真上に上がって来たんだ。
なんとなくそう感じた。
でもかなりヤバイ感じがして、一刻も早く、息子を守らなければ!と、それしか頭にない状態になっていた。
でも、体が全く動かせない。声を出そうにも、うめき声さえ出せない状態。
どうしようどうしようどうしよう!!!
アタシは渾身の力を振り絞り、息子の方へ息子を包み込むように腕を回しながら寝返りを打った。
うぉぉぉぉぉ!!!(心の声)
そしてそのまま息子を抱き上げようと目を開けた瞬間。
アタシは、状況が把握できず、頭の中は???でいっぱいになっていた。
目を開けたアタシの眼前には、横に眠る息子ではなく、天井が見えていた。
力いっぱい、寝返りを打ったはず。
アタシの目の前には、スヤスヤと眠る息子の横顔が見えてなければおかしいのに、はるか遠くに天井が見えている。
なんで?
そう思うが早いか、恐ろしいほどの睡魔が襲って、自分の意志に逆らって勝手に眠りそうになる。
ヤバイ。寝たらダメだ。
そう思い、また渾身の力を込めて寝返り打つ。
目を開けると、そこには天井。
また睡魔が襲う。
何度も何度も、この繰り返し。
ダメだ。このままでは、眠らされてしまう。
アタシは、これ以上出せないってくらい力を振り絞って、寝返りを打った。
ぐぅわぁぁぁぁ!!!てめぇ!息子に何かしやがったらタダじゃおかねぇぞ!ふざけんな!
そう叫びながら、息子の方へと寝返りを打ち、寝返りできたのを確認した瞬間、息子を抱き上げた。
ところが、息子を抱き上げたまま、ありえないほどの睡魔で船を漕いでしまう。
こんなに恐怖に駆られているのに、寝てしまうなんて現実的にありえないでしょ?
でもアタシは我慢できないほどの睡魔に襲われ、座って息子を抱いたまま眠りそうになっていたのだ。
眠っちゃダメだ!
睡魔で船を漕ぐ。
眠っちゃダメだ!
この繰り返し。
このままではいけない、負けてしまう!
アタシはまた力を振り絞って、息子を抱え隣の部屋へとなんとか脱出した。
ホントに、『脱出した』という言葉がしっくりくる感じだったのだ。
その後、アタシは寝室にいるかもしれない何かに向かって、
『ウチに来られても何もできない。アタシには何の力もないから。感じるだけで、アナタが見えたりもしない。だから他へ行って!何もできないから!』
朝、当時の夫が帰宅するまでずっと、そう呟いていた。
それから後も、気持ちの悪い事が度々あったのだが、数ヶ月後に真下の家族が引っ越したのと同時に、それもおさまっていったのである。
未だに、あれが何だったのかはわからないまま。
ただ、そこを引っ越すまで、夫が暴力を振るうようになったり、生活費まで使い込んでギャンブルに通いつめたり、その後離婚にまで発展したりと波瀾万丈だったのだが。
作者まりか
初投稿です。
乱文すみません(>人