16の時、英語の先生をボコボコにした事により、見事、二学期を待たずして高校をクビになってしまった俺は暇を持て余していた。
当時、湘爆に憧れていた事もあり、暇潰しに暴走族を結成した。メンバーは龍を含む5名だ。
俺達は毎週土曜日の晩から日曜日にかけて、若さを武器に好き勝手に暴走したり、喧嘩したり、シンナーを吸ったりして自由奔放な時間を過ごしていた。
まぁ、今思えば人生で一番楽しくもあり、また腐っていた時期でもあるワケだが…
その夜も龍をケツに乗っけて、盗んできた直管のゼファーに乗り、我が物顔で国道をボンボンいわせながら占領していた。
ウーーー!!ウーーー!!
「はい、前の単車止まりなさい!左に寄って止まりなさーい!」と、暇なパトカーと覆面が、赤色灯を回しながらアオって来た。
「うるせーぞ!この糞ポリ公がぁ!!」
単細胞な龍が、コンビニに置いてあるような防犯用のカラーボールを覆面のフロントガラスに向かって投げつけた。
「コラ!餓鬼が!止まれ!撮影してるぞコラ!止まらんかい!!」
フロントガラスを真っ赤にされたのがよっぽど悔しかったのか、拡声機の声が荒々しくなった。
「へへん!止めれるもんなら止めて見ろやボケがああ!!」
しかし、グニャグニャと変なダンスをしながら警察を挑発する龍は、この時最大のヘマをやらかしていた。
馬鹿なので、特攻服の背中に金の刺繍でデカデカと自分の本名を縫い付けてしまっていたのだ。
バキン!!!
やはり龍は馬鹿なので、覆面のミラーを木刀で叩き割ったり、尻を出して「あっかんべー」とかして更に挑発している。
「こりゃパクられんのも時間の問題だな…」
と、考えていた刹那、前を走っていた良太郎のペケJが、突然現れた黒塗りのベンツに体当たりされて派手に転倒してしまった。
「やべえ!族狩りか?!」
次の瞬間、俺は咄嗟に左に見えた細道へと逃げ込んでいた。
自分の情けなさと外道さにつくづく呆れてしまう。なんで俺はあの時、良太郎を見捨てて逃げてしまったのだろうか… しかし今にして思えば、既にあの時、導かれていたのかもしれない。あの場所に…
俺のゼファーは警察の追尾を振り切り、寝静まった閑静な集合住宅地の中で下品な爆音を響かせていた。
…
おかしな事に気付いたのは、住宅地を抜けて大きな河の堤防が見えた時だった。
「あれ?ここ何処だ?」
この辺り一帯の土地は大体頭に入っていたつもりだったのだが、今目の前に広がるこの河は初めて見るものだった。
「おい龍!こんなでけえ河なんてこの辺りにあったか?」
しかし、龍は先程の元気を何処で落として来たのか?俺の背中に頭を押し付けてブルブルと震えている。
「あ、兄貴…さっきからなんかスゲェ寒いんすけど、なんなんすかねこれ?」
確かに俺の腰辺りに回した両手はガタガタと震えている様だ。
だが正直なところ、龍の健康状態などどうでも良かった俺は、見慣れぬこの川沿いの道をひたすら行く事に決めた。
…
もう、時速60㎞で10分以上は走り続けているのに、永延と続くこの土手沿いの道は、ゴールが無いかの様にまだまだ先へと続いている。
「おい、マジで何処だよここ?」
龍には声が届いていないのか、相変わらず俺の背中に頭を押し付けたままで返事が無い。
遠くの方でボンヤリと陽炎の様に揺れる街の明かりに比べ、街灯も無くドス黒いこの道は、腹が立つ程に気持ちが悪かった。
すると、前方に反対岸へと渡す大きな橋が見えてきた。
この橋を渡るべきか? 袂にバイクを停めて暫く悩んでいると、橋の向こうから歩いて来る人影が見えた。
近付いて来るにつれ、妙に体格のガッシリした大男である事が分かって来た。ノッシノッシと歩くその両脇には何かを抱えている様だ。
ヘッドライトで照らしてよく見てみると、それは首の捥がれた二頭の大型犬だった。それもたった今首をもいだとばかりに、首元からジュクジュクと血がしたたっている…
そしてその男の顔は、あの知る人ぞ知る、伝説の一発屋「パンク町田」に勝るとも劣らない、野生の男気をプンプンと放っていた。
「おい貴様ら!コッチには来んじゃねーぞ!分かってんだろうな?!」
突然、町田は大声で俺達に警告してきた。
「だいたい、どうやってここまで入って来たんだ?!今ならまだ間に合う引き返せ!この橋を渡ったら貴様らはもう終わりだぞ!!」
全身が焼け焦げたかの様に真っ黒な体をした町田は、それだけ言うと抱えていた犬をヒョイと河に放り投げ、橋を引き返して行ってしまった。
「…な、なんだよあの豚野郎」
偉そうな町田の言うとおりに此処で引き返すべきか、それともこの橋を渡るべきか…考える事10秒、俺は橋を渡る事に決めた。
ボォン!ボボおおおお!!
幅5mほどの橋を低速でゆっくりと渡って行く。だが、不思議な事に町田の姿が見当たらない。
「おっかしいな…あのチョビ髭野郎は何処行ったんだ?」
そろそろ追いついてもおかしくない地点まで来ている筈なのに、町田の姿は無く、代わりに橋の両サイドにはビッシリと花やら、子供の玩具やら、小さなお地蔵さんやらが所狭しと並べられていた。
ドンドンドン♪♪
ドドンドドン♪♪♪
すると突然、辺りに和太鼓の音が鳴り響き、反対側の土手がフウと明るくなった。
そこにはハッピ姿の老若男女の長い行列が神輿を担ぎ、和太鼓の音に合わせ踊りながら行進していた。
ドンドンドン♪♪
ドドンドドン♪♪♪
すると、その行列はこの橋に進路を変え、ゆっくりと此方へと近付いて来た。
皆、陽気に両手を左右に振りながら独特のステップを踏んでいる。その楽しそうな雰囲気に微笑ましく思っていた刹那、神輿の上に乗っている者達を見て驚愕した。
なんと、神輿の上で踊る子供達の首から上が無いのだ…そして神輿を担ぐ屈強な大人達も同様、全ての首が無くなっていた。
「ぎゃっほほーい!!」
俺はバイクを反転させてアクセルを全開に捻った。
ボォン!ボボおおおお!!
「やべやべやっべえ!あ、あいつらマジやっべえ!!」
ドンドン♪♪ドンドン♪♪ドンドン♪♪
「入ってきた入ってきた♪♪ 放り込め放り込め♪ ♪ 河に放り込め♪♪ 殺せ殺せ殺せ殺せ♪ ♪死ね死ね死ねシネ♪ ♪しねしねしねしねしね♪♪」
背後から鮮明に聞こえてくる大勢の奇声と、胸にズシンと響く和太鼓の音に、チェンジを変える足がすくみ、恐怖がみるみると増幅されていくのを感じた。
すると突然、後ろで龍がバタバタと暴れ出した。
「ぎゃあ!あ、兄貴!助けて!引っ張ってる!誰か俺の服引っ張ってるよぉ!!!」
「ちぃ!堪えろ龍!こいつらすぐに振り切ってやるからシッカリ捕まってろ!!」
「あ、兄貴!足掴まれた!落ちる!落ちちゃうよ助けてぇ!!」
「うるせー!お前ちょっと黙ってろ!!」
「ひっ、ひいいいい!!!」
すると、ズシン!と後部座席が重くなり、あろう事か龍が俺の首をグイグイと絞めつけてきた。
「ぐう!な、なんだお前!何しやがる!!!」
「グフフ…俺は忠告しただろオ?忠告したよなあ?返さねえよ…お前らもう返さねえヨ!グフ、ぐふ、グフ!!」
「ま、町田か?!」
「グフフ…餓鬼がお調子に乗りやがって、その首を寄こせええ!グフ、ぐふ、グフ!!」
その時!
ガシャアアアアン!!
後もう少しで橋を渡りきれるという所まで来て、とうとう俺はバイクを転倒させてしまった。
ズザアア!!と土手の上に放りだされしこたま全身を強く打った。しかしなんとか上体を起こし、今走って来た橋の方を振り返った所で、もう助からないと悟った。
さっき、神輿を担いでいた首の無いあいつらが…まさに貞子3Dかの如く、四つん這いになってワサワサともの凄い勢いで追いかけてきていたのだ!!
「うわああああ!!!」
「お前ら止まれええい!!」
町田の一声で首無し共が一斉にビタリ!と止まった。
「……… ?」
「ふん…お前らラッキーだったな!橋を渡りきった奴までは俺も連れて行く気は無い… これに懲りたらもう二度とここへは来るなよ!次は確実に連れて行くぞ!グフ、ぐふ、」
「…な、なんだと?」
町田は丸太の様な太い腕で、俺と龍の首を両脇にガシリと挟み込んだ。
町田のワキからは超強烈なボロ雑巾の香りがして、意識がゆっくりと吸い取られて逝くのを感じた。
…
ふと気が付くと、俺達は森で囲まれた薄暗い場所に横たわっていた。周りを見渡すとそこには沢山の石碑が見える。どうやらどこぞの墓場にでもいるようだ。
隣りで倒れている龍は、まだ気を失っているのかピクリとも動かない。
「ふん、お前らやっと目を醒ましたのか?」
町田が俺の顔をニヤニヤと覗きこんできた。
「て、テメー!どこだよここ?」
「グフフ、此処か?ここはお前らみたいにコッチの世界に迷い込んで来て首をもがれた哀れで馬鹿な人間達の墓場だよ。グフ、ぐふ、グフ」
「…人間の墓?」
「ほら、石碑の上を見てみろよ」
ヨロヨロと立ち上がり、改めて辺りを見渡すと、全ての石碑の上に生首が1つずつ置いてあった。
「お、おい!町田!お前正気か?!」
「マチダ…?誰やねんそれ? 俺は松田だ!!」
「どっちでもいいよワキガ野郎!何でもいいから俺達を早く元に戻せやこの野郎!!」
「グフ、ぐふ、グフ、分かった!分かった!元気のいい奴だな。じゃあ最後にそこの墓を見てみろや小僧!」
松田が指差す先の墓石には、俺の親父…数年前に肺癌で他界した筈の親父の名前が彫られていた。
「ま、松田!どういう事だよこれ!説明しやがれ!!」
「グフ、ぐふ、グフ、ああこれの事かあ?そうだよ俺がやったんだよ。俺がもいでやったんだぁ…」
松田は右手に掴んでいた親父の生首を、両手で掴みバリバリと喰い始めた。
「ううまじい、お前の親父はクソまじィぞ!グフ、ぐふ、グフ!!」
笑う松田の口元から親父の眼球がドロリと溢れ落ち、それを松田はバン!と踏み潰した。
「お、オヤジーー!!!」
俺はポッケからメリケンサックを取り出し、町田、いや松田に殴りかかった。
「ガハハはははははー!!!」
あっさりと前蹴り一発で跳ね返された俺は、親父の石碑に頭を打ちつけて気を失ってしまった。
…
目が醒めると病院のベッドの上だった…どうやら俺は丸7日間も眠り続けていた様だ。
俺を心配して泣いていた妹達が言うには、俺は良太郎が転倒した直後に続けてクラッシュしてしまい、そのまま意識を失ったそうだ。
ガードレールで切れた頭と首からの出血が酷く、もう少し止血が遅ければ危なかったと医者に言われた。
全身包帯だらけの俺は、町田…松田…町田…松田…とうわ言の様に繰り返していたと夏美は言った。
因みに、後ろに乗っていた龍は軽い脳震盪と骨折だけで済んだらしい。
「…夢、だったのか?」
俺はとても夢だったとは思えない程に、まぶたの裏に焼き付いた松田の姿から逃れるべく、固定された首を無理矢理に動かして4階の窓の外を見た。
「………!!!」
すると、そこには悔しそうな顔をして俺を睨みつけている町田、いや松田の顔がへばり付いていた。
【了】
作者ロビンⓂ︎
パンク町田氏が気になった貴方はググってみて下さい。恐ろしい程のポテンシャルに言葉を失うかも…ひひ…