中編3
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『なきにんぎょう』

店からおやじと客の話声が聞こえて来た。

チラッと覗くと一組の夫婦が見えた。

友禅の着物、パリッとしたスーツにキッチリ整った鬚、こいつは金持ちだ!と感じた喜一は、

チョコでも貰えるのでは!?と、すかさず茶を用意し、

おやじの後ろからそろりと「粗茶ですが」と茶を差し出した。

普段、用もないのに店をうろつくなと言われているため、こうでもしないと自分の存在をアピール出来なかったのだ。

喜一の腹の中が読めているおやじは、眉を寄せて邪険にしたが、

跡継ぎの勉強だと言えば客受けも良かったため、おやじはそれ以上何も言えず居座ることに成功した。

客が売りに来た商品は、立派な日本人形だった。

着せ変え人形にされていたのか、立派な着物が何着もあり、素人目でも高価な事がわかった。

しかし、おやじは「好かんな」と一言。

喜一はピクリと反応した。

おやじの『好かん』と言う言葉は、『良く無い』と言う意味などが含まれ、駄目だしや説教のさいに使われたからだ。

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おやじは人形から何か感じ取ったのか、執拗に人形の出所などを聞いていると、観念した客は重い口を開いた。 

ある日、蔵を整理しているとが人形が出て来た。いつの物か分らない人形を、蔵のゴミと共に捨てたそうだ。

次の日の朝、起きると仏間に人形が置かれ、何とその人形は涙を流していた。

驚いた夫婦は寺に持って行こうとしたが、人形がまたぽろぽろと泣き出し嫌がる。

燃やす事も捨てる事も出来ないが、恐くて家にも置いておけず、途方に暮れここへ来たのだった。

おやじは少し考えたが、結局その泣き人形をタダ同前で買い取った。

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喜一には商売事はやはり興味はなく、何の収穫も無かった上に、おやじに店じまいを手伝わされむくれていると、

「明日お払いに住職んとこ行って来るから、店番頼むぞ」と、おやじに言われ喜一はさらにげんなりした。

「そんなに良くない物なんか買うなよ」と反論すると、

「そんなに悪くも強くも無いんだがな…よく解らんもんを売るのは性じゃねぇ。念には念って事だな」

おやじはそう言うと部屋へと戻った。

喜一は明日のイワナ釣りを断念し、人形を恨めしく思いながら、その日は眠りについた。

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その日の夜、喜一は夢を見た。

あの人形が自分に泣いて縋るのだ。何を言っているのかは分らないが、泣きながら何か頼んでいる感じだった。

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朝、喜一は夢の事をおやじに話すと、おやじも同じ夢を見たそうだ。

おやじは夢で人形と会話したらしい。

「普通はこけしを使うからな。金持ちはやる事が違うな。気付かなかった…」

そう言うとおやじは店に入り、人形の着物を剥ぎだした。

「見ろ。背中に文字が書かれてるだろう?」

喜一は、消えかけている文字を目をこらして読んだ。

長々と前置きの後、『亡き子を偲んで…トヨ。』と書かれていた。

喜一の住む辺りでは、水子の霊を供養するときこけしが使われた。

生まれて来る筈だった子の名前を書いたこけしを、1年仏壇に置き、(その間子を作ってはいけない)

その後お払いをして燃やすのだ。

そのこけしを、御悔やみこけし、供養こけし、亡きこけしなどと呼ばれていた。

そう、あの人形は泣き人形ではなく、亡き人形だったのだ。

おやじの話では、人形には母親の念が憑いていた。

子供を流産した上にもう産めない体になってしまった女は、

亡き人形を燃やさず、ずっとわが子の様に可愛がっていたのだ。

その残留思念が人形に残り、燃やされる事を嫌がったのだった。

「寺にもって行かれると、燃やされると思ったんだろう…

 昨日の晩、燃やしたり捨てたりしない事を約束に、寺でお払いを受けると言ったから、もうこの人形が泣く事は無いだろう」

おやじはそう言うと、人形を持って寺へと出かけて行った。

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その後、人形はすぐに買い手がついた。

おやじは趣味の悪い金持ちに、人形を燃やしたり捨てたりしない事を約束させて高値で売り、

亡き人形は喜一の前から姿を消したのでした。

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