人は死んだら樹になるって話。
そんなバカなって思ってた。単なるおもしろおかしく創作された都市伝説。
気がつけば俺は樹になっていた。
自分が死んだってところまでは覚えている。
目が覚めると俺は樹海のような深い森の中で、蜘蛛の巣のように生い茂る木々の一部になっていた。
空から明るい陽がさしてはいるが、隙間なく密集されたこの場所には僅かな光しか届かない。
人の生活音はおろか、鳥や虫の声すらも聞こえない。
どうやらここは人里からかなり遠く離れているらしい。
夜や早朝ともなると、長い静寂が俺を包みこむ。
永遠に続くのではないかとも思われる死の静寂。
孤独だ…そして暇だ…
なんで樹なんだよ!樹じゃなくてもいいだろう?!
毎日、毎日、なんの変化もない森をただただ見つめるだけの生産性のない毎日。
これは一体なんのプレイなんだよ!
「お兄さんは何故死んだのじゃ?やっぱり自殺か?」
樹になって一週間が過ぎたころ、ふいに隣りの樹から声をかけられた。
見ると、樹の腹の辺りに老婆の顔が一つ浮かびあがっていた。
「ははは、まぁそんなに驚かんでも良かろうて。ここの樹に閉じ込められている連中は、大体が自殺したか人を殺めた人間が大半じゃからのう」
そういう事か…
確かに俺はあの日、自殺をした。
生きるのに疲れきっていたのだ。
30過ぎて結婚し、夢にまで見たマイホームを購入したのはいいが、楽しかったのも最初だけ。
膨大な仕事量に上司からの重圧。
安月給に対する妻からの毎日のように吐き掛けられる嫌味。
夫婦間は完全に冷え切っており、日に日に妻の外泊が増えていた。
妻は多分浮気をしている。
人生70年として、あと30年もこんな生活が続くのかと思ったらとても耐えられなかったんだ。
幸い俺たちには子供がなかったので、俺が死ねば保険金を手に妻も新しい男と幸せに暮らせる事だろう。
それでいい。
俺さえ死ねば全てが丸く収まるんだ。
「ほらお兄さん、あの樹を見てみな」
婆さんが言う向かいの樹には、苦悶の表情を浮かべた男の顔が浮かびあがっていた。
「あの男は何人も人を殺しとるんじゃ…多分、永遠にあそこで苦しみ続けるんじゃろうの…可哀想に」
婆さんはそう言って目を閉じた。
俺は朝に思いついた事を実行しただけ。
死に対しての恐怖は微塵もなかった。
遺書も残さずに車ごと崖から海に飛び込んだのだ。
警察も事故死として処理してくれているはずだ。
「ただの、兄さん…残念ながら自殺もれっきとした殺人なんじゃよ」
婆さんは俺をにらんだ後、にんまりと微笑んだ。
「ワシも自殺したからの、もうここに200年も閉じ込められとるわい!わはは!」
「に、200年も?!」
「おーそうじゃ、ほら足元を見てみい!またバカな女が自殺しに来おったぞ!」
見ると、黒いロングコートを着た女が、俺の樹の枝にロープを括り付けている。
女の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
見覚えのあるロングコート。
俺が毎日会社へ行く時に羽織っていたコートと同じだ。
ロープがしっかりと固定された事を確認すると、女はそれを自分の首に巻きつけた。
「や、やめろ!」
婆さんが「くくく!」と笑う。
「やめろ!死ぬんじゃない!」
妻は足の下の台を蹴った。
…
…
…
あれから100年もの年月が流れた。
だが、俺は苦しんでなんかいない。
暇を持て余しているわけでもない。
「ねえ、アナタ」
後ろから妻が話しかけてきた。
「ああ」
さて、今日はどんな話をしようか?
【了】
作者ロビンⓂ︎
先生、先に謝っておきます!すいませんでした!(/ω\)…ひ…